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3章

第12話

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 ゼノたち3人は、ダンタリオン落園の内部を慎重な足取りで進んでいた。

 これまでのように、アーシャが先陣を切る形で魔獣の群れへ突っ込み、適切なタイミングでゼノが魔法で支援する。
  
 が。

 これまでと違い、その連携はあまり上手くいっていなかった。

 ほとんど声かけも行わず、それぞれが単独で行動していたため、何度か魔獣からの攻撃を受けてしまう。
 そのたびに、モニカは2人の傷を癒すために〈回復術〉を施していた。



 しばらく進んだところで、モニカが口を開く。

「あのー。お2人とも、ちょっとよろしいですか?」

「なんだ?」

「なんで今日は、意図して話さないようにしてるんです? いつもみたいな連携が取れていなくて、これじゃいつ魔獣から瀕死の攻撃を受けるか分かりませんよぉ~」

「い……いや、べつに意図なんかしてねーぜっ!? ちょっと、戦闘に集中しちまってたっていうか……」

 アーシャが早口でそう唱える。
 傍から見れば、動揺しているのが明らかだった。

「でも、アーシャさん。昨日までは、ゼノ様にべったりだったじゃないですかぁー? なんで当たり前にできてたことが、今日はできなくなってるんです?」

「そ、それは……」

 言葉を詰まらせたアーシャを見かねて、ゼノは間に割って入った。

「すまん。たしかに、モニカの言う通りだ」 

 ゼノは、気付いていたことを彼女に指摘され、素直にそれを謝罪した。

(このままじゃ、本当に危険な目に遭う可能性がある……)

 ゼノとしては、アーシャときちんとコミュニケーションを取りながら、魔獣と戦いたいという思いがあったのだが、自分から話しかける勇気がなかった。
 先程みたいに、あからさまに避けられるのが怖かったのだ。

「なんかおかしいですよ。お2人とも」

「……」

「……」

 モニカの鋭い指摘にゼノもアーシャも何も言えない。

「はぁ……。意味分かんないです……」 

 昨夜の件はモニカには話していなかったので、当のモニカとしては、なぜ1日でこんな不穏な仲になってしまっているのかが理解できないのだろう、とゼノは思った。

「いつもは、アーシャさんがゼノ様に何か話しかけているのを見るだけでも嫌なんですけど。こんな風に空気が悪くなるのは、もっと嫌です。何かあったんですよね? わたしにも教えていただけませんか?」

 すると、この状況に痺れを切らしたのか。
 アーシャは、クロノスアクスを背中に装着しながら、はっきりと口にする。

「べつに何もねーよ! いいじゃねーか。魔獣だってちゃんと倒せてんだ。アタシは先に行くぜ……!」

 吐き捨てるようにそう口にすると、アーシャはゼノとモニカを置いて先行して進んで行ってしまう。

「ゼノ様、こんなのっておかしいですよ。何があったんです?」

「いや……。ちょっとプライベートなことになるから話せないんだ」

「むぅっ~! わたしだけ仲間外れじゃないですかぁ~!」

「仲間外れってわけじゃないんだけど……ごめん」

「もぉ……いいです! とにかく、最下層にはドレッドグレンデルが潜んでいて、とっても危険なんですから。それまでにアーシャさんと仲直りしてくださいっ!」

「うん。分かってる」

 そう言いつつも、ゼノはどうアーシャと和解すればいいか分からずにいた。



 ◆



「……」

 ゼノとモニカよりだいぶ先行して歩きながら、アーシャは昨晩の出来事を思い返していた。

(ヤバい……。ゼノに完全にヘンだって思われてるぜ……) 

 だが、どうしても、ゼノの姿を見ると顔がじわじわと火照ってきて、昨日までのようにまともに話すことができなくなってしまっていた。
 
(未だに信じられないぜ……。ゼノが、あのルイスだったなんてよぉ……)

 けれど。
 これは、ゼノが魔導師と名乗った時、かすかに期待していたことでもあった。

 年齢もちょうどルイスと同じ。
 しかも、ゼノは自分よりも強かった。

 心のどこかで、ゼノがルイスだったらいいのに……と、願っていたことも確かだ。

 今朝、アーシャが早く起きられたのは、ずっとゼノのことを考えて眠れなかったからである。
 それに、ゼノに寝起きの恥ずかしい姿をもう見られたくないという思いもあった。

