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第34話 セシリアSIDE

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「セシリアさん、顔を上げてください」

「……ッ」

「彼のバフによって自分が強くなっていたと、ショックなのは分かります。ですが、そう落ち込むことはありません。あなたは今のままでも十分にお強い」

「……ダメなんです! 私は、A級ダンジョンをクリアして一流冒険者の証シーカーライセンスを手に入れなくちゃ……。でなければ、お父様とお母様に合わせる顔がありません……! それに、ナードが勇者様の生まれ変わりだなんて……私は絶対に認めませんッ!」

 自分でも取り乱した発言をしているという自覚がセシリアにはあった。
 だが、すべて本音である。

 ナードが勇者フェイトの生まれ変わりかもしれないと考えただけでも、気が狂いそうなほどなのだ。

「……」

 そんなセシリアの心中を察するように、大司祭は再び静かに押し黙る。
 そして、暫しの間を空けた後、これまでの話をすべて覆すような一言をさらりと口にした。

「どうしてあなたがあの青年に対して、そこまで対抗心を燃やすのかは私には分かりません。ですが、1つだけお伝えできることがあります。セシリアさん、私は何も断言したわけではないのですよ。〝可能性がある〟とお伝えしただけです」

「えっ……」

「先程も言いましたよね? あなたの意見に同意だ、と。私もあの青年が、勇者フェイトの生まれ変わりだとは認めたくありません」

「!!」

 セシリアの瞳に、微かな希望が宿る。
 その表情を確認すると、大司祭はゆっくりと続きの言葉を口にした。

「1つだけまったく一致しない点があるんですよ。それは、あの青年が孤児であるという点です」

「孤児……」

「はい。勇者フェイトは聖ロストルム帝国の第1皇子でした。また、彼は創造神エデンの子孫であったとも言われています。つまり勇者は、神の血を引く高貴な生まれである必要があるのです」

 それを聞いてセシリアは思い出した。
 ナードがこれまでヴィスコンティ孤児院で、どんなにみすぼらしい生活を送っていたかということを。

 たしかに、大司祭の言う通り、あれが高貴な者の暮らしであるはずがない。

「こう言ってはなんですが、孤児はろくでもない家柄の出身が大半です。もちろん、子供には何の責任もありません。ですが、いくら勇者伝承と一致するからといって、孤児院出身の彼を、勇者フェイトの生まれ変わりと認めるわけにはいきません。それはつまり、創造神エデンの子孫が、孤児であるということを認めることにも繋がるからです。神の一族が子を見捨てるはずがありません。聖職者として、それを容認するわけにはいかないのです」

「ということは……ナードは、勇者様の生まれ変わりではないんですねっ!?」

「少なくとも、教会の人間はそれを認めないでしょう」

 だから、大司祭はナードがユニークスキルを2つ所持していることに気付いても、大聖堂に集まった者たちに、それを伝えるようなことをしなかったのだ。

 ホッと胸を撫でおろすセシリアであったが、大司祭の話はそれで終わりではなかった。

「……ですが、ナード・ヴィスコンティのLPが増え続けていることは紛れもない事実でしょう。<アイテムプール>も<バフトリガー>も、LPを増やすことのできるスキルではありません。おそらく、私も知らないユニークスキルが覚醒していることが考えられます」

「ッ!」

 それだといずれナードに追い越されてしまうじゃないか、とセシリアは思った。
 結局、ナードが勇者フェイトの生まれ変わりではないという話を聞いたところで、セシリアの問題は何も解決していない。

 このままA級ダンジョンをクリアできないのも嫌だったが、それよりも、ナードに追い越されることの方がセシリアにとっては恐怖だった。

 ――その時。

 ふと、セシリアはあることを思い付く。

(……そうよッ! あの手ならひょっとして……)

 学生時代、成人の儀式で自分が気に入らないユニークスキルを受け取った場合、大司祭に頼んでお互い交換しよう、という話で盛り上がっていたことがあった。

 それを使えないか、とセシリアは考える。

(たしか、とりかえの杖とか言ったわよね)

 大司祭が使用するその杖こそ、ユニークスキルの交換が可能な神器であった。

 基本的に、とりかえの杖は成人の儀式以外では使われない。
 だから、本来ならば、それを使えないかと訊ねるのはタブーなのだが、セシリアには勝算があった。

(金を積めばいいのよ)

 大司祭は、普段は信仰深く、人々からの信頼も厚いのだが、金の話になると急に態度が変わる。
 金に欲深い男であるということは、とても有名な話であった。

 金を積めば、ある程度融通を利かせてくれるのが、大司祭の本性なのだ。

 成人の儀式では、高い依頼費がネックになって、誰もその申し出をしなかったようだが、今のセシリアは、一生遊んで暮らせるほどの大金を所持していた。

 さりげなく魔法ポーチの中を覗き込む。

(あるわ。金貨なら有り余るほどに)

