22 / 33
act.3 Main Story
本編3
しおりを挟む
令嬢らしくない速さで廊下を走っていると、廊下の曲がり角で正面から思い切り人にぶつかってしまった。
「きゃっ!!」
「おっと」
咄嗟にぶつかった人に力強く支えられたため、痛みは感じなかった。感触と声からして私とぶつかったのは男性の様だ。それなりに強くぶつかってしまったので、相手に申し訳なく思うと同時に相手が心配になる。
「ごめんなさ――――」
「あれ?ヴィオレッタか……?」
”ごめんなさい。大丈夫でしたか?”そう述べようとしたのを遮った声……それもなんだか聞いたことのあるような声に顔を上げると、良く見知った顔が目の前にあった。
「ルシアン、先生……!?」
一時期ヴァイオリンの指導をしてくれていた彼の姿が目の前にはあった。
***
本当は、自分の情けなさ故に公爵邸にすら帰りたくなかった私だったが、公爵邸に丁度用事があったというルシアン先生に半ば無理矢理連行されるような形で帰ることになる。
私が来るときに待たせていた公爵家の馬車の中、何も言おうとしない私に彼が話しかけてきた。
「それで、なにがあったんだ?」
「……それ聞くの?」
「お前、いかにも何かありましたって顔してるじゃないか」
ヴァイオリンを師事していた時も思っていたが、彼は言いたいことはビシバシ言う……それはもう、容赦なく。それにそれなりに長い付き合いで、一度聞かれたらもう逃れられない事は知っていた。だから、仕方ないけれど素直に話すことにする。案外他の人間に話してみたら楽になるかもしれない。
「…はぁ。実はですね」
私はこれまでにあった出来事をある程度かいつまんで話していく。彼はこの国の出身じゃないということは思った以上に私の口を軽くさせた。だって彼にはこの国の貴族社会の事なんて関係ない。
ずっと……幼い頃から大好きな婚約者がいた。けれどある日彼を諦めなければならない理由が出来た。
元々諦めようと思っていた……それに彼には自由になって欲しかったのだ。だから、今日その決心を彼に伝えて”私はもう一人でも大丈夫なのだ”そう伝えようと思っていた。
でもいざその瞬間になったら他の女性と一緒にいて激昂してしまったこと、そしてそのまま彼に指輪を突き返したこと、本来の目的も果たせずに彼らに悪い態度を取ってしまった自分が情けなくて仕方ないことを話した。情けなさ過ぎて、もう家にすら帰りたくない。今、兄や父に優しくされたら自己嫌悪で死んでしまいそうだった。
「……そうか」
彼が発したのはその簡潔な一言だけだった。
「それだけ?」
あまりにも呆気なさ過ぎて思わず聞き返す。何か言えと言うわけではないが、彼なら叱責の一つくらい飛んでくるかと思っていたのだ。
「それだけって……お前はどうしたいんだよ」
「どうしたいって…………正直、逃げたい。家からも貴族社会からも。だって、自分がここまで狭量な人間だとは思わなかった。なんか今後の社交界であの二人が一緒にいる所を見ることを想像するだけで、苦しい」
「で、逃げるのか。現実からも自分自身からも」
「……………………」
思わず口を閉ざす。あまりにも図星を突かれていたからだ。私がやっていることは”逃げ”でしかない。自分の未来を視たからって、好きな人からも自分自身の感情からも逃げて……。でも、怖い。未来に近づけば近づくほど自分がいつあの未来のように豹変して嫉妬に狂ってしまうのかが。
私は臆病で弱い人間だ。だから結局”逃げる”という選択肢しか思い浮かばない。だって、向き合って自分の汚さが露見して……彼に嫌われてしまうのが。あの未来のように冷たい瞳で見つめられるのが。
どうせ別れるのなら嫌われずに別れたいという汚い自分のエゴだってことくらい私だって分かっている。そう俯いていると私と向き合っているルシアン先生が溜息を吐いた。彼に呆れられたのではないか、と恐怖心が私を支配する。
「……はぁ。一度、ロベールと話せ。そんで、それでもお前のその”逃げたい”っていう決意が揺るがないっていうんなら……俺が連れ去ってやるよ」
でも予想とは違い彼の声音は柔らかく、顔には女の私ですら一瞬見惚れてしまう程に美しい笑みを浮かべていた。
「きゃっ!!」
「おっと」
咄嗟にぶつかった人に力強く支えられたため、痛みは感じなかった。感触と声からして私とぶつかったのは男性の様だ。それなりに強くぶつかってしまったので、相手に申し訳なく思うと同時に相手が心配になる。
