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4章
第16話
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それから。
ベルにおねだりされて風呂上がりの髪をとかしたり、宿舎に常備されたトランプで盛り上がったりしているうちに、時刻はあっという間に22時を周ろうとしていた。
「……もうこんな時間か。そろそろ寝ようか、ベル」
ゼノがそう言ってソファーから立ち上がると、ベルは急に不安そうな顔を覗かせる。
「どうした?」
「……あれで、よかったのかな……」
「?」
「ラチャオの村長さん……。あの後、ずっと気になってたから」
「ああ」
「ベルが、直接村を焼いたのは事実なのに……」
ソファーの上でそう口にしながら、ベルは下唇を薄く噛む。
その表情からは、自身へ対する歯痒さのようなものが感じられた。
まだ、自分を許すことができていないのだ、と。
それがはっきりと分かってしまう。
だから、ゼノは彼女に優しくこう声をかけた。
「……ベル。もうそのことを考えるのはやめよう。村長は許してくれたんだから」
「……」
ゼノがそう口にしても、ベルはまだ納得できないという顔をしていた。
「ベルは……自分のスキルが怖い……」
「でも、俺を守ってくれたじゃないか」
「そうかもしれないけど……。また、いつ自分の力が暴走するか、分からないから……」
「……」
〔魔導ガチャ〕なんていう異能を所有しておきながら、ゼノはスキルについてよく理解していなかった。
なぜなら、これまで亜人族の知り合いがいたことがなかったからである。
「少し待っていてくれ」
そう言うと、ゼノは部屋の壁に立てかけてある聖剣クレイモアを手に取る。
「? どうしたの?」
「魔法でベルのスキルについて調べてみるよ。自分のスキルについて理解できたら、怖く感じることもないでしょ?」
「……でも、そんなこと……できるの?」
「うん。《アナライズ》っていう魔法を使ってみる」
《アナライズ》は、現在、発見されている13種類の魔法の1つだ。
ゼノも、幼い頃から父ウガンや、他の貴族がこの魔法を使うところを何度か見てきた。
そのため、使い方は分かっていた。
魔導袋の中から《アナライズ》の魔石を取り出すと、聖剣の鍔部分にそれをはめ込んで詠唱する。
「《アナライズ》」
すると、目の前に光のディスプレイが出現し、そこにベルのステータスが表示された。
「えっと、[スキル]の項目は…………えっ……?」
ベルは立ち上がると、ゼノに近寄って光のディスプレイを覗き込む。
「!」
そこに表示された内容を見て、ベルもゼノと同じように目を大きく見開いた。
「〔エンペラーシールド〕……? なに、これ……?」
これまでベルが所有していたのは、〔ブレイジングバッシュ〕というスキルのはずであった。
[スキル]の項目をタップして、その内容を改めて2人で確認する。
----------
[スキル]〔エンペラーシールド〕
内容:亜人族・人族・魔族によるあらゆる攻撃を一時的に無効化する
----------
それを目にして、なおも唖然とした表情を浮かべるベルの横で、ゼノは以前にエメラルドから教わった亜人族のスキルの特徴について思い出した。
(……そうだ。たしか、スキルは使うたびに上位のスキルへと覚醒するんだったな)
つまり、〔ブレイジングバッシュ〕は、〔エンペラーシールド〕というスキルに覚醒したことになる。
ゼノはそのことをベルに伝えた。
「じゃあ……もう〔ブレイジングバッシュ〕じゃなくなったの……?」
「そうみたいだ」
「……っ、よかった……」
それは、本当に心の底から漏れた安堵のため息のようにゼノには聞えた。
(亜人族が所有するスキルに憧れる人族は多いけど、生まれながら最低なスキルを持ってしまったら、それは呪いにもなり得るんだよな……)
けれど、ベルは自身で新たなスキルを覚醒させた。
自らによって、忌まわしき力を変えたのだ。
「すごいな。ベルは」
「?」
「俺には真似できないよ」
ゼノが所有する〔魔導ガチャ〕もスキルだ。
ひょっとすると、これを覚醒させて、もっと効率よく魔石を集めることだってできるのかもしれない。
だが、ゼノにはそのやり方が分からなかった。
