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第1章
傭兵少女と変人少年(4)
しおりを挟む「んで、さ。ちゃんと聞いてなかったけど」
追加注文した白玉あんみつをしっかり食べ終わり、容器の底に残っていた甘い蜜をスプーンで全部掬い取ろうと必死に格闘しながら、ツグミは口を開いた。
「護衛って具体的に何をするの? あんた、この町にどんな用事があるのよ? 少なくとも新市街にいる分には護衛なんて必要ないと思うけども――」
ツグミがかったるそうに訊ねる。
満腹になったために、もうどうでもいいか、的な内心がダダ漏れであった。
「やる気がなさそうだな」
「え? いや、そんなことはないけど」
見透かされた、と思ったのか、どぎまぎするツグミ。
タイトがその様子をじっとを見つめる。
「おまえは表情がころころ変わって面白いな。おまけに考えていることがわかりやすい。隠し事が出来ないタイプだな」
「え? そ、そんなことないよ。……と思うけど」
「そうか?」
「何よ?」
「いや、別に……」
タイトは何かを云いかけたが、気が変わって話題を変えた。
「それよりもおまえにひとつ訊いておきたい」
「何? 訊きたいことって、あ、まさかあたしの体のこと? さてはスリーサイズ?」
「体と云えば体だがスリーサイズには興味がない。……おまえは傭兵らしいが〈強化〉しているのか?」
〈強化〉すなわち〈生体換装〉による身体機能を向上させることは、傭兵だけでなく機動兵士などではよく行われる処置である。
「あたしのスリーサイズに興味持てよ」
と、ツグミは首を振った。
「まあ、今時の傭兵だから多少は強化薬剤投与くらいはしているけど〈強化〉はしてない。基本的には『生』だよ。うふ。確認したい?」
意味もなく笑う。
「どうでも良い。が、まあ、わかった。それでは仕事の話だ」
「あんた、つまんないね。少しは乗ってきてよ」
不満そうなツグミを無視してタイトは話を続けた。
「実はこれから遠出するので、その道中の護衛を頼みたいのだ」
「遠出?」
「サイトンと云う村に向かう」
「聞いたことないけど、どこ?」
「ここから北へ数日というところだな。山の中の村だ。ド田舎だ」
「ふーん、何のために?」
その問いにタイトは顔を横に向けて、視線だけをツグミに注ぐ。
「それは護衛に必要な情報か?」
「え? いや、ただの興味……」
「護衛に必要な情報だけしかおまえには与えない」
「……なんか、やな感じだよ、それ」
むっとした顔で答えるツグミ。
「出発は明朝だ」
「また、随分、急だね。あたしはどうすればいいの?」
「準備が必要ならば準備を。明日の朝、宿に来てくれればいい」
「特に準備はないんだけど……」とツグミ。
それから、えへへへ、と媚びたような笑顔を見せる。
「どうした?」
「準備らしい準備と云えば、せいぜい、今夜のねぐらを確保することくらい、かな?」
「ねぐらを確保? 宿をとっていないのか?」
「てへ♪」
ツグミ、舌を出す。
「それはつまり、おれに今夜の宿を用意しろ、と云うことか?」
「まあ、簡単に云えば」
「複雑に云っても同じだ。……手間のかかる護衛だな」
「手間って……いやいや、それって雇い主の義務でしょ?」
「基本的には野宿させるつもりだったのだが」
「ええ? それってヒドくね?」
「とは云え、年頃の娘を野宿させるのが良くないことくらいの常識はある。宿泊代は護衛代から差っ引くからそのつもりで」
「ブ、ブラック企業!」
ツグミは憎々しげにそう吐き捨てた。
***
「ああ、料金は一緒だよ」
ラブ・イン〈月見草〉のフロントにいたオヤジが好色そうな笑顔を見せる。
「もともと、定員は二名様だからね」
「それはありがたい。旅に金は必要だから出来る限り節約出来るに越したことはない」
タイトは真面目な顔で頷いた。
だが。
「ちょっと……待ってくれるかな、タイト?」
「何だ?」
エレベータホールに向かってずんずん歩いて行くタイトを慌てて追いかけるツグミ。
「あの、あのね、あんた、状況わかってるの?」
「何の?」
エレベータのボタンを押した。
「何の、って……確かにねぐらを確保してとは云ったけども」
エレベータの扉が開いた。
タイトは普通に乗り込み、ツグミも続く。
「だからと云って、その、あの、こ、ここは、その……」
エレベータが動き始める。
「だから、どうしたのだ?」
止まった。
「だ、だからあ、さっきも云ったように、ここは……」
再びエレベータの扉が開き、タイトが降りる。
ツグミもエレベータを降りる。
「ここがどうしたんだ?」
廊下を歩く。
「どうした、って……あたしに云わせないでよ!」
角を曲がる。
「わからないな」
タイトが首を傾げながらカードキーでドアのロックを外した。
ドアを開いて室内灯をつける。
「わ、わからない、って。だって、ここは、その、有名なラブ・イン……」
タイトがショルダーバッグをソファに置いた。
