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第14章 明日を迎えるために
(3)
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夜は更けていた。
医者から外出許可をもらったサンタは、リステリアス宮のテラスにひとりでぼんやりと座って夜空を見上げていた。
体の傷はずいぶんと癒えており、それはこの惑星リスタルを後にする日がもう迫っていることを意味していた。
いろいろなことがあったがともかくこの一件もそれで終わりだった。
そしてまたいつもの『運び屋』暮らしに戻って行くことになる。
あの喧騒に満ちた生活がまた始まるのだ。
(まあ、ある意味、入院はいい休暇にはなったかも知れないな)
生死の境を彷徨った割にはのんきにそんなことを考えていたサンタは、人が近づく気配に座ったまま振り返った。
「サンタ、ここにいたんですか?」
シルクの部屋着姿のセロリがそこに立っていた。
赤茶色の髪を後ろに流し、自慢のネコ耳を、ぴくぴく、と動かしながら笑顔を浮かべている。
「ああ。夜空を見ていたんだ」
「ロマンチックな台詞はサンタには似合いません」
「確かに」
サンタは笑顔で答えた。
「ひとりなんですか? 羽衣は?」
「ああ、何だかラフィンに頼んで、リステリアス宮を見学するとか云って出掛けて行ったよ」
「ふむ、なるほど。サンタひとりとはこれは千載一遇のチャンスですね」
ぶつぶつ、とセロリがひとり言を云った。
「隣に座ってもいいですか?」
「ああ、構わない」
セロリはそれを聞くと、嬉しそうに、ちょこん、とサンタの隣に腰掛けた。
「あの、サンタ?」
「ん? どうした?」
「あのお……、ちょっと、その、肌寒いので……か、肩を抱いてくれますか?」
その言葉にサンタが驚いたような顔でセロリを見る。
かれを見上げているセロリと目が合った。
そのセロリの目が甘えているように見えて、サンタはどぎまぎして目を逸らした。
「お姫様にそんなことできないだろ」
照れたようにそっぽを向く。
「そ、それでは公女としての……命令です」
少し慄え声でセロリが『命令』した。
(命令、と来たか……)
サンタは苦笑した。
(この、ずけずけした云い草もこれが最後かも知れないしな)
そしてかれは付け焼刃ながらも貴族の礼をすると、それでは失礼します、公女殿下、と、云いながら優しくセロリの肩に手を回した。
セロリがサンタに凭れかかる。
「えへ♪」
セロリは顔を真っ赤にして嬉しそうに笑った。
そのままふたりは何も云わずにじっと夜空を眺めていた。
流れ星が、ひとつ、ふたつ、と夜空を過ぎる。
そのたびに、あっ、と小声で叫ぶセロリを、サンタは愛おしそうな表情で見つめていた。
やがてセロリが、ふと、表情を曇らせた。
思い出したくないことを思い出してしまった、とでも云うように。
「あの、サンタ」と、セロリ。
「ラスバルトのことですが」
云いにくそうに話し始める。
「リスタルの公女として改めて謝罪させていただきます。いろいろとお世話になった恩人のサンタにあんな仕打ちをして。何と云ってお詫びすればいいのか……」
サンタは、バカだな、と囁くと、そんなセロリの柔らかい髪を、特徴的な耳を、優しく撫でる。
「おまえのせいじゃない」
「でも……」
「気にするな。ユズナが云ってたろ? おまえたちを泣かしたおれの方が悪いってさ」
「優しいんですね、サンタ」
それでも気にしない訳にはいかなかった。
セロリはセロリで今回のことでは深く傷ついてはいたけれど、だからと云ってサンタに大怪我を負わせてしまったのは事実だった。
「もう終わったことだからな」
サンタは答える。
だが、サンタにもひとつだけ、気になっていることがあった。
「……と、恰好つけてから何だが」
「はい?」
「ひとつ訊いていいか?」
「ええ、何なりと。私のスリーサイズとかですか?」
「いや、それにはあまり興味がないんだが……、ラスバルトは、何故、あんなに亜人を嫌っていたんだ?」
ああ、そのことですか、スリーサイズではなく、と、セロリは少し残念そうに呟く。
