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三章〜出会いと別れ〜
三十七話 『原作再現は辞めろ』
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お兄様の方を見ると、お兄様は私の方を向いていた。
え?どうして……?用があるならわざわざこんなところまで来なくても携帯で連絡すればいいだけの話なのに……と私が疑問に持っていると、
「え!?悠真お兄ちゃん!?」
「先生……?」
「悠真様が何故ここまで……?」
周りもキャーキャー騒ぎ出した。……まぁ、人気者のお兄様がわざわざこちらまで来たのだ。騒ぐのは当たり前なのだけど。
「……あ、あの、お兄様……?私に用なんですか?それって家に帰ったときに……」
「……透華……家に帰るぞ」
「……は?」
何を言っているんだ、この人。突然現れて帰るぞってどういうことだ。
いや、それよりも、何故いきなりそんなことを言うんだ。
「ち、ちょっと!説明してくだ……」
「いいから来い!」
私の言葉を無視して、無理矢理腕を引っ張られた。
周りの生徒達が戸惑いの声をあげる中、私は引きずられるようにしてその場から連れ去られた。
一体どうしたと言うのか。
それに、どうしてお兄様はこんなにも焦っているような感じなのだろうか。
「(……分からない、けど)」
何だか嫌な予感がする。
だからといって、この状況で逃げ出すことも出来ない。
だから、大人しくお兄様について行くことにした。
△▼△▼
家に帰ると、お母様とお父様が出迎えてくれた。
そして、そのままリビングに連れて行かれ、ソファーに座るように促された。
お兄様も向かい側の席に座り、お母様達はその横に並んで立っている。
私は困惑しながらも、黙ってその様子を見ているしかなかった。
すると、 ガチャリ 扉が開く音が聞こえてきた。そちらに目を向けるとそこには――
「………誰?」
知らない女の人が立っていた。雪のように白い肌に綺麗な黒髪。瞳は澄んでいて吸い込まれそうなほど深い色をしている。
とても美しい女性だった。
彼女は私をチラッと見るとすぐに目を逸らし、その後両親へと視線を移した。
彼女の顔には表情がなく、まるで人形みたいだと感じる。
「お、お兄様……?この方は?」
「……初めましてですね、透華ちゃん」
お兄様が私の問いに答える前より早く彼女が初めて口を開いた。
耳に残る甘い声をしていた。
しかし、私は何故か彼女に対して恐怖心を抱いた。理由は自分でもよく分からないけれど……。
「ふふっ、そんなに怖がらないでくださいな。私、何もしませんよ?」
そう言って微笑む姿はとても美しくて思わず見惚れてしまうほどだった。
でも、やはり怖いという気持ちが強くなった。
「俺の妹にあまり近づかないでくれるかな、"白咲花音"」
……白咲花音?聞いたことのない名前だ。
いや、それよりも、どうしてお兄様は……こんなに怒ってるの?
「あら、つれないわね?先まであんなに優しくしてくれたのに」
「妹に近づくな……怯えてるし」
「妹ねぇ……」
そう呟くと、今度は私を見つめてきた。
目が合うと、身体中に悪寒のようなものが走った。
そして、それと同時に先程よりも強い恐怖感に襲われた。
「妹って言っても血が繋がってないんでしょ?」
「そうだけども。でも、お前よりはマシだよ」
睨むようにしながら言うお兄様に、彼女はクスッと笑った。
本当に何を考えているのか全く分からないし、話も見えて来ない。
「ねえ、透華ちゃん……」
「は、はい……えーと……」
「あ、花音でいいわよ」
「では、花音さん……私話が見えないのですけど……説明していただけませんか?」
私がそういうと、両親は困ったような顔をした。お兄様は俯いていてあまり顔が見えず、どんな表情をしているのかがわからなかった。
……私、何かおかしいことを言っただろうか。
すると、花音さんは笑顔を浮かべながら答えた。
「説明してもいいけどぉ……透華ちゃん傷ついちゃうかもよ?悠真のことが大切
なら。それでも聞きたい?」
「……お兄様のこと大切です。好きだし尊敬もしています。だから……聞かせてください」
もうお兄様と私が『血が繋がっていない』事実は知っているし、今更ショックを受けるようなことはないだろう。
それに、お兄様のことをもっと知りたいとずっと思っていたのだ。ここで聞かない手はない。
私の言葉を聞いて、お兄様は目を大きく開いて驚いているようだった。
お母様達も驚いたような様子だったが、特にお父様は絶望した。
……え?何でそんな反応するの?『血の繋がってない兄妹』の事実はもう全員が知ってるし、別に驚くことでもないと思うのだけど……。
「……へぇ、そうなんだ。じゃあ教えてあげる。実はね、私と悠真は血の繋がってない兄妹でー、私と透華ちゃんは血の繋がってる姉妹なのー」
さらりと言われた衝撃の真実に私は呆然としてしまった。
「…………え?」
「だから、私と貴方は実の姉妹なんですよ、透華ちゃん。今まで隠していてごめんなさいね」
「そ、んなことって……」
有り得ない。だって、私はこの人を知らない。それに、家族写真にもこの人はいない。本当に彼女は――。
「まぁ、すぐ受け入れろって方が無理よね。とりあえず、また来るわー。……過保護な兄がいて透華ちゃんは幸せ者ねー」
そう言って、花音さんはリビングから出て行った。私はそれを黙って見送ることしか出来なかった。
暫くの間、誰も口を開かなかった。
「……透華、ごめんね、でも…花音は悪い子じゃないの。でも、あの子の言うことは本当で……」
沈黙を破ったのはお母様だった。申し訳なさそうな顔をしながら私に謝ってきた。
「透華……すまない……!」
お父様も泣きそうな顔で頭を下げてきた。
何だか、展開が急展開すぎてついていけないし、まだ頭の整理が出来ていない。
これは本当に私の知っている『貴方に花束を』なの……?
