上 下
52 / 90
3章

第14話

しおりを挟む
 ワイアットと共に町の小さな路地を歩きながら、アーシャはどこか物憂げだった。
 そんな彼女を気遣うように、ワイアットが声をかける。

「ゼノさんとモニカさん。あの人たちなら、今後、マスクスの冒険者ギルドを背負って立ってくれることでしょう」

「そーだな」

「それと、お嬢様があんなにも楽しそうに誰かと行動を共にしているのは初めて拝見しました」

「んだよ。やっぱ、アタシたちの後について見てたのか」

「はい。ご無礼申し訳ございません。本当は、お嬢様が沼地へ落下した時も助けようと思ったのですが……すぐにゼノさんが現れたので」

「おいおい、んなとこまで見てたのかよ!?」

「クロノスアクスも、その時に落とされてしまったのですね。私がもっと注意を払っていれば……」

「ワイアットは関係ねーぜ。あれは、アタシの不注意が原因だ」

 祖父に貰った大切なクロノスアクスを沼地へ落としてしまったことは、アーシャにとって大きな後悔であった。

 先程、モニカにはああ言ったが、クロノスアクスは武器屋で購入することはできない。
 どんなに望んでも、決して同じ物はもう戻ってこないのだ。

「……」

 その話で、アーシャが気分を沈ませてしまったことに気付いたのか。
 ワイアットは少しだけ声を張りながらこう口にする。

「ですが、ゼノさんは素晴らしい御方ですね。まさか、お嬢様を沼地からすぐに救出されるとは思っておりませんでした」

「……あぁ、だよな。あいつは、マジですげーヤツだぜ」

「お嬢様も本当はもっと、お2人とパーティーを組みたかったのではないですか?」

「さすがに、そこまで2人に迷惑かけることはできねぇーよ。アタシにはこれくらいで丁度いい。冒険者がどーゆうもんか、ちゃんと分かったしな」

 そう口で言いつつ、アーシャは頭の中で別のことを考えていた。

 ダンタリオン落園の沼地でドレッドグレンデルに見つかった時、アーシャは死を覚悟した。
 そんな中で自分を救ってくれたゼノの姿は、長い間、アーシャが憧れてきた強い冒険者そのものであった。

 〝ルイスが約束を守って現れてくれた〟

 内心では、そう思ったくらいなのだ。
 
 ゼノのことを想うと、アーシャは胸がドキドキして苦しくなった。
 彼と離れたことで、ようやく自分の気持ちに気が付く。

「(……分かったぜ。アタシは、今でもまだ……ルイスのことが好きなんだ)」

 本当にこのまま、初恋に蓋をしたままでいいのか?

 そんな声が自身の内側から聞えてくる。

「(アタシは……ずっと、ルイスと再会することを夢に見てたんじゃねーのかよ……)」

 アーシャは、力なく首を横に振る。
 偽りの自分を演じることが、アーシャにはもうできなくなってしまっていた。

「(……イヤだ……。このままルイスと別れるなんて……)」

 ふと、その時。
 通りの真ん中で、アーシャはぴたりと立ち止まってしまう。

「……お嬢様? あの、いかがなさいましたか?」

 どこかアーシャの様子がおかしいことに気付いたのだろう。
 ワイアットが心配そうに訊ねてくる。

「……」

 アーシャはそれには答えず、小さな手をギュッと握り締めて拳を震わせた。

「(やっぱアタシは……ルイスに自分の気持ちをちゃんと伝えたいぜ。それで、今度こそ……)」

 ――そう思ったところで。

 シュルシュルッ、シュルシュルッ!

(っ!?)

