紫苑の誠

卯月さくら

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第五章 紫苑の誠

終焉の地へ

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慶応四年(1868)六月、桜の花も葉桜に変わる頃、紫苑は一人、会津に向かって歩いていた。幸い紫苑が新選組の一員であるとも暗殺を行っていた「朔」だとも気づく者は誰一人としていなかった。
 何度か山賊に狙われることもあったが、何とか生き抜いてきた。
 しかし、新選組の情報を掴むことは大変なことであった。素性を隠しながら北上していく彼らを紫苑は必死に追った。
 紫苑が彼らに追いついたのは七月も終わりに差し掛かる頃であった。

「お久しぶりです、土方さん。戦況はよく……なさそうですね」

「ああ……。お前は相変わらずだな。紫苑、お前がここに来たということは……、総司は……」

言葉が途切れ、伏し目がちになった。

「沖田さんは亡くなりました。病に侵されながらも最期まで剣士として、新選組の一番組隊長として戦って散りました」

「そうか……」

それ以上、二人の間に言葉はなかった。

「あの、そちらの少年は……?」

 土方の隣には見知らぬ男が不安そうな顔をして立っていた。
「あぁ……」と土方は顔を上げ、紹介した。

「この方は大鳥圭介さんだ。いまは陸軍を取りまとめながら戦略を練ってくれている。こっちは天音紫苑。新選組の一員だ」

紫苑は大鳥圭介に顔を向け、自己紹介をした。

「初めまして、天音紫苑と言います。色々あって、いまは新選組の隊士として共にしています」

「初めまして、天音くん。私はここの取りまとめをしている、と言うよりは戦に出るほうだけどね……。大鳥圭介です。いまは蝦夷地にいる榎本さんの代理で指揮を任されています。蝦夷の地で新しい国を開国しようと思っているんだ。」

はぁ……。と相槌を打ちながら話を聞く紫苑だった。大鳥はというと、紫苑のことを少年だと勘違いしているようだったが、特に訂正もしない紫苑に土方は頭を書いた。しかし、土方もそれ以上は何も口出ししようとはしなかった。
 蝦夷地とは今の北海道のことであり、敗走を続けた旧幕府軍は政府の手の届いていない蝦夷の地で新たな国を始めようとしていた。
話の終わった3人は、ある場所へと向かった。

「ここは……、道場ですか?」

「ああ、……斎藤、島田」

土方に呼ばれて出てきたのは新選組三番組隊長、斎藤一と監察方の島田魁であった。

「お久しぶりです。紫苑さん」

「久しいな、紫苑。変わりないか?」

島田と斎藤も変わらず笑顔で迎えてくれた。

「お久しぶりです。島田さん、斎藤さん、お元気そうで何よりです」

少々の会話を交した後、島田は道場の少年達を紹介してくれた。

「彼らは白虎隊。十六歳から十七歳の少年達だ。我々と共に戦っている。今は斎藤さんがこの隊の頭をしている」

白虎隊の隊長らしき少年が前に出てきて挨拶をした。

「はじめまして。篠田儀三郎しのだぎさぶろうです。君も白虎隊に入るのかい? ……ん、君、もしかして女の子か?」

「え!!」

篠田の問いかけに大鳥は驚きの声を上げた。
 紫苑は斎藤の顔を一瞬見たあと、口を開いた。

「篠田さんの言う通り、私は女です。だけど、れっきとした新選組の隊士だ。ついでに言っとくけど、私、二十歳超えてるよ。だから白虎隊には入れないかな……笑」

「しっ失礼しました!!」

いや、そういう意味ではないんだけどね……と言いながら紫苑は微笑んだ。彼女は新選組と出会った頃から随分と変わった。何が変わったかと言うと、表情が豊かになった。以前は笑顔すら見せなかった彼女だったが、ここに来てから柔らかい表情が垣間見えるようになったのだ。

