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第1章
傭兵少女と変人少年(1)
しおりを挟むいかにも凶悪そうな面構えの男であった。
アンクローデ市の旧市街で声をかけられ、有無を言わさず連れ込まれた路地裏で改めてその男の顔を見た時の、それが率直な感想だった。
辺境惑星ではあまりにもお決まりであるパイロット服に身を包んだ無法者。
なるほど、連邦科学局の研究所などにいたら、絶対にお目にかかれないような男である。
そういう意味で云えば貴重な体験であるが、さりとてあまり喜ばしい体験ではない。
事前に治安が悪いと聞いてはいたが、宿から出てほんのワンブロック程度歩いただけこんな目に会うとは、どうやら自分は世間知らずの上に運が悪いらしい、と、タイト=ハーゲンは冷静に自分の境遇を分析した。
(さて、どうしたものか……)
もちろん腕っ節にも逃げ足にも自信はない。
虚弱体質。運動嫌い。
若くして研究所勤めなどをしていたために、加えて深刻な運動不足でもあるかれだった。
目の前に現れた無法者たち――いつの間にか男の周りにはふたりの仲間と思しき荒くれどもが集まって来ていた――の目的は、云わずもがな、金だろう。
タイトはボサボサの髪に手をやり頭を掻きむしった。
「おい、小僧」と、最初に声をかけて来た男。
「用事はわかっているよなぁ?」
下卑た笑顔を見せる。
「まあ……」と、タイトは曖昧な返事をする。
「じゃ、早いところ金を出して消えな。おれらも手荒なことはしたくないしな」
「おれも手荒なことはされたくない」
「だろ? さ、出しな」
グローブのような手を出して金を催促する。
他のふたりも同じように下卑た笑顔を見せているが、どうやらポケットに突っ込んだ手には刃物か銃か、何か得物を持っているようだ。
こんな奴らに脅されてみすみす金を盗られる、などと云うのは男としてのわずかばかりのプライドが許さなかったが、さりとてせっかく研究所を脱サラして『自分探しの旅』に出たばかりなのに、ここで命を落とすのも馬鹿馬鹿しい。
止むを得まい。
いったい現金はいくら持っていたかな、と、タイトはポケットを探った。
小銭しかなかった――。
目についた食材市場でドライ・スイーツをたんまりと仕入れ、クレジットカードが使えないので現金を使い果たしてしまったばかりだったことを思い出した。
(間が悪いな)
他人事のように呟く。
ちらりと荒くれどもを見ると、早くしろ、とでも云うようにさらに手を突き出している。
「悪いんだが」と、タイトは男たちに向かって云った。
「たった今、現金を使いきってしまったところなんだ。クレジットカードならあるんだが、カードは扱ってないよな?」
ゆすり、たかりに「カード決済」や「電子決済」などがあり得ないだろうとは、さすがに研究バカであったタイトにもわかっていたが、念のために訊ねてみる。
「おい、舐めてやがるのか? 辛気臭い目つきをしやがって」
案の定の答えだった。
「そう云うつもりではないんだが、事実現金を持っていないんだ」
目つきについては生まれつきだし、と云う言葉はどうにか飲み込む。
「てめえ!」
荒くれ男が一歩前に出るとタイトの胸ぐらを掴んで顔を近づける。自分より上背も横幅も三割は大きいようだ。
(これは心底まずい状況だな。さて、どうしよう)
「いいだろう。趣味じゃねえが裸にひん剥いて調べてやる。もしも金を隠してやがったら……」
男がそこまで云った時――。
「ふ~ん、どうするのかな?」
声がした。女の声。
男たちは反射的に声の方へ振り返った。
路地の入り口にひとりの娘が立っていた。
肩口で切り揃えた銀髪を風に揺らし、旅人マントをはおっている。
マントの左側を後ろに跳ね上げているために、彼女がこの無法街には似つかわしくないキュートなヘソ出しファッションであることが見て取れた。
胸ぐらをつかまれたまま、タイトは普段から目つきの悪い目をさらに細めて、そんな彼女を観察した。
左半身を晒しているのはその左手が腰の銃を握っていることから見ても、すぐにでもそれを引っこ抜ける準備体勢であろうとわかった。
マントが揺れると背中にも別の銃を背負っているのが見える。
確かに一見するとこの街では違和感のある露出の多い恰好の娘ではあるが、それら無骨な銃の存在が彼女が紛うことなき無法街の住人であることをしっかりとアピールしていた。
「な、何だ、てめえ?」
多少戸惑いながらも荒くれ男が娘に凄んで見せるが、彼女はそんなことにはお構いなしに無造作にかれらの方に向かって歩いて来た。
「何か面白そうなことやってるなあ、と思って眺めてたんだけどさ。お兄さんたち、素人相手にあんまアコギなことしたらダメだよ」
緊張感のない口調である。
三人の荒くれ男を前にして、タメ口である。
「何だと、このガキ……」
タイトの胸ぐらを掴んでいた男が云いかけたところで、仲間の一人が男の服を軽く引っ張った。
「何だ?」
「ヤバいすよ、兄貴」
「何がだ?」
「あ、あの女、例のあれっすよ。あのタトゥー」
「例の? タトゥー?」
そこで男は彼女の左上腕の悪魔の紋章に気づいた。
「ほら、何日か前、ここらじゃ最強とか云われたバンディトを一〇分とかからず全滅させたって云う傭兵」
「何だと? そ、そりゃあ、もしかして……」
「へい。〈銀髪の狂戦士〉ツバメとか云う奴ですよ」
荒くれ男の顔が強張った。
そのウワサは耳にしていた。
可愛らしい容貌に似合わず、残虐非道で狂暴な血に飢えた野獣のような傭兵娘のウワサ。
「いや、ツバメじゃなく、ツグミちゃんなんだけどなあ」
娘が訂正する。
だがその呑気な口調とは裏腹に彼女の左手はすでに抜き放った短機銃を構えており、すぐにでもトリガーを絞りそうなアブナイ雰囲気を漂わせていた。
「まあ、ウワサとは云え、名前以外は当たらずとも遠からずってとこかな。――ってな訳で命が惜しいならさっさとそのヒョロい男を置いて消えた方がいいよ」
娘がにっこりと笑った。
男たちは顔を見合わせる。しばしアイコンタクトでお互いに意志を確認し合う。
それから同時に、うん、と頷くと、タイトをその場に乱暴に投げ捨てた。
タイトはバランスを失ってよろめくと、その場に尻餅をつく。
その隙に男たちは路地の奥に向かって一目散に駆け出していた。
大したチームワークである。
敵役の決め台詞である「憶えてやがれ」というひと言さえ忘れて、かれらは速やかにその場を後にして全速力で逃げ出した。
娘はそれを満足そうに見送ると腰のホルスターに銃を納める。
そして……にこやかな、人懐っこい笑顔を見せて、その場にへたり込んでいたタイトに近づいて来た。
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