「詳しくはわかりません。ただ、私の生まれるより前に亜人の使用人に酷いことをされたトラウマがあったらしいのです。お父様もお母様もそれについてはそれ以上教えてくれませんでしたが」
(トラウマ、か……)
それ以上詮索する気にはなれなかった。
聞いたところで何が変わる訳でもないし、かれが起こしたことを帳消しに出来る訳でもないのだから。
サンタは、ふっ、とため息をつきながら空を見上げた。
満天の星空である。
幾千万の星々が輝いている。
どの惑星に行ったとしても惑星首都でこんな星空にお目にかかれることはない。その美しさはリスタル公国が、首都リステリアスが、連邦中に誇っても良い、とかれは思った。
セロリも同じように空を見上げている。
「星を見るのは好きか?」
「ん……」
セロリがかすかに頷く。
「星って奴はいつも止まっているように見えるが実はそれぞれが銀河の中で動いているんだ」
突然のサンタの言葉に、セロリが戸惑ったように、サンタに目をやった。
「え? ええ。そう云えば、サンタが教えてくれました。星々の位置は『不定』ですよね。《ベイツの虚数象限》を考えなければ、ですけど」
「よく憶えているな。その通りだ。とは云え、こうして仰ぎ見る星々は恒星だから《ベイツの虚数象限》を持ち出さなくても、人々が見ている間はほとんど動いては見えない。絶対座標は動いていても相対座標はほとんど動かない。人の一生くらいの時間では、まったく動いていないのと同じだ。だけどそれでも何万年の後にはこの夜空の星々は、今とは全く姿を変えてしまう。……知ってたか?」
セロリは、無言で首を振る。
「世の中なんてのもそんなもんだ。少しずつ、少しずつ目に見えないくらいの速さで姿を変えて行く」
そこでサンタは黙り込んだ。黙って星々をじっと眺めている。
セロリも黙ってそんなサンタと星空を眺めている。
「世の中なんて、そんなものだ」
サンタは繰り返す。当たり前のように。
「しかし、羽衣は違う」と、サンタ。
「あいつは変われない。あいつには時間が意味を持っていない。あいつは老いることを知らない。知識を増やすことはできても成長することはできない。……だがおれは違う。おれたちは、この世界は違う。つまりあいつだけがおいてけぼりなんだ。この世界の中でな。……おれがいつか死んでしまえば結果としておれはあいつを捨ててしまうことになる。おれがそうしたくなくてもそんなときは必ずやってくる。おれにはそれが堪らない。あいつだけをこの世界においてけぼりにするのが堪らないんだ」
苦しそうな、本当に苦しそうな顔で、サンタは呟くように、吐き捨てるように、言葉を絞り出す。
「……そしてそんな羽衣を目覚めさせてしまったのは、起動してしまったのは――他ならぬ、『おれ』なんだ」
セロリは、はっとして、サンタを見る。
「つまりは、おれには目覚めさせてしまった羽衣を幸せにしてやる責任があるんだよ、セロリ。だから今だけでも、あいつといられる時間だけでも、あいつを愛してやりたい。おれが出来ることはそれだけだから」
自嘲気味な言葉。
それがサンタが羽衣に対して抱いている思いのすべてなのだ、と、セロリは理解した。
「そんな……」と、セロリ。
「そんなことは羽衣は思ってもいませんよ。彼女は……辛いことですけども……ちゃんと自分を弁えています。いつかサンタと別れなければならないことも――」
サンタはセロリに目をやり、それから苦笑する。
「ああ、そうだろうな。それはわかっているさ。あいつはバカじゃない。それどころか連邦中探してもお目にかかれないような優秀な《バイオ・ドール》だからな。ただおれ自身の気持ちの問題なんだよ」
「サンタの気持ちの問題……」
セロリがその意味を反芻する。
そして。
「それが『こだわり』ですか?」
「え?」
「その『こだわり』のせいでユズナさんと別れたんですよね?」
「そうだな」
「つまり羽衣を目覚めさせた責任で、羽衣をずっと見守るために、ユズナさんとのすべてを捨ててしまった、と云うことなんですか?」
「……ああ、そうだな」
「それで羽衣が喜ぶとでも思っているんですか?」
「……いや」
「それでユズナさんが納得するとでも思っているんですか?」