「あの……、再びの失礼で申し訳ないのですが、こんな細腕で戦えるのでしょうか……」

そう言った篠田に斎藤と土方は思わず吹き出してしまった。

「「ふっ、ふふ……」」

すると篠田は怪訝な顔をして尋ねた。

「あの、僕は何が変なことを言ったでしょうか……」

二人は顔を見合わせて、齋藤が話し始めた。

「ああ……、すまない……。俺も初めて紫苑と戦った時、そう思ったからな。本気を出したのに残念ながら勝つことができなかった」

「斎藤さん……でも……ですか……」

驚きを隠せないのか篠田は目をぱちくりさせ、紫苑を見た。
 紫苑はニコリと微笑んで返した。

「手合わせをするならいつでも相手をするよ。その代わり一切手加減はしないけどね」

「しっ、失礼しました!! 疑ってしまい、申し訳ございません」

手合わせをしたいと言わなかった篠田に対し、「残念だなぁ」と呟く紫苑を見て、斎藤と土方、島田は沖田の面影を見たのだった。
 斎藤は白虎隊の少年達を随分と気にかけているようだった。少年達も斎藤のことは一目置いている存在であるよう見えた。少年達に最初は受け入れられなかった斎藤も徐々に絆を深めていったのだと紫苑は後から聞いた。
 白虎隊の篠田と打ち解けるのに時間は掛からなかった。強い者と戦いたいと思うのは武士のサガなのであろうか、篠田は何度も紫苑や斎藤に稽古をつけてもらっていた。
そのうち、彼が白虎隊に入った理由や思いなども打ち明けてくれるまでになった。

「私は会津に恩があるんです。家族を失い、生きる希望を失った僕を拾ってくれたのが会津藩でした。誰かを救うために自分の命を使ってみないかと言われたんです。だからこうしていま、ここにいることが出来ているんです」

篠田の話を聞いた紫苑は彼が昔の自分に重なって見えた。

「私も復讐する為だけに生きてきたの。こんな私でも新選組は受け入れてくれた。最愛の兄を亡くして生きる希望を失った時も新選組が私の生きる希望になってくれた」

ここには一人ひとり違う過去を抱えて生きている者がたくさんいる。辛い思いをした者達がたくさんいる。それでも自分の信念を貫こうとする立派な武士がここにはいる。
 8月21日、新政府軍と旧幕府軍が衝突した。これがのちに言う母成峠の戦いである。
 新政府軍の中心は土佐の板垣退助いたがきたいすけ、薩摩の伊地知正治いじちまさはる。数はおよそ三千。それに対し、大鳥圭介率いる旧幕府軍、白虎隊を含む会津藩、新選組、合わせても七百程しかいなかった。
 朝日が昇るか昇らないかという早朝、慌ただしい足音と共に戦は始まった。

「死守しないといけないのはこの三つだ。二本松、十六橋、母成峠。全て突破されてしまえば、袋のネズミになってしまう。そうならないように逃走経路は確保する必要があるんだ。土方君には最後の砦であるこの母成峠を任せたい」

 大鳥の指示に誰もが腹を括ったのだ。

「よし、出陣だ」

 これまでの戦で何度も困難を乗り越えてきた土方だったが、今まで以上に厳しい戦になることは目に見えていた。それでも、今までと変わらず先陣を切って戦う姿に周りは鼓舞され、徐々にではあるが新政府軍を押し返したのだ。

「この調子なら追い返すことが出来るのではないか……」

大鳥が守る二本松から伝令が来たのは隊士たちからこのような声が上がってきた所だった。

「報告します。二本松、突破されました。申し訳ございません!」

更に重ねて十六橋からも伝令が来る。

「報告します! 十六橋は壊滅状態です。もう半刻も持ちません」

二部隊の状況を知った土方は黙り込んでしまった。決断しなければならない状況だった。撤退を決めた土方は斎藤を呼んだ。

「斎藤、俺たちはここで負けるわけにはいかない。蝦夷へ向けて進むつもりだが、お前はどうする?」

少し黙り込んだ後、斎藤は口を開いた。その目は真っ直ぐと土方を見つめており、覚悟を決めたのだと分かった。

「俺は……己の信じた道を歩みたい。たとえそれが可能性の少ないものだとしても」

「本当にいいのだな……」

土方の問いかけに斎藤は深く頷いた。

「ああ、会津藩や白虎隊の者たちと最期まで一緒に戦いたい。自分の信念を貫く為にも「誠」を掲げることを許して欲しい」

深呼吸をした土方は斎藤をしっかり見つめて、深く頷いた。
 紫苑はこれが最期になるかもしれないという哀しみを抑え、斎藤に近づいた。

「斎藤さん、今までありがとうございました。今の私があるのは新選組の皆さんのおかげです。私が言うのもおかしいとは思いますが、自分の命、大切にしてくださいね」

紫苑の言葉を聞いた斎藤はふっと笑みをこぼした。

「本当だな。初めて刀を交えた時、怪我を顧みず突っ込んできた者に言われることになろうとは……。紫苑、お前も自分を大切にな。そうしないと総司に怒られそうだ」

斎藤の冗談をいう姿を紫苑は初めて見た。
 始まりはどうであれ、新選組という居場所ができて、本当によかったと思うことが出来た瞬間だった。
出陣までの僅かな時間、紫苑は篠田のもとに顔を出した。

