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扉を閉めて、鍵をかけて。[二折]

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扉を閉めて、鍵をかけて。[二折]



 死神には残りの生命がロウソクに灯る火として見えていると、多くの物語に記されている。しかし、物語のように火を消す権利などはないのだ。ただ、生命の側に行き、火が消えるまで寄り添って、話を聞く。それがわたしのお仕事だ。

 所蔵室の整理をしていた。本に記して初めて補完されるのだから、空気に触れさせないと紙が痛む。一冊、取り出して、ぱらぱらとめくり、本棚に戻す。それを始業時間から続け、もう終業時間五分前になる。今晩は何を食べようかと思案し始めた時、頁をめくる手を止めた。わたしの文字が見届けた灯。この少女は病弱で、灯が消えるまでの九年間をベッドの上で過ごしていた。わたしは死神で見届ける側、人が永遠と定義する時間に生きる。それなのに“懐かしい”なんて感情があるのだから同僚にも馬鹿にされる。終業時間二分前に私のサインに触れて本を棚に戻し、梯子を降りていく最後の一歩をふわり舞って床を鳴らしてみた。

 たくさんの本が収蔵される背の高い本棚の間を歩く。この一冊、一冊、一頁、一頁に人間の生命と生きた道が記されている。不思議な気分になり、本に軽く触れながら歩いてみた。わたしが想いに更けても、彼らからすれば忌み嫌う存在だというのに愛おしくて仕方がない。窓から入る夕陽、その中に上司が浮かび、こつこつと棚をノックしながら手招きをしている。どうやら、わたしは残業には愛されているらしい。

 傷んだ頁が修復課に出す程ではなかったから書き写しなさいと仰られたので、新しい紙にわたしの字で生命を書き写していた。もう夕陽は沈んだだろうかと窓を見ると、ガラスにわたしが映り込んでいるではないか。もう外は暗く、部屋の灯りに照らされた死神が残業をしている。ペンを置き、小休止。先程、目にした少女の事を想う。人間とは不思議な生き物で自らの生命に逆らおうとする。長く生きようとしたり、短く生きようとしたり、また九年間という時間を充実させようと家族が寄り添い、楽しませ続けられた人間もいる。

「レーナさんは幸せだったと笑っていた」

 窓に映った死神が呟いた。わたしたちに寿命というものは無いと聞く。しかし、わたしの見た目は少女で、死神の中には歳を取った諸先輩方もいる。まだ誰も死んでいないだけで、本当は……と、考える時もある。この事を同僚に話したら、また笑われるのだろう。

 その時、窓に映った死神の後ろに微笑みかける死神が映り込んで肩を叩かれた。どうやら、わたしはこれから叱られるらしい。

 そうだ。今夜は濃厚なビーフシチューを食べに行こう。そう考えながら残業を終えた死神が収蔵室の扉を閉めて、鍵をかけた。

おわり。


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