透華の周りの設定こんなに複雑だっけ?漫画とはだいぶ違う気がするんだけど……?
「あのクソ……!」
うわぉ、お兄様が『クソ』なんて汚い
言葉を吐いてるところ初めて見た。
しかも、かなりイラついているみたいだし……。
「………あの人が姉……」
そう、なのか……と不思議と受け入れられた。確かに、よく考えてみれば納得できる点もある。
まず、性格。たったあれだけしか話してないが花音さんも中々に性格が悪いと感じた。だってお兄様に『クソ』とか言わせるほどだもの。絶対良い人ではないはず。
次に見た目。綺麗なのは認めるけれど、どこか人間味を感じない人形のような美しさがあった。まるで、作られたかのような完璧な美貌……なのは漫画によく出てた透華もそんな感じだったし。
そして次は……これは似てるとは言わないかもしれないが、声。声質は全然違ったが、話し方や雰囲気がどことなく似ていた。前世の透華にだけど。
てゆうか、割と真面目に城ヶ崎家って凄く複雑な家庭環境だと思う。漫画の中だと白鷺家が一番複雑だったはずなのに……。でも、ふっと私は一つの疑問が降ってきた。
「……ねえ、お兄様」
「何?」
「どうして私のこと家に帰らせたの?私と花音さんの関係性を知って欲しかったの?」
「違う」
「じゃあ、どうして?」
花音さんと透華の姉妹だと知って欲しいから私を家に帰らせる以外の理由なんて思いつかない。
「……それは……」
お兄様は何か言いづらそうにしている。何かあるのか……?
「……俺には……透華しかいないから」
「………え?」
唐突な告白。いやいや、ちょっと待ってよ!そんないきなり言われても!?
「俺は透華がいないと生きて行けないんだよ」
「お兄様……何を……」
言っているの?という言葉は出てこなかった。
だって、その言葉が冗談なんかではなく本気で言っているように聞こえてしまったからだ。
「だから……お願いだから何処にもいかないで……透華……!」
「お兄様……」
どうしよう……まさかの展開過ぎて頭が追い付かない。お兄様にプロポーズされてる気分なんですけど。
「お兄様……私もお兄様のこと大好きですよ。離れるだなんて……!お兄様の側に離れるだなんてこと一生しません。お約束します」
これは事実だ。お兄様のことは大好きだ。だからこそ、お兄様の側を離れたくない。この気持ちは嘘偽りのない真実だし、これから先も変わることはないだろう。
ただ、
「ただ、お兄様は私だけではなく、たくさんの人がいるじゃないですか。お父様にお母様に裕翔様に香織様に華鈴様に玲奈様に伊集院様と西園寺様も」
それに他にもいるはずだ。お兄様のことを心配し、愛している人は沢山いる。だから、その気持ちに気づいてあげてほしい。
「私だけじゃないですからね?お兄様は沢山の人に愛されてるんですよ」
「…うん、分かってるよ、でも――」
「ごちゃごちゃうるさいわねぇ……」
「「「「っ!!?」」」
突然、リビングにそんな声が響き渡った。別に大声でだったわけでもないし、怒鳴っていたわけでもない。寧ろ静かな方だった。だけど、何故か耳に入ってきたのだ。
慌てて振り返るとそこにはさっき帰ったはずの花音さんがいた。
「おい、先帰ったはずだろ……?」
「帰るふりしただけよ。それにしても、本当に過保護なのねー」
お兄様の言葉を聞いて、花音さんは呆れたような顔をしていた。
「先から告白みたいなことしてさー、好きなの?血が繋がってないから結婚出来るもんねー?」
「けけけけ、結婚?!」
確かに血が繋がっていないので結婚出来ることは知っているが…!いや、でも十年以上前から兄と慕っていたし……そんな人と結婚するのはキツイ。
「そんなつもりで言ったわけじゃないし…」
「じゃ、どんなつもりなの?透華ちゃんのこと好きなんでしょ?恋愛的な意味で」
「…恋愛的な意味じゃなくて、家族的な意味だよ」
「家族……ねぇ……」
花音さんは疑うようにお兄様を見つめている。その視線に見覚えがあった。そう、それは――、
「(香織様や華鈴様と……)」
まるでお兄様に恋をしているかのような目だ。あの二人と同じ目をしている……と思ったのは私が恋愛脳になっているからだろうか。
「……まぁ、いいわ。じゃ、本当に私は帰るわ」
「ま、待ってください!花音さん!」
帰ろうとする花音さんを呼び止めると、
花音さんは不思議そうな顔をしながら此方を向いた。
私は深呼吸をして、ゆっくりと口を開いた。
「花音さんはお兄様のこと……好きですか?その……恋愛的な意味で」
花音さんの表情が固まった。世界が凍りついたかのように静寂に包まれた。
そして、暫くの間沈黙が続いた。
答えに悩んでいるのかな。……やっぱり、花音さんの想い人ってお兄様なのかな?それとも揶揄ってる……とか?