「篠田君いますか?」

陣の奥から出てきた篠田は紫苑の姿を見つけると駆け寄ってきた。

「紫苑さん、何かありましたか? 僕に何か……」

紫苑は近くの倒木に座るよう促し、自分も腰を下ろした。

「大事な用がある訳ではないのだけれど……」

そう言いながら話し始めた。

「君たちはここに残るんだよね? 儀三郎も残るのか?」

紫苑の言いたいことが伝わったのか、少し悲しそうな顔をして答えた。

「僕はここを最期の地だと決めています。何があろうと……」

 篠田はわかっているのだ、ここに残ることがどういう事なのかを。戦って散るか敗けて新政府軍に捕まるかのどちらかしかないということを。助かる確率は無いに等しい。それでも明るい言葉を口にした。

「城が落とされない限り、必ず逆転の好機は来ると信じています。僕は後悔が内容に生きたい」

この気持ちは同じだと誓って最後の言葉を交わした。

「私は私の信じた道を進む。北へ、土方さんの進む方へ。あの人をひとりぼっちには出来ないから。お互い、自分の気持ちに正直に生きよう……最期まで……」

8月24日、斎藤を含めた会津の者たちと別々の道を歩みだしたのだ。

「己の信じた道をまっすぐ進め」

斎藤の言葉を抱いて紫苑は前を向いた。
土方達が北上した後、会津藩は新政府軍に敗北した。白虎隊は篠田を含めた全員が山中で自害した。斎藤一は新政府軍に捕らえられ、投獄された。しかし、その情報が紫苑たちの耳に入ることは無かった。
 旧幕府軍は敗走を続けながら、仙台から蝦夷へと渡ることになる。

「初めまして、私の名前は榎本武揚です。あなたが新選組の鬼の副長ですか?」

「ああ、新選組の土方だ。」

土方は一言返事をしただけだった。

「そちらの可愛いお嬢さんは土方さんの小姓さんだったりするのかな?」

先程の無愛想な返答を気にしていないのか、今度は紫苑に声を掛けてきた。その態度に驚いたものの、紫苑はちゃんと自己紹介することにした。

「初めまして、天音紫苑です。残念ながら、予想は外れです。私は土方さんの小姓ではありません。新選組の隊士です。それに、土方さんの小姓なら市村鉄之助君っていう可愛らしい小姓さんがいますから」

「女性の隊士って珍しいですね。市村君って子も来ているのかな? あとで挨拶しておかないと……。それじゃあ、私は今後の段取りを決めるからみんなを呼んでくるよ。もう少ししたら始めるから会議室に集まっておいてね」

そう言って榎本は船内に戻っていった。

「まさか俺が、餓鬼の頃に見た黒船に乗るなんてな……」

ぼんやりと海を見つめていた土方は言葉をこぼした。

「黒船ですか……」

「ああ、もちろん本物はもっと凄いものだったが、この船は山崎や紅蓮と乗った船とは随分違うものだな。あいつらもこの船に乗せてやりたかった……」

風でなびく髪を押さえながら紫苑も答えた。

「沖田さんはきっと思っているでしょうね「土方さんだけずるい~」って」

紫苑の声真似が似ていたのか、土方は吹き出した。

「ふっ……はははっ……。総司なら言いそうだな。こんな|湿気(しけ)た面してるとそれこそ総司に叱られそうだ」

二人の空気が和んだ時、土方の小姓である鉄之助が呼びに来た。

「お二人共、そろそろ軍議が始まるそうですよ」

「あぁ、分かった。いま行く」

 この市村鉄之助という少年は近藤が隊士募集をした際、兄と共に入った者で、まだ13歳という若さだった。そこで、土方の小姓となっていたのだ。
 元服前の鉄之助は自分だけが戦に出れないことを歯痒く思っていた。

「僕も一緒に……」

「お前は部屋で待っていろ」

鉄之助の言葉を遮るように会議室に入った。
 会議が終わった扉の前で待っている鉄之助を見つけた紫苑は彼に声をかけた。

「土方さんならまだ出てこないよ。榎本さんと大鳥さんと三人で話をしていたから」

「そうですか……。はぁ……」

鉄之助は少し残念そうな顔をして大きな溜息をついた。

「僕も土方さんの役に立ちたい。いつまでも土方さんに迷惑をかける訳にはいかないんだ……」

鉄之助の思いを聴き届けた紫苑は自分の話を始めた。

「土方さんは鉄之助君のことを迷惑だなんて思っていないんじゃないかな。私も新選組に入った時は土方さんに面倒ばかりかけていたから」

「本当ですか? あなたみたいな強くて頼もしい人が?」

周りの隊士にどう思われていたか全く気にしていなかったが鉄之助の語った印象は意外だった。

「そうだよ。私が女だということは土方さんの小姓なら知っているだろう。私はもともと新選組の一員ではなかったんだ。まあ、色々あって新選組に捕まって、新選組を利用する為に隊士になったのに、それでも私を仲間だと言ってくれたんだ。そんな新選組が君のことを迷惑だなんて思うはずないでしょう。ああ見えて、土方さんは面倒見いいんだから」

