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消えゆく芸術
4.「相棒」として
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Mr.ハロドゥから仕事を受けた、翌朝……。
ノアには、どうやら自分が知らない間に全く未知の方向へと進んでいった、憧れの芸術家に対してショックを受けたのか、それとも彼なりの感じる何かがあるのか……朝になっても、コーヒーを飲みながらずっと自分で並べたドンベルト・ワーナーの絵を眺め続けていた。
ヴァルは、こういう時のノアには触れぬが吉……という事をよく知っているので、せっせと出かける準備だけ済ませる。
幸いにも、指定の位置で書かれたアルティストストリートは、Mr.ハロドゥの店からは遠くても、ヴァルとノアが住む街からは二十キロ程の少しの比較的近い都市だ。
アルティストストリート。
その名前はフランス語と英語の組み合わせで、アルティストがフランス語で『芸術家』という意味を持つ。
まさにその名の通り、様々な芸術家、アーティスト達と、その収集家である金持ちのみが住む、一般人には少々敷居が高い……というより、問題がある街として有名だ。
類は友を呼ぶ、って言うやつというべきだろうか。
その街に住まう芸術家も金持ちも、少々……癖の強い者ばかりが集まっている。
そして何より、ノアはどうかは知らないが……少なくとも芸術を理解しきれないヴァルにとってそこは少々、苦手な街だった。
別に、芸術を悪くなぞ微塵も思っちゃいない。なんなら犬猫の落書きすら描けない俺からすれば、美しくその腕こそまさに芸術なんだろう。
だが……美しい薔薇にはトゲがあるとはよく言ったもので、芸術にも、美しければ美しいほど……人々を魅了していく毒を持っている……。
……と、ヴァルは思っている。そしてその考えが無意識に、ヴァルを芸術というものから切り離している原因にもなっていた。
そんなヴァルの苦手の塊と言っても過言ではない、アルティストストリート。
街の名前の由来は、全ての街の通りという通りに自分の作品を売ったり、飾ったりをしていることから着いた名前だとされているが、その真相は未だに明らかになっていない。
自分の苦手が詰まった街へ行くことをヴァルは、あんまり快く思っていないが……仕事とあっちゃ、仕方ない。
覚悟を決めるように、ヴァルは自分のズボンのベルトを締める。
「……おい、ノア。……そろそろ出掛けるぞ」
「ああ、そうだな……」
「……おい、本当に大丈夫なのかよ?」
ノアはヴァルのその問いかけには返事をせず、ただ無言でコーヒーを飲み干し、着替えをするためにクローゼットの方へ向かう。
……どうにもこの件、ドンベルト・ワーナーの件はノアが思うところがあるのか……それとも……。
いや、憶測で相棒の事を疑うのは、よろしくない。
だが……もし、万が一にでも、ノアが暴走することにでもなれば……俺は、相棒としての役目を、果たさなければならない。
例えそれが……俺自身が望まない事でも、ノアは……望むだろうからな……。
ヴァルは、静かにデスクの上に置いてあった自身の相棒の拳銃、P229を強く握りしめた。
ヴァルのデスクの上には、腕に仕込んでおくための専用の隠しナイフ、レーザー銃、それと……何かあった時のための、注射器と液体薬剤。
出来る事ならば、これは使わずにいたいものだが……今回ばかりはしょうがないだろう。
非常時に、備えあれば憂いなし、というやつだ。……いや、憂いしか残らないな、俺の場合……。
そう思いながらヴァルは少し強く、掌を握る。
ふぅ……と、深いため息をつきながら、ヴァルはデスクの上に置いてあったものを器用に腰、腕、足へと専用の隠しポケットへと仕舞い込んでいく。
最後に、覚悟を決めるような気持ちで、ポールハンガーに掛けてある自分のグレー色のロングコートに手を伸ばす。
ヴァルとノアのコートは一見、秋冬物に見えるお洒落なその見た目とは裏腹に、防弾チョッキに近い防弾性を兼ね備えた、戦闘向けの作りになっている(これが最新のものを使ってるもんで、借金の一部となってしまっているんだが)。
だから普通のコートより若干、重たい。
ヴァルはこのコートを持ち上げ、羽織るたびに、自分は命を懸ける時がある……そういう仕事に身を置いているのだということを、全身で思い出させてくれる。
……うん、俺は、まだ、生きてる。
ヴァルがコートを羽織った時、ノアも、仕事着の格好をしてクローゼットの方から出てくる。