本心から今、ゼノはベルのことが羨ましかったのだ。
「なんで? お兄ちゃんは、ベルなんかよりも全然すごいよ?」
「いや……。俺は、お師匠様から授かった力をただ使うことしかできないからさ」
エメラルドから受け取った発動具やスキルポッドの力を利用しているだけに過ぎないゼノは、自身の中でスキルや術式を確立させている仲間の3人が眩しく映っていた。
そんなゼノの態度が、これまでとどこか違うことに気付いたのだろう。
まっすぐに目を向けながら、ベルが小さく呟く。
「……ベル。お兄ちゃんのこと、もっとよく知りたい……」
そして、甘えたようにぺたっとゼノの体に抱きついた。
柔らかな石鹸の香りが、ゼノの鼻孔をくすぐる。
「家族なら、知っていて当然だよね……?」
「そうだな……うん。たしかに、ベルには話しておきたい」
そこでゼノは、自分がなぜ冒険者をやっているのか、その理由を話すことにした。
◆
ゼノが話をしている間、ベルは真剣に耳を傾けていた。
そして、突然、不安そうに声を上げる。
「……えっ? なら、昨日話してくれた魔女さんは、今も迷宮でずっと……?」
「ああ、寂しい思いをしてると思うんだ」
「……そうなんだ……。ベルも……魔女さんを助けてあげたい……」
「ありがとう。お師匠様もきっと喜ぶと思うよ」
「でも……ウィンザーは、魔女さんの名前ってことは……ベルのママ?」
「んー? そうなるのかなぁ……」
あとで怒られそうな気もしたが、ここはベルの愛嬌に免じて大目に見てもらおう、とゼノは思う。
「……魔女のママ……。一度、会いたいな……」
「いつか、お師匠様を迷宮から救い出すことができたら、その時は必ず紹介するよ。だって、俺たちは家族なんだから。当然だ」
「うんっ」
そこでベルは、パッと笑顔を弾けさせた。
その後、話はさらに続き、話題はゼノが扱っている未発見魔法について及ぶ。
ベルはここで、これまでの2人とは異なる反応を示した。
「……それで、〔魔導ガチャ〕っていうスキルで1日に1回、10個の魔石をランダムで召喚することができるんだ。魔石を召喚するには、クリスタルっていうアイテムが必要で、希少性の高いクリスタルは魔大陸にしかないから。だから、魔大陸へ渡るために、俺は王国の筆頭冒険者を目指しているんだよ」
「……クリスタル……?」
「どうした?」
突然、ベルは右腕につけたブレスレットを外すと、そこに施された赤い装飾品を取り出してゼノに見せる。
「クリスタルって……たとえば、こんな感じのキラキラした物?」
「えっ!?」
それを見て、ゼノは思わず目を疑った。
彼女が手にしていたのは、紛れもなくクリスタルだったからだ。
「これは……赤クリスタル!? なんで……これをベルがっ……」
「? これが……そのクリスタルなの?」
「あ、あぁ……。間違いないよ、赤クリスタルだ……」
これまでゼノは、ベルのブレスレットに赤クリスタルが装飾されていたことに、まったく気付かなかった。
その時。
以前、エメラルドが口にしていた言葉がゼノの脳裏に甦る。
〝赤色以上のクリスタルは、このメルカディアン大陸では入手できないんだ〟
たしかに、エメラルドはそう言っていた。
(……どうして、ベルがこんな物を……)
そんな風に疑問を抱いていると、彼女が話を付け加えてくる。
「このブレスレットは、ママから貰った物なの……。ママもね、おばあちゃんから譲り受けたって言ってた。ベルと同い年の子たちも、これと似たような物を付けてたよ?」
それを聞いて、ゼノはハッとする。
(……そうか……。ベルは、テフェリー島の出身なんだ)
テフェリー島は、大賢者ゼノが一時期拠点としていた島でもある。
ひょっとすると、そのことと何か関係があるのかもしれない、とゼノは思った。
「島の子たちは、今どうしているのかな?」
「それは……」
その問いに対して、ベルは俯きながら小さく首を横に振る。
「何人かは、ベルと一緒にネクローズに連れ去られたから……行方は分からない……。ほかの子たちは……」
「……いや、ごめん。嫌なことを思い出させたよ」
「ううん……」
とにかく、実際に赤クリスタルを見ることができただけでも前進と言えた。
たしに、赤クリスタルは存在するのだ。
が。
そんなゼノに対して、ベルは思ってもみないことを口にする。
「これ……お兄ちゃんにあげる」
「えっ」
「だって、必要なんだよね?」
