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act.3 Main Story

本編3

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令嬢らしくない速さで廊下を走っていると、廊下の曲がり角で正面から思い切り人にぶつかってしまった。

「きゃっ!!」
「おっと」

咄嗟にぶつかった人に力強く支えられたため、痛みは感じなかった。感触と声からして私とぶつかったのは男性の様だ。それなりに強くぶつかってしまったので、相手に申し訳なく思うと同時に相手が心配になる。

「ごめんなさ――――」
「あれ?ヴィオレッタか……?」

”ごめんなさい。大丈夫でしたか?”そう述べようとしたのを遮った声……それもなんだか聞いたことのあるような声に顔を上げると、良く見知った顔が目の前にあった。

「ルシアン、先生……!?」

一時期ヴァイオリンの指導をしてくれていた彼の姿が目の前にはあった。

***

本当は、自分の情けなさ故に公爵邸にすら帰りたくなかった私だったが、公爵邸に丁度用事があったというルシアン先生に半ば無理矢理連行されるような形で帰ることになる。
私が来るときに待たせていた公爵家の馬車の中、何も言おうとしない私に彼が話しかけてきた。

「それで、なにがあったんだ?」
「……それ聞くの?」
「お前、いかにも何かありましたって顔してるじゃないか」

ヴァイオリンを師事していた時も思っていたが、彼は言いたいことはビシバシ言う……それはもう、容赦なく。それにそれなりに長い付き合いで、一度聞かれたらもう逃れられない事は知っていた。だから、仕方ないけれど素直に話すことにする。案外他の人間に話してみたら楽になるかもしれない。

「…はぁ。実はですね」

私はこれまでにあった出来事をある程度かいつまんで話していく。彼はこの国の出身じゃないということは思った以上に私の口を軽くさせた。だって彼にはこの国の貴族社会の事なんて関係ない。

ずっと……幼い頃から大好きな婚約者がいた。けれどある日彼を諦めなければならない理由が出来た。
元々諦めようと思っていた……それに彼には自由になって欲しかったのだ。だから、今日その決心を彼に伝えて”私はもう一人でも大丈夫なのだ”そう伝えようと思っていた。
でもいざその瞬間になったら他の女性と一緒にいて激昂してしまったこと、そしてそのまま彼に指輪を突き返したこと、本来の目的も果たせずに彼らに悪い態度を取ってしまった自分が情けなくて仕方ないことを話した。情けなさ過ぎて、もう家にすら帰りたくない。今、兄や父に優しくされたら自己嫌悪で死んでしまいそうだった。

「……そうか」

彼が発したのはその簡潔な一言だけだった。

「それだけ?」

あまりにも呆気なさ過ぎて思わず聞き返す。何か言えと言うわけではないが、彼なら叱責の一つくらい飛んでくるかと思っていたのだ。

「それだけって……お前はどうしたいんだよ」
「どうしたいって…………正直、逃げたい。家からも貴族社会からも。だって、自分がここまで狭量な人間だとは思わなかった。なんか今後の社交界であの二人が一緒にいる所を見ることを想像するだけで、苦しい」
「で、逃げるのか。現実からも自分自身からも」
「……………………」

思わず口を閉ざす。あまりにも図星を突かれていたからだ。私がやっていることは”逃げ”でしかない。自分の未来を視たからって、好きな人からも自分自身の感情からも逃げて……。でも、怖い。未来に近づけば近づくほど自分がいつあの未来のように豹変して嫉妬に狂ってしまうのかが。
私は臆病で弱い人間だ。だから結局”逃げる”という選択肢しか思い浮かばない。だって、向き合って自分の汚さが露見して……彼に嫌われてしまうのが。あの未来のように冷たい瞳で見つめられるのが。

どうせ別れるのなら嫌われずに別れたいという汚い自分のエゴだってことくらい私だって分かっている。そう俯いていると私と向き合っているルシアン先生が溜息を吐いた。彼に呆れられたのではないか、と恐怖心が私を支配する。

「……はぁ。一度、ロベールと話せ。そんで、それでもお前のその”逃げたい”っていう決意が揺るがないっていうんなら……俺が連れ去ってやるよ」

でも予想とは違い彼の声音は柔らかく、顔には女の私ですら一瞬見惚れてしまう程に美しい笑みを浮かべていた。
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