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3章

第10話

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(そうだ……思い出した)

 ゼノはアーシャの話を聞きながら、自身の過去を思い出していた。

(俺は、アーシャに会いに行けなかったんだ)

 アーシャと別れた後、ルイス――ゼノは、本当に冒険者になろうとしていた。

 だが、マスクスの社交界が終わった頃から、これまで減りの遅かった魔力値は急速にそのスピードが速くなり、ブロンド色の髪は徐々に抜けて落ちていってしまう。

 これまではこのことを、兄アーロンの〝呪い〟によるものだと勝手に思い込んできたわけだが、実際は違ったのかもしれない、とゼノは思う。

(俺が心にもないことを言って、アーシャをその気にさせてしまったから……?)

 それは、その罰だったのではないか。
 ゼノはそんな風に真剣に考え始めていた。

 結局、【魔力固定の儀】を迎える頃には、ゼノの魔力値は0となってしまい、その後は死神の大迷宮へと廃棄され、いつの頃からか、ゼノはアーシャに会いに行けない罪悪感から自分の記憶に蓋をしてしまった。

 以前、〝冒険者〟という言葉に何か引っかかりを覚えたのは、このことが原因だったのである。





「……ルイスは、いつまで経っても現れなかった。だから、その翌日に父様に頼んだんだ。ハワード家のルイスって男の子と連絡が取りたいって。けどよ、返ってきたのはサイアクな言葉だった。アタシはそこで信じられねー話を聞いちまったんだ。ルイスは……【魔力固定の儀】で魔力が暴走した結果、不幸にも死んじまったってな」

「……」 

「正直、まったく信じられなかったぜ。だってよ、あんな輝いた目で、アタシを元気づけてくれたルイスが、【魔力固定の儀】の当日に死んじまったなんて……。いや、信じたくなかったんだ。何かの間違いだって……アタシは無理矢理そう信じて。ルイスは、今もどこかで生きてるんだって思い込んだ。いつか、強くなったルイスが迎えにやって来るんなら……。その日までにアタシも負けねーくらい強くならねぇーと、って」

 ワイアットの特訓を受け続けたアーシャは、自分でも気付かないうちに、周りからは一目置かれる存在となっていた。

 固定された術値も高く、いわゆる上位術使いのクラスであったため、アーシャは新たな〈斧術〉をどんどん習得していった。

「……アタシは、頑なにルイスの言葉を信じてたんだぜ? だから、ぜってーにSランク冒険者になってアタシを迎えに来るはずだって……。なっ、かなり笑える話だろ?」

「……」

「けどよ……。そん時のアタシは真剣だった。Sランク冒険者に戦いを挑んできたのは、そーゆう理由があったからなんだ。アタシより強いヤツこそルイスに違いねーって」

 そこでアーシャはふぅ……とため息を吐き出す。
 
 こんな真夜中に、2人きりの部屋で。
 まだ会って間もない人間に、自分は一体何を話しているのだろうか、と。
 
 そのため息には、そんな感情が隠れているように、ゼノには感じられた。

「……でも途中からは、自分でも何やってんのか、よく分からなくなっていった。だってよ。Sランク冒険者のほとんどは、ルイスとはかけ離れたおっさんばっかだったから。多分、アタシはとっくに気付いてたんだぜ……。こんなこと続けたところで、ルイスと再会できるわけがねーって。もう、ルイスは死んでるんだって。気付けば、目的は〝強い相手と戦うこと〟に変わってたぜ。ただの惰性であんなこと続けてたんだ。バカなんだ、アタシはよ」

 アーシャはそこで一度大きく伸びをする。
 先程からゼノが一言もしゃべっていないことにも、まったく気付いていない様子だ。

 彼女としては、特に何か返事を求めていたわけでもなかったのかもしれない。
 自身と向き合うように、アーシャは続ける。

「けどよ、アタシは後悔なんてしてねーぜ? 社交界に入り浸ってばっかの姉様たちを見れば、なおさらそう思うんだ。男なんか漁ってなにが楽しいのか、アタシにはさっぱりだ。まだ、ダンジョンで魔獣を狩ってた方がマシだぜ。今では感謝してるんだ、魔法適性ゼロでよかったってな」