そう言って笑った紫苑に口を挟んだのは土方だった。

「ああ見えて……は余計だろうが。俺はお前からどう見えてるんだ? 最近本当に総司に似てきたな。」

扉の向こうから溜息をつきながらこちらへ歩いてくる。

「鉄之助、お前はもう充分役にたっているんだ。迷惑だなんて思うな。戦に出ることだけが役に立つ訳ではない」

まだ納得していないようだったが、土方たちは話を切り上げて部屋に戻った。
 4月13日、新政府軍は二股口侵略に取り掛かった。

「二股口で迎え撃つ。全員覚悟はいいか?」

土方の合図で全員が走り出した。土方も紫苑も誠の旗を胸に抱き、散っていった仲間たちの思いを背負って討伐に向かった。
 この日は何とか追い返すことができた旧幕府軍だったが、これもいつまでもつだろうか……。時間の問題だということは、誰が見てもわかりきったことであった。
4月25日、再び新政府軍の進軍が始まった。こちらの武器より、明らかに最新の鉄砲や大砲、もはや弓矢や刀の時代ではなかった。それでも前を向くしかない。時の流れには逆らうことはできないのだ。

「行くぞついてこい!!」

鉄の球が降り注ぐ曇り空の下、刀で薙ぎ払いながら、前に進む。騎乗にいる土方は、片手で手綱を握り、もう片方の手で刀を握っている。激しいになっても刀を落とさないよう、白い手拭いできつく結んでいる。時代の移り変わりによって、戦い方が変わったことで、使われる刀の長さも変わってきた。そして今度は、刀を使わない戦い方が主流になっていくのである。

「紫苑、いるか?」

「ついてきているよ。なんですか」

騎乗で返事をする紫苑を見届けた土方は加速した。

「左は任せたぞ」

その言葉に頷いた紫苑は手綱を握り直した。忍びだったころには決して出会うことのなかった騎馬戦。馬に乗ることもほとんどなかった紫苑だが、新選組の一員になって、土方を探して北上する間に乗りこなせるようになったものだった。
 必死に戦った旧幕府軍であったが、徐々に戦況は悪化し、僅か二週間で二股口は破られた。
 函館で最後の雪を見たその夜、土方は紫苑と鉄之助を自室に呼んだ。

「失礼します」

部屋の扉を開けると、窓枠にもたれかかり外を眺める土方の姿があった。その横顔は何かを決めあぐねているようだった。

「来たか。鉄之助、今日中に函館を出ろ」

「どうしてですか? 僕も一緒につれていって下さい」

「ダメだ!! お前にはまだ未来がある。自分の命を無駄にするな!!」

土方はつい熱くなって勢いに任せて強く言ってしまったのだ。

「やっぱり、僕は約立たずですよね……。闘うことすらできないのですから……」

鉄之助はうつむき、拳を握りしめ、必死に涙を堪えているようだった。

「すまない、鉄之助。強く言い過ぎた。だがな、鉄之助、役立たずな訳がないだろう。お前のような若い者が次に新しい日本を作っていくのだ。だから、鉄之助に頼みがある」

土方の言葉に鉄之助は涙を拭って顔を上げた。

「僕にできることでしたらなんでもします。土方さんの役に立てるなら喜んで」

土方は覚悟を決めたように拳を握りしめ、自分の腰から刀を抜き取った。そして自分の髪が入った巾着袋を刀の柄に括り付け、鉄之助に渡した。

「これをこの和泉守兼定を日野の佐藤彦五郎さとうひこごろうという人物に渡しほしい。これは鉄之助、お前にしか頼めない」

「土方さん、死なないですよね。もうこれで最後だなんてことありませんよね」

土方は鉄之助の頭にポンッと掌を乗せ、柔らかな声をかけた。

「厳しい戦になるから必ず生きて帰るということは約束できない。だが、命を無駄にすることだけは絶対にない。頼んだぞ」

「はい!!」

鉄之助は握りしめた拳に力を込め、決意した。彼が部屋を出た後、土方は紫苑に向き直した。

「紫苑、お前も京に……」

「戻りませんよ。そもそも私の帰る故郷はもうありませんから。新選組のいる所が私の帰る場所です。近藤さんにも、沖田さんにも、斎藤さんにも土方さんのことを頼まれているんで」