「ああ、そう云ってたな」
タイトがベッドに腰掛けた。
ツグミもかれの隣に腰掛ける。
「……だから、今日会ったばかりなのに、い、いきなりラブ・インに入るなんて……。そんなこと……まずいんじゃない? お互いまだ未成年だし」
「もう入ってるのだが」
「え?」
さーっと、ツグミの血の気が失せる音が聞こえた。
彼女は改めて周囲を見回す。
いつの間にか(ではないのだが)ふたりは客室にいた。
「な、な、な、何が起きたの? あ、あたしたち、こ、ここにワープした?」
「いや、普通に歩いて来た。おまえは話に夢中で気づかなかったのか?」
次の瞬間、ツグミは〈銀髪の狂戦士〉の名に恥じない見事な身体能力で部屋の隅まで一気にジャンプした。
そしてそこにあったけばけばしいピンク色のチェストの上に仁王立ちすると、銃を引っこ抜いてタイトに向けて構える。
「ち、ち、近寄らないで!」
「近寄っていないだろう」
ベッドに座ったまま、タイトが答える。
「あ、あたしに指一本でも触れたら、こ、この銃の餌食よ」
タイトがじっとツグミを見た。
ツグミは涙目になっている。
「どうしたのかわからないが、もしかすると、おれがおまえに襲いかかる、とでも思っているのか?」
「ち、違うの?」
「安心しろ。おれは科学にこの身を捧げている。女には興味がない」
「う、嘘つけ! ほ、本当はあんた、女垂らしなんだろ? そんな顔してわざとダサい恰好で油断させといてクラス中の女子に手を出すような、そんな奴なんだろ?」
「学校には小学校以来、行ったことがない。天才だからな。十歳から研究所勤めだ」
「じゃあ、じゃあ、研究所の白衣のお姉さんと、あんなことや、こんなことや……いやああ!」
ツグミの脳内はもはや完全にパニック状態であった。
「妄想するのは勝手だが本当に女には興味がない。安心しろ」
タイトのその言葉にツグミは涙目のまま、じっと値踏みするようにタイトを睨みつける。
ときおり鼻をすすっているところを見ると本気で泣いているようだ。
やがて。
「ホ、ホント? な、何もしない?」
ぽつり、と、訊ねる。
「本当だ」
「ぜ、絶対、ホント? あたしを襲ったりしない?」
「ああ。特におまえには興味が……いや、何でもない。ともかく安心しろ」
そこでやっと、ツグミ、安堵の表情。
と、同時に、何故かタイトを睨みつける。
「それはそれで……何となく悔しいような」
「どっちなんだ?」
「わ、わかんないけど、と、ともかく、今日のところはそのストイックな性格を変えないでもらえれば嬉しいかと……。あたしとしてもいきなりはちょっと……ぶつぶつ」
「おれも命が惜しい。ここでおまえに射殺される訳にはいかない」
「そ、そっか。わ、わかったよ。とりあえず信じる。うん」
「大丈夫だ」
そう云ったあと、一瞬の間があった――。
(え? は? はあ? ちょ……何よ、この『間』は?)
それからタイトがゆっくりとツグミに目をやる。
「……たぶん、な」
「た、たぶん? たぶん、って、あんた、自信、ぐらついてる?」
「……」
「だ、黙るなあああ!」
泣いてる。乙女である。
「大体、虚弱体質のおれが襲いかかったところでおまえの敵ではないだろう?」
「そ、そりゃそうだけど……」
「何か企む時にはおまえの戦闘力を奪うために、食事に一服盛る、とかそう云う汚い手段を使うから安心しろ。……まあ、冗談だが」
「わ、笑えないよ! 乙女の貞操がかかってるんだから!」
タイトの言葉にまだ疑わしげな表情を見せながらも、ツグミはひとつ深呼吸をすると銃をホルスターに納めた。
それから――。
彼女はチェストから降りると、落ち着け、落ち着け、と口にしながら、気を紛らわすためなのか室内を観察し始めた。
まだ、横目でチラチラとタイトの様子を伺いつつも、とりあえず手近な設備に近寄り、あちらこちらを触ったり、何かのスイッチをオン/オフして試したりとしてみる。
だんだんとそちらに興味が移って来たのか、やがて、備品を手にとってしげしげと見つめたり、腕組みをして、う~ん、と唸ってみたり……。
「ね、ねえ、タイト、ラブ・インなんて初めて入ったんだけど……な、何だか照明の色は変だし、ベッドは丸いし、部屋からバスルームが見えてるし、いったい何なのよ、ここは?
どうしてこれが恋人たちのワンダーランドなんだろう?」
タイトに訊ねるような、独り言のような、そんな口調で云いながら、彼女は、ちらり、と、タイトを見た。
その眼前でタイトは何も感じていないかのように、ただ淡々と着替えのためにシャツを脱いでいた。
「え……? シャツ……? 脱ぐ……?」
「おまえも早く着替えた方が良いのではないか? 明日は早い。さっさと寝るぞ」
一瞬にしてツグミの顔が真っ赤に染まった。
「バ、バ、バ、バカ~! み、見えないところで着替えろ!」
ツグミは叫ぶと、手近にあった枕をタイトに投げつけた。
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