錬金術師と銀髪の狂戦士

ろんど087

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第0章

プロローグ

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 賢者が使えば〈賢者の石〉
 愚者が使えば〈愚者の石〉
 ラピスとはそう云うものだ――。




 鬱蒼と生い茂る深い針葉樹の森の中に耳をつんざく爆発音が響き渡った。
 続いて連射ブラスターの銃声。
 男たちの怒号。

 辺境惑星テルロッサ。
 アンクローデ市に近いロスの森林地帯。
 このあたりはバンディト――山賊――たちが跋扈する危険極まりない場所として、惑星中に悪名を馳せている地域である。
 そして今しも、森の中では十数人の一見してそれとわかる無法者たちが、手に手に銃を携えて街道を通りかかった輸送コンボイに襲いかかっているところであった。

 狙われていたのは三連コンテナを曳く中距離輸送コンボイ。
 恐らくはアンクローデ市へ生活物資を運ぶための小規模輸送隊キャラバンと云ったところか。

 コンボイに施された見かけ倒しの組合公認防弾装備ガードシステムはバンディトたちの浴びせかける「本格的な」ブラスターの熱銃弾ヒ―ティの攻撃の前には当然モノの役にも立たず、輸送コンテナには次々と生々しい銃痕が刻まれて行った。 

 もちろん輸送隊もその無法な蹂躙を甘んじて受けているばかりではない。
 わずかばかりの乗務員たちが護身用のビームライフルを構えて必死にバンディトに応戦している。
 だが戦局は圧倒的に輸送隊側が不利であった。

 今かれらが対峙しているバンディトは、ただのゴロツキとは少し様子が違っている。
 何故ならかれらの多くは階級章のとれたくたびれた軍服姿。
 使っている武器は高性能の非合法軍横流し品――。
 それはかれらが元職業軍人であることを物語っている。

 相手が悪い。

 輸送隊の隊長と思しき初老の男もすでにそれを理解していた。

 かれは、追加料金になるだろうがそれも止むを得ない、と云う表情を見せてコンボイを降りると、銃撃に怯えながらも三連コンテナ車の一台に駆け寄りそのスライド扉を乱暴に開いた。
 先ほど雇ったばかりの用心棒ガーディアンに声をかけることにしたのだ。

「バンディトだ。それも軍人崩れの奴らだ」

 コンテナの中にいたのはひとりの小柄な人物。
 頭からフードつきの旅人トラベラーマントをすっぽりと被り、薄暗がりの中に蹲っていた。

「……何人?」

「二十人はいないと思う」

「上等、上等♪」

 この場にはふさわしくない声だ。
 緊張感の欠片もない明るい声――。

 用心棒は徐に立ち上がるとコンボイの扉から相手を窺い、ひと通り状況を確認する。

「確かに軍人上がりみたいだけど、まあ――三流、かな?」

 そして一気にマントを脱ぎ捨てた。
 現れたのは――肩口でばっさりと切り揃えた銀髪に蒼い瞳を持つ娘。  
 若い。
 たぶんティーンエージャー。
 まだあどけなさが残る年頃の娘である。
 そして彼女は、この状況にはおよそ似つかわしくないラブリーなファッションを身にまとっていたのだった。

 胸元が大きく開いたタンクトップ・シャツはかなりのショート丈で、可愛らしいおヘソを惜しげもなく晒している。
 さらにそれに超ミニ・スカートを組み合わせ、形の良い脚を強調するようなニーソックスにショート・ブーツ。

 輸送隊長は、一時、最悪な現状を忘れて娘の姿をまじまじと眺める。

(おれの目が正しければ、F、いや、Gカップか?)