紫苑は土方の言葉よりも先に答えた。

「そうだったな。お前に言われると逆らえねぇな」

苦笑を浮かべた土方は近くの椅子に座り込んだ。
明治二年(1869)5月11日、二股口を突破した新政府軍は最後の追い込みを始めた。土方率いる新選組と少数の幕府軍は函館で隊を立て直し、出陣の時を待っていた。鳥羽・伏見の戦いから始まったこの戊辰戦争は北上するたびに幕府軍の人数は圧倒的に少なくなっていった。誰が見ても勝てる見込みがないことは分かりきっている。それでも自分の信じた道を突き進もうとする彼らの姿、生き様に紫苑は惚れたのだ。

「いいか、お前ら。決して命を粗末にするな。全員生きて帰るぞ」

「おお!!」

生きて帰れる保証はどこにもないのだが、全員が自分自身を鼓舞するために声を上げた。
 馬のいななきと刀が交わる金属音が砂煙の中から聞こえる。その音を切り裂くように乾いた鉛玉が飛ぶ音とドサッという何かが落ちる鈍い音が聞こえた。土方が撃たれたのだ。異変に気付いた紫苑はすぐさま馬を飛び降りた。

「土方さん、しっかりしてください」

先程、飛んできた鉄砲玉は土方の腹を撃ち貫いていた。馬から落ちた衝撃で頭を強く打ちつけたらしく、額からも赤黒い血がドクドクと流れ出している。

「紫苑……新選組にいて幸せだったか?」

「はい。新選組が私の帰る場所です。土方さん、この戦が終わったら一緒に帰りましょう」

「そうだな……。いつか戦のことを……考えずに暮らせる日を過ごせるだろうか……」

力が入らなくなっていく土方とは反対に、紫苑の込める力が強くなっていく。

「過ごせますよ。きっと……。だから、土方さん。死なないでください」

「泣くな……。最後くらいお前の笑顔を見せてくれ。戦が終わったら幸せに生きろ。女としての幸せを掴め」

紫苑は涙を拭って自分ができる精一杯の笑顔を土方に向けた。

「はい!」

その顔を見届けた土方は微笑み、静かに息を引き取った。
 復讐だけに生きてきた彼女が笑顔を浮かべることができるようになったのは、新選組の仲間に出会ったからであった。
 戊辰戦争が終結したのは、土方がこの世を去ってから僅か一週間後のことであった。旧幕府軍の榎本武揚が降伏し戊辰戦争は終わりを告げた。降伏したことによって、榎本らは捕縛されたが結果として血を流すようなことはなかった。
 降伏の前日、紫苑と榎本は弁天台場で最後の会話を交わした。

「私がもう少し早くこの戦を終わらせることが出来ていれば土方さんを、戦で散っていった皆さんを救うことが出来たのに……。すみません」

そう言って榎本は紫苑に頭を下げた。

「謝らないでください。榎本さんが悪いわけではありませんから」

紫苑の言葉にもう一度頭を下げてから榎本は尋ねた。尋ねるというより、榎本の頼みだろう。

「紫苑さんはこの後どうするつもりですか? 土方さんは新選組の隊士名簿にあなたの名前は記載していないと言っていました。明日、私たちはこの戦争を終わらせます。そうなれば全員捕まるでしょう。命の保証はできません。その前に蝦夷を発ってください。女性のあなたなら海を渡れるはずです」

その言葉に紫苑は首を横に振った。

「いいえ、私はこの戦の終わりを見届けます。それが私に託された使命だと思うので。その後は……新選組の皆さんを探します。私が見たことをすべて伝えようと思います。私はもともと忍ですから捕まらない自信はありますよ。だから心配しなくでも大丈夫です。榎本さんもどうかご無事で。自分を大切にしてください」

 こうして戊辰戦争は旧幕府軍の敗北という形で終結した。
 自分の信念を貫き通して散っていった新選組。この戦が正しかったのかどうかは分からない。しかし、生きることに絶望した少女の心を溶かし、生きる意味を彼らは教えてくれた。それは狂い咲きの桜のように生き急ぐ、あまりにも短い生涯だった。それでも彼らは誰にも穢すことのできない「誠」を抱いていた。
 
 船を見送る紫苑の後ろで季節外れの満開の桜が風を舞っていた。    完
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