錬金術師と銀髪の狂戦士

ろんど087

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第6章

サイトン村のマドンナ(3)

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 暖炉には火が入っていた。
 緑の季節になったとは云え、山間のサイトンの村では夜はまだかなり冷え込む。
 暖炉はまだまだ欠かせないものであった。

 その暖炉のあるリビングルームでタイトとロード神父は向かい合って座っていた。
 ロード神父はすでに初老にさしかかった年齢を迎えていた。
 トーコは事件の後、相次いで両親を亡くしていたが、かれはそんな彼女を教会に引き取り今では彼女の親代わりでもあった。

 そのロード神父をタイトは真剣な表情で見つめていた。
 神父の横には車椅子のトーコが不安そうにしている。

「話、と云うのは?」と、ロード神父。

 かれは向かいに座っている若者を、睨みつけるような厳しい視線で凝視していた。

「トーコおねえちゃんのことです」

「トーコのこと?」

「ええ」

 タイトはトーコの美しい顔に目をやった。

「私のこと? そう云えば、私ってタイトの初恋のお姉さんだったのよね。……まさか、ツグミちゃんを捨てて私と一緒になりたい、とか?」

 彼女は嬉しそうにタイトに訊ねた。

「いえ、違います」

 タイトが冷静に答える。

「ええ? 嘘でも、そうです、とか云えばいいのに……」

 不満そうな表情を見せるトーコ。
 それに向かってロード神父が首を振った。

「少し黙っていなさい、トーコ。タイトは真面目な話をしようとしているんだ」

「あ、ごめんなさい。わかったわ」

 トーコは唇の前で人差し指を立てて、ウインクをして見せた。
 お茶目な仕種ではあるが、空気を読めているとは云いがたい仕種でもあった。

「それで?」と、神父。

「はい」と、タイト。
「おれが科学局にいたことはご存知ですね? そこで何を研究していたかについては詳しくは明かせませんが、結論から云うとその研究の成果を利用してトーコおねえちゃんの治療するためにおれはサイトンに戻って来たのです」

「治療?」

「そうです。ある特殊な治療をすることでトーコおねえちゃんの分断してしまった神経を繋ぎ合わせます。それによって下半身の運動能力を再生させるのです」

 神父は驚いたような顔をしてそれからトーコを見た。
 トーコはきょとんとした顔でタイトを見つめていただけだった。

「どう云うことだね? 彼女の体は……医療局での二年間の治療でも完治不能と結論が出たのだよ?」

「知っています。通常の再生治療ではおそらくその通りです」

「では、どうやって?」

 タイトは口を閉ざした。
 少しの間考えている様子を見せ、それから顔を上げた。

「あるユニットをトーコおねえちゃんの身体に埋め込みます。それはおれの研究していたある物質を利用したユニットです」

「それは何だね?」

「簡単に云えば、途切れた脊髄神経の代わりにトーコおねえちゃんの脳からの信号を、下半身の神経系に伝える中継ユニットです」

「なるほど……」

 そして神父はタイトを見る。

「それは合法な治療なのかね?」

「……まだ研究段階です。効果があることは理論的には証明されていますが、正直、どの程度回復するかはわかりません」

「私は、合法か、と訊いたのだが?」

 神父の目が真っ直ぐにタイトの表情のない目を捉える。
 それはさながらタイトの本心を見透かすような視線であった。
 タイトはそれに耐え切れないとでも云うように、思わず目を逸らした。