 輸送隊長が見ていたのはタンクトップで強調された「」であった。

「……ん? 何?」と、娘が怪訝そうに訊ねる。

「え? ああ、いや……な、何でもない。ともかく奴らを何とかしてくれ」

 隊長はごまかすように視線をあらぬ方向に泳がせている。

 その様子に自分の胸が注目されていたことに気づいた彼女は、隊長を睨みつける。
 が――、まあ、いいか、と、呟いて肩を竦めて見せた。
 少しだけドヤ顔で。

 確かに――隊長はその娘のナイス・バディっぷりが気に入って即決で雇ってしまったのではある。
 しかし同時にその娘が驚愕に値する戦闘力を持った優秀な傭兵であることも、もちろん、知っていた。
 ――と、かれの名誉のために付け加えておこう。
 なぜならそのいかにもノーテンキな若い娘風のファッションに身を包んだ彼女が、ただの娘ではないことを示す『それ』を見たからである。

 左肩から腕にかけて刻まれた悪魔を模したタトゥー。
 彼女の通り名は〈銀髪の狂戦士バーサーカー〉――。

 最近、周辺地域で話題沸騰、売出中の傭兵。
 その戦闘力はひとりで海兵隊の一個中隊に匹敵すると評判の戦士である。

 と、云う『ウワサ』である……。

 ウワサには尾ひれがつくものと相場が決まっているが、しかし輸送隊長としてはもはやウワサが真実であることを祈る他はなかった。
 彼女がナイス・バディだと云うそっち方面のウワサだけが真実で、肝心の戦闘力が眉唾だった、などと云うオチがつかないように、と――。

 そんな複雑な思いを胸に抱いた隊長の見ている前で、彼女はホルスターからゆっくりと二丁の銃を引っこ抜いた。

 その武器は彼女の小柄で可愛らしい見かけとはほど遠い物騒な装備である。
 一丁は左腰で鈍い光を放つハンディタイプの短機銃。
 もう一丁は背中に回したホルスターに納められていたマスケット銃を思わせる長身の銃。
 どちらも緻密な象嵌を施された珍しい装飾銃デコレータであった。

「さ~て、お仕事、お仕事」

 輸送隊長の不安な胸の内を知ってか知らずか、彼女は楽しそうに両手に銃を携えてコンテナから跳び下りると、今まさにドンパチの真っ最中である森の中に駆け込んで行った。
 銃撃などは物ともしない勇ましさ――なのか、無謀なのか、ともかく森に駆け込むその姿を見れば、身体能力は確かに並みの傭兵とはひと味もふた味も違って見えた。

〈魔銃〉イーブルガンの味、たっぷり味わってもらうわよ! 地獄で後悔してね」

 物騒な台詞をにこやかに口にするや否や、彼女はいきなり左手の短機銃を連射し、手近な所に顔を出したバンディトふたりをあっと云う間に片付ける。
 さらに右手に持った銃――彼女が〈魔銃〉と呼んだそれを構えた。

 長身の銃である。
 片手で扱うのはかなり厄介に見える銃だったが、彼女はそれを軽々と構えてためらいもなく引き金を引いた。
 銃口から轟音とともにさながら焔の塊ような灼熱のエネルギー弾が発射される。
 バンディトたちの景気の良い鬨の声が一瞬の後には悲鳴に変わっていた。
 彼女の銃から放たれる灼熱の銃弾が命中すると、ひと抱えもある巨木さえメキメキと音を立ててその場に崩れ落ち、銃撃戦で隠れるにはもって来いに見えた巨岩さえ一発で粉砕された。

 凄まじい銃の威力。

 その破壊力はバンディトたちの度肝を抜くには十分であった。
 いや、それ以上にその銃をためらいもなく連射し、正確に標的を破壊していく彼女の戦闘能力こそが驚異的であった。