「……いや」
「そう……ですか」
セロリが呟く。
「勝手ですね」
「……ああ」
「ワガママ、と云ってもいいかも知れません。自分勝手な『こだわり』です。何だか……ムカついて来ました」
「……」
セロリがサンタを睨みつけた。
サンタはその視線を真っ向から受け止める。悲しそうな表情で。
平手打ち。
セロリの小さな手がサンタの頬を打った。
じんじんとした痛みが、サンタの頬に、そして胸の中に広がる。
「バカですよ。大バカですよ。羽衣はそんなこと、気にしていないのに。むしろサンタに幸せになってもらうことを望んでいるのに。サンタを守りたいと思っているだけで、サンタに責任を感じて欲しくなんかないのに。それにユズナさんだってサンタのそんな『こだわり』のためにすべてをあきらめるなんて。結局、サンタのワガママじゃないですか!」
「そうだな。確かにそうかも知れないな」
「かも知れない、じゃないです!」
セロリが叫んだ。
「そんなの……、そんなのって違います。みんなに……みんなにつらい思いをさせて、サンタはそれでも一人前の大人なんですか? やってることは私よりも子供じゃないですか? それに……、それに……」
セロリは少し口篭った。
それから、ふうっ、と大きく息をする。
「私だってサンタのことが大好きなんですよ!」
「……セロリ?」
「冗談で、夜這い、とか云って悪ふざけを装っていましたが、半分は本気だったのに。ううん、ほとんど本気だったのに」
彼女の目が潤んだ。
それを自分の部屋着の袖口で、ぐい、と拭う。
公女としての礼儀も作法もない。ただの少女としての仕種であった。
「この歳で私は行かず後家になっちゃうんですね」
「い、行かず後家……?」
「もう、いいです。サンタのバカさ加減がわかっただけで十分です」
セロリは、云うだけ云うと、すくっと立ち上がる。
「いろいろとありがとう、サンタ。お元気で」
そしてセロリは小走りにテラスを走る抜けるとリステリアス宮の中に消えて行った。
サンタはそんなセロリをただ黙って目で追っているだけだった。
セロリに叩かれた左の頬がじんじんと痛むような、そんな思いを味わいながら。
医者から外出許可をもらったサンタは、リステリアス宮のテラスにひとりでぼんやりと座って夜空を見上げていた。
体の傷はずいぶんと癒えており、それはこの惑星リスタルを後にする日がもう迫っていることを意味していた。
いろいろなことがあったがともかくこの一件もそれで終わりだった。
そしてまたいつもの『運び屋』暮らしに戻って行くことになる。
あの喧騒に満ちた生活がまた始まるのだ。
(まあ、ある意味、入院はいい休暇にはなったかも知れないな)
生死の境を彷徨った割にはのんきにそんなことを考えていたサンタは、人が近づく気配に座ったまま振り返った。
「サンタ、ここにいたんですか?」
シルクの部屋着姿のセロリがそこに立っていた。
赤茶色の髪を後ろに流し、自慢のネコ耳を、ぴくぴく、と動かしながら笑顔を浮かべている。
「ああ。夜空を見ていたんだ」
「ロマンチックな台詞はサンタには似合いません」
「確かに」
サンタは笑顔で答えた。
「ひとりなんですか? 羽衣は?」
「ああ、何だかラフィンに頼んで、リステリアス宮を見学するとか云って出掛けて行ったよ」
「ふむ、なるほど。サンタひとりとはこれは千載一遇のチャンスですね」
ぶつぶつ、とセロリがひとり言を云った。
「隣に座ってもいいですか?」
「ああ、構わない」
セロリはそれを聞くと、嬉しそうに、ちょこん、とサンタの隣に腰掛けた。
「あの、サンタ?」
「ん? どうした?」
「あのお……、ちょっと、その、肌寒いので……か、肩を抱いてくれますか?」
その言葉にサンタが驚いたような顔でセロリを見る。
かれを見上げているセロリと目が合った。
そのセロリの目が甘えているように見えて、サンタはどぎまぎして目を逸らした。
「お姫様にそんなことできないだろ」
照れたようにそっぽを向く。
「そ、それでは公女としての……命令です」
少し慄え声でセロリが『命令』した。
(命令、と来たか……)
サンタは苦笑した。
(この、ずけずけした云い草もこれが最後かも知れないしな)