いや、でもあの表情が演技なら女優になれると思うし……。
「…ぷっ、あははははは!!」
「え?え?」
急に大笑いし始めた花音さんを見て私は困惑する。
え?何か変なこと聞いた?私、おかしいこと聞いてないよね?
「あはは……ごめんなさい……ちょっと可笑しくて……私が悠真のことが好きだなんて………あはは……!まぁ……好きよ?恋愛的な意味で」
サラリと告げられた言葉。
そうか……お兄様が好きなのか……って、えぇええええええ?!いやいやいや!え?!ちょっと待って! いやいやいやいや!!自分で聞いといてなんだけどマジなの?え?ガチでお兄様のこと……。
「あははっ!面白い反応ねー?」
「おい、花音、透華のことあんまり揶揄うな。俺のこと好きじゃねーくせに」
「あら?好きなのは本当よ?だって、貴方の隣にいたらあの女を地獄に落とせるんだもの」
………あの女?地獄?一体何の話をしているのか分からないけれど、花音さんの目はとても冷たい。
「だって、あの女気に食わないもの。いつも澄ました顔して……!私が一番になるはずだったのに……!一番になるべきは私なのに……!」
……そう憎しみを吐き捨てる花音さんの姿はあまりにも恐ろしかった。そして同時に『貴方に花束を』の透華を思い出してしまった。――ああ、この人は……城ヶ崎透華の姉なのだと……痛感させられた。
だってあまりにも似ていたから。透華と言動が……これは透華の姉ですわ。愚かで、醜くて、汚らしい。
でも、透華よりは頭はキレそうだし、計画性もありそうだし……透華よりも厄介かもしれない。
「だからね?邪魔者は消しちゃえば良いのよ?だからさ、透華ちゃん。あの女……殺さない?」
そう言って微笑む花音さんの顔はゾッとする程に綺麗だった。
「な、何を言っているんですか!?そんなこと出来るわけ……」
「あの女が消えれば……えーっと……確か……華鈴ちゃんだっけ?その子が悠真の一番になれるのよ?」
「何故そこに華鈴様が…?」
なんでここで華鈴様の名前が出てくるのだろう? 私もお兄様も疑問符を浮かべていた。
すると花音さんはクスリと笑って、 私の耳元で、
「私の言うあの女というのは九条香織のこと。そして、悠真は九条香織と華鈴ちゃんと二股しているわけ」
「……へ、え?」
思考停止。そして数秒後、ようやく理解が追い付いた。え?お兄様が二股だと……?いや、まぁ、確かに……側から見たらそう見えるけどさぁ……!!
「お、お兄様は二股なんかしていないですよ!!」
お兄様は絶対に二股なんてしない。お兄様は誰よりも優しくて誠実な人だ。それは断言出来る。でも、お兄様はモテるのだ。それはもう、沢山の人に。
だから、二股疑惑をかけられても仕方がないといえば、仕方がないかもしれないが、お兄様はそんなことをするような人では無い。
「でも私はあの女を消せばいいの。だから悠真が二股してようが、してなかろうが関係ないの。私は九条香織を消す。それだけ」
「ちょ、ちょっと待ってください!香織様を殺すって……本気ですか?!」
「勿論」
花音さんは即答した。そんなことしたら王子が黙ってないと思うし…警察沙汰になるし、王子も捜査に全面協力するだろうし、城ヶ崎家破滅するのでは………?
「か、考え直してください!」
「嫌よ。それに……城ヶ崎家のことは心配しなくて大丈夫よ。私、バレるつもり無いし。まぁ、仮に捕まっても?金と財力とそしてこの美貌があればどうにかなるし。ほら、お金って強いじゃない?」
「いやいやいや!そういう問題じゃありませんから!」
「じゃあどういう問題があるっていうの?」
「そ、そりゃあ……!人殺しなんて良くないと思います!」
私が原作で破滅していったのは、殺人未遂を犯したからだ。それをしないように生活していたのに花音さんのせいで城ヶ崎家もろとも破滅してしまった、なんてオチは絶対に嫌だ。
そんなの、原作と同じになってしまうから。
「だから、考え直して……!」
「えー?嫌よ。私は決めたんだもの。あの女を地獄に落とすって」
「もしあの人……香織様が死んじゃったら……伊集院様が黙ってませんよ……!」
そもそも人殺しだなんて駄目だと思うし。それに王子の好きな人だし……。
王子も花音さんのやったことを知ったら許すはずがないだろう。
「……クソ女を庇うだなんて、本当に私の妹なのかしら?それとも洗脳されてる?……透華ちゃんは九条香織のこと好きみたいだけど、あの女はクズよ。あの女はただの偽善者。人を騙すことしか出来ない詐欺師。あんな女に騙されているなんて……可哀想ね」
「はぁ!?私の尊敬してる人を侮辱しないでください!」
私は思わず怒鳴ってしまった。
香織様はそんな人じゃない!天然だけど優しい良い人なんだ!完璧で美しくて強くて……!
