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消えゆく芸術
おまけ.「十二月のヴァル」
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ドンベルト・ワーナー
かつて彼の生み出す水彩画は滲みを極めた絵で人々の心を鷲づかみにされた事でその名は有名だったが、今回の事件により、今までのイメージは全て覆された。
彼は女性という『神秘的』な存在に対する執着が根強く、焼死体として見つかった女性の他に、何人もがモデルと称して連れ出されそうになった事が発覚。
彼も戻らぬ人となったのは、当然の報いと言える。
尚、遺体として見つかったミラベル・ポリエイト夫人の身体も見つかっており、彼女もまた眠っていた地下室でモデルとして連れ去られたのでは、という話がアルティストストリートでは噂になっている。
クローン体として生き返った彼女にインタビューをしたところ、以下の様な回答が得られた。
「私は両親の仇を討つために家に向かったのですが……気が付けば、あの洞窟に連れ去られていました」
―なぜ燃やされたのか、その時の記憶は失われたと、記者会見でも言っていましたが?
「はい、なぜか彼を見ながら死んだことは覚えているのですが……どうして燃えたのか、何が原因で死んだのか……そこまでの記憶がないのです。医者が言うにはショックと、遺体の状態が酷かった為に記憶が破損してしまったと……。ですが、私はあの悪魔を葬ることが出来たことが最重要だと思ってますので、これでいいのです」
ピッ。
おもむろに、ヴァルはテレビの電源を切る。その顔は、呆れ果てた顔と、疲労に満ちていた。
「……あれでいいのですか? ヴァルさん」
Mr.ハロドゥはグラスのコップを綺麗に、丁寧に拭きながら、カウンターテーブルでジントニックを呑むヴァルに尋ねる。
今、この店にはヴァルとMr.ハロドゥの二人だけという珍しい光景だった。
その理由は至ってシンプル。ノアが恋人の眠る病院へずっと通い詰めているからだ。
ヴァルは一人でここに来る事自体には、なんら問題ないし、恋人の元へ行くノアを止めたりすることもしない。……が、どのメディアでもこんなにも大々的に報道されているのにも関わらず、まるで存在そのものを消された感覚になるのは……少々、精神的にツライ所があった。
だが、これを選んだのも自分……仕方ない。
「はぁ……ま、俺はこれでいいのさ。俺よりも、Mr.ハロドゥさん……あんたにこそ、今回は申し訳ないな。友人を助けることが出来なくて……」
ヴァルがそう言うと、Mr.ハロドゥは微笑みながらすぐに首を横に振った。
「いえ、むしろ、あなた達でしたら、このような結果にしてくれるであろうと望んだ私は……最早、彼にとって友人ではなかったでしょう。こちらこそ……こんな事を頼んでしまい、すみません」
そういうMr.ハロドゥは、今までの様なちょっと含みがある微笑みではなく、心からの優しいしわが増えた紳士的な笑顔に見えた。
彼もドンベルトの狂気に満ちたあの状態を知っていたのなら、そう願うのも仕方ない事だろう……。仮にもし、俺も友人にあんな状態でいることを知ったら……同じように望むかもしれないな。
ヴァルは困ったような笑顔をMr.ハロドゥに向けて、手元のジントニックが三分の一になったグラスへと視線を落とす。
「……礼なんて、言われる側じゃないさ。なんなら、あのお嬢さんから熱いお手紙、受け取ったぐらいだし、こっちがお礼を言うべきだな」
そう言いながら、ミラベル・ポリエイト夫人からの、ドンベルトの屋敷に関する苦情の手紙をヒラヒラとMr.ハロドゥに見せる。
