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3章

第4話

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「……は、はい? あの、今なんて……」

 モニカが目を丸くして訊ねると、アーシャはクロノスアクスを肩に預けながら笑顔で話す。

「アタシはずっーと、自分よりも強いヤツとパーティーを組むのが夢だったんだぜ。だから、あんたたちのパーティーに加わりたい!」

「加わるって……ちょっと意味が分かりませんっ! 頭おかしいんですか? さっき、この世で一番魔導師がキライって言ってましたよねっ?」

「それは嘘じゃないぜ? けど、アタシより強いってんなら話は別だ。それに、ゼノなら〝渦〟討伐のチェーンクエストも無事に達成できそうだしな」

「〝渦〟討伐……? なんだそれは?」

 ゼノは、聖剣クレイモアをホルスターに差し込みながら訊ねる。
 初めて耳にする言葉だった。

「んだよ。んなことも知らねーで、Sランク冒険者を名乗ってたのか?」

「お嬢様。彼は、本日付けでダニエル様からSランク冒険者に任命されたのです。まだご存じなくて当然かと」

「まぁ、これから知ればいいだけの話だけどよ」

「それで、その〝渦〟討伐っていうのは何なんだ?」

「便宜上は討伐って言ってるけど、〝渦〟は撃破できるものじゃねーんだ。〝渦〟はある現象のことを指しているんだぜ」

 そこでゼノは、アーシャから〝渦〟について詳しく耳にする。





 人魔大戦中、大賢者ゼノがメルカディアン大陸にはびこる魔獣をダンジョンへと封じ込めた結果、魔獣はダンジョンの中にしか現れなくなった。

 だが、実は〝渦〟の時期がやってくると、その封印は一時的に解かれてしまう。
 ダンジョンの主であるボス魔獣を倒さないと、人々が暮らす土地に魔獣が溢れ出てしまうのだ。

 〝渦〟には周期があり、およそ50年おきに一度訪れる。
 
 人魔大戦直後の100年近くは、魔法が完全に失われてしまっていたため、この仕事は術使いがすべて請け負っていた。
 各領に冒険者ギルドが設置され始めたのも、これがきっかけだったと言われている。

 今回、ゴンザーガ領に存在するダンジョンはちょうどその周期にあたり、〝渦〟討伐をこなせる冒険者が必要とされていた。
 なお、〝渦〟討伐は、非常に難易度の高いチェーンクエストであるため、冒険者の中でもSランクの者しか受注できない。





「〝渦〟討伐っていったら、Sランク冒険者の中でも50年に一度しか経験できねー激レアクエストだぜ! 多分、ダニエルのおっさんは、あんたにそれを受けてほしくて、Sランク冒険者に認定したんだろうな。これまでのヤツらは、まったく役に立たなかったし」

「その冒険者を潰していたのはどこの誰ですか~っ!」

 依然として怒りが収まらないのか、モニカは顔を赤くさせながら口を挟んでくる。

「アタシは悪くねーよ。弱いヤツをSランクに認定したギルドの問題だぜ」

 ちなみに、ゴンザーガ領には東西南北に4つのダンジョンが存在するようだ。
 つまり、〝渦〟を止めるためには、そのダンジョンに棲息するボス魔獣をすべて倒す必要がある。

「てなわけで、アタシは〝渦〟討伐のチェーンクエストをやってみたかったんだ。その間だけでいい。アタシをあんたのパーティーに入れてくれよ。なっ?」

「ダ、ダメですぅ~! 【天空の魔導団クランセレスティアル】は、ゼノ様とわたしのパーティーなんですからっ! それにこの子、絶対に問題児です! わたしには分かりますっ!」

 たしかに、性格には問題がありそうだが……。

(でも、アタッカーとしては間違いなく一流だ。この子に前衛をお願いできれば心強い。それに、これからその〝渦〟討伐のチェーンクエストをこなす必要があるならなおさらだ)

 どうしようかと悩んでいると、アーシャがゼノの肩をポンポンと叩いてくる。

「アタシの戦力は役に立つはずだぜ? その辺の魔獣なら、このクロノスアクスで軽々と倒してやるよ」

「……分かった。〝渦〟討伐の間だけ手を貸してほしい」

「へへっ! そうこなくちゃだぜ!」

「ええぇぇ~~っ!? ゼノ様ぁ……! ホントにこの子をパーティーに入れるんですかぁ!?」

「【天空の魔導団クランセレスティアル】にアタッカーが欠けているのはたしかだから。それに、この子の腕前は本物だよ。間違いなく戦力になってくれる」

「それは……そうかもしれないですけどぉ……」

「そうと決まれば、さっそく行こうぜ! たしか、この先の宿舎を借りてるんだったよな? ワイアット! アタシはしばらくの間、こいつらと一緒に暮らすぜ。父様と母様には適当に言い訳しておいてくれ」