「いやっ、さすがに受け取れないよ……。だって、これはベルがお母さんから貰った大切な物で……」
「違うよ? ベルがママから貰ったのはブレスレットだよ」
「っ」
「この赤いのはただの飾り。だから……これは、お兄ちゃんにあげたい」
ベルは、ゼノが受け取りづらくならないように、あえてそんな風に口にする。
「……」
ゼノは何も言えなかった。
それ以上、何か言葉を挟むことは、彼女の優しさに背くことだと分かったからである。
「ベル……。お兄ちゃんに、恩返しがしたかったから。これ、受け取ってくれたら……それが叶えられるの」
「ベル……」
「だから、使って? このままベルが持っていても、本当にただの飾りになっちゃう。それに、これがあれば、強力な魔石が出るかもしれないんだよね? お兄ちゃんに使ってもらった方が、ベルは嬉しい……。きっと、ママもおばあちゃんも、そう思ってくれるはずだから……」
差し出された赤クリスタルに、ゼノは目を落とす。
そして、それをゆっくりと受け取った。
「……ありがとう、ベル。大切に使わせてもらうよ」
ゼノがクリスタルを手にするのを見て、ベルはとても嬉しそうにするのだった。
◆
帯電状態の雲が、不穏に渦巻く魔大陸の上空。
そこに、真っ赤な翼と黒い両角を持つ1人の少女が浮かんでいた。
「にゅふふ~♪ 今度はぜっーたいに、失敗しないんだからね~!」
少女は黒いスカートを翻しながら、ある山脈の方を指さすと、笑顔をはじけさせる。
「名誉挽回だよ~! 最初から手加減なしでお願いね♪」
少女が手をかざすと、目の前に悪魔の紋章が現れる。
「72の堕落の王候よ。我のもとに新たな僕を与えたまえ」
そして、右目の前で人差し指と中指を開くと、少女の瞳は黄金色に輝き出した。
「〈魔眼掌握〉――バハムート!」
少女がそう唱えると、青々と生い茂った森の中から光を帯びた1体のバハムートが出現する。
「グオォオオオオオ~~~ッ!」
「いーじゃん、いーじゃん♪ 前回よりも強そぉーだ! パワーアップしちゃったぁ? 今度こそちゃんと制圧しちゃってよね~! ほら、行っておいで」
バハムートの頭部に少女が触れると、翼竜は雄叫びを上げながら、メルカディアン大陸へと向けて飛んで行くのだった。
ベルにおねだりされて風呂上がりの髪をとかしたり、宿舎に常備されたトランプで盛り上がったりしているうちに、時刻はあっという間に22時を周ろうとしていた。
「……もうこんな時間か。そろそろ寝ようか、ベル」
ゼノがそう言ってソファーから立ち上がると、ベルは急に不安そうな顔を覗かせる。
「どうした?」
「……あれで、よかったのかな……」
「?」
「ラチャオの村長さん……。あの後、ずっと気になってたから」
「ああ」
「ベルが、直接村を焼いたのは事実なのに……」
ソファーの上でそう口にしながら、ベルは下唇を薄く噛む。
その表情からは、自身へ対する歯痒さのようなものが感じられた。
まだ、自分を許すことができていないのだ、と。
それがはっきりと分かってしまう。
だから、ゼノは彼女に優しくこう声をかけた。
「……ベル。もうそのことを考えるのはやめよう。村長は許してくれたんだから」
「……」
ゼノがそう口にしても、ベルはまだ納得できないという顔をしていた。
「ベルは……自分のスキルが怖い……」
「でも、俺を守ってくれたじゃないか」
「そうかもしれないけど……。また、いつ自分の力が暴走するか、分からないから……」
「……」
〔魔導ガチャ〕なんていう異能を所有しておきながら、ゼノはスキルについてよく理解していなかった。
なぜなら、これまで亜人族の知り合いがいたことがなかったからである。
「少し待っていてくれ」
そう言うと、ゼノは部屋の壁に立てかけてある聖剣クレイモアを手に取る。
「? どうしたの?」
「魔法でベルのスキルについて調べてみるよ。自分のスキルについて理解できたら、怖く感じることもないでしょ?」
「……でも、そんなこと……できるの?」
「うん。《アナライズ》っていう魔法を使ってみる」
《アナライズ》は、現在、発見されている13種類の魔法の1つだ。
ゼノも、幼い頃から父ウガンや、他の貴族がこの魔法を使うところを何度か見てきた。
そのため、使い方は分かっていた。
魔導袋の中から《アナライズ》の魔石を取り出すと、聖剣の鍔部分にそれをはめ込んで詠唱する。