 突如、足元に巨大な斧が突き刺さる。
 それを見て、アーシャは目を大きく見開いた。

「(これは……爺様の、クロノスアクス……!?)」

「お嬢様!」

 とっさに危険を感じ取ったワイアットが、アーシャの前に出て彼女を守ろうとするが、彼もすぐに地面に突き刺さった大斧がクロノスアクスと酷似していることに気付いたようだ。

 そして。
 その直後、何者かの声が響いた。

「忘れ物だ……アーシャっ!」

「!」

 アーシャが振り返ると、そこにはゼノの姿があった。



 ◆



 息を切らしながら、ゼノは後方からアーシャの足元に向けて大斧を投げていた。

 地面に突き刺さった武器を見て、アーシャが唖然と声を上げる。

「……どうして、これが……」

「まったく同じ物じゃなくて、ごめん。それは……《レプリカ》の魔法で、俺が複製した斧なんだ。お爺さんに貰った大事な物だって聞いたから、それで……」

「……」

 アーシャは、大斧に目を落としたまま何も答えない。

「こんなことで、許してもらえるとは思ってないよ。けど、何かできないかって、そう思って……」

 そして、ゼノはワイアットの方を向いてお願いした。

「すみません……ワイアットさん。少しだけアーシャと2人きりにさせていただけませんか?」

 ゼノの真剣な表情を目にして、ワイアットは暫しの間、考えるような素振りを見せる。
 けれど、すぐに「畏まりました」と頷いた。

「それでは、お嬢様。私は、先に邸宅へと帰らせていただきます」

 アーシャはろくに返事もせずに、地面に突き刺さった斧に視線を向けていた。





 2人きりとなったことで。
 ゼノとアーシャの間に、本日何度目かの気まずい沈黙が流れる。

 けれど、今度こそアーシャにきちんと謝りたいという思いがゼノの中にはあった。
 だから、勇気を出してこう口にする。

「……アーシャ。もう一度、ちゃんと謝らせてくれ。君とこんな風に別れるのはイヤなんだ」

 ゼノは、折り目正しく頭を下げた。

「これまでずっと、会いに行けなくてごめん。もどかしい思いをさせてしまったこと、本当に申し訳ないと思っている」

「……」

 そこでアーシャは、顔を上げてゼノの顔を見た。
 透き通るような大きな瞳がまっすぐに向く。

 そして、暫しの静寂の後。

 ようやくアーシャは口を開いた。

「…………違うぜ。あんたは、間違ってる」

「えっ?」

「なんで謝んだよ。アタシは、ずっと感謝してたんだぜ?」

「感謝……? でも、今日は俺のことを避けてなかったか?」

「それは……」

 アーシャは再び視線を落としてしまう。
 唇が微かに震えているように見えたが、果たしてそれが本当に震えているのか、ゼノにはよく分からなかった。

 やがて。
 アーシャは拳をきつく握り締めると、すぅーと息を深く吸い込んでからこう続ける。

「それは、ルイスが…………アタシの初恋の相手だからで……」

「!?」

 まったく思ってもいなかったその言葉に、ゼノは一瞬息が止まる思いをする。

「だぁぁーーもうっ! こーゆうのは苦手だからな、単刀直入に言うぜ! アタシは、あんたが……ルイスのことが、好きなんだよぉ!!」

「っ」

「初めて会ったあの日からだ! ずっと、ずっと、ずぅーーーと! ルイスのことが忘れられなかった! ぶっちゃけ、今日一日。あんたの顔を見るだけで、心臓がドキドキしっぱなしだったんだぜっ!? んな気持ち……初めてのことなんだっ……!」

 はぁ、はぁ……と肩で息をしながら、顔を真っ赤にしてアーシャはそう叫ぶ。
 ゼノも、あまりに突然の告白に、何も返すことができない。

「あんたのことがずっと好きだった! 再会できる日を毎日毎日夢に見てた! もう一生会えないって、そう思ってたのによ……まさか、願いが叶うなんて思わなくて……。んぁぁーーっ!! もう気持ち抑えられねぇーーっ! 好きだぜ、ルイスっ! 大好きなんだよぉぉ!!」

 自分でもどんなに恥ずかしい言葉を叫んでいるか、分かっていないのだろう。
 アーシャは、感情と言動をごちゃ混ぜにさせたまま言葉を走らせていた。

 彼女のその表情は、ゼノがこれまで見たことのないものだった。
 恋する乙女の顔、そのものだったのだ。

(……アーシャ……)

 そんな姿を見て、彼女がどれだけ本気なのかをゼノは理解する。

 だからこそ。
 ゼノも偽りのないまっすぐな思いをアーシャに伝えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

女神のチョンボで異世界に召喚されてしまった。どうしてくれるんだよ?

