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第5話
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大通りを逸れて路地裏に入り、しばらく歩いているとぼろいアパートが見えてくる。
僕とノエルが暮らす家だ。
学校の卒業と同時に孤児院を出たから、もうかれこれ半年ほど住んでいることになるのかな。
お世辞にも住み心地がいいとは言えないけど、今の稼ぎじゃここで暮らしていくだけで精一杯だった。
「外灯点けたんだ」
これはノエルの日課の1つ。
大体、日没よりも少し早めに外灯を点けるのが癖だったりする。
「……って、もう着いちゃったよ。どうしよう」
ノエルのことを考えたら、また大きなため息が漏れてしまう。
【鉄血の戦姫】のメンバーでなくなった今の僕は、冒険者としての価値は皆無に等しい。
スライムすらまともに倒せるか怪しいステータスなわけだし。
(いや、くよくよ悩むのはやめよう。ここまで帰ってきちゃったわけだし。腹を括ってノエルには本当のことを話さないと……)
一度大きく深呼吸をすると、意を決してアパートの鍵を開けた。
ガチャッ。
「あ、お兄ちゃんだーっ!」
「た、ただいま……」
「おかえりぃ♪ そして今日もお疲れさまぁ!」
「どぉわっ!?」
ノエルが正面から抱きついてくる。
毎度のこととはいえ、こうなるとノエルはなかなか離れてくれない。
「ダ、ダメだって……。ちゃんと安静にしてないと」
「え~いいじゃん! 今日はすっごく体調がいーんだもん♪ こゆう日はお兄ちゃん成分しっかり摂取しておかないとぉ」
「か、顔近いって……」
「えー?」
ノエルの小さな胸がぷにゅと当たる。
なんて柔らかい…………じゃなくてッ!
「んへへ♪ お兄ちゃん成分摂取かんりょ~」
ホッ、ようやく離れてくれた。
ほとんど無意識のうちにやっているから末恐ろしい。
毎回こう刺激強めのスキンシップをされると、さすがにこっちも意識してしまう。
ノエルは妹だけど、でも年頃の女の子なわけで……。いつも石鹸のいい香りがするんだよなぁ。
(て、何考えてるんだ僕はっ!?)
妹を女の子として意識してどうする。ノエルはたった1人の大切な家族なんだ。
僕は背筋を正すと、ノエルの方を向く。
「ノエル。お兄ちゃん成分の摂取もいいけど、ユグドラシルの葉もちゃんと摂取したよね?」
「うん。お昼に飲んだよ~? でも、自分だと上手く煎じれないんだよねー。やっぱお兄ちゃんが作ってくれたやつが一番飲みやすい」
「でも、僕は日中外に出ちゃってるから。これからはノエルにも慣れてもらわないと」
「ぶーぶー。そんなの分かってるよぉ~」
ノエルは毎日、ユグドラシルの葉を入れた飲み物を摂取することで発作を抑えて、現状を維持している。
このユグドラシルの葉っていうのは万能の薬って言われていて、僕たちが暮らすシルワ王国では採集できない貴重な物だ。
だから、その値段はとても高くて、月に一度教会で購入できる数には限りがあったりする。
これまでの稼ぎの大半は、ユグドラシルの葉の購入費に充てていた。
でも、買わないなんていう選択肢はない。
それが無ければ、ノエルは今のように体調良く暮らしていくことができないわけだから。
「それじゃ、夕食の用意しちゃうから。ちょっと待ってて」
「はーい♪」
柔らかな水色のショートヘアを揺らしながら、ノエルが元気に返事する。
普段、外に出ないからノエルの肌は透き通るように白い。
また、体も華奢だから本当はいっぱい食べてほしいんだけど、僕の稼ぎじゃそれも叶わず……。
食事の多くは、ほとんどがパンかオートミールだ。
僕がもっとお金を稼げれば、ノエルにいい暮らしをさせてあげることができるんだけど、その夢はまだ叶えられていない。
正直、貯金もほとんどできていないし、日々の生活費を稼ぐだけでも精一杯。
成人の儀式を迎えてからそろそろ半年。
冒険者として一番脂が乗っていて、お金を稼がないといけない時期なのに。
(……今は仕事のことを考えるのはやめよう。ノエルと過ごせる大切な時間なんだ)
陽が完全に傾いて暗くなってしまうと、ノエルは少しだけ動けるようになる。
基本的に朝と昼は、ノエルはベッドの中で過ごすから、こうして楽しく2人で過ごせるのは夕食の席くらいだったりする。
「お兄ちゃん、今日のダンジョンどうだったー?」
