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本編
第1話 とりあえず異界の聖女を殺します
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窓から光が差し込み、天井のシャンデリアの飾りがキラキラと反射している。
そこに、執事と思わしき青年が立ってポットを持ち、カートに乗せられたカップについでいる。
側のソファに座っている赤く煌びやかなドレスを身につけた金髪の女性は、そんな執事を眺めていたが、彼の異変に気がつき声をかけた。
「ロイク、ロイクったら!」
イメルダに呼ばれてロイクは正気になる。しかし、直後に手袋越しに熱い熱湯が伝わり、ロイクは持っていたティーポットとカップを落とした。
「あっつい!!」
がちゃん、と陶器のポットとカップが割れ、中から紅茶が飛び出す。
どうやらロイクが紅茶を注ぎ終わってカップを持ちあげてもなお、ポットを持ちながらお茶を注いでいたらしい。
床に敷かれた花柄模様の高級絨毯は、お茶が染み込み、茶色い染みができてしまった。
「申し訳ございません! お嬢様、お怪我は?」
「大丈夫よ。はぁーもう。さっさと片付けて、お茶を入れ直して頂戴」
イメルダは、不機嫌そうに眉と目を釣り上げ、ロイクに言った。
「かしこまりましたっ! ただいまっ!」
そう言って、ロイクは使用人室へ走り、掃除道具を持って先程のイメルダの自室へ戻る。
「お待たせしました! ただいま掃除しますのでっ!」
そう口にした所で、ロイクは疑問を浮かべた。はて、先程まではイメルダの処刑に立ち会っていたのにと。
だがイメルダの首が落ちるその直前、時が止まりおかしな事がおきた。
そしてイメルダが黒い煙を出して、ロイクが気がつけば、いつもの様にお茶をイメルダに煎れていたのだ。
「私は、なぜここに……」
「おーっホッホ! おとぼけさんねぇ。ロイク。わたくしの黒魔術を目の前で見たのに。もう忘れたの?」
目の前で高笑いをするイメルダに、ロイクは怪訝な顔をしてしまう。
忘れるはずもない。ロイクはあの摩訶不思議な出来事の光景を思い出す。人を惑わし、時を止め、時を遡り……とイメルダは言っていた。
「まさか、本当に時を遡ったのですか?」
「そうです。今は王国歴1234年、5月。わたくしの処刑まであと半月と少しです」
イメルダの処刑は王国歴1235年の12月だった。本来ならば今日も寒い冬の日の筈。しかし、今いるイメルダの自室は暖炉も焚かれておらず、少しも寒くない。
「なぜ、こんな事を。貴女をどんな思いで私は……」
そう。処刑台で悪魔令嬢と呼ばれたイメルダは、王国の第四王子との婚約が決まっていたが、とある理由で婚約破棄をされた。そこから人格が歪み、悪事に手を染めたのだ。
完全に精神が壊れて、歪んだ彼女を、介錯するつもりでロイクは処刑台に送ったというのに。そうロイクが悲壮していると、イメルダは悲しそうな顔でロイクにぽつりと呟く。
「わたくし、反省していますのよ」
「えっ、反省でございますか……?」
「ええ。わたくしが処刑されたのは、わたくしの行いが悪かった所為。貴方やお父様を初め、みなに迷惑をかけた。やり直したいのよ」
そうか、お嬢様は、今までの行いを改めたくて時を遡ったのか。ロイクは胸がきゅうと締め付けられた。
これからは優しく創明な男爵令嬢として、生きていくつもりなのだろう。
「わたくしの人生のやり直しを、ロイク。貴方は手伝ってくれる?」
「勿論でございます……! お嬢様の健全な幸せをロイクは願っていましたから」
ロイクは、イメルダを処刑台に送ったことを後悔していたのだ。
ロイクとイメルダは同い年だが、10歳の時から、8年間ずっとお仕えしてきた執事とお嬢様の関係だ。
彼女は少し我儘でプライドが高いが、美しく、気高い精神はロイクも惚れ惚れとしていた。
「ありがとう、今度こそ、貴方はずっと味方でいて」
イメルダはロイクに、にっこりと笑いかける。それを見て、ロイクは頷く。
悪魔になる前の彼女に戻ったのだとロイクは思った。
また平和な日常で、お嬢様にお仕えできるのだと、そう思ったのだが――。
「では、手始めに。来月6月に、異界より来る聖女のセイラをぶち殺しますわよ」
「はっ?」
「わたくしと第四王子ザーグベルト様との婚約破棄は、ザーグベルト様がセイラと出会い、たぶらかされて入れ込んだせいなのですから」
帽子も被っていない彼女の顔の上半分に、なぜか黒い影がさしている。ロイクが見るに明らかに、邪悪な笑みを浮かべていた。
何も、何も改心していないじゃないか……!