「《アナライズ》」
すると、目の前に光のディスプレイが出現し、そこにベルのステータスが表示された。
「えっと、[スキル]の項目は…………えっ……?」
ベルは立ち上がると、ゼノに近寄って光のディスプレイを覗き込む。
「!」
そこに表示された内容を見て、ベルもゼノと同じように目を大きく見開いた。
「〔エンペラーシールド〕……? なに、これ……?」
これまでベルが所有していたのは、〔ブレイジングバッシュ〕というスキルのはずであった。
[スキル]の項目をタップして、その内容を改めて2人で確認する。
----------
[スキル]〔エンペラーシールド〕
内容:亜人族・人族・魔族によるあらゆる攻撃を一時的に無効化する
----------
それを目にして、なおも唖然とした表情を浮かべるベルの横で、ゼノは以前にエメラルドから教わった亜人族のスキルの特徴について思い出した。
(……そうだ。たしか、スキルは使うたびに上位のスキルへと覚醒するんだったな)
つまり、〔ブレイジングバッシュ〕は、〔エンペラーシールド〕というスキルに覚醒したことになる。
ゼノはそのことをベルに伝えた。
「じゃあ……もう〔ブレイジングバッシュ〕じゃなくなったの……?」
「そうみたいだ」
「……っ、よかった……」
それは、本当に心の底から漏れた安堵のため息のようにゼノには聞えた。
(亜人族が所有するスキルに憧れる人族は多いけど、生まれながら最低なスキルを持ってしまったら、それは呪いにもなり得るんだよな……)
けれど、ベルは自身で新たなスキルを覚醒させた。
自らによって、忌まわしき力を変えたのだ。
「すごいな。ベルは」
「?」
「俺には真似できないよ」
ゼノが所有する〔魔導ガチャ〕もスキルだ。
ひょっとすると、これを覚醒させて、もっと効率よく魔石を集めることだってできるのかもしれない。
だが、ゼノにはそのやり方が分からなかった。
本心から今、ゼノはベルのことが羨ましかったのだ。
「なんで? お兄ちゃんは、ベルなんかよりも全然すごいよ?」
「いや……。俺は、お師匠様から授かった力をただ使うことしかできないからさ」
エメラルドから受け取った発動具やスキルポッドの力を利用しているだけに過ぎないゼノは、自身の中でスキルや術式を確立させている仲間の3人が眩しく映っていた。
そんなゼノの態度が、これまでとどこか違うことに気付いたのだろう。
まっすぐに目を向けながら、ベルが小さく呟く。
「……ベル。お兄ちゃんのこと、もっとよく知りたい……」
そして、甘えたようにぺたっとゼノの体に抱きついた。
柔らかな石鹸の香りが、ゼノの鼻孔をくすぐる。
「家族なら、知っていて当然だよね……?」
「そうだな……うん。たしかに、ベルには話しておきたい」
そこでゼノは、自分がなぜ冒険者をやっているのか、その理由を話すことにした。
◆
ゼノが話をしている間、ベルは真剣に耳を傾けていた。
そして、突然、不安そうに声を上げる。
「……えっ? なら、昨日話してくれた魔女さんは、今も迷宮でずっと……?」
「ああ、寂しい思いをしてると思うんだ」
「……そうなんだ……。ベルも……魔女さんを助けてあげたい……」
「ありがとう。お師匠様もきっと喜ぶと思うよ」
「でも……ウィンザーは、魔女さんの名前ってことは……ベルのママ?」
「んー? そうなるのかなぁ……」
あとで怒られそうな気もしたが、ここはベルの愛嬌に免じて大目に見てもらおう、とゼノは思う。
「……魔女のママ……。一度、会いたいな……」
「いつか、お師匠様を迷宮から救い出すことができたら、その時は必ず紹介するよ。だって、俺たちは家族なんだから。当然だ」
「うんっ」
そこでベルは、パッと笑顔を弾けさせた。
その後、話はさらに続き、話題はゼノが扱っている未発見魔法について及ぶ。
ベルはここで、これまでの2人とは異なる反応を示した。
「……それで、〔魔導ガチャ〕っていうスキルで1日に1回、10個の魔石をランダムで召喚することができるんだ。魔石を召喚するには、クリスタルっていうアイテムが必要で、希少性の高いクリスタルは魔大陸にしかないから。だから、魔大陸へ渡るために、俺は王国の筆頭冒険者を目指しているんだよ」
「……クリスタル……?」
「どうした?」
突然、ベルは右腕につけたブレスレットを外すと、そこに施された赤い装飾品を取り出してゼノに見せる。