よっしぃ
ファンタジー
僕の名前は 口田 士門くちた しもん。31歳独身。 転勤の為、新たな赴任地へ車で荷物を積んで移動中、妙な光を通過したと思ったら、気絶してた。目が覚めると何かを刎ねたのかフロントガラスは割れ、血だらけに。 吐き気がして外に出て、嘔吐してると化け物に襲われる…が、武器で殴られたにもかかわらず、服が傷ついたけど、ダメージがない。怖くて化け物を突き飛ばすと何故かスプラッターに。 そして何か画面が出てくるけど、読めない。 さらに現地の人が現れるけど、言葉が理解できない。 何なんだ、ここは?そしてどうなってるんだ? 私は女神。 星系を管理しているんだけど、ちょっとしたミスで地球という星に居る勇者候補を召喚しようとしてミスっちゃって。 1人召喚するはずが、周りの建物ごと沢山の人を召喚しちゃってて。 さらに追い打ちをかけるように、取り消そうとしたら、召喚した場所が経験値100倍になっちゃってて、現地の魔物が召喚した人を殺しちゃって、あっという間に高レベルに。 これがさらに上司にばれちゃって大騒ぎに・・・・ これは女神のついうっかりから始まった、異世界召喚に巻き込まれた口田を中心とする物語。 旧題 女神のチョンボで大変な事に 誤字脱字等を修正、一部内容の変更及び加筆を行っています。また一度完結しましたが、完結前のはしょり過ぎた部分を新たに加え、執筆中です! 前回の作品は一度消しましたが、読みたいという要望が多いので、おさらいも含め、再び投稿します。 前回530話あたりまでで完結させていますが、8月6日現在約570話になってます。毎日1話執筆予定で、当面続きます。 アルファポリスで公開しなかった部分までは一気に公開していく予定です。 新たな部分は時間の都合で8月末あたりから公開できそうです。

異世界でのんきに冒険始めました!

おむす微
ファンタジー
色々とこじらせた、平凡な三十路を過ぎたオッサンの主人公が(専門知識とか無いです)異世界のお転婆?女神様に拉致されてしまい……勘違いしたあげく何とか頼み込んで異世界に…?。  基本お気楽で、欲望全快?でお届けする。異世界でお気楽ライフ始めるコメディー風のお話しを書いてみます(あくまで、"風"なので期待しないで気軽に読んでネ!)一応15R にしときます。誤字多々ありますが初めてで、学も無いためご勘弁下さい。  ただその場の勢いで妄想を書き込めるだけ詰め込みますので完全にご都合主義でつじつまがとか気にしたら敗けです。チートはあるけど、主人公は一般人になりすましている(つもり)なので、人前で殆んど無双とかしません!思慮が足りないと言うか色々と垂れ流して、バレバレですが気にしません。徐々にハーレムを増やしつつお気楽な冒険を楽しんで行くゆる~い話です。それでも宜しければ暇潰しにどうぞ。

パーティから追放された雑用係、ガチャで『商才』に目覚め、金の力で『カンストメンバー』を雇って元パーティに復讐します!

yonechanish
ファンタジー
雑用係のケンタは、魔王討伐パーティから追放された。 平民に落とされたケンタは復讐を誓う。 「俺を貶めたメンバー達を最底辺に落としてやる」 だが、能力も何もない。 途方に暮れたケンタにある光り輝く『ガチャ』が現れた。 そのガチャを引いたことで彼は『商才』に目覚める。 復讐の旅が始まった!

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

Switch jobs ~転移先で自由気ままな転職生活~

天秤兎
ファンタジー
突然、何故か異世界でチート能力と不老不死を手に入れてしまったアラフォー38歳独身ライフ満喫中だったサラリーマン 主人公 神代 紫(かみしろ ゆかり)。 現実世界と同様、異世界でも仕事をしなければ生きて行けないのは変わりなく、突然身に付いた自分の能力や異世界文化に戸惑いながら自由きままに転職しながら生活する行き当たりばったりの異世界放浪記です。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

処理中です...