「反省したというのは、嘘ですか?」
ロイクは拳を握りしめ、怒りを抑える。そして彼女を何とか説得しようと語りかけた。
「ええ、ですから。わたくしの邪魔になる存在が分かっていながら、始末をしなかったのです。それを反省していますの。セイラがザーグベルト様に出会う前に、息の根を止めて、わたくしと王子の婚約破棄を阻止するのです」
「しかし、ザーグベルト様は聖女と結婚するというのは、国王の命令だった筈です。婚約破棄は仕方のない事だったのですよ、お嬢様」
ザーグベルト第四王子は、王宮の舞踏会で美しいイメルダに一目惚れする。その後、多少身分差はあったが、王子の方から熱烈に求婚して婚約した。
しかし、国王は家系に聖女を迎え入れる算段があり、異界より召喚されたセイラという聖女とザーグベルト様を無理矢理婚約させたのだ。
「黙りなさい!! 婚約破棄なんて、本当はどうだっていいわ!!」
突然声を荒げたイメルダに、ロイクは反射的に肩をビクッと持ち上げた。
「わたくし、やられっぱなしでは気がすまないのです。セイラには、何度も恥をかかせられましたのよ」
そう言って、恐ろしい形相を浮かべながら、イメルダはセイラと初めて出会った日を思い出しているようだ。
その様子を見て、ロイクは彼女を哀れんだ。ああ、やはりイメルダは心を壊している。復讐に取り憑かれているのだ。
もはや完全に悪堕ちした彼女。イメルダは心からの悪人なのだ。改めてロイクは決意する。
また、私がお嬢様を処刑台に送ります。――次はその首必ず跳ねましょう。
そこに、執事と思わしき青年が立ってポットを持ち、カートに乗せられたカップについでいる。
側のソファに座っている赤く煌びやかなドレスを身につけた金髪の女性は、そんな執事を眺めていたが、彼の異変に気がつき声をかけた。
「ロイク、ロイクったら!」
イメルダに呼ばれてロイクは正気になる。しかし、直後に手袋越しに熱い熱湯が伝わり、ロイクは持っていたティーポットとカップを落とした。
「あっつい!!」
がちゃん、と陶器のポットとカップが割れ、中から紅茶が飛び出す。
どうやらロイクが紅茶を注ぎ終わってカップを持ちあげてもなお、ポットを持ちながらお茶を注いでいたらしい。
床に敷かれた花柄模様の高級絨毯は、お茶が染み込み、茶色い染みができてしまった。
「申し訳ございません! お嬢様、お怪我は?」
「大丈夫よ。はぁーもう。さっさと片付けて、お茶を入れ直して頂戴」
イメルダは、不機嫌そうに眉と目を釣り上げ、ロイクに言った。
「かしこまりましたっ! ただいまっ!」
そう言って、ロイクは使用人室へ走り、掃除道具を持って先程のイメルダの自室へ戻る。
「お待たせしました! ただいま掃除しますのでっ!」
そう口にした所で、ロイクは疑問を浮かべた。はて、先程まではイメルダの処刑に立ち会っていたのにと。
だがイメルダの首が落ちるその直前、時が止まりおかしな事がおきた。
そしてイメルダが黒い煙を出して、ロイクが気がつけば、いつもの様にお茶をイメルダに煎れていたのだ。
「私は、なぜここに……」
「おーっホッホ! おとぼけさんねぇ。ロイク。わたくしの黒魔術を目の前で見たのに。もう忘れたの?」
目の前で高笑いをするイメルダに、ロイクは怪訝な顔をしてしまう。
忘れるはずもない。ロイクはあの摩訶不思議な出来事の光景を思い出す。人を惑わし、時を止め、時を遡り……とイメルダは言っていた。
「まさか、本当に時を遡ったのですか?」
「そうです。今は王国歴1234年、5月。わたくしの処刑まであと半月と少しです」
イメルダの処刑は王国歴1235年の12月だった。本来ならば今日も寒い冬の日の筈。しかし、今いるイメルダの自室は暖炉も焚かれておらず、少しも寒くない。