ああ、もう!言葉じゃ表せないくらい素敵な人なんだよ!! こんなにも完璧な人が居るだろうか?いや、居ない。
「……可哀想。洗脳されているのね……」
花音さんは憐れんだ目で私を見た。
「まぁ、安心しなさい、透華ちゃん。あの女が死んだらきっと目が覚めるわよ。だからそれまで……」
「嫌ですっ!香織様が死んだら私……!」
折角、原作再現しないように頑張ってたのに……!こんなところで別のやつに城ヶ崎家が破滅するだなんて……!
「意外だわ。透華ちゃんならノリノリでやりそうな気がしたんだけど」
「やるわけないでしょう?!私は香織様を殺したくなんかないし……!」
「殺したくない、と言う割にはあの女のことを心配しているようには聞こえないけど?」
「それは……その……」
……そう言われると何も言い返せなくなってしまう。だって先考えたのは香織様の安全ではなく、自分と自分の家族のことを考えたから。
「…ほら、言い返せない。つまりはそういうことよ。貴方はあの女のこと尊敬もしてないし、好きでもない。そうでしょ?」
花音さんの言葉が胸に突き刺さる。
私は香織様のこと尊敬しているし、かっこいいと思っている。大好きだと胸を張って言える。
でも――、
「…で?透華ちゃんばっかに聞いちゃっけど、悠真はどうなの?あの女のことは好き?それとも嫌い?」
今度はお兄様に矛先が向いてしまった。
お兄様は少しだけ考えてから答えを出した。
「……九条のことは好きでも……嫌いでも……どっちでもないかな」
お兄様はそう言った。お兄様……香織様はお兄様のこと大好きなのに……!どうしてそんなこというの……!
「ふぅん?なら、私があの女を殺そうとしても止めなくてもいいわけだよね?悠真は」
「……それとこれとは話が違うだろ」
「違わないよ。悠真はあの女に好意を抱いていない。だから、あの女が死のうが生きようがどちらでもいい。違う?」
「……そうだな。俺にとって九条はそこまで重要じゃない。……でも、九条が死んだら夢見が悪いと思う。だから、俺は九条を守るよ」
「なるほどねぇ~。やっぱりあの女が一番大切なんだ。ムカつく……!」
ムカつく、という部分は小声だった為、多分私以外には聞き取れなかった。
花音さんは心底イラついた様子で、 テーブルの上にあったグラスを床に落とした。
ガシャン、と音が鳴り、中身の水が飛び散り、カーペットに染みを作る。
それから、怒りをぶつけるように、椅子を蹴り飛ばした。大きな音をたてながら倒れた。
この人……感情的になりすぎているような……? 原作の透華と全く同じ行動を取っている。姉妹すぎないか……?
「……透華ちゃん?今姉妹すぎないか?とか思ったでしょ?顔に出てるわよ」
花音さんは私の顔を覗き込むようにして言った。
私はギクリとして固まってしまう。
まさか、思考を読まれるとは思わなかった。
そして、花音さんは私の顔を見て、クスリと笑った後、 急に真顔になって、私に向かってこう言った。
「やっぱり悠真はあの女のことが好きでたまらないのよ。あの女のことどうでもいいって言うのも嘘なんだろうし。それに、あの女もきっと悠真のことが好きなはずよ」
「………」
ぐうの音も出ないほどの事実だ。
香織様がお兄様のことを好きだというのは、誰が見ても分かるし、私自身も確信していた。
「私の方が可愛いのに……!私の方が愛してるのに……!なんであの女なのよ……!」
花音さんの目は狂っていた。
嫉妬に塗れた瞳。殺意に満ちた表情をしている。
「…って、それじゃ……花音さんは本気でお兄様のことが……?」
私は恐る恐る聞いてみた。
もし、本当に花音さんの想いが本気ならば、私は全力で止めなければならない。
「ええ、勿論、恋愛的な意味で好きよ?だってあの女を地獄に落とせるもの。あの女が死ねば私が幸せになれるし?悠真も鬱陶しい女がいなくなって清々するでしょ?」
花音さんは狂気じみた笑顔でそう言った。駄目だ。この人、あの時の透華と同じ目をしている……美穂ちゃんと王子が結ばれないように邪魔をする透華の目だ……
「……っ!お、俺は……!」
お兄様は何かを言いかけた。でも、言葉が出てこなかった。
お兄様はきっと、自分の気持ちに気づいている。だけど、それを言葉にするのが怖いんだ。
だから、言葉に出来ない。
「ほら、悠真。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ?先あの女がどうでもいいと言ったのは嘘だって。本当は大切に思ってるんだって」
「そ、それは……」
「ほらほら、言いなさいよ。あの女が大切だって。死んで欲しくないって。ま、そんなこと言われても計画を変更させるつもりはないけどね~」
花音さんはそう言ってニッコリと微笑んだ。お兄様が言おうとしていることを分かっていて、わざと焦らすようにしている。
なんて酷い姉なんだ。お兄様の性格を理解した上でこんなことしている。
「貴方が優柔不断なせいであの女が死ぬの。貴方のせいでね?」
お兄様は拳を強く握りしめていた。自分の無力さに腹を立てているのかもしれない。
私にはお兄様の本当の気持ちは分からない。でも、これだけは言える。お兄様は香織様を大切に思っている。
「あの女の何がいいのか私には全く分からないけど。……ねぇ、悠真、何か言いなよ。黙っていても何も変わらないよ?さっさと認めちゃいなよ。あの女のことが大切なんだって」
「俺は――」
お兄様が言葉を紡ごうとしたその時 バンッ!!と勢いよく扉が開かれた。
そこには息を荒くした香織様が立っていた。