そしてかれは付け焼刃ながらも貴族の礼をすると、それでは失礼します、公女殿下、と、云いながら優しくセロリの肩に手を回した。
セロリがサンタに凭れかかる。
「えへ♪」
セロリは顔を真っ赤にして嬉しそうに笑った。
そのままふたりは何も云わずにじっと夜空を眺めていた。
流れ星が、ひとつ、ふたつ、と夜空を過ぎる。
そのたびに、あっ、と小声で叫ぶセロリを、サンタは愛おしそうな表情で見つめていた。
やがてセロリが、ふと、表情を曇らせた。
思い出したくないことを思い出してしまった、とでも云うように。
「あの、サンタ」と、セロリ。
「ラスバルトのことですが」
云いにくそうに話し始める。
「リスタルの公女として改めて謝罪させていただきます。いろいろとお世話になった恩人のサンタにあんな仕打ちをして。何と云ってお詫びすればいいのか……」
サンタは、バカだな、と囁くと、そんなセロリの柔らかい髪を、特徴的な耳を、優しく撫でる。
「おまえのせいじゃない」
「でも……」
「気にするな。ユズナが云ってたろ? おまえたちを泣かしたおれの方が悪いってさ」
「優しいんですね、サンタ」
それでも気にしない訳にはいかなかった。
セロリはセロリで今回のことでは深く傷ついてはいたけれど、だからと云ってサンタに大怪我を負わせてしまったのは事実だった。
「もう終わったことだからな」
サンタは答える。
だが、サンタにもひとつだけ、気になっていることがあった。
「……と、恰好つけてから何だが」
「はい?」
「ひとつ訊いていいか?」
「ええ、何なりと。私のスリーサイズとかですか?」
「いや、それにはあまり興味がないんだが……、ラスバルトは、何故、あんなに亜人を嫌っていたんだ?」
ああ、そのことですか、スリーサイズではなく、と、セロリは少し残念そうに呟く。
「詳しくはわかりません。ただ、私の生まれるより前に亜人の使用人に酷いことをされたトラウマがあったらしいのです。お父様もお母様もそれについてはそれ以上教えてくれませんでしたが」
(トラウマ、か……)
それ以上詮索する気にはなれなかった。
聞いたところで何が変わる訳でもないし、かれが起こしたことを帳消しに出来る訳でもないのだから。
サンタは、ふっ、とため息をつきながら空を見上げた。
満天の星空である。
幾千万の星々が輝いている。
どの惑星に行ったとしても惑星首都でこんな星空にお目にかかれることはない。その美しさはリスタル公国が、首都リステリアスが、連邦中に誇っても良い、とかれは思った。
セロリも同じように空を見上げている。
「星を見るのは好きか?」
「ん……」
セロリがかすかに頷く。
「星って奴はいつも止まっているように見えるが実はそれぞれが銀河の中で動いているんだ」
突然のサンタの言葉に、セロリが戸惑ったように、サンタに目をやった。
「え? ええ。そう云えば、サンタが教えてくれました。星々の位置は『不定』ですよね。《ベイツの虚数象限》を考えなければ、ですけど」
「よく憶えているな。その通りだ。とは云え、こうして仰ぎ見る星々は恒星だから《ベイツの虚数象限》を持ち出さなくても、人々が見ている間はほとんど動いては見えない。絶対座標は動いていても相対座標はほとんど動かない。人の一生くらいの時間では、まったく動いていないのと同じだ。だけどそれでも何万年の後にはこの夜空の星々は、今とは全く姿を変えてしまう。……知ってたか?」
セロリは、無言で首を振る。
「世の中なんてのもそんなもんだ。少しずつ、少しずつ目に見えないくらいの速さで姿を変えて行く」
そこでサンタは黙り込んだ。黙って星々をじっと眺めている。
セロリも黙ってそんなサンタと星空を眺めている。
「世の中なんて、そんなものだ」
サンタは繰り返す。当たり前のように。
「しかし、羽衣は違う」と、サンタ。
「あいつは変われない。あいつには時間が意味を持っていない。あいつは老いることを知らない。知識を増やすことはできても成長することはできない。……だがおれは違う。おれたちは、この世界は違う。つまりあいつだけがおいてけぼりなんだ。この世界の中でな。……おれがいつか死んでしまえば結果としておれはあいつを捨ててしまうことになる。おれがそうしたくなくてもそんなときは必ずやってくる。おれにはそれが堪らない。あいつだけをこの世界においてけぼりにするのが堪らないんだ」