「なぜ、こんな事を。貴女をどんな思いで私は……」
そう。処刑台で悪魔令嬢と呼ばれたイメルダは、王国の第四王子との婚約が決まっていたが、とある理由で婚約破棄をされた。そこから人格が歪み、悪事に手を染めたのだ。
完全に精神が壊れて、歪んだ彼女を、介錯するつもりでロイクは処刑台に送ったというのに。そうロイクが悲壮していると、イメルダは悲しそうな顔でロイクにぽつりと呟く。
「わたくし、反省していますのよ」
「えっ、反省でございますか……?」
「ええ。わたくしが処刑されたのは、わたくしの行いが悪かった所為。貴方やお父様を初め、みなに迷惑をかけた。やり直したいのよ」
そうか、お嬢様は、今までの行いを改めたくて時を遡ったのか。ロイクは胸がきゅうと締め付けられた。
これからは優しく創明な男爵令嬢として、生きていくつもりなのだろう。
「わたくしの人生のやり直しを、ロイク。貴方は手伝ってくれる?」
「勿論でございます……! お嬢様の健全な幸せをロイクは願っていましたから」
ロイクは、イメルダを処刑台に送ったことを後悔していたのだ。
ロイクとイメルダは同い年だが、10歳の時から、8年間ずっとお仕えしてきた執事とお嬢様の関係だ。
彼女は少し我儘でプライドが高いが、美しく、気高い精神はロイクも惚れ惚れとしていた。
「ありがとう、今度こそ、貴方はずっと味方でいて」
イメルダはロイクに、にっこりと笑いかける。それを見て、ロイクは頷く。
悪魔になる前の彼女に戻ったのだとロイクは思った。
また平和な日常で、お嬢様にお仕えできるのだと、そう思ったのだが――。
「では、手始めに。来月6月に、異界より来る聖女のセイラをぶち殺しますわよ」
「はっ?」
「わたくしと第四王子ザーグベルト様との婚約破棄は、ザーグベルト様がセイラと出会い、たぶらかされて入れ込んだせいなのですから」
帽子も被っていない彼女の顔の上半分に、なぜか黒い影がさしている。ロイクが見るに明らかに、邪悪な笑みを浮かべていた。
何も、何も改心していないじゃないか……!
「反省したというのは、嘘ですか?」
ロイクは拳を握りしめ、怒りを抑える。そして彼女を何とか説得しようと語りかけた。
「ええ、ですから。わたくしの邪魔になる存在が分かっていながら、始末をしなかったのです。それを反省していますの。セイラがザーグベルト様に出会う前に、息の根を止めて、わたくしと王子の婚約破棄を阻止するのです」
「しかし、ザーグベルト様は聖女と結婚するというのは、国王の命令だった筈です。婚約破棄は仕方のない事だったのですよ、お嬢様」
ザーグベルト第四王子は、王宮の舞踏会で美しいイメルダに一目惚れする。その後、多少身分差はあったが、王子の方から熱烈に求婚して婚約した。
しかし、国王は家系に聖女を迎え入れる算段があり、異界より召喚されたセイラという聖女とザーグベルト様を無理矢理婚約させたのだ。
「黙りなさい!! 婚約破棄なんて、本当はどうだっていいわ!!」
突然声を荒げたイメルダに、ロイクは反射的に肩をビクッと持ち上げた。
「わたくし、やられっぱなしでは気がすまないのです。セイラには、何度も恥をかかせられましたのよ」
そう言って、恐ろしい形相を浮かべながら、イメルダはセイラと初めて出会った日を思い出しているようだ。
その様子を見て、ロイクは彼女を哀れんだ。ああ、やはりイメルダは心を壊している。復讐に取り憑かれているのだ。
もはや完全に悪堕ちした彼女。イメルダは心からの悪人なのだ。改めてロイクは決意する。
また、私がお嬢様を処刑台に送ります。――次はその首必ず跳ねましょう。
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