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第2章
旅の始まり(1)
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アンクローデの市街地を抜けると荒涼とした原野が広がっていた。
見渡す限りの岩と砂利の大地が彼方に見える山脈までずっと横たわっており、それを突き抜けるようにして土埃に汚れたフリーウエイが延々と続いていた。
そのフリーウエイを行くのは、一台の機動メカ。
鉄錆色の金属ボディを持つ二足歩行型のそれは、後部に突き出た二本の生命維持ユニットから察するに全環境対応仕様のようであり、またコクピットの横に装備された球形の観測ボールとマニピュレータはそれが探査用メカであることも物語っていた。
(こいつ、何でこんなのに乗ってるんだろうな?)
そのコクピットをすっぽり覆っている半球形の強化グラサイト製キャノピー。
陽の光を反射して薄いブルーに調光されたその中で、ツグミは不思議そうに首を傾げた。
(まあ、訊いたところで、どうせ訳のわからない答えしか返って来ないんだろうけども……)
操縦席の後部にあるサブシートに座り、旅人マントと物騒なガンベルトは外して、シートの横に突き出している何かの取っ手に引っ掛けてある。
ミニスカートから伸びた形の良い脚を無造作に前席のヘッドレストに乗っけている様は外から見えないと思って気を抜き過ぎと云えなくもない。
ふと前方に視線を移せば、タイトはむっつりとしたまま操縦席に座って、コクピットに処狭しと並べられたドライ・スイーツをバリバリと食べていた。
その視線は原野の彼方をじっと見つめている。
「あ~あ、退屈」と、ツグミは不満そうに呟いた。
「ねえ、タイト、このままこんなペースで歩いて行くの? こんなんじゃ、そのサイトンとかに着くのっていつになるのかな?」
タイトは答えない。
ただ黙々とドライ・スイーツを食べ続けている。
「ねえ、ったら」
答えない。
「ちぇ、つまんないの」
ツグミ、黙り込む。
しかし、五分もしないうちに、再び。
「ねえ、タイトォ」
変わらず、タイトは答えない。
「タイトってばあ。んもう。ずっとドライ・スイーツばっかり食べてるし……。だいたいそんなのばっか食べてると栄養が偏っちゃうよ?」
「ドライ・スイーツは完全栄養食品だ」
「はあ? 良い子が聞いて真に受けたらどうすんのよ?」
「そっちこそ、それは聞き捨てならない。下手なフード・ハウスの食事よりも栄養バランスを考えて作られているのがドライ・スイーツだ。……いいから、黙ってろ!」
一喝されて、珍しく、しゅん、となるツグミ。
(あ~あ、やっぱり、ご機嫌斜めかぁ。今朝の『あれ』がいけなかったんだろうな)
ツグミは体を斜めにして、前を向いたままのタイトの表情を窺おうとする。
が、正面から見たとしても無表情なタイトである。
顔つきを見てご機嫌を判断しようと云うのが、そもそも意味がないことにツグミは気づいた。
(仕方ない)
「あの、タイト?」と、おずおずと訊ねる。
「黙ってろ、と、云ったはずだぞ」
邪険な返事。
「う、うん。そうだけど、さ……」
云いながら、前屈みになって操縦席のタイトに顔を近づける。
「あのさ、その……今朝のこと、怒ってる?」
「何のことだ?」
「いや、だからさぁ。えへへへ」
笑って見せる。
「笑うところか?」
「あ、ごめん」
「……」
「その、だから、あの……つい、手が出ちゃって……」
ツグミ、蚊の鳴くような声。
「『つい、手が出た』だって?」
そこでタイトは機動メカを停止させると、ゆっくりと振り返った。
「ぷっ」
ツグミが両手で口を押さえて思わず吹き出す。
それから慌てて神妙に俯いてから、上目遣いにタイトを見た。
タイトの左目の周りが大きく青アザになり、ほっぺたは赤く腫れ上がっていた。
「……ぷっ、ぷっ、ぷぷぷ」
「なぜ、笑う」
「え? あ、ああ、ご、ごめんなさい」
「この『おまえが笑っている顔』は、誰のせいだ?」
「は、はい、ご、ごめんなさい。……けど、だって、タイトも悪いんだよ。あんなところに突然立ってるから……」
「おまえは〈銀髪の露出狂〉だ」
「あの、露出狂じゃなく、狂戦士……」
「だから?」
タイトの視線が冷たい。
どうやらそれは怒りの表情らしい。
「いえ、ごめんなさい。つ、続けてください」
「つまりおまえは戦士だ。純肉体派だ」
「それは、ナイス・バディで色っぽい、って意味かな?」
えへへ、と笑う。
タイトの目はいたって真面目である。
再び、顔を伏せるツグミ。
「一方でおれは天才ではあるが一般人だ。おまけに肉体的には、平均点以下の虚弱体質でしかない」
「そ、そうだね」
「もうひとつ云えば、おれはおまえの雇い主だ。おまえを買ったんだ」
「買った、とか云わないでよ。……それもレクスの煮込み定食と白玉あんみつで」
「……」
「はい。ごめんなさい。本当にごめんなさい。これから気をつけます。安易に手を出すような真似はしません。ちゃんと相手を確認してから殴ります」
右手を上げて誓いのポーズをとるツグミ。
その言葉にタイトは、ふん、と鼻を鳴らした。
顔の青アザが痛むのか、少しだけ顔をしかめながら。
「それでいい。以後、気をつけろ。おれはこの世界になくてはならない天才なのだ。おまえ如きとは違う」
(いや、そこまで云われると何かムカつくけど……でも、黙っておこう)
ツグミは神妙に俯いたまま、しかし、内心では――。
(……確かにちょっと力が入っちゃったけど、もともとはタイトが悪いんじゃないか)
彼女はタイトの後頭部を不満げに睨みつけた。
見渡す限りの岩と砂利の大地が彼方に見える山脈までずっと横たわっており、それを突き抜けるようにして土埃に汚れたフリーウエイが延々と続いていた。
そのフリーウエイを行くのは、一台の機動メカ。
鉄錆色の金属ボディを持つ二足歩行型のそれは、後部に突き出た二本の生命維持ユニットから察するに全環境対応仕様のようであり、またコクピットの横に装備された球形の観測ボールとマニピュレータはそれが探査用メカであることも物語っていた。
(こいつ、何でこんなのに乗ってるんだろうな?)