ミラベル・ポリエイト夫人は、親の残した多額の遺産により、更には芸術を見極めるセンスは本物で、アルティストストリートの住人から大勢の生き返らせる要望もあったことから、クローン体としてすぐに蘇った。
ま、それもこれも彼女の権力と、あの街での地位を考えれば当然の事だったかもしれない。
ヴァルはもちろん、彼女がクローンとして生き返ることは予測済みだったので、ノアとに刺したのと同じ、記憶操作の人工血液チップを、クローン体の彼女にこっそりと刺し、あの地下室で彼女と出会った事、また彼女の死んだ理由がノアの銃撃によるものであった記憶だけ、除去させてもらった。
そして、俺達を呼んだのはドンベルトではなく、彼女である、という記憶も、オプション付きで。病院に入る手続きをしてくれたMr.ハロドゥには、本当に感謝しかない。だから、俺は……お礼を言われる立場ではないのだ。
それに……これで、ドンベルトも多少なりとも、安らかに天国に昇れることを祈るばかりだな。
「今回もお疲れ様でした。……どうぞ」
そう言いながら、Mr.ハロドゥは綺麗に拭いた新しいグラスに、ジントニックを注いで渡してくれた。
が、まぁ……そうだよなぁ……。
「俺を呼び出したくらいだから、ただのお礼ってワケ、ないよな……」
明らかに嫌そうな声でそう言うヴァルの視線の先には……ジントニックのグラスの下に、見慣れた封書が添えられている。
……つまり、次の仕事の依頼だ。
「シェリア・ノエルズ様のクローン体の借金、残っているんでしょう?」
この人にゃ俺達の情報は全部筒抜けなのか……?これでもシェリア・ノエルズの身体再生は極秘に行っているつもりだったんだが……この人相手には無駄なことだったかもしれないな……。
「貧乏暇なし……ってか。つれぇなぁ……」
「今のあなたを癒すためにも、必要な事です」
出会った頃から、Mr.ハロドゥにどうにか隠し事が出来ないもんかと、常々思っているが……今のところ、全敗である……。
ヴァルはもう一度大きな溜め息を吐きながら、グラスの下にコースターのように敷かれている封書を手に取る。
「それに……あなた達には、大きな試練が待ち受けていますし、ね」
そう言うMr.ハロドゥの目は、眼鏡越しでも分かるほど、何か鋭いものを感じた。その視線のせいで、手に取った封書を開けることを、一瞬……躊躇ってしまう。
「……なに、試練なんて俺に取っちゃ今に始まった事じゃないさ。……酒、ありがとう。また何かあれば連絡入れるんで」
「……えぇ。待っていますよ……。いつまでも」
ヴァルはジントニックを一気に呷って、そのまま封書をコートのポケットにしまい込む。これが、最悪な依頼になることも、知らずに……。
「生きて帰って……あなたの罪が軽くなることを、祈っていますよ。……ヴァルギリー・ウェルトニア様」
Mr.ハロドゥのその小さな囁きは、ヴァルの耳に届くことはなかった。
――おまけ 「十二月のヴァル」 終――
かつて彼の生み出す水彩画は滲みを極めた絵で人々の心を鷲づかみにされた事でその名は有名だったが、今回の事件により、今までのイメージは全て覆された。
彼は女性という『神秘的』な存在に対する執着が根強く、焼死体として見つかった女性の他に、何人もがモデルと称して連れ出されそうになった事が発覚。
彼も戻らぬ人となったのは、当然の報いと言える。
尚、遺体として見つかったミラベル・ポリエイト夫人の身体も見つかっており、彼女もまた眠っていた地下室でモデルとして連れ去られたのでは、という話がアルティストストリートでは噂になっている。
クローン体として生き返った彼女にインタビューをしたところ、以下の様な回答が得られた。
「私は両親の仇を討つために家に向かったのですが……気が付けば、あの洞窟に連れ去られていました」
―なぜ燃やされたのか、その時の記憶は失われたと、記者会見でも言っていましたが?
