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三章〜出会いと別れ〜

三十二話 『野球対決』

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連絡先を交換してから一ヶ月は経った。この一ヶ月は本当平和だった。お兄様も退院したし、美穂ちゃんともよく話すようになったし、美月さんや華鈴様や玲奈様やシャーロットの関係はうまくいっている。だから順調だった筈なのだけれど……。


「……絶対に勝つ」


「……そうこないと面白くないよ」


そう言って王子とお兄様は笑い合う。まるで決闘でもするかのように見えるが実際は野球をするだけだ。


「楽しみだわー!伊集院くんと悠真お兄ちゃんの試合を間近で見れるとかワクワクするし、九条先輩のことも賭けてないから姉さんも安心して見れて良かったね!」


「……そうね」


華鈴様今すごく恋する乙女の顔してる……!いや、可愛いよ?可愛いけど……私はチラッと西園寺の方を見る。


「……」


こっちは笑顔でお兄様と華鈴様を見てる。……笑顔なのに怖いんですけど!?


「…れ、玲奈様……あまり西園寺様を刺激なさらない方がよろしいかと……」


「ええー?どうして?私は面白いと思うけど?」 


「面白いって……それは流石に……」


「ほら、そろそろ試合が始まるわよ!」


話を逸らすように玲奈様は私達に試合の行く末を見守るよう促す。


「……(話を逸らされたけど……この試合が終わったらまた問い詰めよう)」


私は心の中でそう決めたのであった。


「プレイボール!!」


審判の声と共に試合は始まった。
どちらもエースであるから、互いに負けられない戦いでもある。試合は緊迫したまま進む。


途中、面白くなるような場面は一切なく、互いが点を取っても選手も観客たちすら誰も笑わない。真剣な表情のまま、時間は過ぎていく。そして──。


「……今は最終ゲーム。今は同点だからこれで決まるわね」


華鈴様はそう呟いた。確かにここまで来た以上は決めて欲しい。同点でもいいけど、やっぱり勝ちたいもの。そんなことを考えているうちに試合の流れは変わった。


「……お兄様がバッタで伊集院様がピッチャー……面白い展開ですね」


「……そうね」


この二人の対決は初めて見る私からしたらかなりのワクワクしている。最初に試合したときもこの展開はあったらしいがその時はアメリカにいて見れなかったし。


「……どっちが勝っても私は」


華鈴様の言葉を遮るように実況が声を上げる。


「なんと!突然の乱入者だぁぁぁぁぁ!!!」


「……えぇっ!?」


その言葉を聞いて私は驚いた。そして、グラウンドの真ん中を見るとそこには──。


「……誰?美月さん知ってる?」


「……いえ、分かりません……」


美月さんですら知らない人ということはこの学校の教師ではない。一体何者だろうと思っていると。 


「………何やっている!冬馬!」


激しく、王子の名前を叫ぶ声が聞こえてきた。


「げっ……お、親父……」


親父!?にしては、随分と若い気が…漫画だと、王子の父親は出てこなかったし。


「こんなところで!何してるんだ!?帰るぞ!」


「おいちょっと!待てよ!親父には関係ねぇだろ!」


「何を言っている!こんなところでくだらないことしてるんじゃねーぞ」


こんなところでくだらないって言ったら……!


「くだらない?その発言撤回してくださいよ。伊集院さん」


ああ、もう!お兄様が喧嘩売っちゃったよ!! お兄様は笑顔で王子の父に話しかけた。


私達が知っているお兄様とは違うお兄様に戸惑う。お兄様はいつも優しげな笑顔を浮かべて穏やかな性格をしている。だけど今のお兄様は……なんだか、目が笑ってなくて怖い。


「……野球がくだらないという発言を撤回して下さいと言っているんですよ」


「…冬馬は伊集院家の跡取り息子だ。ここで野球をしていてはいけない。そんなことする暇があるのなら勉強しろ」


「……なるほど、つまりあなたにとって伊集院家の息子はただの跡取りですか」


「そうだ。さぁ、ささっと……」


「ちょっと待ってください」


一つの美しい声がその場に響いた。その声は、


「…香織様?」


真剣な表情をして、香織様は王子の父親の前に立った。そして、凛とした声でこう告げる。


「おじ様、一緒に見ましょう。冬馬と悠真くんの試合」


その一言で王子の父は固まってしまった。まぁ、九条家は伊集院家より上だし、それに娘の香織様が言うのであれば仕方ないよね……。


「………香織様しかし……」


「おじ様だって、野球好きなんでしょう?だったら、二人の戦いを最後まで見てあげてください」


ニッコリと微笑む香織様。美しい笑顔なのに……何故だろうか、凄く怖い。


「……いや、ですが……」


「じゃあ、見なくてもいいですよね?見ないのならお父様に報告しますよ?」


その声に王子の父親は完全に押されていた。
そして、観念したのか大きなため息をつく。
そのまま王子の父親はベンチに座って試合を見守ることにしたそうだ。


「……よし、これで試合が再開できるわねさぁ、続きをしましょう」


「はい」


「おう!」


そうして試合は再開された。
試合は白熱したまま進み、終盤戦に入った。スコアは6-3で王子がリードしている。このままいけば、王子が勝てるかもしれない。 


「伊集院様も凄いけど、お兄ちゃんには勝てないと思います」


誇らしげに、美月さんはそう言った。そっか。美月さんのお兄さんもこの試合に参加してるのだった。お兄様の誕生日パーティー以来会っていないから気になるな。そう思っていると、


「ホームランだーーー!これで同点に追いついた!」


「えぇっ!?」


突然の逆転劇に驚く。
この展開は予想していなかったから、私は唖然としていたが、美月さんは『流石お兄ちゃん』とニコニコしていた。一方、


「おい!悠真!このまま流れに乗れ!」


そう言って裕翔さんはお兄様に激を飛ばす。お兄様は小さく笑みを浮かべながらバットを構えた。


「ああ、今は同点になっただけ。この一打で勝負が決まるからね」


「……お、お兄様」


私はお兄様のことをじっと見つめる。お兄様は真剣な顔つきのまま、ボールが来るのを待っている。


そして、ピッチャーが投げたボールがお兄様に向かっていく。お兄様は振りかぶると、ボールを叩いた。その打球は高く上がる。これは先も見た光景だ。つまり、


「ホームランだ……!」


私は思わず声を上げる。
お兄様の放った打球はそのまま青空へと吸い込まれていったかのように見えた。




結局、野球対決はお兄様チームが勝った。王子は悔しそうにしていたが、どこか満足げでもあった。


「またやろうぜ!今度は俺が勝つ!」


「いつでもいいよ。絶対に手加減はしないけどね」


二人は握手を交わした。その様子を見ていた香織様は嬉しそうな笑顔を見せていた。なんだか、二人の友情が深まったような気がする。


「本当、よかった」


変にギスギスせずに仲良くなったようで安心だ。そう思いながら私は美月さんと一緒に帰った。
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