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一章

第十四話 選ばれた者たちと選ばれなかった者

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 ――――――真夜中。照明の光度を下げた自室で、俺は酒を煽っていた。

 床に座り背をベッドに預け、体はだらりと弛緩している。右手にはグラス。左手脇の床にはウイスキーのボトルが置かれていた。

「ふぅ……」

 酔いが大分回っていた。考えていた。色々なことを。そして考えれば考えるほど暗い思考に囚われていく。

 ほのか。元気で可愛らしく、魅力的な少女。彼女は原石なのだろう。発展途上。成長している最中なのだ。久しぶりにあった時は子供らしさがまだ残っていた。

 だが唐突に始まった俺とほのかの特別な関係がきっかけになったのか。ほのかは急速に女らしくなっていった。恐ろしい程の速度で。

 どんどん綺麗になっていく彼女。すでに俺はほのかの虜だった。

 好き、愛している。その次のステップはずっと一緒にいたい、だ。それが簡単に言える立場ならどんなに良かっただろうか。

 ほのかと釣り合いが取れる人間に生まれていればどれだけよかっただろう。頭がよく、イケメンで、親が金持ちで、天職を持っている。そんな人間に生まれていればこんな悩みを抱きはしなかったろう。

 俺は並だ。凡人である。夢破れた哀れな人間なのだ。

 そんな人間があの輝きに溢れた可愛らしくも美しい少女に釣り合うだろうか? そんな事が……ある筈ないのだ。


 本棚を見る。本棚の特別なスペースには二冊の漫画本が置いてあった。その内の一冊は俺が世に出した漫画本。もう一冊は漫画家" 稲穂 君彦 (いなほ きみひこ)"の出した漫画本であった。ヤツの現在のシリーズは九巻に突入しているが自分への戒めの為にシリーズの一巻を対照的に並べている。

 稲穂 君彦は俺のライバルだった漫画家だ。笑ってしまう話で俺が勝手にそう思っていただけだが。

 高校時代に漫画のコンテストに応募した。その時の結果は俺が努力賞で稲穂 君彦は金賞だった。俺は若かった。年齢が同じというだけで俺は勝手に見も知らない稲穂 君彦をライバル認定した。

 奴は高校在学中に漫画家になり、俺は出遅れ卒業してから漫画家になった。奴に勝つ。そんな風に奮起して頑張ったものだ。今では懐かしい思い出で笑い話でしかない。

 なぜなら稲穂 君彦はあっという間に大衆の人気を獲得し不動の地位を築いたからだ。奴の作品はブームになりアニメ化にまでなった。連載一年でアニメ化。とんでもないスピードである。

 売り上げた発行部数は現時点で累積四千万部だという。漫画の神に愛された怪物だ。

 それにひきかえ俺の累積部数は四万部。わかるかな。この違いが。高校時代のライバルは、知らぬ間に天上人になっていたのだ。

「本物はいるんだよな。どこの世界にも」

 俺はアルコールの混じる息を吐きながらそう呟いた。


 編集の梶田さんと拗れ漫画家を辞める事になったけど。あれはキッカケに過ぎない。本当は心の何処かでとっくに気づいていたんだ。俺は漫画の神に愛されていないってことに……。

 そう、選ばれた人間がいるのだ。

 仮にだが稲穂の編集が梶田さんだったとして、テコ入れをくらってもアイツなら要求に応えつつ成果を出せるはずだ。いや、そもそもアイツなら梶田さんだってテコ入れなんかする必要もないんだ。読者に愛され圧倒的な支持を得る。それがアイツの漫画なんだから。

「本物はいたんだよな。俺の近くにも」

 "ほのか"。

 若く、可愛らしく、天真爛漫な少女。

「なんの因果か……。ほのかの人生において……偶然出会った気心の知れるお兄さんなんだろうな。俺は……」

 思わず泣けてきた。

「ほのか……」

 涙が流れ落ちる。ほのかの進路に対しての俺の考えが固まった。

「せめて。ほのかは輝く場所に」

 俺は涙ぐんでいた。

 ――――――送り出すべきなんだ。可能性に溢れる少女ほのかを。

 俺は液晶タブレットの電源を入れる。画面が明るくなった。思いが抑えられない。

「気持ちを。この気持ちをほのかに伝えよう」

 俺はペンを動かしネームを描いている。これから描く漫画のテーマ。それは悲恋。

 俺はほのかとの別れを決意し、その意思を告げる為の漫画を描き始めた。

 暗い部屋で、シャカシャカとペンが擦れる音が聞こえる。俺の気持ちが漫画に込められていった――――――

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