「えっ?」
「【テネブラエ呪城】にセシリアちゃんと一緒に挑戦したんだよね? 2人ともすごいよ! もうそんな難しいダンジョンに入ったなんて」
「う、うん……」
ノエルはまだ、僕がセシリアと2人だけでパーティーを組んでいるものだって思っている。
【隻眼の運び手】のメンバーと組むことになったってことは、あえて言わなかった。
ダコタがパーティーに加わったなんて知ったら、ノエルはきっと悲しむ。
だって、ノエルは僕がダコタに散々いじめられてきたことを知っているから。
「B級ダンジョンの初回クリア報酬って天空のティアラなんだよね? いいなぁ~天空のティアラ。あれ憧れだよぉ。一度でいいから付けてみたい! セシリアちゃんが貰うのかな?」
「多分、そうなると思う……」
「セシリアちゃんなら絶対に似合うよ! だって、あんな美人さんなんだもん♪」
「……」
昨日までの僕ならそれに同意してたと思うけど……。
こんな純真無垢なノエルのことを、セシリアは〝ブス〟〝死にぞこない〟と罵ったんだ。
絶対に許すことはできない。
もちろん、そんな風に貶されたなんてノエルに言えるはずもなくて。
メリアドール先生の時と同じように、僕はまた嘘をついてしまった。
「でも、まだクリアはしてないんだ。今日は途中で引き上げちゃって……」
「そっかぁ。けど、そーだよね。1日でクリアできるほど簡単じゃないんだろうし」
「うん。だから、報酬もまだ貰えてなくて……。今日も同じ夕食しか用意できなくてごめんね」
「なんでお兄ちゃんが謝るの?」
「?」
「ノエルは、お兄ちゃんが毎日無事に帰って来てくれるだけでハッピーなんだよ♪ むしろ、ノエルのためにいろいろしてくれて、す~っごく感謝してるんだから!」
「ノエル……」
「エンドウ豆のスープ持ってきちゃうね!」
笑顔でキッチンへと向かうノエルの背中を、僕は目で追うことしかできなかった。
◇
「はぁ……」
今日は、何度このため息をついただろうか。
夕食を終えて、ノエルをベッドに寝かした僕は、自分の部屋に戻って1人水晶ディスプレイを見ながらうなだれていた。
<バフトリガー>の発見で希望が見えたかに思えたけど、べつにステータスが高くなったわけでもないし、現状は何も変わっていない。
ソロでダンジョンに挑むのはあまりにも無謀な状況だ。
「そうだよね。やっぱり、入れるパーティーを探さないと」
正直言って、こういうことはすごく苦手なんだけど……。
でも、明日は冒険者ギルドに行って、参加させてもらえるパーティーがないか、勇気を出して声をかけてみよう。
僕とノエルが暮らす家だ。
学校の卒業と同時に孤児院を出たから、もうかれこれ半年ほど住んでいることになるのかな。
お世辞にも住み心地がいいとは言えないけど、今の稼ぎじゃここで暮らしていくだけで精一杯だった。
「外灯点けたんだ」
これはノエルの日課の1つ。
大体、日没よりも少し早めに外灯を点けるのが癖だったりする。
「……って、もう着いちゃったよ。どうしよう」
ノエルのことを考えたら、また大きなため息が漏れてしまう。
【鉄血の戦姫】のメンバーでなくなった今の僕は、冒険者としての価値は皆無に等しい。
スライムすらまともに倒せるか怪しいステータスなわけだし。
(いや、くよくよ悩むのはやめよう。ここまで帰ってきちゃったわけだし。腹を括ってノエルには本当のことを話さないと……)
一度大きく深呼吸をすると、意を決してアパートの鍵を開けた。
ガチャッ。
「あ、お兄ちゃんだーっ!」
「た、ただいま……」
「おかえりぃ♪ そして今日もお疲れさまぁ!」
「どぉわっ!?」
ノエルが正面から抱きついてくる。
毎度のこととはいえ、こうなるとノエルはなかなか離れてくれない。
「ダ、ダメだって……。ちゃんと安静にしてないと」
「え~いいじゃん! 今日はすっごく体調がいーんだもん♪ こゆう日はお兄ちゃん成分しっかり摂取しておかないとぉ」
「か、顔近いって……」
「えー?」
ノエルの小さな胸がぷにゅと当たる。
なんて柔らかい…………じゃなくてッ!
「んへへ♪ お兄ちゃん成分摂取かんりょ~」
ホッ、ようやく離れてくれた。
ほとんど無意識のうちにやっているから末恐ろしい。
毎回こう刺激強めのスキンシップをされると、さすがにこっちも意識してしまう。
ノエルは妹だけど、でも年頃の女の子なわけで……。いつも石鹸のいい香りがするんだよなぁ。
(て、何考えてるんだ僕はっ!?)