え?どうして……?用があるならわざわざこんなところまで来なくても携帯で連絡すればいいだけの話なのに……と私が疑問に持っていると、
「え!?悠真お兄ちゃん!?」
「先生……?」
「悠真様が何故ここまで……?」
周りもキャーキャー騒ぎ出した。……まぁ、人気者のお兄様がわざわざこちらまで来たのだ。騒ぐのは当たり前なのだけど。
「……あ、あの、お兄様……?私に用なんですか?それって家に帰ったときに……」
「……透華……家に帰るぞ」
「……は?」
何を言っているんだ、この人。突然現れて帰るぞってどういうことだ。
いや、それよりも、何故いきなりそんなことを言うんだ。
「ち、ちょっと!説明してくだ……」
「いいから来い!」
私の言葉を無視して、無理矢理腕を引っ張られた。
周りの生徒達が戸惑いの声をあげる中、私は引きずられるようにしてその場から連れ去られた。
一体どうしたと言うのか。
それに、どうしてお兄様はこんなにも焦っているような感じなのだろうか。
「(……分からない、けど)」
何だか嫌な予感がする。
だからといって、この状況で逃げ出すことも出来ない。
だから、大人しくお兄様について行くことにした。
△▼△▼
家に帰ると、お母様とお父様が出迎えてくれた。
そして、そのままリビングに連れて行かれ、ソファーに座るように促された。
お兄様も向かい側の席に座り、お母様達はその横に並んで立っている。
私は困惑しながらも、黙ってその様子を見ているしかなかった。
すると、 ガチャリ 扉が開く音が聞こえてきた。そちらに目を向けるとそこには――
「………誰?」
知らない女の人が立っていた。雪のように白い肌に綺麗な黒髪。瞳は澄んでいて吸い込まれそうなほど深い色をしている。
とても美しい女性だった。
彼女は私をチラッと見るとすぐに目を逸らし、その後両親へと視線を移した。
彼女の顔には表情がなく、まるで人形みたいだと感じる。
「お、お兄様……?この方は?」
「……初めましてですね、透華ちゃん」
お兄様が私の問いに答える前より早く彼女が初めて口を開いた。
耳に残る甘い声をしていた。
しかし、私は何故か彼女に対して恐怖心を抱いた。理由は自分でもよく分からないけれど……。
「ふふっ、そんなに怖がらないでくださいな。私、何もしませんよ?」
そう言って微笑む姿はとても美しくて思わず見惚れてしまうほどだった。
でも、やはり怖いという気持ちが強くなった。
「俺の妹にあまり近づかないでくれるかな、"白咲花音"」
……白咲花音?聞いたことのない名前だ。
いや、それよりも、どうしてお兄様は……こんなに怒ってるの?
「あら、つれないわね?先まであんなに優しくしてくれたのに」
「妹に近づくな……怯えてるし」
「妹ねぇ……」
そう呟くと、今度は私を見つめてきた。
目が合うと、身体中に悪寒のようなものが走った。
そして、それと同時に先程よりも強い恐怖感に襲われた。
「妹って言っても血が繋がってないんでしょ?」
「そうだけども。でも、お前よりはマシだよ」
睨むようにしながら言うお兄様に、彼女はクスッと笑った。
本当に何を考えているのか全く分からないし、話も見えて来ない。
「ねえ、透華ちゃん……」
「は、はい……えーと……」
「あ、花音でいいわよ」
「では、花音さん……私話が見えないのですけど……説明していただけませんか?」
私がそういうと、両親は困ったような顔をした。お兄様は俯いていてあまり顔が見えず、どんな表情をしているのかがわからなかった。
……私、何かおかしいことを言っただろうか。
すると、花音さんは笑顔を浮かべながら答えた。
「説明してもいいけどぉ……透華ちゃん傷ついちゃうかもよ?悠真のことが大切
なら。それでも聞きたい?」
「……お兄様のこと大切です。好きだし尊敬もしています。だから……聞かせてください」
もうお兄様と私が『血が繋がっていない』事実は知っているし、今更ショックを受けるようなことはないだろう。
それに、お兄様のことをもっと知りたいとずっと思っていたのだ。ここで聞かない手はない。
私の言葉を聞いて、お兄様は目を大きく開いて驚いているようだった。
お母様達も驚いたような様子だったが、特にお父様は絶望した。
……え?何でそんな反応するの?『血の繋がってない兄妹』の事実はもう全員が知ってるし、別に驚くことでもないと思うのだけど……。
「……へぇ、そうなんだ。じゃあ教えてあげる。実はね、私と悠真は血の繋がってない兄妹でー、私と透華ちゃんは血の繋がってる姉妹なのー」
さらりと言われた衝撃の真実に私は呆然としてしまった。
「…………え?」
「だから、私と貴方は実の姉妹なんですよ、透華ちゃん。今まで隠していてごめんなさいね」
「そ、んなことって……」
有り得ない。だって、私はこの人を知らない。それに、家族写真にもこの人はいない。本当に彼女は――。
「まぁ、すぐ受け入れろって方が無理よね。とりあえず、また来るわー。……過保護な兄がいて透華ちゃんは幸せ者ねー」
そう言って、花音さんはリビングから出て行った。私はそれを黙って見送ることしか出来なかった。
暫くの間、誰も口を開かなかった。
「……透華、ごめんね、でも…花音は悪い子じゃないの。でも、あの子の言うことは本当で……」
沈黙を破ったのはお母様だった。申し訳なさそうな顔をしながら私に謝ってきた。
「透華……すまない……!」
お父様も泣きそうな顔で頭を下げてきた。
何だか、展開が急展開すぎてついていけないし、まだ頭の整理が出来ていない。
これは本当に私の知っている『貴方に花束を』なの……?