「ごめんなさ――――」
「あれ?ヴィオレッタか……?」
”ごめんなさい。大丈夫でしたか?”そう述べようとしたのを遮った声……それもなんだか聞いたことのあるような声に顔を上げると、良く見知った顔が目の前にあった。
「ルシアン、先生……!?」
一時期ヴァイオリンの指導をしてくれていた彼の姿が目の前にはあった。
***
本当は、自分の情けなさ故に公爵邸にすら帰りたくなかった私だったが、公爵邸に丁度用事があったというルシアン先生に半ば無理矢理連行されるような形で帰ることになる。
私が来るときに待たせていた公爵家の馬車の中、何も言おうとしない私に彼が話しかけてきた。
「それで、なにがあったんだ?」
「……それ聞くの?」
「お前、いかにも何かありましたって顔してるじゃないか」
ヴァイオリンを師事していた時も思っていたが、彼は言いたいことはビシバシ言う……それはもう、容赦なく。それにそれなりに長い付き合いで、一度聞かれたらもう逃れられない事は知っていた。だから、仕方ないけれど素直に話すことにする。案外他の人間に話してみたら楽になるかもしれない。
「…はぁ。実はですね」
私はこれまでにあった出来事をある程度かいつまんで話していく。彼はこの国の出身じゃないということは思った以上に私の口を軽くさせた。だって彼にはこの国の貴族社会の事なんて関係ない。
ずっと……幼い頃から大好きな婚約者がいた。けれどある日彼を諦めなければならない理由が出来た。
元々諦めようと思っていた……それに彼には自由になって欲しかったのだ。だから、今日その決心を彼に伝えて”私はもう一人でも大丈夫なのだ”そう伝えようと思っていた。
でもいざその瞬間になったら他の女性と一緒にいて激昂してしまったこと、そしてそのまま彼に指輪を突き返したこと、本来の目的も果たせずに彼らに悪い態度を取ってしまった自分が情けなくて仕方ないことを話した。情けなさ過ぎて、もう家にすら帰りたくない。今、兄や父に優しくされたら自己嫌悪で死んでしまいそうだった。
「……そうか」
彼が発したのはその簡潔な一言だけだった。
「それだけ?」
あまりにも呆気なさ過ぎて思わず聞き返す。何か言えと言うわけではないが、彼なら叱責の一つくらい飛んでくるかと思っていたのだ。
「それだけって……お前はどうしたいんだよ」
「どうしたいって…………正直、逃げたい。家からも貴族社会からも。だって、自分がここまで狭量な人間だとは思わなかった。なんか今後の社交界であの二人が一緒にいる所を見ることを想像するだけで、苦しい」
「で、逃げるのか。現実からも自分自身からも」
「……………………」
思わず口を閉ざす。あまりにも図星を突かれていたからだ。私がやっていることは”逃げ”でしかない。自分の未来を視たからって、好きな人からも自分自身の感情からも逃げて……。でも、怖い。未来に近づけば近づくほど自分がいつあの未来のように豹変して嫉妬に狂ってしまうのかが。
私は臆病で弱い人間だ。だから結局”逃げる”という選択肢しか思い浮かばない。だって、向き合って自分の汚さが露見して……彼に嫌われてしまうのが。あの未来のように冷たい瞳で見つめられるのが。
どうせ別れるのなら嫌われずに別れたいという汚い自分のエゴだってことくらい私だって分かっている。そう俯いていると私と向き合っているルシアン先生が溜息を吐いた。彼に呆れられたのではないか、と恐怖心が私を支配する。
「……はぁ。一度、ロベールと話せ。そんで、それでもお前のその”逃げたい”っていう決意が揺るがないっていうんなら……俺が連れ去ってやるよ」
でも予想とは違い彼の声音は柔らかく、顔には女の私ですら一瞬見惚れてしまう程に美しい笑みを浮かべていた。
73
お気に入りに追加
4,422
あなたにおすすめの小説
もうすぐ、お別れの時間です
夕立悠理
恋愛
──期限つきの恋だった。そんなの、わかってた、はずだったのに。
親友の代わりに、王太子の婚約者となった、レオーネ。けれど、親友の病は治り、婚約は解消される。その翌日、なぜか目覚めると、王太子が親友を見初めるパーティーの日まで、時間が巻き戻っていた。けれど、そのパーティーで、親友ではなくレオーネが見初められ──。王太子のことを信じたいけれど、信じられない。そんな想いにゆれるレオーネにずっと幼なじみだと思っていたアルロが告白し──!?