ノアの仕事着は基本、薄いグレーがかった白いシャツに、気分で色を変える無地のネクタイにスリーピーススーツで決める。
今日のコーデは、ネクタイはワインレッドに、スーツは黒に限りなく近いネイビーだった。
本人曰く、この色の組み合わせには毎度テーマを決めて着ているらしいが……ヴァルは、その意図を掴めた試しが一度だってない。
現に、着てきた今も、何を表しているのか分からずにいる。
だが……その答えは聞かない方がいいんだろう。
……苦手と言わず、俺も芸術を学ぶべきかねえ……。
なんて、悠長に考えながらヴァルは着替えてきたノアに、もう一つの紺色のロングコートをノアに向かって投げる。ノアは、決してそれを落とさない。
「お前、今回は銃持ってくのか? 一応、今日はただの下調べと偵察の予定だけどな」
すると、ノアは少し視線を落としてから、考え込む仕草をし、その後すぐにフッと鼻で笑った。
そこからまるで自分に拳銃を向けられてでもいるかのように、両手を上に持ち上げ、まさにお手上げ状態に。
「いんや、今日は手ぶらで行くよ」
そう言い終わってからストン、と両手を下ろし、両手をズボンのポッケに仕舞い込む。
まるで、俺はいつだって無防備だ、と、宣告しているかのように。
ヴァルも、その意を察しない程、伊達に長くノアの相棒をしていない。
「……分かった。じゃあ、行くか。……今日の運転は、俺でいいよな?」
「ああ、任せるぜ、相棒」
その言葉は、まるで何かの引き金のようで……ヴァルは、奇妙な感覚に捕らわれてしまう。
俺は……その引き金に指をかけてしまっている状態なのだろうか。
そして気が付けば……その引き金はフッと息を吹きかけるだけで引いてしまいそうなほど、軽い気がしてならない。
なあ、ノア……お前は……一体ドンベルト・ワーナーにどんな想いがあるんだ……? あの絵を、理解しているのか……? どこまで……この事件の真相を、見通しているんだ……?
ヴァルもノアもお互いに何も話す気がないまま、沈黙を続け、アパートを出て、車に乗り込む。
すると偶々流したままにしていたラジオがエンジンがかかると同時に流れ、その中のワンフレーズが、やけにヴァルの脳内に残った。
♪ 全ては無 何もないのよ
私達はそこへ向かって走っているの
そして気が付けば――
そのフレーズまで聞いてヴァルはラジオを切り、アルティストストリートへと、車を走らせた。
ノアには、どうやら自分が知らない間に全く未知の方向へと進んでいった、憧れの芸術家に対してショックを受けたのか、それとも彼なりの感じる何かがあるのか……朝になっても、コーヒーを飲みながらずっと自分で並べたドンベルト・ワーナーの絵を眺め続けていた。
ヴァルは、こういう時のノアには触れぬが吉……という事をよく知っているので、せっせと出かける準備だけ済ませる。
幸いにも、指定の位置で書かれたアルティストストリートは、Mr.ハロドゥの店からは遠くても、ヴァルとノアが住む街からは二十キロ程の少しの比較的近い都市だ。
アルティストストリート。
その名前はフランス語と英語の組み合わせで、アルティストがフランス語で『芸術家』という意味を持つ。
まさにその名の通り、様々な芸術家、アーティスト達と、その収集家である金持ちのみが住む、一般人には少々敷居が高い……というより、問題がある街として有名だ。
類は友を呼ぶ、って言うやつというべきだろうか。
その街に住まう芸術家も金持ちも、少々……癖の強い者ばかりが集まっている。
そして何より、ノアはどうかは知らないが……少なくとも芸術を理解しきれないヴァルにとってそこは少々、苦手な街だった。
別に、芸術を悪くなぞ微塵も思っちゃいない。なんなら犬猫の落書きすら描けない俺からすれば、美しくその腕こそまさに芸術なんだろう。
だが……美しい薔薇にはトゲがあるとはよく言ったもので、芸術にも、美しければ美しいほど……人々を魅了していく毒を持っている……。
……と、ヴァルは思っている。そしてその考えが無意識に、ヴァルを芸術というものから切り離している原因にもなっていた。
そんなヴァルの苦手の塊と言っても過言ではない、アルティストストリート。
街の名前の由来は、全ての街の通りという通りに自分の作品を売ったり、飾ったりをしていることから着いた名前だとされているが、その真相は未だに明らかになっていない。
自分の苦手が詰まった街へ行くことをヴァルは、あんまり快く思っていないが……仕事とあっちゃ、仕方ない。
覚悟を決めるように、ヴァルは自分のズボンのベルトを締める。
「……おい、ノア。……そろそろ出掛けるぞ」
