シークレット・アイ

市ヶ谷 悠

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美しき讃美歌を

4.優勝賞品「発表」

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 橋がかかっている―― それは、あなたと私を繋ぐ橋? 共に渡る橋? それとも……共に落ちる橋……?


 流れる……流れる……と、いうより、引っ張られる! 

「いでででで!」

 ヴァルは思わず声を上げるほどには……。

 言葉の通り、息をする間もない程の人の雪崩に、流石のヴァルもノアも為すすべがなく流され続けていた。
 そりゃもう……はぐれないようにと仕方なくお互いの手首に繋いだ手錠によって、激痛が走るほどには! それほどの勢いで流されていったのだ!

 だが、そんな人混みの流れに身を任せたまま、数分掛けてようやっと、門の真下まで来た時。

 ヴァルは一瞬だが、門の上に立って合図をした男――ル・エトルニア・ポールと名乗った奴――の方を見ると一瞬とは言えど……顔が見えて、疑う。

 んな……まさか……。

 ヴァルは、その見覚えがある男の顔と、これまた一瞬だけ、それこそほんのコンマ数秒ほどだろうが……目が、合った気がした。

 いやいや……七万越えの人の雪崩の中で、軽く見積もっても二百メートル程遥か頭上の門の上に立っている男唯一人と……そんなこと有り得ないだろうと、ヴァルは言い聞かせながらも、その胸にはわだかまりを抱えたまま、その男の立って居る門の下を雪崩に身を任せて通り過ぎていく。

 そして気が付けば、ヴァルとノアは、分厚い壁で出来た門の下をくぐり抜け、激戦場となる、『闘技場』へと着いていた。
 ヴァルのわだかまりの原因の男の姿は、もう振り向いても確認など出来ない。

 闘技場は、待機していた門の外よりも遥かに広く、円盤が敷かれたような地面はまさに、雰囲気を出す為のいかにも……という場所だった。そしてなにより、門の外と決定的に違うのは、その円盤の地面を囲うように四方に広がるこの光景と、音。

 ワァアアアアア! パチパチパチパチパチ!

 ……ここに、もう既にがいるって点だろう。

 観客者達は、挑戦者たちのなだれ込んでくる姿に喝采を送っているようで、やんややんやとヤジを飛ばしているばかりの、一般客から王族らしき人々等で溢れかえっていた。
 既に闘技場内へとなだれ込んだ参加者達は、その光景に目を奪われ、感動している者から、怯えはじめた者から奮い立たせている者と様々。

 だが……ヴァルとノアの目線は観客達等どうでもいいように、一点だけを向いていた。四方を囲む観客席の、門の入り口から見て真正面中央の席。
 その空間だけあからさまな特別席がご用意されており、そこに鎮座しているのは、まるで象徴のように赤いドレスを身に纏って座っている奥方……彼女もまた、先程の男のような、仮面舞踏会ですか? と聞きたくなる仮面を謎に満ちたその顔に着けている。

 恐らく、彼女が現ヘブンスローズの王妃……ガルディシアン・ソロ・ベルトリーニ様。
 しかし、ヴァルとノアの狙いは、決して彼女ではない。隣にある空の台座にあるべきものなのだが……。

「おい、ヴァル。やっぱりヨ、例の歌姫……いないよなァ? おかしくネ?」

 ノアが手錠をした方の腕を思いっきり上に引き寄せて、ヴァルを自分の方へと近づけさせて言う。
 同時に、周りが多少落ち着いたこともあり、ヴァルはそりゃもう心底嫌そうな顔で、ノアと繋がれた腕にかかった手錠を、ノアの方だけ外す。
 
 くそ……俺より少しばかり身長が高いからと、ぶら下げるように引っ張る必要ないだろ。ああ、手首が痛い……。

「はぁ……ああ、そうだろうな。そもそも、全員が中に入って奥方の一礼があってから、賞金の発表があるはずだぜ。……だが……ノア、確かにお前が言った通り、彼女と思しき人影さえないのは、おかしな話だな」

 ヴァルも、正直少し予想外だった。
 Mr.ハロドゥから拝借した今までの資料を見た限りでは、大抵王妃の横に台座があって、そこに優勝賞品は用意されており、発表まで布が被されている状態だった。
 だが……今回の優勝賞品はあの。人型である以上、その姿は例え布がかぶされていようと確認できると思ったんだが……そんな様子すら、微塵もない。

 ヴァルとノアが怪しんでいた矢先、王妃が静かに立った。

 すると、周りの観客達が一気に静かになり、王妃をの方を向いて席を立つ。そのまま……彼女は静かに一礼し、また座る。
 同時に瞬間移動でもしたのか、さっきの狐面を着けた、ポールが王妃の後ろから現れた。

「皆様……今宵、この大武闘大会に集ってくれた事に感謝しよう。さて……まずは、皆がお待ちかねと思われる、今年の大武闘大会の優勝賞品については……」

 会場が、静けさと、唾を飲む音さえ聞こえそうな、そんな張りつめた空気になる。
 そりゃそうだ……今まで一度だってヘブンスローズで優勝賞品にされた前例が無い、『人』――下手をすれば人身売買に捉えられたっておかしくはない事案――で、しかもあのが優勝賞品だって噂なのだから。

「今回……誠に申し訳ないことに、こちらの不都合によって、豪華優勝賞品は未発表とさせてもらう事となった」

 なに?! ふざけるな! どういう事だ! こちとらそれを見たくて来てるんだ! どうせ皆が分かっている! もったいぶるな!

 など、そう言った声が飛び交う、まさに大ブーイング発生。
 
 ヴァルとノアは、その姿……というよりも優勝賞品の布切れさえも見えないことから、歌姫を連れてきていない事など、大体予想出来ていたので周りのバカでかいブーイングの嵐に耳を塞ぐ。

 ここにる奴らはどうも予習もしてこない程、馬鹿の集まりなのだろうか。そう思うと、ヴァルもノアも流石に嫌気がさしてくるってもんだ。
 はーやだやだ……その馬鹿の一部としてここに居ることになるなんて、な。

「静まれ!!」

 ポールのひと際大きな声(さっきの門の前の時も思ったが、恐らく小型か、もしくは見えないタイプの何かしらの拡声器でもつけているのだろう。下手をすれば鼓膜が破けるほどに大きな音)で、辺りは静寂を取り戻す。中には、あまりの大音量に、耳を塞いでうずくまる奴もいる。

「……ありがとう。では、今回は皆の中には既に耳に挟んでいる者もいるであろう……世界でも有名かつ、この世に唯一人産み落とされると言われる『伝説の歌姫』が、優勝賞品となっている」

 そう言うと、途端に大ブーイングからの、大歓声。

 やっぱり! そうなのか! スゲェ! 女が手に入るぞ! うぉおお! 等々……。

 やれやれ、こうも強い自己意識を持った生き物は、掌返しが上手いもんかねぇ……なんて、ヴァルは思いながら、淡々と話すル・エトルニア・ポールから目を離さなかった。

「今回、そのお姿を今拝見出来ないのは、優勝者が決まった当日に、お姿と共に歌声を捧げるという、本人の意思とベルトリーニ家の意見の合致故という事を事前に了承願いたい」

 ポールから続いて放たれた発言により、ヴァルにはこれで一つ……いや、少なくとも二つは確信が持てた。

 一つは、今回の優勝賞品は今までにない異例の『人』であることが真実であること、しかもそれが伝説の歌姫であること。
 二つ目は……もう既に、必ず……この街のどこかに歌姫が滞在しているという事。

 ヴァルとノアは、お互いの目を見つめ合い、了承の合図をした。
 そして同時に、ヴァルは自分の右手にまだ付けたままの手錠を手際よく外して、隠しポッケの中にしまいこむ。

 さぁ……始まるぜ。

「では……皆、存じ上げているだろう。この幾万人の中から、本選出場可能なのは、僅か五十名。そして、それは今まさに! 貴殿らが立っているこの場で! 決まるのだ!」

 ヴァルとノアは、お互いをもう一度見合わせ、ニヤッと口角を上げる。ノアは待ちきれねえぜ、と言わんばかりに左肩をぐるぐる回しはじめた。
 ヴァルは半分、この後どうするかなぁの意味の溜め息と、やりますか、という二つの意味を含めた溜め息を吐いてから、両手をズボンのポッケに突っ込む。
 ヴァルだって、久々の本気の暴れ合いが楽しみじゃないわけでは、ないのだ。じゃなけりゃ、こんな仕事、やってない。

「さぁ始めよう! いま! 『デスワルツのマーチ』を!!」

 王妃の左右に居た従者と思しき二人が、同時にサッとラッパを取り出し、プァーーと鳴らす。

 そして、始まった! まさに! 今、この場で!

 その名の通り、デスワルツのマーチとやらが、ね!
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