どうも、初夜に愛さない宣言をされた妻です。むかついたので、溺愛してから捨ててやろうと思います。
夕立悠理
恋愛
小国から大国へ嫁いだ第三王女のリーネは、初夜に結婚相手である第二王子のジュリアンから「愛することはない」宣言をされる。どうやらジュリアンには既婚者の想い人がいるらしい。別に愛して欲しいわけでもなかったが、わざわざそんな発言をされたことに腹が立ったリーネは決意する。リーネなしではいられないほどジュリアンを惚れさせてから、捨ててやる、と。
「私がジュリアン殿下に望むことはひとつだけ。あなたを愛することを、許して欲しいのです」
ジュリアンを後悔で泣かせることを目標に、宣言通り、ジュリアンを溺愛するリーネ。
その思惑通り、ジュリアンは徐々にリーネに心を傾けるようになるが……。
※小説家になろう様にも掲載しています
邪魔者は消えようと思たのですが……どういう訳か離してくれません
りまり
恋愛
私には婚約者がいるのですが、彼は私が嫌いのようでやたらと他の令嬢と一緒にいるところを目撃しています。
そんな時、あまりの婚約者殿の態度に両家の両親がそんなに嫌なら婚約解消しようと話が持ち上がってきた時、あれだけ私を無視していたのが嘘のような態度ですり寄ってくるんです。
本当に何を考えているのやら?
運命は、手に入れられなかったけれど
夕立悠理
恋愛
竜王の運命。……それは、アドルリア王国の王である竜王の唯一の妃を指す。
けれど、ラファリアは、運命に選ばれなかった。選ばれたのはラファリアの友人のマーガレットだった。
愛し合う竜王レガレスとマーガレットをこれ以上見ていられなくなったラファリアは、城を出ることにする。
すると、なぜか、王国に繁栄をもたらす聖花の一部が枯れてしまい、竜王レガレスにも不調が出始めーー。
一方、城をでて開放感でいっぱいのラファリアは、初めて酒場でお酒を飲み、そこで謎の青年と出会う。
運命を間違えてしまった竜王レガレスと、腕のいい花奏師のラファリアと、謎の青年(魔王)との、運命をめぐる恋の話。
※カクヨム様でも連載しています。
そちらが一番早いです。
私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。
夢風 月
恋愛
カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。
顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。
我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。
そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。
「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」
そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。
「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」
「……好きだからだ」
「……はい?」
いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。
※タグをよくご確認ください※
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
コミカライズ原作 わたしは知っている
キムラましゅろう
恋愛
わたしは知っている。
夫にわたしより大切に想っている人がいる事を。
だってわたしは見てしまったから。
夫が昔から想っているあの人と抱きしめ合っているところを。
だからわたしは
一日も早く、夫を解放してあげなければならない。
数話で完結予定の短い話です。
設定等、細かな事は考えていないゆる設定です。
性的描写はないですが、それを連想させる表現やワードは出てきます。
妊娠、出産に関わるワードと表現も出てきます。要注意です。
苦手な方はご遠慮くださいませ。
小説家になろうさんの方でも投稿しております。
立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる