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第4章 シスターの正体

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「あの……、やはり黙ってはいられません」
「云いたくないことは黙っていてもいいんだぜ? 依頼人がすべてを明かす必要はない、ってのが『運び』の不文律だ。『理由』は必要だが『秘密』があってもいい」

 セロリはその言葉に首を振る。

「いいえ。それはフェアじゃないです。そう思います」

 そこで彼女はひとつ深呼吸をする。
 そして――。

「私は……私の名前はセルリア・リスタル・モロク。お父様はリスタル公国の現大公モロク三世。お母様は大公妃イザベラ。つまり、私は……」

「お姫様、って訳か?」

(さすがに、大公家の姫君とは思わなかった)

 リスタル公国。

 確かに今の連邦のシステムの中にあっては、公国、とは云っても惑星自治区としての位置づけでしかない。
 だが、それでも『国家』である。
 国家元首もいれば、憲法もあり、独自のシステムで動く独立した存在である。
 そしてその大公家の姫君となれば、普通の人間がこんなふうに接することなどはあり得ないことである。

 さすがに予想外ではあったが、それくらいのことで驚いていては『運び屋』の商売はやっていられない。
 いろいろと思いもよらない『理由わけあり』のものを運ぶのがこの稼業なのだから。

「なるほどな。それならリスタル金貨を持っていても不思議ではないか」
「はい。黙っていてすみませんでした。……驚きましたか?」
「ああ、驚いた。……世も末だな」
「え? 世も末? あの……どう云う意味ですか?」
「面白がって夜這いごっこをするお姫様、って存在が……最大の驚きだ」
「はあ? 驚くのはそこですか? どんだけですか? まあ、確かに悪ノリして、はしたない真似をしましたが」

 セロリは口をとんがらせてぶつぶつと言い訳めいた口調。
 痛いところをつかれた、と云う顔である。

 そこへサンタが追い討ちをかける。

「さてはそんなだから修道院に入れられたんだな?」
「な、何を云うんですか! そんな厄介払いみたいな理由でシスターになった訳ではありません。もっと高尚な理由が、たぶん、お父様にもお母様にもあったはずです。……と、思います。……そうじゃないかな。……そうだといいんですが」

 少しずつトーンダウンするところを見るとはっきりとした理由を聞かされている訳ではないらしい。
 と、云うよりは、今までそんなことは考えたこともなかったのだろう。
 生粋の、お嬢様育ち、であった。

「そ、それに……」と、セロリ。
「いくら私でも本当にイヤだったら夜這いなどしませんし……」

「え?」と、サンタ。
「え?」と、羽衣。
「え?」と、セロリ。

 場の空気が、一瞬、しらっとする。
 しまった、余計なことを云ってしまった、と、セロリは後悔した。

(これでは私がサンタに対して満更でもない気持ちを抱いているようではないですか)

 羽衣がそんなセロリの様子と、年甲斐もなくややうろたえた表情を見せたサンタを、じっと見較べた。

(う~ん、どうやらセロリってば、マジにあたしのライバルかも……。ってか、サンタってば、もしかして本当にロリ系嗜好なのかな?)

「と、ともかく、ですね」と、顔を少しだけ赤らめてセロリが続けた。
「あの、私のことを港まで送っていただければそれでいいのですから」

「あ、ああ、そのことか」と、サンタ。
「そのことだが、少しばかり予定を変更した方がよさそうだ」

「予定を変更?」

「考えていたんだ。……地区を出れば安全だ、と思っていたんだが、どうもそう簡単には行きそうもない。おまえを追っかけている連中は、ただ家出したおまえが心配で追いかけているってだけではなさそうだ。正直、それなら地区警察にカーチェイスまではさせないだろうしな。是が非でも捕まえたい、って感じだ。そもそも家出する前もおまえは修道院で見張られていたんだよな?」
「ええ。トッテンマイヤーさんに、さながら家政婦のように」
「そのくだりはどうでもいいが……、そのきっかけはおまえが見てしまった例のリスト、ってことなんだろう?」
「たぶん」

(そのリストが何なのかはわからないが、かなり『見られてはヤバイもの』らしい。大公家の姫なんて云うVIPと知りながら、わざわざ必要以上に監視して逆にセロリが警戒して家出してしまったくらいだし)

 そう云う意味では追っ手にとっては皮肉な結果ではあるのだが。

「いずれにしても」と、サンタは続けた。
「奴らはおまえをあきらめないさ。たぶんリスタルに戻られたら、困ったことになるんだろう。だとすれば、港に行くのは危ないってことだ。多少でも知恵があればそこで待ち伏せしているのが定石だろう」
「え? でもそうしたら私はリスタルに戻れないってことですか?」

 セロリの顔に失望の色が浮かぶ。
 彼女にとってはリスタルに戻ることだけが、安全を確保する唯一の方法、と信じていたのだ。
 そのためには星船に乗るしかなく、つまりは港に行くしかないと云うのに、それが危険だと指摘されればもはや方法はない。

 そのとき、ふ~ん、と、羽衣が頷いた。

「なるほど、そう云うことか。つまり『陸路』で行こうってことね、サンタ?」
「ああ、そうだ」
「『陸路』? どう云う意味ですか? リスタルはこの星にあるのではなくここから数十光年以上も離れた惑星なんですよ?」

 セロリが不審をあらわにする。
 彼女にとって星海を渡ることは星船での航海でしかない。
 陸路、の意味がわからなかった。

「なあ、セロリ、こんな歌を聞いたこと、ないか?」


『星海出るのに、星船で?
 お大尽じゃあるまいし。
 今の流行はやりを知らんのかい?
歪空回廊トンネル》飛ばしてGo AWAY!
 それも、どデカいコンボイで!』


 陽気にサンタが唄う。
 誰が作ったのかは知らないがコンボイ仲間では有名な歌である。

「あの、サンタ……」
「どうだ? 聞いたことあったか?」

「いえ。下手すぎてメロディがわかりません」

 羽衣が吹き出し、サンタは憮然とした表情になった。
 結構、ショックであった。
 率直過ぎるセロリの性格は、ある意味、凶器だ、とサンタは思った。

(少しは、気をつかえ!)

「下手くそで悪かったな。ともかくおれのコンボイでおまえの星までつれてってやる、ってことだよ。リスタル金貨ならばそれでも釣りが来るくらいだ」

 ぶっきら棒に答える。

「コンボイで?」

「ああ、まあ、任しておけ」

 そう云うと、サンタはオート・ドライブをマニュアルに切り替え、手近なジャンクションからフリーウエイを降りた。

「楽しいコンボイ生活をお姫様に味わってもらおう、って話だよ」
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