錬金術師と銀髪の狂戦士

ろんど087

文字の大きさ
上 下
24 / 35
第6章

サイトン村のマドンナ(2)

しおりを挟む
 広々とした緑地帯ではあったがサイトンは山間の村である。
 すでに陽は傾きかけて村を取り囲んでいる山々の向こうに沈もうとしていた。
 オトマタさんはゆっくりとした歩みでサイトンの村の田舎道を進んでいた。
 村人はこのあたりでは滅多にお目にかかることもないその探査用機動メカを物珍しげな視線で眺めて、口々に何事かウワサしているようだった。

 ツグミは先ほどからひと言も発しようとしない。
 リアシートに沈み込んでずっと何かを考えているようである。
 タイトは相変わらず感情を表には出さずにコクピットに並べたドライ・スイーツをぽりぽりと食べ続けていた。

「まったく……」と、突然、タイトが声を出した。
 自分から話しかけることなど滅多にないタイトであったが、何か苛立っているようなそんな口調である。

「いい加減にしろ。鬱陶しい」

「え?」

「おまえが落ち込んでどうするのだ? おまえはその頃には連邦とは縁もゆかりもなかったのだろうし、落ち込む理由がないだろう? 奴、ランベール、と云ったか? 奴だって命令でやったことだろうし。
……かと云って奴を許すと云うことは一生あり得ないが」

「でも……」

「論理的ではない、と云っているのだ」

「けど……」

「いいからしっかりしろ。おまえはおれの護衛なんだ。やる時はやるんじゃなかったのか?」

「う、うん……」

(まったく、この娘は何処までバカなのだ)

 タイトはぶつぶつと云いながらオトマタさんを進めて行く。
 やがて村はずれの教会の前までやって来るとそこでオトマタさんを停止させた。
 オトマタさんがゆっくりと脚を折って座る。
 グラサイト製のキャノピーが開き、草の匂いの混じったサイトンの風がコクピットの中を吹き過ぎた。
 懐かしい香りだ、と、タイトはそんなふうに思った。

「降りろ、到着したぞ」

「え?」

「『え?』ではない。おまえも降りろ。護衛のくせに雇い主の云うことが聞けないのか? おまえはおれの飼い犬なのだぞ? わかっているのか? 何なら首輪をつけて引き摺り出しても良いのだぞ? そうされたいのか?」

「え? そ、その、……それもいいかな?」
 へへ、と、ツグミが笑う。

(こいつ、真剣にドMになって来たようだな)

「いいから、早くしろ!」

 のろのろとした仕種でそこに降り立ったツグミは目の前の教会に目をやった。
 そこはこぢんまりした教会だった。
 こうした村にはお似合いの、豪華ではないが、素朴で小綺麗な教会だった。
 しかしタイトはそんな教会そのものには何の興味もないようにすぐに裏手へと向かう。
 教会の裏手は小さな住居になっていた。アメリカンテラスが夕陽を浴びて紅く染まっている。

 そして。

 テラスにはひとりの若い女性が車椅子に腰掛けていた。
 白いブラウスに足許まであるロング丈の質素なスカート。
 無造作に背中に流した金髪が夕陽にきらきらと輝いている。
 美しい女性だった。
 まるでアメリカの古典小説にでも出てくるような開拓時代の淑女の香りを漂わせ、しかしその表情には言葉では云い表せない陰りのようなものが混じっている。

「トーコおねえちゃん……」

 タイトは呟くと彼女を見つめて立ち止まった。
 彼女がそんなタイトを見つけ、不思議そうな顔をして小首を傾げた。
 金髪がさらさらと流れる。

「あの、どちら様?」

 鈴を転がすような声で彼女が訊ねる。

「トーコおねえちゃん……」

 タイトがもう一度名前を呼ぶ。

「?」

 彼女はじっとタイトを見つめ、そして――。

「タイ……ト……?」

 彼女は、信じられない、と云うように目を瞠ってタイトを見た。

「久しぶりです、トーコおねえちゃん」

「本当にタイトなの? あなた、連邦科学局にいたのじゃなくて?」

「戻って来ました」

「まあ。驚いたわ。……それにしても立派になって」

 彼女、トーコはそう云いながら、目にうっすらと涙を浮かべた。

「何年ぶりかしら。お願いだからもっと近くで顔を見せてくれる、タイト……あら?」

 そこでトーコはタイトの傍らにいたツグミに気づいた。
 首を傾げて、ツグミを見る。
 ツグミは遠慮がちに会釈した。

「タイト、そのいかれた恰好の娘さんは?」

 トーコはタイトに向かって訊ねた。

「え?」と、ツグミ。
「……ちょっと、今、あの人、何て云った? いかれた恰好?」

「ああ、これか」と、タイト。
「これはおれの番犬だ」

「まあ!」

 両手を合わせて彼女はにこやかに笑う。

「番犬ちゃんなの? まあ、まあ、驚いた。つまり……」と、トーコはタイトに目をやった。
「もう、タイトったら隅に置けないわね。何? 彼女? え? もしかして奥さんなのかしら?」

「か、彼女? え? お、奥さん? いえ、違うんだけど……」

 否定するツグミの声はどうやらトーコには聞こえていないらしい。
 と云うより、聞く気がないらしい……。
 彼女は満面の笑みを浮かべて好奇心を隠しもせずにツグミをじろじろと観察していた。

「い、いや……」と、戸惑った様子のタイト。

「まあ、照れちゃって、もう! 女っ垂らしなんだからあ」

「お、女っ垂らし?」と、ツグミが唖然としてトーコを見つめる。

 しかし、トーコはいたってマイペースだった。

「もう、もう、タイトったら、ホント、真面目な顔してやることはやるのねぇ。おねえさんビックリしちゃった。……ねえ、お嬢ちゃん、はじめまして。あら? 奥様、ってお呼びした方がいいのかしらね? お名前は?」