「畏まりました。お嬢様」

「はいぃ!? ちょっと……暮らすって、まさかこれから一緒に住む気ですかっ!?」

「あの宿舎なら2人で暮らしていても、余るほど空き部屋があるだろ」

「ぐぬぬぅ……。宿舎は、ゼノ様とわたしの大切な愛の住処なのにぃっ~~!!」

「おい、ゼノ。さっきから気になってたんだが、こんな頭の悪そうなバカ女をパーティーに入れておいて大丈夫かよ?」

「なっ!?」

「見るからに男を不幸にしそうだぜ」

「わたしは……バカ女なんかじゃないですぅ! ていうかですねっ、戦闘狂の貴女にそんなことを言われる筋合いはありませんからっ~!」

「へっ、見るからに嫉妬深そうな女だ。ゼノ、悪いことは言わねー。こんなヤツを自分の女にするのはやめておけ」

「いや、俺たちはべつに付き合っているわけじゃないんだが」

「がーんっ!」

「? 何か間違ったこと言ったか?」

「い、いえっ……言ってないですけどぉ……! でもそんな風に、はっきり言わなくてもいいじゃないですかぁ~~うるるぅっ……」

「んだぁ? ゼノの女じゃねーのかよ? だったら、こんなヤツは放っておいて行こうぜ!」

 クロノスアクスを素早く背中に装着すると、アーシャは頭の後ろで手を組みながら、歩き始めてしまう。

「でも、本当にいいのか? ゴンザーガ伯爵は、こんな勝手は許さないんじゃないのか?」

 後ろからゼノが声をかけると、アーシャはぴたりと足を止めた。
 
「……べつに。父様がアタシのことで何か言ったりはしねぇよ」

「え?」

 背中越しだったため、彼女の表情は分からなかったが、その声にはどこか憂いが含まれているように感じられた。

 その時。
 ゼノは、数日前に町の者から聞いた話を思い出す。
 
 ゴンザーガ伯爵は、善政を敷き、領民に思いやりのある政治を続けていることを評価される一方で、そのだらしない生活を指摘されている、と。
 特に、女癖が悪いようで、多くの貴婦人との恋仲を噂されていた。

 何か踏み入ってはいけないところに踏み込んでしまったようで、ゼノは少しだけ気まずくなる。

 しかし――。

 アーシャは顔を振り向かせると、今度は何でもなさそうに続けた。

「それに……アタシは今、父様と母様と一緒に暮らしていねーからな。特に問題はないぜ?」

「そっか」 

 家族の問題には、あまり口出しすべきではないのかもしれない。
 ゼノはそれ以上は何も言わず、「分かった。案内するよ」と了承する。

「へっ、これからよろしく頼むぜ。ゼノ」

 嬉しそうにアーシャがゼノの肩を小突く。
 それを見たモニカが、頬を膨らませながら2人の間に割り込んできた。

「むぅ~っ! アーシャさんはゼノ様に近寄らないでくださいぃ~~!」

 そのままモニカはゼノの片腕にがしっと抱きつく。

「ゼノ様のお世話は、わたしがするんですからっ!」

「なら、アタシもだ!」

 そう言って、アーシャも楽しそうにもう片方の腕に抱きついた。

「お、おいっ……」

「むっきぃ~! こんな人放っておいて行きましょう、ゼノ様っ!」

「ゼノ。アタシに宿舎を案内してくれるんだよな? あんたも強い女の方が好みだろ?」

「けしかけないでください!」

「そっちが先に仕掛けたんだろーがっ!」

「待て待てっ! 俺の体を引っ張りながら喧嘩しないでくれ……!」

 そんな光景を傍で見ていたワイアットは、フッと微笑む。

「(あのお嬢様が他の方と仲良くされているなんて……。これは楽しみですね)」

 あれこれと言い争いをしながら宿舎へと向かう3人の背中を、ワイアットはどこか嬉しそうに見送るのだった。
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