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十話 『三嶋香澄の話 〜前編〜』

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私――三嶋香澄は完璧だった。勉強も運動も完璧だった。だって、テストで100点以外とったことはないし、体育の授業だって、私はいつも一番だった。


容姿も完璧だった。
顔立ちは整っているし、脚はすらっと長くて、胸もそこそこ大きく、腰回りの肉付きもいい……と自負している。スタイルだっていい。街を歩けば、すれ違う男性は必ずと言っていいほど振り返るし、学校でも男子から告白されたことは多かった。
そんな私の人生は、まさに順風満帆だった。


ただ一つ……家族関係を除いては。
私には父親がいなかった。いや、正確に言えば、物心ついた時からいなかった。
母は女手一つで私を育ててくれた。
育ててくれた、と言っても…母親はほとんど家にいなかった。
朝早くから夜遅くまで働き詰めで、私のことなど気にも留めていなかった。


でも、それはしょうがないこと。仕事なんだから、仕方がない。
私は文句も言わずに、一人で家事をこなしていたが――。


『ああ!もう腹が立つ!あんな娘、産まなきゃよかった!』
ある日。母が仕事から帰ってくるなり、大声で怒りだした。怖かった。ただ、それ以上に悲しかった。
どんなに母が私に冷たくても……どんなに私の相手をしてくれなくても……母に愛されたかった。


水商売で生計を立てていた母にとって、私は邪魔者だったのかもしれない。新しい男を見つけて、さっさと消えてもらいたかったのかもしれない。
それでも……それでも私は母に愛してほしかった。


そんなある日のこと母が海に誘ってきた。『お母さんと海に行かない?』
と、そう言われた。母は笑顔を浮かべていた。母の笑顔なんて初めてみた。
私はうれしくて。ウキウキで服を着替えた。


その時が一番幸せだった。
母と手を繋いで、家を出た時……本当に幸せでたまらなかった。
でも……それは一瞬の出来事だった。しかし、その幸せは……あっという間に崩れていってしまった。


海にある橋の上で母は私を突き飛ばしたのだ。
私は突き飛ばされた勢いで海に落ちてしまった。その時の母の笑顔は、今でも脳裏に焼き付いて離れない。
私は必死に水面を目指したが……途中で力尽きた。


ああ、もう全てがどうでもいい。
このままここで溺れ死んでしまおう……そう思ったときだった。


「……え?」


人の身体がコツン、と当たった。
思わず、顔を上げると……そこには見知らぬ男がいた。息はしていないらしく、目は瞑っていた。お世辞にも、顔はイケメンとは言えないし、服装だってお世辞にもかっこいいとは言えない。
でも、その時の私は……何故かこの見知らぬ男に見覚えがあった。


「(意味が分からない)」


なぜ、この見知らぬ男を私が見覚えがあると思ったのか。
それは分からないが……しかし、この男は私にとって何か特別な人物のような気がしたのだ。そんなことを思っていると波に飲まれて、そのまま気を失った。


溺れていく。苦しくて、辛くて……そして意識が遠のいていく。そんな状況の中、目に飛び込んできたのは……あの男の顔だった。
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