「はい、なぜか彼を見ながら死んだことは覚えているのですが……どうして燃えたのか、何が原因で死んだのか……そこまでの記憶がないのです。医者が言うにはショックと、遺体の状態が酷かった為に記憶が破損してしまったと……。ですが、私はあの悪魔を葬ることが出来たことが最重要だと思ってますので、これでいいのです」
ピッ。
おもむろに、ヴァルはテレビの電源を切る。その顔は、呆れ果てた顔と、疲労に満ちていた。
「……あれでいいのですか? ヴァルさん」
Mr.ハロドゥはグラスのコップを綺麗に、丁寧に拭きながら、カウンターテーブルでジントニックを呑むヴァルに尋ねる。
今、この店にはヴァルとMr.ハロドゥの二人だけという珍しい光景だった。
その理由は至ってシンプル。ノアが恋人の眠る病院へずっと通い詰めているからだ。
ヴァルは一人でここに来る事自体には、なんら問題ないし、恋人の元へ行くノアを止めたりすることもしない。……が、どのメディアでもこんなにも大々的に報道されているのにも関わらず、まるで存在そのものを消された感覚になるのは……少々、精神的にツライ所があった。
だが、これを選んだのも自分……仕方ない。
「はぁ……ま、俺はこれでいいのさ。俺よりも、Mr.ハロドゥさん……あんたにこそ、今回は申し訳ないな。友人を助けることが出来なくて……」
ヴァルがそう言うと、Mr.ハロドゥは微笑みながらすぐに首を横に振った。
「いえ、むしろ、あなた達でしたら、このような結果にしてくれるであろうと望んだ私は……最早、彼にとって友人ではなかったでしょう。こちらこそ……こんな事を頼んでしまい、すみません」
そういうMr.ハロドゥは、今までの様なちょっと含みがある微笑みではなく、心からの優しいしわが増えた紳士的な笑顔に見えた。
彼もドンベルトの狂気に満ちたあの状態を知っていたのなら、そう願うのも仕方ない事だろう……。仮にもし、俺も友人にあんな状態でいることを知ったら……同じように望むかもしれないな。
ヴァルは困ったような笑顔をMr.ハロドゥに向けて、手元のジントニックが三分の一になったグラスへと視線を落とす。
「……礼なんて、言われる側じゃないさ。なんなら、あのお嬢さんから熱いお手紙、受け取ったぐらいだし、こっちがお礼を言うべきだな」
そう言いながら、ミラベル・ポリエイト夫人からの、ドンベルトの屋敷に関する苦情の手紙をヒラヒラとMr.ハロドゥに見せる。
ミラベル・ポリエイト夫人は、親の残した多額の遺産により、更には芸術を見極めるセンスは本物で、アルティストストリートの住人から大勢の生き返らせる要望もあったことから、クローン体としてすぐに蘇った。
ま、それもこれも彼女の権力と、あの街での地位を考えれば当然の事だったかもしれない。
ヴァルはもちろん、彼女がクローンとして生き返ることは予測済みだったので、ノアとに刺したのと同じ、記憶操作の人工血液チップを、クローン体の彼女にこっそりと刺し、あの地下室で彼女と出会った事、また彼女の死んだ理由がノアの銃撃によるものであった記憶だけ、除去させてもらった。
そして、俺達を呼んだのはドンベルトではなく、彼女である、という記憶も、オプション付きで。病院に入る手続きをしてくれたMr.ハロドゥには、本当に感謝しかない。だから、俺は……お礼を言われる立場ではないのだ。
それに……これで、ドンベルトも多少なりとも、安らかに天国に昇れることを祈るばかりだな。
「今回もお疲れ様でした。……どうぞ」
そう言いながら、Mr.ハロドゥは綺麗に拭いた新しいグラスに、ジントニックを注いで渡してくれた。
が、まぁ……そうだよなぁ……。
「俺を呼び出したくらいだから、ただのお礼ってワケ、ないよな……」
明らかに嫌そうな声でそう言うヴァルの視線の先には……ジントニックのグラスの下に、見慣れた封書が添えられている。
……つまり、次の仕事の依頼だ。
「シェリア・ノエルズ様のクローン体の借金、残っているんでしょう?」
この人にゃ俺達の情報は全部筒抜けなのか……?これでもシェリア・ノエルズの身体再生は極秘に行っているつもりだったんだが……この人相手には無駄なことだったかもしれないな……。
「貧乏暇なし……ってか。つれぇなぁ……」
「今のあなたを癒すためにも、必要な事です」
出会った頃から、Mr.ハロドゥにどうにか隠し事が出来ないもんかと、常々思っているが……今のところ、全敗である……。
ヴァルはもう一度大きな溜め息を吐きながら、グラスの下にコースターのように敷かれている封書を手に取る。
「それに……あなた達には、大きな試練が待ち受けていますし、ね」
そう言うMr.ハロドゥの目は、眼鏡越しでも分かるほど、何か鋭いものを感じた。その視線のせいで、手に取った封書を開けることを、一瞬……躊躇ってしまう。
「……なに、試練なんて俺に取っちゃ今に始まった事じゃないさ。……酒、ありがとう。また何かあれば連絡入れるんで」
「……えぇ。待っていますよ……。いつまでも」
ヴァルはジントニックを一気に呷って、そのまま封書をコートのポケットにしまい込む。これが、最悪な依頼になることも、知らずに……。
「生きて帰って……あなたの罪が軽くなることを、祈っていますよ。……ヴァルギリー・ウェルトニア様」
Mr.ハロドゥのその小さな囁きは、ヴァルの耳に届くことはなかった。
――おまけ 「十二月のヴァル」 終――
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