 あとはどう話を切り出すか。
 息をすぅと吸い込むと、セシリアは思い切って、核心を突く問いを投げかけてみることにする。

「……つまり、大司祭様は、高貴な身分であれば、勇者フェイトの生まれ変わりと認めていた、ということでしょうか?」

「まあ、そうですね。彼がそのような身分であったのなら、私は何も言うことができません。エデンの子孫として、あの青年に加護があるように祈ったことでしょう」

「でしたら、私がナードの代わりに勇者となってみせます」

「……? 代わりに勇者となる……ですか?」

 言葉の意味が理解できなかったのだろう。大司祭は、きょとんとした表情を覗かせていた。

 セシリアは、きちんと相手に話が伝わるように、大司祭の目をまっすぐに見ながら続ける。

「私は、貴族の生まれです。さすがに皇女というわけではありませんが、ナードよりは遥かに高貴な家柄の出身と言えるかと思います」

「それが、何か?」

 大司祭は、意味をはかりかねるように首を捻る。

(ここで勿体ぶっても意味ないわ)

 そう決心したセシリアは、単刀直入に切り出してしまう。

「ですから、私がナードのユニークスキルを手に入れるんです。大司祭様が持つとりかえの杖を使って」

「……ははぁ、なるほど。そういうことですか」

 ようやくセシリアが何を言おうとしているのかが分かったのだろう。
 大司祭は口元に手を当てて、何か考えるような素振りを見せる。

 べつに勇者になりたいという願望がセシリアの中にあるわけではなかった。

(……ていうより、話が突拍子もなさすぎてついて行けない。何よ、勇者フェイトの生まれ変わりって。魔王もいないこの時代にバカらしい。正直どうでもいいのよ、そんなことは)

 セシリアの狙いは単純だ。

 ナードのユニークスキルを奪って、A級ダンジョンをクリアすること。
 これなら、目標の達成と同時に、ナードを陥れることもできる。

 あとは、大司祭が頷くかどうかだったが……。

「ですが、残念です。あの杖は、成人の儀式以外で使うことはできないのです」

(そう言うと思ったわ!)

「大丈夫ですよ、セシリアさん。現代において魔王アビスは存在しません。勇者などいなくとも、取り立てて問題はないのですよ。ただ、ナード・ヴィスコンティは、このままA級ダンジョンをクリアしてこの国を飛び出し、一流の冒険者シーカーとして世界中に名を轟かせることになるでしょう。それはセシリアさんの望むことではないのかもしれませんが……。そこは心を広く持ち、認めようじゃありませんか。我がシルワの誇りとして」

(認める? ふざけないで! そんなことできるわけないじゃない!)

 差し出すならこのタイミングしかない。

 そう思ったセシリアは、魔法ポーチの中から布袋を取り出すと、それを大司祭の前に素早く掲げる。

「……ッ、それは?」

「金貨ですよ、大司祭様。ここに1,000枚入っております」

「1,000枚……」

 セシリアがそう口にした瞬間、大司祭の目つきが変わった。

 金貨1,000枚、つまり1億アローだ。
 一生遊んで暮らすことのできる金額である。

 布袋を手に持ちながら、セシリアは続けた。

「私はまた、その<バフトリガー>の恩恵を受けて強くなりたいんです」

「……でしたら、また彼とパーティーを組めば……」

「それは私のプライドが許しません。ナードをパーティーに加えるっていう選択肢は私の中にないんです」

 もうなりふり構っている余裕はなかった。セシリアはついに本音を吐露してしまう。

「自分でそのスキルを手に入れたいんです。もうぶっちゃけ言っちゃうと、代わりに勇者となるとかそんなことは、正直どうでもいいのよ……!」

「セ、セシリアさん……」

「だから、どうかこの金貨でお願いできないですか? とりかえの杖を私に貸してください」

 周りに誰もいないことを改めて確認すると、セシリアは大司祭のもとへ近付き、静かに耳打ちする。

「大司祭様の名を汚すようなことはいたしません。これは私が勝手にやることですから」

「いや、さすがにこういうことは……」

 渋る大司祭に対して、セシリアはさらに魔法ポーチから布袋を1つ取り出した。

「分かりました。でしたら、こちらも追加します」

「っ……」

 そこには金貨がさらに100枚入れられていた。

 これらのお金は、これまでダンジョンを周回して、将来のために貯めてきたセシリアの財産ほぼすべてであった。
 それほど、セシリアはナードを陥れることに命を賭けていた。

(あのクズにそんなスキルがあったなんて許せないッ……絶対に私が奪ってやる!)

 大司祭は2つの布袋に目を向けたまま、しばらく考える様子を見せた後、決心したようにこう口にした。

「……少し待っていてください」
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