「ああ、そうだな……」
「……おい、本当に大丈夫なのかよ?」
ノアはヴァルのその問いかけには返事をせず、ただ無言でコーヒーを飲み干し、着替えをするためにクローゼットの方へ向かう。
……どうにもこの件、ドンベルト・ワーナーの件はノアが思うところがあるのか……それとも……。
いや、憶測で相棒の事を疑うのは、よろしくない。
だが……もし、万が一にでも、ノアが暴走することにでもなれば……俺は、相棒としての役目を、果たさなければならない。
例えそれが……俺自身が望まない事でも、ノアは……望むだろうからな……。
ヴァルは、静かにデスクの上に置いてあった自身の相棒の拳銃、P229を強く握りしめた。
ヴァルのデスクの上には、腕に仕込んでおくための専用の隠しナイフ、レーザー銃、それと……何かあった時のための、注射器と液体薬剤。
出来る事ならば、これは使わずにいたいものだが……今回ばかりはしょうがないだろう。
非常時に、備えあれば憂いなし、というやつだ。……いや、憂いしか残らないな、俺の場合……。
そう思いながらヴァルは少し強く、掌を握る。
ふぅ……と、深いため息をつきながら、ヴァルはデスクの上に置いてあったものを器用に腰、腕、足へと専用の隠しポケットへと仕舞い込んでいく。
最後に、覚悟を決めるような気持ちで、ポールハンガーに掛けてある自分のグレー色のロングコートに手を伸ばす。
ヴァルとノアのコートは一見、秋冬物に見えるお洒落なその見た目とは裏腹に、防弾チョッキに近い防弾性を兼ね備えた、戦闘向けの作りになっている(これが最新のものを使ってるもんで、借金の一部となってしまっているんだが)。
だから普通のコートより若干、重たい。
ヴァルはこのコートを持ち上げ、羽織るたびに、自分は命を懸ける時がある……そういう仕事に身を置いているのだということを、全身で思い出させてくれる。
……うん、俺は、まだ、生きてる。
ヴァルがコートを羽織った時、ノアも、仕事着の格好をしてクローゼットの方から出てくる。
ノアの仕事着は基本、薄いグレーがかった白いシャツに、気分で色を変える無地のネクタイにスリーピーススーツで決める。
今日のコーデは、ネクタイはワインレッドに、スーツは黒に限りなく近いネイビーだった。
本人曰く、この色の組み合わせには毎度テーマを決めて着ているらしいが……ヴァルは、その意図を掴めた試しが一度だってない。
現に、着てきた今も、何を表しているのか分からずにいる。
だが……その答えは聞かない方がいいんだろう。
……苦手と言わず、俺も芸術を学ぶべきかねえ……。
なんて、悠長に考えながらヴァルは着替えてきたノアに、もう一つの紺色のロングコートをノアに向かって投げる。ノアは、決してそれを落とさない。
「お前、今回は銃持ってくのか? 一応、今日はただの下調べと偵察の予定だけどな」
すると、ノアは少し視線を落としてから、考え込む仕草をし、その後すぐにフッと鼻で笑った。
そこからまるで自分に拳銃を向けられてでもいるかのように、両手を上に持ち上げ、まさにお手上げ状態に。
「いんや、今日は手ぶらで行くよ」
そう言い終わってからストン、と両手を下ろし、両手をズボンのポッケに仕舞い込む。
まるで、俺はいつだって無防備だ、と、宣告しているかのように。
ヴァルも、その意を察しない程、伊達に長くノアの相棒をしていない。
「……分かった。じゃあ、行くか。……今日の運転は、俺でいいよな?」
「ああ、任せるぜ、相棒」
その言葉は、まるで何かの引き金のようで……ヴァルは、奇妙な感覚に捕らわれてしまう。
俺は……その引き金に指をかけてしまっている状態なのだろうか。
そして気が付けば……その引き金はフッと息を吹きかけるだけで引いてしまいそうなほど、軽い気がしてならない。
なあ、ノア……お前は……一体ドンベルト・ワーナーにどんな想いがあるんだ……? あの絵を、理解しているのか……? どこまで……この事件の真相を、見通しているんだ……?
ヴァルもノアもお互いに何も話す気がないまま、沈黙を続け、アパートを出て、車に乗り込む。
すると偶々流したままにしていたラジオがエンジンがかかると同時に流れ、その中のワンフレーズが、やけにヴァルの脳内に残った。
♪ 全ては無 何もないのよ
私達はそこへ向かって走っているの
そして気が付けば――
そのフレーズまで聞いてヴァルはラジオを切り、アルティストストリートへと、車を走らせた。
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