透華の周りの設定こんなに複雑だっけ?漫画とはだいぶ違う気がするんだけど……?
「あのクソ……!」
うわぉ、お兄様が『クソ』なんて汚い
言葉を吐いてるところ初めて見た。
しかも、かなりイラついているみたいだし……。
「………あの人が姉……」
そう、なのか……と不思議と受け入れられた。確かに、よく考えてみれば納得できる点もある。
まず、性格。たったあれだけしか話してないが花音さんも中々に性格が悪いと感じた。だってお兄様に『クソ』とか言わせるほどだもの。絶対良い人ではないはず。
次に見た目。綺麗なのは認めるけれど、どこか人間味を感じない人形のような美しさがあった。まるで、作られたかのような完璧な美貌……なのは漫画によく出てた透華もそんな感じだったし。
そして次は……これは似てるとは言わないかもしれないが、声。声質は全然違ったが、話し方や雰囲気がどことなく似ていた。前世の透華にだけど。
てゆうか、割と真面目に城ヶ崎家って凄く複雑な家庭環境だと思う。漫画の中だと白鷺家が一番複雑だったはずなのに……。でも、ふっと私は一つの疑問が降ってきた。
「……ねえ、お兄様」
「何?」
「どうして私のこと家に帰らせたの?私と花音さんの関係性を知って欲しかったの?」
「違う」
「じゃあ、どうして?」
花音さんと透華の姉妹だと知って欲しいから私を家に帰らせる以外の理由なんて思いつかない。
「……それは……」
お兄様は何か言いづらそうにしている。何かあるのか……?
「……俺には……透華しかいないから」
「………え?」
唐突な告白。いやいや、ちょっと待ってよ!そんないきなり言われても!?
「俺は透華がいないと生きて行けないんだよ」
「お兄様……何を……」
言っているの?という言葉は出てこなかった。
だって、その言葉が冗談なんかではなく本気で言っているように聞こえてしまったからだ。
「だから……お願いだから何処にもいかないで……透華……!」
「お兄様……」
どうしよう……まさかの展開過ぎて頭が追い付かない。お兄様にプロポーズされてる気分なんですけど。
「お兄様……私もお兄様のこと大好きですよ。離れるだなんて……!お兄様の側に離れるだなんてこと一生しません。お約束します」
これは事実だ。お兄様のことは大好きだ。だからこそ、お兄様の側を離れたくない。この気持ちは嘘偽りのない真実だし、これから先も変わることはないだろう。
ただ、
「ただ、お兄様は私だけではなく、たくさんの人がいるじゃないですか。お父様にお母様に裕翔様に香織様に華鈴様に玲奈様に伊集院様と西園寺様も」
それに他にもいるはずだ。お兄様のことを心配し、愛している人は沢山いる。だから、その気持ちに気づいてあげてほしい。
「私だけじゃないですからね?お兄様は沢山の人に愛されてるんですよ」
「…うん、分かってるよ、でも――」
「ごちゃごちゃうるさいわねぇ……」
「「「「っ!!?」」」
突然、リビングにそんな声が響き渡った。別に大声でだったわけでもないし、怒鳴っていたわけでもない。寧ろ静かな方だった。だけど、何故か耳に入ってきたのだ。
慌てて振り返るとそこにはさっき帰ったはずの花音さんがいた。
「おい、先帰ったはずだろ……?」
「帰るふりしただけよ。それにしても、本当に過保護なのねー」
お兄様の言葉を聞いて、花音さんは呆れたような顔をしていた。
「先から告白みたいなことしてさー、好きなの?血が繋がってないから結婚出来るもんねー?」
「けけけけ、結婚?!」
確かに血が繋がっていないので結婚出来ることは知っているが…!いや、でも十年以上前から兄と慕っていたし……そんな人と結婚するのはキツイ。
「そんなつもりで言ったわけじゃないし…」
「じゃ、どんなつもりなの?透華ちゃんのこと好きなんでしょ?恋愛的な意味で」
「…恋愛的な意味じゃなくて、家族的な意味だよ」
「家族……ねぇ……」
花音さんは疑うようにお兄様を見つめている。その視線に見覚えがあった。そう、それは――、
「(香織様や華鈴様と……)」
まるでお兄様に恋をしているかのような目だ。あの二人と同じ目をしている……と思ったのは私が恋愛脳になっているからだろうか。
「……まぁ、いいわ。じゃ、本当に私は帰るわ」
「ま、待ってください!花音さん!」
帰ろうとする花音さんを呼び止めると、
花音さんは不思議そうな顔をしながら此方を向いた。
私は深呼吸をして、ゆっくりと口を開いた。
「花音さんはお兄様のこと……好きですか?その……恋愛的な意味で」
花音さんの表情が固まった。世界が凍りついたかのように静寂に包まれた。
そして、暫くの間沈黙が続いた。
答えに悩んでいるのかな。……やっぱり、花音さんの想い人ってお兄様なのかな?それとも揶揄ってる……とか?