「クリスタルって……たとえば、こんな感じのキラキラした物?」
「えっ!?」
それを見て、ゼノは思わず目を疑った。
彼女が手にしていたのは、紛れもなくクリスタルだったからだ。
「これは……赤クリスタル!? なんで……これをベルがっ……」
「? これが……そのクリスタルなの?」
「あ、あぁ……。間違いないよ、赤クリスタルだ……」
これまでゼノは、ベルのブレスレットに赤クリスタルが装飾されていたことに、まったく気付かなかった。
その時。
以前、エメラルドが口にしていた言葉がゼノの脳裏に甦る。
〝赤色以上のクリスタルは、このメルカディアン大陸では入手できないんだ〟
たしかに、エメラルドはそう言っていた。
(……どうして、ベルがこんな物を……)
そんな風に疑問を抱いていると、彼女が話を付け加えてくる。
「このブレスレットは、ママから貰った物なの……。ママもね、おばあちゃんから譲り受けたって言ってた。ベルと同い年の子たちも、これと似たような物を付けてたよ?」
それを聞いて、ゼノはハッとする。
(……そうか……。ベルは、テフェリー島の出身なんだ)
テフェリー島は、大賢者ゼノが一時期拠点としていた島でもある。
ひょっとすると、そのことと何か関係があるのかもしれない、とゼノは思った。
「島の子たちは、今どうしているのかな?」
「それは……」
その問いに対して、ベルは俯きながら小さく首を横に振る。
「何人かは、ベルと一緒にネクローズに連れ去られたから……行方は分からない……。ほかの子たちは……」
「……いや、ごめん。嫌なことを思い出させたよ」
「ううん……」
とにかく、実際に赤クリスタルを見ることができただけでも前進と言えた。
たしに、赤クリスタルは存在するのだ。
が。
そんなゼノに対して、ベルは思ってもみないことを口にする。
「これ……お兄ちゃんにあげる」
「えっ」
「だって、必要なんだよね?」
「いやっ、さすがに受け取れないよ……。だって、これはベルがお母さんから貰った大切な物で……」
「違うよ? ベルがママから貰ったのはブレスレットだよ」
「っ」
「この赤いのはただの飾り。だから……これは、お兄ちゃんにあげたい」
ベルは、ゼノが受け取りづらくならないように、あえてそんな風に口にする。
「……」
ゼノは何も言えなかった。
それ以上、何か言葉を挟むことは、彼女の優しさに背くことだと分かったからである。
「ベル……。お兄ちゃんに、恩返しがしたかったから。これ、受け取ってくれたら……それが叶えられるの」
「ベル……」
「だから、使って? このままベルが持っていても、本当にただの飾りになっちゃう。それに、これがあれば、強力な魔石が出るかもしれないんだよね? お兄ちゃんに使ってもらった方が、ベルは嬉しい……。きっと、ママもおばあちゃんも、そう思ってくれるはずだから……」
差し出された赤クリスタルに、ゼノは目を落とす。
そして、それをゆっくりと受け取った。
「……ありがとう、ベル。大切に使わせてもらうよ」
ゼノがクリスタルを手にするのを見て、ベルはとても嬉しそうにするのだった。
◆
帯電状態の雲が、不穏に渦巻く魔大陸の上空。
そこに、真っ赤な翼と黒い両角を持つ1人の少女が浮かんでいた。
「にゅふふ~♪ 今度はぜっーたいに、失敗しないんだからね~!」
少女は黒いスカートを翻しながら、ある山脈の方を指さすと、笑顔をはじけさせる。
「名誉挽回だよ~! 最初から手加減なしでお願いね♪」
少女が手をかざすと、目の前に悪魔の紋章が現れる。
「72の堕落の王候よ。我のもとに新たな僕を与えたまえ」
そして、右目の前で人差し指と中指を開くと、少女の瞳は黄金色に輝き出した。
「〈魔眼掌握〉――バハムート!」
少女がそう唱えると、青々と生い茂った森の中から光を帯びた1体のバハムートが出現する。
「グオォオオオオオ~~~ッ!」
「いーじゃん、いーじゃん♪ 前回よりも強そぉーだ! パワーアップしちゃったぁ? 今度こそちゃんと制圧しちゃってよね~! ほら、行っておいで」
バハムートの頭部に少女が触れると、翼竜は雄叫びを上げながら、メルカディアン大陸へと向けて飛んで行くのだった。
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