「……非合法です。今のところは」

 それを聞くと、そうか、と神父は独り言のように答えた。

「トーコ?」

「はい」

「きみはどう思う? かれの提案について……」

 トーコはタイトの顔を見つめ、それからロード神父に視線を移した。

「決まっているわ。私はタイトを信じてる。いつでも」

 彼女はひと言そう云うと屈託のない笑顔を見せた。

「そうか。トーコがそれならば私は構わない」

 そしてロード神父はじっとタイトに目をやる。

「もうひとつ、訊きたい」と、ロード神父。
「タイト、きみは科学局から許可を得て、ここに来たのか?」

「非合法、と云ったはずですが……」

「手術のことではない。きみだ。――私の知る限り、科学局、特にきみのいる部署は特殊な研究施設で外出などの許可は出ないものだと思っていたんだが」

「ああ……」と、タイト。
「リタイアして来ました。円満退職、と云う奴です」

「――そうか。ならばいいんだ」

 云いながらもロード神父の目にはどこか怯えたような色が浮かんでいた。
 タイトはその神父の様子に何か不安めいたものを感じて目を細めた。  


 リビングを出て寝室に戻ろうとしたタイトの前にツグミが立っていた。
 彼女はトーコに借りたと云うフリルのついたキュートなナイトワンピを身に着けている。

「……何だ? 眠れないのか?」

 タイトの言葉に、もじもじと体をくねらせて、ツグミはかれを見つめた。

「似合う?」

 うふ、と、笑う。
 タイトは額に掌を当てた。

「何を云ってるんだ、おまえは?」

「だってぇ、ダーリンが戻って来ないからぁ」

 トーコの(余計な)気遣いで、今夜もまたツグミと同じ部屋で寝ることになったことを思い出して、タイトは眉をひそめた。

「……どう云うつもりだ、その薄気味悪い態度は?」

「相変わらず、ヒドい物云いだね、タイト」

「そのヒドい物云いが嬉しいのだろう? ドMとしては」

「まあ、そうだけど……って、そうじゃないよ!」

 そこで突然、ツグミは真顔になる。

「――と、ギャグをかますのはこのくらいにしておいて」と、ツグミ。
「それよりも、今の話って何?」

「聞いていたのか? ただギャグをかましに出て来た訳ではない、と云うことか?」

「当ったり前でしょ。あたしを何だと思ってるのよ? これでもエージェントなのよ」

「エージェントが何故ギャグをかます必要があるのだ?」

「え? ま、まあそうだけど、つい習慣で……」

 タイトはその言葉を無視して歩き出す。

「ってか、スルーしないでよ。ちゃんと聞かせなさいよ」

「部屋に戻ってからだ。ここでは神父やトーコおねえちゃんに聞かれる」

「……わかったよ」

 トーコの用意してくれた部屋に戻ると、そこはピンク一色だった。
 ピンクのカーテン、ピンクのアベックチェア、ピンクのシーツ。
 部屋の中央にデンと置かれたWベッドの上には、ピンクの天蓋。

「いったい、どこから用意したんだろう、これは?」

「凄いよね。あたしたちのこと新婚さんだと思い込んでるからだろうけど」

「そんな理由でこれだけ揃えるのもどうかと思うが」

「確かに。だけど、いずれにしてもこんな部屋を用意されちゃうと、今夜もまた、あたし、タイトに襲われないかと心配で寝不足になりそうだよ」

「おれもいい加減、安眠したいものだがな」

「タイトはいつも、ぐーたら寝てるじゃん!」

「そうだったか?」

「そうだよ……って、そんな話をしてる場合じゃなかった」

 思い出した、と、云うように、ツグミが左手で右の掌をポンと叩く。

「ふむ、ごまかせなかったか。少しは賢くなっているようだな」

「あたしのこと、相当バカだと思ってるでしょ? ……それよりもさっきの話、ちゃんと聞かせてくれる?」

「おまえに話す義務はない。おれの問題だ」

「いや、あるでしょ? あたしの問題でもあるんだよ。タイトがやろうとしていることが連邦にとって不利益になるようであれば、あたしとしては見過ごす訳にはいかないから」

「珍しくエージェントのような台詞だな。と、云うより、初めて聞いたような気がする」

「ムカつく」

「……そう云う意味でははっきりしている。おれのやろうとしていることは、科学局にもまだ正式に報告していないおれの研究の一部だ。それも……理論的に確認出来てはいるが、臨床実験をしていない非合法の治療方法だ。そしておれの研究成果は契約上すべて科学局の成果でもある。リタイヤした今でも守秘義務と云う意味では同様だ」

「それはつまり……連邦に不利益をもたらす、と、考えていいんだよね?」

 ツグミは念を押すように問いかける。
 そうだ、と、タイトは答えた。

「だよね。わかったよ、タイト」

「あとはおまえの好きなようにしろ。おれはただトーコおねえちゃんを治療したいだけだ。それを邪魔するかどうかはおまえの勝手だ」

 そこで言葉を切って、ツグミを見る。

「おまえはエージェントなのだからな」
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