時計の形をした心臓

茉莉花

文字の大きさ
上 下
8 / 19
第1幕

第七話

しおりを挟む
 黙々と進みながらドアノブを回す手には、どこか焦りがあるように感じた。
 
 時計の長針はVIIIを指し示す。
 
 確かに、長居している余裕はない。早く拠点へ戻らなくては。急いでドアを開け、早足で歩く。

「おやおや」

「こんな暗い中で懐中電灯つけながら歩くなんて、おかしい人もいるんだねー」

「そんなこと言うもんじゃないで、透真。この人たちはリスクよりも安全を取ったのかもしれんのやから」

「でも結局僕たちに見つかってるんだから、この人たちってバカだねー」

「確かにそうかもしれないわね。もっとも、遅かれ早かれ私たちに会う運命なんだけどね」

 声からして男2と女1、合計3人。
 目的が一致しているのだろう。同盟関係にあるとみて間違いはなさそうだ。

 まずい。両手が塞がっているこの状態じゃ……。3対1だと、さすがの鈴香でも厳しいだろう。

「おいおい、お前ら一体なんなんだよ! 急に出てきて、何しに来たんだよ!! 俺たちは今から……ムグ」

 とりあえず荷物を置き少年の口を塞ぐ。何しに来たって……そんなの時計を奪いに来たに決まってるだろう。
 愚問にも程がある。

「確かに、急に現れて驚かすのは紳士としてよろしくないな。俺は遠野陽希だ。ほら、二人も」

「え~、そもそも人に何かを尋ねる時はまず自分から名乗れ~って、本に書いてあったよ~」

「あ? だから、名乗るんだよ。先に失礼したのは俺らなんだからよ」

 いや、失礼でもなんでもないと思うが。むしろ、なんだっけ。とうま、とか呼ばれてたよな……あの子、のほうが正しい気はするが。

 っていうか、あっちでも威圧は使われてるのか。可哀想に。


「まぁ、いいんじゃない? 名前知られたところで不利になる訳じゃないし。私は、井廻奈津。名前珍しいとかは耳タコなので」

「いまわり?おまわりみたい。珍しい名前」

「でしょ~。なっちゃん名前珍しいんだ~」

 刹那、彼女の何かがプッツンした音が響く。ついでに怒鳴り声。敵……だよな。

 俺は鈴香にアイコンタクトを送る。
 
 頷いたのを確認すると、二人で静かに行動に移す。目的は陽希だ。

 鈴香が懐中電灯の電源をオフにする。視界が真っ暗になるがそれは向こうも同じだろう。少年が騒いでいる間にすることは、唯一つ。奇襲だ。

 まずはそこにいたであろうとこに蹴りをいれる‥が完全に空を切る。


 鈴香も同じなのか、反応がない。
 
……いや、静かすぎる。

 さっきもそうだった。近づいてきたら気配でわかるのに、なんであいつらにはそれが適用されなかった?

 俺達が話していたからか?……いや、違うな。

 油断していた?

 ……いや、それも違う。
 
 その油断が命取りになることくらいみんなわかってるんだから。
 
 集中力が切れていた?

 正直それはある。空腹状態なのも相まって、ずっと糸を張詰めるのは正直言ってしんどい。


 でも、本当にそれだけか‥?

 それじゃ少なくとも相手の気配、息遣い、その他様々なものが読み取れない。

 対して俺は焦りからか空を切るパンチと蹴り。当然勝ち目はない。

 少年はまだ騒いでいるため、ゆっくり少年の方へ近づく。そして目を瞑って相手の居場所を……。

 その時暗闇に光が差した。

 懐中電灯がつけられたのだ。そして……

「ゲームセットやな」

 そこには懐中電灯を持った陽希と背中を互いにカバーし合っている奈津と透真。

 そして傍らには‥

「鈴香!」

 呼びかけるが反応はない。

 気絶しているのかあるいは……。

「あー大丈夫やで。まだ時計は取うとらんから。後でまとめて取ろう思うてな」

「そんなこと言ってないでさっさと時計取って終わらせればいいのに……。いつも爪が甘い」

「そんなこというなら奈津がとればええやん? 俺には俺のやり方っちゅうもんがあんねや」

 突如間合いを詰められ、繰り出される蹴り。

 とっさの反応でガードしたはいいものの腕がジンジンする。それどころか、身体に伝わる衝撃がすごい。

 流石の喧嘩慣れしている俺でもこれはちょっとまずいな……。

 もはやここまでか……そう、観念したとき――時計に内蔵されているレーダーが反応した。


 それは二時の定期連絡……。

 時計に気を取られ、一瞬反応が遅れる陽希。そしてその一瞬をついて凛は右手を突き出した。ここでゲームオーバーになるわけには……。

「あー、もう。わかったわかった。これはつまり……うん。俺達の降参や」

 急に両手を上にあげる陽希。

 それを見て奈津と透真も互いを見合って両手をあげる。

 俺の腕は変わらず空を切る……。

 っていうか、今なんつった?

「だからー降参や。降参。ちょっと急用ができてもたわ。堪忍な」

 そう言って陽希は俺達に背を向ける。
 
「ほんとはもっと殺りおうてもよかったんやけど、残念ながらタイムオーバーや、それじゃあな」
 
 そう残して三人は闇の中へ消えていった。

 
 律儀に残されていった懐中電灯が淡い光を放っていた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ゴーストバスター幽野怜

蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。 山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。 そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。 肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性―― 悲しい呪いをかけられている同級生―― 一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊―― そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王! ゴーストバスターVS悪霊達 笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける! 現代ホラーバトル、いざ開幕!! 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

少年少女怪奇譚 〜一位ノ毒~

しょこらあいす
ホラー
これは、「無能でも役に立ちますよ。多分」のヒロインであるジュア・ライフィンが書いたホラー物語集。 ゾッとする本格的な話から物悲しい話まで、様々なものが詰まっています。 ――もしかすると、霊があなたに取り憑くかもしれませんよ。 お読みになる際はお気をつけて。 ※無能役の本編とは何の関係もありません。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

意味がわかると怖い話

井見虎和
ホラー
意味がわかると怖い話 答えは下の方にあります。 あくまで私が考えた答えで、別の考え方があれば感想でどうぞ。

【本当にあった怖い話】

ねこぽて
ホラー
※実話怪談や本当にあった怖い話など、 取材や実体験を元に構成されております。 【ご朗読について】 申請などは特に必要ありませんが、 引用元への記載をお願い致します。

処理中です...