いや、でもあの表情が演技なら女優になれると思うし……。
「…ぷっ、あははははは!!」
「え?え?」
急に大笑いし始めた花音さんを見て私は困惑する。
え?何か変なこと聞いた?私、おかしいこと聞いてないよね?
「あはは……ごめんなさい……ちょっと可笑しくて……私が悠真のことが好きだなんて………あはは……!まぁ……好きよ?恋愛的な意味で」
サラリと告げられた言葉。
そうか……お兄様が好きなのか……って、えぇええええええ?!いやいやいや!え?!ちょっと待って! いやいやいやいや!!自分で聞いといてなんだけどマジなの?え?ガチでお兄様のこと……。
「あははっ!面白い反応ねー?」
「おい、花音、透華のことあんまり揶揄うな。俺のこと好きじゃねーくせに」
「あら?好きなのは本当よ?だって、貴方の隣にいたらあの女を地獄に落とせるんだもの」
………あの女?地獄?一体何の話をしているのか分からないけれど、花音さんの目はとても冷たい。
「だって、あの女気に食わないもの。いつも澄ました顔して……!私が一番になるはずだったのに……!一番になるべきは私なのに……!」
……そう憎しみを吐き捨てる花音さんの姿はあまりにも恐ろしかった。そして同時に『貴方に花束を』の透華を思い出してしまった。――ああ、この人は……城ヶ崎透華の姉なのだと……痛感させられた。
だってあまりにも似ていたから。透華と言動が……これは透華の姉ですわ。愚かで、醜くて、汚らしい。
でも、透華よりは頭はキレそうだし、計画性もありそうだし……透華よりも厄介かもしれない。
「だからね?邪魔者は消しちゃえば良いのよ?だからさ、透華ちゃん。あの女……殺さない?」
そう言って微笑む花音さんの顔はゾッとする程に綺麗だった。
「な、何を言っているんですか!?そんなこと出来るわけ……」
「あの女が消えれば……えーっと……確か……華鈴ちゃんだっけ?その子が悠真の一番になれるのよ?」
「何故そこに華鈴様が…?」
なんでここで華鈴様の名前が出てくるのだろう? 私もお兄様も疑問符を浮かべていた。
すると花音さんはクスリと笑って、 私の耳元で、
「私の言うあの女というのは九条香織のこと。そして、悠真は九条香織と華鈴ちゃんと二股しているわけ」
「……へ、え?」
思考停止。そして数秒後、ようやく理解が追い付いた。え?お兄様が二股だと……?いや、まぁ、確かに……側から見たらそう見えるけどさぁ……!!
「お、お兄様は二股なんかしていないですよ!!」
お兄様は絶対に二股なんてしない。お兄様は誰よりも優しくて誠実な人だ。それは断言出来る。でも、お兄様はモテるのだ。それはもう、沢山の人に。
だから、二股疑惑をかけられても仕方がないといえば、仕方がないかもしれないが、お兄様はそんなことをするような人では無い。
「でも私はあの女を消せばいいの。だから悠真が二股してようが、してなかろうが関係ないの。私は九条香織を消す。それだけ」
「ちょ、ちょっと待ってください!香織様を殺すって……本気ですか?!」
「勿論」
花音さんは即答した。そんなことしたら王子が黙ってないと思うし…警察沙汰になるし、王子も捜査に全面協力するだろうし、城ヶ崎家破滅するのでは………?
「か、考え直してください!」
「嫌よ。それに……城ヶ崎家のことは心配しなくて大丈夫よ。私、バレるつもり無いし。まぁ、仮に捕まっても?金と財力とそしてこの美貌があればどうにかなるし。ほら、お金って強いじゃない?」
「いやいやいや!そういう問題じゃありませんから!」
「じゃあどういう問題があるっていうの?」
「そ、そりゃあ……!人殺しなんて良くないと思います!」
私が原作で破滅していったのは、殺人未遂を犯したからだ。それをしないように生活していたのに花音さんのせいで城ヶ崎家もろとも破滅してしまった、なんてオチは絶対に嫌だ。
そんなの、原作と同じになってしまうから。
「だから、考え直して……!」
「えー?嫌よ。私は決めたんだもの。あの女を地獄に落とすって」
「もしあの人……香織様が死んじゃったら……伊集院様が黙ってませんよ……!」
そもそも人殺しだなんて駄目だと思うし。それに王子の好きな人だし……。
王子も花音さんのやったことを知ったら許すはずがないだろう。
「……クソ女を庇うだなんて、本当に私の妹なのかしら?それとも洗脳されてる?……透華ちゃんは九条香織のこと好きみたいだけど、あの女はクズよ。あの女はただの偽善者。人を騙すことしか出来ない詐欺師。あんな女に騙されているなんて……可哀想ね」
「はぁ!?私の尊敬してる人を侮辱しないでください!」
私は思わず怒鳴ってしまった。
香織様はそんな人じゃない!天然だけど優しい良い人なんだ!完璧で美しくて強くて……!
ああ、もう!言葉じゃ表せないくらい素敵な人なんだよ!! こんなにも完璧な人が居るだろうか?いや、居ない。
「……可哀想。洗脳されているのね……」
花音さんは憐れんだ目で私を見た。
「まぁ、安心しなさい、透華ちゃん。あの女が死んだらきっと目が覚めるわよ。だからそれまで……」
「嫌ですっ!香織様が死んだら私……!」
折角、原作再現しないように頑張ってたのに……!こんなところで別のやつに城ヶ崎家が破滅するだなんて……!