「え? あ、はあ、あの、ツグミです」

 反射的にツグミが答える。
 トーコはそれに、うんうん、と頷いて見せた。

「まあ、可愛い! 初々しいのねぇ、私はトーコ。トーコ=フライバードよ。よろしくね。さ、それよりも家に入って。長旅だったのでしょ? 今、ロード神父は裏で薪割りをしているんですけども、これからちょうど食事なのよ。グッドタイミング!」

 親指を立てて見せる。
 妙にはしゃいでいる。
 ツグミはそんなトーコを茫然と眺めていた。
 開いた口が塞がらなかった。

 タイトは、困ったものだ、と呟いた後、ツグミに近づいて耳許で囁いた。

「おい、おまえは何故、夫婦だと云うのを否定しないんだ?」

「そ、そんな雰囲気じゃないじゃん? 完全にそう思い込んじゃってるよ、あの人! いったい何なのよ? 見た目の印象と全然違うんだけど。何であんなに明るいのよ? 悲劇の女性じゃなかったの?」

「……元々、異常に明るい性格なのだ」

「いや、異常に明るい、と云っても……」

 はしゃぎまくっているトーコはふたりが見ている前で車椅子を一八〇度ターンすると、テラスを抜けて勢い良く家の中に走りこんだ。

「神父様! ファーザー・ロード! びっくりのお客さんよぉ! タイトが戻って来たのよ! あの洟垂れ小僧がいかれた露出過多のお嫁さんを連れて!」

 大声で神父を呼んでいる。直後に、家の中から何かが壊れる派手な音がした。

「きゃあ~、大変、どうしましょう!」
 と、トーコの叫び声。
 タイトは微動だにしない。
 ツグミも固まったままでタイトに訊ねた。

「何か、壊したみたいだね?」
「そうだな」
「タイトのこと、洟垂れ小僧とか呼んでたよ」
「そうだな」
「あたしのこと、いかれた露出過多のお嫁さん、とか呼んでたよ」
「そうだな」

 ツグミは、ふっ、と口許に笑みを浮かべた。

「もう、何でもいいや。落ち込んでたのがバカバカしくなってきた……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

狭間の世界

aoo
SF
平凡な日々を送る主人公が「狭間の世界」の「鍵」を持つ救世主だと知る。 記憶をなくした主人公に迫り来る組織、、、 過去の彼を知る仲間たち、、、 そして謎の少女、、、 「狭間」を巡る戦いが始まる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

CREATED WORLD

猫手水晶
SF
 惑星アケラは、大気汚染や森林伐採により、いずれ人類が住み続けることができなくなってしまう事がわかった。  惑星アケラに住む人類は絶滅を免れる為に、安全に生活を送れる場所を探す事が必要となった。  宇宙に人間が住める惑星を探そうという提案もあったが、惑星アケラの周りに人が住めるような環境の星はなく、見つける前に人類が絶滅してしまうだろうという理由で、現実性に欠けるものだった。  「人間が住めるような場所を自分で作ろう」という提案もあったが、資材や重力の方向の問題により、それも現実性に欠ける。  そこで科学者は「自分達で世界を構築するのなら、世界をそのまま宇宙に作るのではなく、自分達で『宇宙』にあたる空間を新たに作り出し、その空間で人間が生活できるようにすれば良いのではないか。」と。

鉄錆の女王機兵

荻原数馬
SF
戦車と一体化した四肢無き女王と、荒野に生きる鉄騎士の物語。 荒廃した世界。 暴走したDNA、ミュータントの跳梁跋扈する荒野。 恐るべき異形の化け物の前に、命は無残に散る。 ミュータントに攫われた少女は 闇の中で、赤く光る無数の目に囲まれ 絶望の中で食われ死ぬ定めにあった。 奇跡か、あるいはさらなる絶望の罠か。 死に場所を求めた男によって助け出されたが 美しき四肢は無残に食いちぎられた後である。 慈悲無き世界で二人に迫る、甘美なる死の誘惑。 その先に求めた生、災厄の箱に残ったものは 戦車と一体化し、戦い続ける宿命。 愛だけが、か細い未来を照らし出す。

はてんこう

妄想聖人
SF
 帝国最後の冒険団が行方不明になってから一一四年後。月見里伯爵家四女の真結は、舞い込んできた縁談を断るために、冒険団を結成して最後の冒険団が目指した星系へと旅立つ。

電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ
SF
 人工知能を搭載した量子コンピュータセフィロトが自身の電子ネットワークと、その中にあるすべてのデータを物質化して創りだした電子による世界。通称、エデン。2075年の現在この場所はある事件をきっかけに、企業や国が管理されているデータを奪い合う戦場に成り果てていた。  そんな中かつて狩猟兵団に属していた十六歳の少年久遠レイジは、エデンの治安維持を任されている組織エデン協会アイギスで、パートナーと共に仕事に明け暮れる日々を過ごしていた。しかし新しく加入してきた少女をきっかけに、世界の命運を決める戦いへと巻き込まれていく。  かつての仲間たちの襲来、世界の裏側で暗躍する様々な組織の思惑、エデンの神になれるという鍵の存在。そして世界はレイジにある選択をせまる。彼が選ぶ答えは秩序か混沌か、それとも……。これは女神に愛された少年の物語。 <注意>①この物語は学園モノですが、実際に学園に通う学園編は中盤からになります。②世界観を強化するため、設定や世界観説明に少し修正が入る場合があります。  小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...