 かれらは隠れ場所を失って慌てて右往左往し始める。
 まさしくその娘は〈銀髪の狂戦士〉の名に恥じない怪物であった。 

 やがてバンディトたちの連射ブラスターの音が途切れて、いつしか彼女の放つ〈魔銃〉の灼熱の弾丸の発射音だけが森林地帯に響き渡る。

 バンディトたちは彼女の参戦によって一瞬にして形勢が逆転してしまったことに戸惑っていた。
 ウサギだと思っていた獲物が実はオオカミだった。

 それもとびきり狂暴な――。

「畜生、何て奴を雇ってやがるんだ? 滅茶苦茶じゃねーか! ……仕方ねえ。あれを出せ!」

 バンディトのリーダーらしい男が叫んだ。かれが『あれ』と呼んだ何か奥の手があるようだ。

 ややあって森の中のこんもりした藪が揺れ、重々しい機械音が響いた。
 そこに現れたのは――。

「機動メカ?」

 娘が呟く。

 藪の中から出現したのは一人乗りの重機動歩兵メカゴーレムであった。
 メカの右腕に当たる部分にはガトリング銃が装備され、左腕には強化合金製の盾。
 どうやらこれも軍からの横流し品であろうか。確かに並みの武器ではない。

「――ったく、そんなオモチャまで持ってるの?」

 あきれたように云いながらも彼女は不敵に笑った。
 その剣呑なメカを目の前にしながら――。

 重機動歩兵メカのガトリング銃が彼女を照準する。
 と、同時に熱銃弾を連射した。

 その攻撃はたった今娘が立っていた場所を根こそぎ炎に包み込む。
 しかしその時にはすでに、彼女はその重機動歩兵メカの横手に回り込んでいた。

 人間離れした速さ。
 その右手が〈魔銃〉を構えていた。
 娘が笑う。
〈魔銃〉が火を噴いた。

 その焔は先ほどまでに数倍する高エネルギーの塊だった。
 相手が強化合金製の重機動歩兵メカと認識した刹那、銃の出力は自動的に制御されていた。

 対人モードから対メカモードへ、と。

 次の瞬間、重機動歩兵メカは優れた防御力を持っているはずの強化合金製の盾を構える間もなく、一撃で木っ端微塵に吹っ飛んでいた。
 その場に崩れ落ちる重機動歩兵メカを仁王立ちして満足げに眺める娘。

「思ったより張り合いはなかったなあ。つまんないの」

 彼女は不満そうに感想を洩らす。

 そこで勝負は決した。
 森の中に残っていた数名のバンディトたちが悲鳴を上げて逃げ出す。
 彼女が攻撃を開始してからものの一〇分も過ぎてはいなかった。
 たったひとりで十数人のバンディト+重機動歩兵メカに対しての完全勝利であった。

 彼女はそれを確信すると、天使のようにとびきりあどけない笑顔を見せた。


     ***


 遠くで銃撃の音が聞こえていたがその二足歩行型ヒューマニータイプの探査用機動メカの足取りは鈍ることはなかった。

(大方、土地のバンディトと物資輸送隊との小競り合いと云うところだろう)

 メカの操縦席にふんぞり返ってコクピットに広げた乾菓――ドライ・スイーツを摘みながら、タイト=ハーゲンは無表情のままそんな分析をしていた。
 ぼさぼさの長髪に飾り気のない白いシャツを着た地味な若者である。
 まだ学生と云っても良い年頃に見えた。

「オトマタさん、町まではあとどれくらいだ?」

『およそ二〇キロ。歩行ウォーカーモードで約一時間ってとこやなあ』

 コクピットのスピーカーから電子音声が答えた。関西弁で――。
 オトマタさん、と、かれがそう呼んだのはどうやらその機動メカのことらしい。

「少しスピードを上げた方がいい。小走りトロットモードへ切り替えてくれ」

『了解や』

「あ、少し待て。今、酔い止めを飲む」

 そう云って、操縦席のポケットからドリンクタイプの酔い止め薬を取り出すと、かれはそれを一気に飲み干した。
 ドライ・スイーツにはあまり合わないな、と、呟く。

「小走りモードならば三〇分くらいか? ドライ・スイーツが切れて来たから早く街に着きたいのだが」

『なーんも問題あらへん。食材市場マーケットのマップもすでにネットから入手しとるさかい。安心しいや』

「手回しがいいな。では急ぐとしよう。アンクローデ市に」

 その探査用機動メカはペースをあげて森の中の街道を軽快に駆けて行った。
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