 今日一日、ずっとゼノのことを目で追いかけている自分がいることに、アーシャは気付いていた。
 ゼノのことを考えると、自然と胸が熱くなるのだ。

 こんな状態で、これまでまともに戦えたのは奇跡と言えるかもしれない。



 どこかふわふわとしたまま歩いていると、アーシャはつい、事前に注意されていた窪みに足を踏み入れてしまう。

「っ……?」

 踏み込んだ瞬間。
 その部分だけ、やけに深くブーツが沈み込むのがアーシャには分かった。

 ――次の刹那。

「きゃぁぁっ!?」

 アーシャの体はダンジョンの床ごと落下し、そのまま一気に最下層の沼地へと落ちてしまう。

 ドッボーン!

「ぷっあっ!?」

 なんとか息が吸える体勢になろうと、必死で泥をもがき続ける。

 バシャバシャ! バシャバシャッ!

 その最中。
 アーシャは、背負っていた大斧を沼の中へと落としてしまった。

(……ッ、しまった!? クロノスアクスが……!)

 落としてから気付いても遅い。
 さすがに中へ潜るわけにもいかず、アーシャはなんとか息が吸える状態まで、自分の体勢をもっていった。

 辺りは薄暗く、鼻がツンとするような異臭が立ち込めている。
 この沼地で幾人もの冒険者が犠牲になったのだと思うと、アーシャは突然恐怖を感じた。

「くっ……」

 クロノスアクスを落としてしまったことも、アーシャに不安を与えていた。

(ど、どうしようっ……! こんな時に、ボス魔獣がやって来たらマズいっ……)

 バシャバシャ! バシャバシャッ!

 意味もなく泥をもがいているうちに、アーシャの体は再び沼の中へと沈み込んでしまう。
 
(! な、なんで……!?)

 アーシャはパニックに陥った。
 恐怖と混乱が入り混じったそんな最悪のタイミングで。

 ズズズズズズズズズッーーーーン。

 何かが、波音を立てながら近付いてくる。
 それを見て、アーシャはすぐに気付いた。 

(ドレッドグレンデル!?)

 沼地の巨人の釜のように大きな手が、奥底から伸びてくるのが分かった。

「ひっ……!?」

 それを見た瞬間、アーシャの恐怖は極限へと達した。

「ギボォォォ……ドドォォォ……」

(いやぁ……)

 ドレッドグレンデルの顔が沼面に浮かび上がり、大きく口を広げながらアーシャを飲み込もうとする。
 アーシャはとっさに願った。

(お願い助けてっ…………ルイスッ!!)







 ――その時。
 
「《朧蝶の毒ポイズンスプラッシュ》」

 頭上からそんな声が響き渡った。

 次の刹那。
 土砂降りの毒雨が降り注ぎ、ドレッドグレンデルの顔面にぶち当たる。

「ギボォォォドドォォォッッ~~~!?」

 ドレッドグレンデルは、悲鳴を上げながら沼地の中で暴れ回った。

 途中、沼の表面にドレッドグレンデルの大きな背中が浮かび上がる。

「うやああああぁぁーーーーっ!!」

 宙から落下して、その上に飛び乗ったのは、黒いローブを羽織った魔導師――ゼノだった。

(ルイス!?)

 アーシャは彼の姿を目で追いながら、沼を必死にかき分けてドレッドグレンデルから離れる。
 
「《絶天の無穹キングブリザード》!」
 
 ゼノが光り輝く聖剣を背中に突き刺しながらそう唱えると、ドレッドグレンデルは一瞬のうちにして氷つく。

 それを確認すると、ゼノは後頭部の辺りまで駆け出し、ドレッドグレンデルの顔面に向けて素早く剣を振り抜いた。

「無敵の雷槌よ、敵を撃ち砕け! 《閻魔の電鎖釼ライトニングシュート》!」
 
 ガギガギガギガギガギギギギギギッッーーーー!!