妹を女の子として意識してどうする。ノエルはたった1人の大切な家族なんだ。
僕は背筋を正すと、ノエルの方を向く。
「ノエル。お兄ちゃん成分の摂取もいいけど、ユグドラシルの葉もちゃんと摂取したよね?」
「うん。お昼に飲んだよ~? でも、自分だと上手く煎じれないんだよねー。やっぱお兄ちゃんが作ってくれたやつが一番飲みやすい」
「でも、僕は日中外に出ちゃってるから。これからはノエルにも慣れてもらわないと」
「ぶーぶー。そんなの分かってるよぉ~」
ノエルは毎日、ユグドラシルの葉を入れた飲み物を摂取することで発作を抑えて、現状を維持している。
このユグドラシルの葉っていうのは万能の薬って言われていて、僕たちが暮らすシルワ王国では採集できない貴重な物だ。
だから、その値段はとても高くて、月に一度教会で購入できる数には限りがあったりする。
これまでの稼ぎの大半は、ユグドラシルの葉の購入費に充てていた。
でも、買わないなんていう選択肢はない。
それが無ければ、ノエルは今のように体調良く暮らしていくことができないわけだから。
「それじゃ、夕食の用意しちゃうから。ちょっと待ってて」
「はーい♪」
柔らかな水色のショートヘアを揺らしながら、ノエルが元気に返事する。
普段、外に出ないからノエルの肌は透き通るように白い。
また、体も華奢だから本当はいっぱい食べてほしいんだけど、僕の稼ぎじゃそれも叶わず……。
食事の多くは、ほとんどがパンかオートミールだ。
僕がもっとお金を稼げれば、ノエルにいい暮らしをさせてあげることができるんだけど、その夢はまだ叶えられていない。
正直、貯金もほとんどできていないし、日々の生活費を稼ぐだけでも精一杯。
成人の儀式を迎えてからそろそろ半年。
冒険者として一番脂が乗っていて、お金を稼がないといけない時期なのに。
(……今は仕事のことを考えるのはやめよう。ノエルと過ごせる大切な時間なんだ)
陽が完全に傾いて暗くなってしまうと、ノエルは少しだけ動けるようになる。
基本的に朝と昼は、ノエルはベッドの中で過ごすから、こうして楽しく2人で過ごせるのは夕食の席くらいだったりする。
「お兄ちゃん、今日のダンジョンどうだったー?」
「えっ?」
「【テネブラエ呪城】にセシリアちゃんと一緒に挑戦したんだよね? 2人ともすごいよ! もうそんな難しいダンジョンに入ったなんて」
「う、うん……」
ノエルはまだ、僕がセシリアと2人だけでパーティーを組んでいるものだって思っている。
【隻眼の運び手】のメンバーと組むことになったってことは、あえて言わなかった。
ダコタがパーティーに加わったなんて知ったら、ノエルはきっと悲しむ。
だって、ノエルは僕がダコタに散々いじめられてきたことを知っているから。
「B級ダンジョンの初回クリア報酬って天空のティアラなんだよね? いいなぁ~天空のティアラ。あれ憧れだよぉ。一度でいいから付けてみたい! セシリアちゃんが貰うのかな?」
「多分、そうなると思う……」
「セシリアちゃんなら絶対に似合うよ! だって、あんな美人さんなんだもん♪」
「……」
昨日までの僕ならそれに同意してたと思うけど……。
こんな純真無垢なノエルのことを、セシリアは〝ブス〟〝死にぞこない〟と罵ったんだ。
絶対に許すことはできない。
もちろん、そんな風に貶されたなんてノエルに言えるはずもなくて。
メリアドール先生の時と同じように、僕はまた嘘をついてしまった。
「でも、まだクリアはしてないんだ。今日は途中で引き上げちゃって……」
「そっかぁ。けど、そーだよね。1日でクリアできるほど簡単じゃないんだろうし」
「うん。だから、報酬もまだ貰えてなくて……。今日も同じ夕食しか用意できなくてごめんね」
「なんでお兄ちゃんが謝るの?」
「?」
「ノエルは、お兄ちゃんが毎日無事に帰って来てくれるだけでハッピーなんだよ♪ むしろ、ノエルのためにいろいろしてくれて、す~っごく感謝してるんだから!」
「ノエル……」
「エンドウ豆のスープ持ってきちゃうね!」
笑顔でキッチンへと向かうノエルの背中を、僕は目で追うことしかできなかった。
◇
「はぁ……」
今日は、何度このため息をついただろうか。
夕食を終えて、ノエルをベッドに寝かした僕は、自分の部屋に戻って1人水晶ディスプレイを見ながらうなだれていた。
<バフトリガー>の発見で希望が見えたかに思えたけど、べつにステータスが高くなったわけでもないし、現状は何も変わっていない。
ソロでダンジョンに挑むのはあまりにも無謀な状況だ。
「そうだよね。やっぱり、入れるパーティーを探さないと」
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でも、明日は冒険者ギルドに行って、参加させてもらえるパーティーがないか、勇気を出して声をかけてみよう。
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