「意外だわ。透華ちゃんならノリノリでやりそうな気がしたんだけど」
「やるわけないでしょう?!私は香織様を殺したくなんかないし……!」
「殺したくない、と言う割にはあの女のことを心配しているようには聞こえないけど?」
「それは……その……」
……そう言われると何も言い返せなくなってしまう。だって先考えたのは香織様の安全ではなく、自分と自分の家族のことを考えたから。
「…ほら、言い返せない。つまりはそういうことよ。貴方はあの女のこと尊敬もしてないし、好きでもない。そうでしょ?」
花音さんの言葉が胸に突き刺さる。
私は香織様のこと尊敬しているし、かっこいいと思っている。大好きだと胸を張って言える。
でも――、
「…で?透華ちゃんばっかに聞いちゃっけど、悠真はどうなの?あの女のことは好き?それとも嫌い?」
今度はお兄様に矛先が向いてしまった。
お兄様は少しだけ考えてから答えを出した。
「……九条のことは好きでも……嫌いでも……どっちでもないかな」
お兄様はそう言った。お兄様……香織様はお兄様のこと大好きなのに……!どうしてそんなこというの……!
「ふぅん?なら、私があの女を殺そうとしても止めなくてもいいわけだよね?悠真は」
「……それとこれとは話が違うだろ」
「違わないよ。悠真はあの女に好意を抱いていない。だから、あの女が死のうが生きようがどちらでもいい。違う?」
「……そうだな。俺にとって九条はそこまで重要じゃない。……でも、九条が死んだら夢見が悪いと思う。だから、俺は九条を守るよ」
「なるほどねぇ~。やっぱりあの女が一番大切なんだ。ムカつく……!」
ムカつく、という部分は小声だった為、多分私以外には聞き取れなかった。
花音さんは心底イラついた様子で、 テーブルの上にあったグラスを床に落とした。
ガシャン、と音が鳴り、中身の水が飛び散り、カーペットに染みを作る。
それから、怒りをぶつけるように、椅子を蹴り飛ばした。大きな音をたてながら倒れた。
この人……感情的になりすぎているような……? 原作の透華と全く同じ行動を取っている。姉妹すぎないか……?
「……透華ちゃん?今姉妹すぎないか?とか思ったでしょ?顔に出てるわよ」
花音さんは私の顔を覗き込むようにして言った。
私はギクリとして固まってしまう。
まさか、思考を読まれるとは思わなかった。
そして、花音さんは私の顔を見て、クスリと笑った後、 急に真顔になって、私に向かってこう言った。
「やっぱり悠真はあの女のことが好きでたまらないのよ。あの女のことどうでもいいって言うのも嘘なんだろうし。それに、あの女もきっと悠真のことが好きなはずよ」
「………」
ぐうの音も出ないほどの事実だ。
香織様がお兄様のことを好きだというのは、誰が見ても分かるし、私自身も確信していた。
「私の方が可愛いのに……!私の方が愛してるのに……!なんであの女なのよ……!」
花音さんの目は狂っていた。
嫉妬に塗れた瞳。殺意に満ちた表情をしている。
「…って、それじゃ……花音さんは本気でお兄様のことが……?」
私は恐る恐る聞いてみた。
もし、本当に花音さんの想いが本気ならば、私は全力で止めなければならない。
「ええ、勿論、恋愛的な意味で好きよ?だってあの女を地獄に落とせるもの。あの女が死ねば私が幸せになれるし?悠真も鬱陶しい女がいなくなって清々するでしょ?」
花音さんは狂気じみた笑顔でそう言った。駄目だ。この人、あの時の透華と同じ目をしている……美穂ちゃんと王子が結ばれないように邪魔をする透華の目だ……
「……っ!お、俺は……!」
お兄様は何かを言いかけた。でも、言葉が出てこなかった。
お兄様はきっと、自分の気持ちに気づいている。だけど、それを言葉にするのが怖いんだ。
だから、言葉に出来ない。
「ほら、悠真。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ?先あの女がどうでもいいと言ったのは嘘だって。本当は大切に思ってるんだって」
「そ、それは……」
「ほらほら、言いなさいよ。あの女が大切だって。死んで欲しくないって。ま、そんなこと言われても計画を変更させるつもりはないけどね~」
花音さんはそう言ってニッコリと微笑んだ。お兄様が言おうとしていることを分かっていて、わざと焦らすようにしている。
なんて酷い姉なんだ。お兄様の性格を理解した上でこんなことしている。
「貴方が優柔不断なせいであの女が死ぬの。貴方のせいでね?」
お兄様は拳を強く握りしめていた。自分の無力さに腹を立てているのかもしれない。
私にはお兄様の本当の気持ちは分からない。でも、これだけは言える。お兄様は香織様を大切に思っている。
「あの女の何がいいのか私には全く分からないけど。……ねぇ、悠真、何か言いなよ。黙っていても何も変わらないよ?さっさと認めちゃいなよ。あの女のことが大切なんだって」
「俺は――」
お兄様が言葉を紡ごうとしたその時 バンッ!!と勢いよく扉が開かれた。
そこには息を荒くした香織様が立っていた。
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