 そこまでアーシャの話を耳にして。
 ゼノは、よくやく言葉を絞り出すことができた。

「……違うよ、アーシャ……」

「?」

 彼女が前を向こうとしていることが分かったからだろうか。
 もう隠すことはできない、とゼノは思った。

 気付けば、言葉は勝手に溢れ出していた。

「バカは……俺なんだ」

「なに言ってんだ、ゼノ?」

「ごめん……。これまでずっと会いに行けなくて……」

「……ちょっと待った! まさか、本気で信じたわけじゃねーよなっ? さっき言った〝アタシより強いヤツこそルイスに違いねー〟ってのは、アタシの単なる願望みたいなもんで、ゼノがルイスであるわけが――」

「いや……。俺が、そのルイスなんだ」

「……んぁっ? おいおい冗談キツいぜ……ゼノ! たしかに笑える話だけどよ。アタシも結構マジで話したつもりで……」

「ルイス・ハワードは俺なんだよ。アーシャ」

「……!? さすがに、嘘だよな……?」

 ゼノは真剣な顔で首を横に振る。
 暗闇の中で表情までは分からなかったはずだが、アーシャがそれを見て、ハッと息を呑むのだけはゼノには理解できた。

「ア……アタシを、励ますために……んなこと、言ってるんじゃねーのか……?」

「すまん、違うんだ。本当の本当に……俺がそのルイスなんだよ」

「!?」

「さっきは詳しく話さなかったけど……。俺がなんでお師匠様と出会ったかっていうと、父上に迷宮に廃棄されたからなんだ」

「っ、廃棄された……?」

「【魔力固定の儀】で、魔力が暴走した結果死んだっていうのは、父上の嘘だ。本当は、【魔力固定の儀】で、俺は魔法適性ゼロを言い渡された。そんな俺を……父上は死神の大迷宮に捨てたんだ」

「……ハワード卿が……?」

「廃棄された俺を拾って育ててくれたのが、お師匠様だったんだよ。俺が未発見魔法を使えるようになったのも、お師匠様のもとで5年間修行に励んだから。さっき、命の恩人って言ったのは、こういう理由からなんだ」

「ッ……」

「お師匠様が、俺に〝ゼノ〟っていう名前を付けてくれたんだ。 過去の〝ルイス〟を捨てて、新しく生まれ変わるために」

「……うそ、だ……」

 アーシャは目を大きく見開いて、驚愕の表情を暗闇に浮かべていた。
 最後の希望にすがりつくように、彼女は声を張り上げながら訴える。

「だって……髪の色が、全然違うじゃねーかっ! アタシが会ったルイスは、綺麗なブロンドの髪をしてたんだぞ!?」

「うん、たしかにそうだね。昔は……俺の髪はブロンド色だったんだよ」

「っ!?」

「でも、魔力値が減り始めた頃から、髪の色も徐々に抜け落ちていって、今みたいな黒髪になったんだ」

「そ、んなッ……」

「それに、証拠ならこれがある」

 そこでゼノは決定的なものをアーシャに差し出す。
 それは、ハワード家の紋章が刻まれたメダルであった。

「ハワード家のメダル!?」

「アーシャなら分かるはずだ。これを所持できるのは、その身内の人間だけだって」

「……ッ……ゼノが……あのルイスだったなんて……」

「本当に申し訳なかった。会いに行くって、きちんと約束していたのに」

「――!!」

 その瞬間。
 アーシャはベッドから飛び上がると、ゼノの部屋から出て行ってしまう。

「あっ……」

 ゼノが声を上げた時には、すべてがもう遅かった。



 ◆



 バタン!

 アーシャは顔を真っ赤にしながら、急いで自分の部屋に閉じこもった。

「(……ゼノが……あの約束の男の子、ルイスだったなんて……)」

 暗闇の中、そのまま自分のベッドへ倒れ込む。

「(どうしようっ……。明日からまともにゼノの顔、見れねーじゃんか……)」

 この時。
 アーシャは、忘れていた恋心を思い出すのだった。
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