そのコクピットをすっぽり覆っている半球形の強化グラサイト製キャノピー。
陽の光を反射して薄いブルーに調光されたその中で、ツグミは不思議そうに首を傾げた。
(まあ、訊いたところで、どうせ訳のわからない答えしか返って来ないんだろうけども……)
操縦席の後部にあるサブシートに座り、旅人マントと物騒なガンベルトは外して、シートの横に突き出している何かの取っ手に引っ掛けてある。
ミニスカートから伸びた形の良い脚を無造作に前席のヘッドレストに乗っけている様は外から見えないと思って気を抜き過ぎと云えなくもない。
ふと前方に視線を移せば、タイトはむっつりとしたまま操縦席に座って、コクピットに処狭しと並べられたドライ・スイーツをバリバリと食べていた。
その視線は原野の彼方をじっと見つめている。
「あ~あ、退屈」と、ツグミは不満そうに呟いた。
「ねえ、タイト、このままこんなペースで歩いて行くの? こんなんじゃ、そのサイトンとかに着くのっていつになるのかな?」
タイトは答えない。
ただ黙々とドライ・スイーツを食べ続けている。
「ねえ、ったら」
答えない。
「ちぇ、つまんないの」
ツグミ、黙り込む。
しかし、五分もしないうちに、再び。
「ねえ、タイトォ」
変わらず、タイトは答えない。
「タイトってばあ。んもう。ずっとドライ・スイーツばっかり食べてるし……。だいたいそんなのばっか食べてると栄養が偏っちゃうよ?」
「ドライ・スイーツは完全栄養食品だ」
「はあ? 良い子が聞いて真に受けたらどうすんのよ?」
「そっちこそ、それは聞き捨てならない。下手なフード・ハウスの食事よりも栄養バランスを考えて作られているのがドライ・スイーツだ。……いいから、黙ってろ!」
一喝されて、珍しく、しゅん、となるツグミ。
(あ~あ、やっぱり、ご機嫌斜めかぁ。今朝の『あれ』がいけなかったんだろうな)
ツグミは体を斜めにして、前を向いたままのタイトの表情を窺おうとする。
が、正面から見たとしても無表情なタイトである。
顔つきを見てご機嫌を判断しようと云うのが、そもそも意味がないことにツグミは気づいた。
(仕方ない)
「あの、タイト?」と、おずおずと訊ねる。
「黙ってろ、と、云ったはずだぞ」
邪険な返事。
「う、うん。そうだけど、さ……」
云いながら、前屈みになって操縦席のタイトに顔を近づける。
「あのさ、その……今朝のこと、怒ってる?」
「何のことだ?」
「いや、だからさぁ。えへへへ」
笑って見せる。
「笑うところか?」
「あ、ごめん」
「……」
「その、だから、あの……つい、手が出ちゃって……」
ツグミ、蚊の鳴くような声。
「『つい、手が出た』だって?」
そこでタイトは機動メカを停止させると、ゆっくりと振り返った。
「ぷっ」
ツグミが両手で口を押さえて思わず吹き出す。
それから慌てて神妙に俯いてから、上目遣いにタイトを見た。
タイトの左目の周りが大きく青アザになり、ほっぺたは赤く腫れ上がっていた。
「……ぷっ、ぷっ、ぷぷぷ」
「なぜ、笑う」
「え? あ、ああ、ご、ごめんなさい」
「この『おまえが笑っている顔』は、誰のせいだ?」
「は、はい、ご、ごめんなさい。……けど、だって、タイトも悪いんだよ。あんなところに突然立ってるから……」
「おまえは〈銀髪の露出狂〉だ」
「あの、露出狂じゃなく、狂戦士……」
「だから?」
タイトの視線が冷たい。
どうやらそれは怒りの表情らしい。
「いえ、ごめんなさい。つ、続けてください」
「つまりおまえは戦士だ。純肉体派だ」
「それは、ナイス・バディで色っぽい、って意味かな?」
えへへ、と笑う。
タイトの目はいたって真面目である。
再び、顔を伏せるツグミ。
「一方でおれは天才ではあるが一般人だ。おまけに肉体的には、平均点以下の虚弱体質でしかない」
「そ、そうだね」
「もうひとつ云えば、おれはおまえの雇い主だ。おまえを買ったんだ」
「買った、とか云わないでよ。……それもレクスの煮込み定食と白玉あんみつで」
「……」
「はい。ごめんなさい。本当にごめんなさい。これから気をつけます。安易に手を出すような真似はしません。ちゃんと相手を確認してから殴ります」
右手を上げて誓いのポーズをとるツグミ。
その言葉にタイトは、ふん、と鼻を鳴らした。
顔の青アザが痛むのか、少しだけ顔をしかめながら。
「それでいい。以後、気をつけろ。おれはこの世界になくてはならない天才なのだ。おまえ如きとは違う」
(いや、そこまで云われると何かムカつくけど……でも、黙っておこう)
ツグミは神妙に俯いたまま、しかし、内心では――。
(……確かにちょっと力が入っちゃったけど、もともとはタイトが悪いんじゃないか)
彼女はタイトの後頭部を不満げに睨みつけた。
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