苦しそうな、本当に苦しそうな顔で、サンタは呟くように、吐き捨てるように、言葉を絞り出す。
「……そしてそんな羽衣を目覚めさせてしまったのは、起動してしまったのは――他ならぬ、『おれ』なんだ」
セロリは、はっとして、サンタを見る。
「つまりは、おれには目覚めさせてしまった羽衣を幸せにしてやる責任があるんだよ、セロリ。だから今だけでも、あいつといられる時間だけでも、あいつを愛してやりたい。おれが出来ることはそれだけだから」
自嘲気味な言葉。
それがサンタが羽衣に対して抱いている思いのすべてなのだ、と、セロリは理解した。
「そんな……」と、セロリ。
「そんなことは羽衣は思ってもいませんよ。彼女は……辛いことですけども……ちゃんと自分を弁えています。いつかサンタと別れなければならないことも――」
サンタはセロリに目をやり、それから苦笑する。
「ああ、そうだろうな。それはわかっているさ。あいつはバカじゃない。それどころか連邦中探してもお目にかかれないような優秀な《バイオ・ドール》だからな。ただおれ自身の気持ちの問題なんだよ」
「サンタの気持ちの問題……」
セロリがその意味を反芻する。
そして。
「それが『こだわり』ですか?」
「え?」
「その『こだわり』のせいでユズナさんと別れたんですよね?」
「そうだな」
「つまり羽衣を目覚めさせた責任で、羽衣をずっと見守るために、ユズナさんとのすべてを捨ててしまった、と云うことなんですか?」
「……ああ、そうだな」
「それで羽衣が喜ぶとでも思っているんですか?」
「……いや」
「それでユズナさんが納得するとでも思っているんですか?」
「……いや」
「そう……ですか」
セロリが呟く。
「勝手ですね」
「……ああ」
「ワガママ、と云ってもいいかも知れません。自分勝手な『こだわり』です。何だか……ムカついて来ました」
「……」
セロリがサンタを睨みつけた。
サンタはその視線を真っ向から受け止める。悲しそうな表情で。
平手打ち。
セロリの小さな手がサンタの頬を打った。
じんじんとした痛みが、サンタの頬に、そして胸の中に広がる。
「バカですよ。大バカですよ。羽衣はそんなこと、気にしていないのに。むしろサンタに幸せになってもらうことを望んでいるのに。サンタを守りたいと思っているだけで、サンタに責任を感じて欲しくなんかないのに。それにユズナさんだってサンタのそんな『こだわり』のためにすべてをあきらめるなんて。結局、サンタのワガママじゃないですか!」
「そうだな。確かにそうかも知れないな」
「かも知れない、じゃないです!」
セロリが叫んだ。
「そんなの……、そんなのって違います。みんなに……みんなにつらい思いをさせて、サンタはそれでも一人前の大人なんですか? やってることは私よりも子供じゃないですか? それに……、それに……」
セロリは少し口篭った。
それから、ふうっ、と大きく息をする。
「私だってサンタのことが大好きなんですよ!」
「……セロリ?」
「冗談で、夜這い、とか云って悪ふざけを装っていましたが、半分は本気だったのに。ううん、ほとんど本気だったのに」
彼女の目が潤んだ。
それを自分の部屋着の袖口で、ぐい、と拭う。
公女としての礼儀も作法もない。ただの少女としての仕種であった。
「この歳で私は行かず後家になっちゃうんですね」
「い、行かず後家……?」
「もう、いいです。サンタのバカさ加減がわかっただけで十分です」
セロリは、云うだけ云うと、すくっと立ち上がる。
「いろいろとありがとう、サンタ。お元気で」
そしてセロリは小走りにテラスを走る抜けるとリステリアス宮の中に消えて行った。
サンタはそんなセロリをただ黙って目で追っているだけだった。
セロリに叩かれた左の頬がじんじんと痛むような、そんな思いを味わいながら。
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