 爆裂した無数の稲妻が、凍てついたドレッドグレンデルの巨体に絡み付く。
 凶悪なスパークに搦め捕られる形で、敵はそのまま沼の奥底へと沈み込んでしまった。

 目にも留まらぬ神業により、一瞬のうちにして決着がついてしまう。

「アーシャ!!」

 ゼノは、すぐさま沼の中へと飛び込み、泥だらけとなりながら、泳いでアーシャのもとまで向かう。

「大丈夫かっ!?」

「……へ、へーきだ……ありがとな。ルイ……いや、ゼノ……」

 沼の中で体勢を整えながら、アーシャは気まずそうにゼノを見た。

「それと、悪りぃ……。注意するようにって言われてたのに……アタシ、守れなくて……」

「いや、これは俺の責任だ」

「っ?」

「普段のアーシャなら、こんな罠に引っかかることはないよ。全部、俺のせいだ。昨日の夜、あんな話をしたせいで……」

「そ……それとこれは関係ねーぜっ!? 悪いのは、油断して歩いてたアタシで……」

 そこで、アーシャは言葉を詰まらせてしまう。

(……なんでだよ。悪いのはどう考えてもアタシだろっ? どうして、そんな……優しいんだよ……)

 つい自虐的な言葉がアーシャの口から突いて出てしまう。
 
「……なんで、アタシを……助けた? 言われたことも守れないヤツなんて……パーティーのメンバーとして最低じゃねーか。いっそ、このまま……」

「助けるのは当然だ。だって、アーシャは……俺の大切な仲間だから」

「!?」

「それに、ドレッドグレンデルを倒しに行く手間も省けたし。ちょうどよかったよ」

 何でもなさそうにそう言って、泥まみれの笑顔をゼノは作る。

(……っ)

 その暖かな笑みを見て、アーシャは自分の顔がどんどん火照っていくのが分かった。

「とりあえず、いつまでもこんな所にいるわけにもいかないから。すぐに脱出しよう。肩に掴まれるか?」

「……う、うん……」

「よし、掴まってくれ」

 お互いに全身泥だらけのまま、アーシャはゼノの肩に掴まるのだった。



 ◆



 それから。
 アーシャは、ゼノが使った《跳躍》の魔法によって上層フロアへと無事に戻る。

「ゼノ様っ! アーシャさん……! 大丈夫でしたかっ!?」

 そこには、沼地での戦いを上から見守っていたモニカがいた。
 彼女は心配そうな顔で、焦ったように近付いて来る。

「ものすごい魔獣の叫び声が下から聞えて……!」

「ああ。ドレッドグレンデルならちゃんと倒したよ」

「はぁ~さすがゼノ様です……。それによかったです……お2人ともご無事で……」

「心配かけて、悪かったぜ……モニカ」

 アーシャが素直に頭を下げると、モニカは指を突き立てながらぷりぷりと怒った。

「ホントですよぉ~! あれだけゼノ様が注意喚起してくれたのにぃー!」

「うん……そだよな。アタシのミスだ」

「へっ!? いや……そこはこう、いつもみたいに反論してくれないと、わたしが悪者みたいじゃないですかぁ~!」

「だよな……ごめん」

「っ、まぁ……今回は、仕方ないと思いますけど……」

 アーシャが本当に反省していることに気付いたのかもしれない。
 それ以上、何か言ってくるようなことはなかった。

 もちろん、モニカとしても本気で怒っているわけではないのだろう。
 いつもの空気に戻したくて、ちょっと場違いに騒いだだけなのだ。

 そんなモニカの優しさに気付きつつも、アーシャは普段通り接する余裕がなくなっていた。

 ふと、隣りにいるゼノに目を向けてしまう。

(~~っ!?)

 命を救ってもらったことで、アーシャの中でゼノに対する想いは、はち切れそうなほどに膨れ上がっていた。

「……あれ? そういえば、アーシャさん。いつもの斧が無いようですけど」

「えっ? あぁ……ちょっとヘマしてな。沼地へ落としちまったんだ」

「そうでしたか。でも、命が無事でよかったですよ。斧は武器屋でまた買えますよねっ?」

「うん、そーだな……」

「……」

 どこか遠くを見ながら、そう口にするアーシャの姿をゼノは隣りで静かに眺めていた。
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