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7.疑問
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何故あのタイミングで院長であるケントから呼び出しを受けたのか分からない。通常の業務連絡ならば、いつもは全員そろっている場でも気にすることなく、話していた筈だ。
だからあの瞬間、クレアの頭の中はソレに対する疑問符が舞っていた。しかし部屋から退室し、物音ひとつしない自分に与えられた診療室に独りになると頭の中は全てエストへのことで塗りつぶされた。
あの葬儀の直前に会った時はクレアは目を開けて、彼の姿を見ることすら叶わなかった。だから正直あの時の彼の体調の良し悪しなど分からない。もしかしたら体調が悪いのを押してまでクレアの遺体を確認しに来てくれたのかもしれない。そんな思考が一瞬過るが、彼の性格や自身の立場を思い出して、それらを否定する。
婚約者とは言っても所詮は”偽物の”だ。エストにそこまでする程の義理はないだろう。
それに偽物と言えど長年一緒にいたから少しは分かる。あの時聞いた彼の声は確かに弱弱しかったが、体調が悪い時のモノではなかった……と思う。だからあの時既に体調を崩していたなどという事はあまり考えられない。
考えられるのは、毒を盛られた、または何かしらの手段で他人に害されたか。
病床に伏せてるとは聞いたが、この可能性は高いとクレアは考える。これはクレアもエストと表面上の婚約者の関係になって2年目辺りにやっと知った事実であったが、彼は日常的に命を狙われる生活を送っていた。事情を聞いた限り、昔はそんなことはなかったそうだが、兄が死んでからとある事情で危険と隣り合わせの生活が始まったのだそうだ。
それはエストの両親――王族の複雑な家庭環境故の事情が起因していた。
まず大前提としてエストの両親である今代の王と王妃は恋愛結婚である。王は当時伯爵家の人間であった現王妃と舞踏会で会った時、お互いに一目惚れしたらしい。そして彼女は結婚後無事、亡くなったエストの兄とエストをこの世に産み落とした。しかし彼女はエストを産んだ時、一時期は死を危惧されるほどに体調を崩した。だからエストは長年、兄と弟という唯一無二の二人だけの兄弟として過ごしてきたのだ。
しかしそれはエストの兄が亡くなった事で変わった。
言い方が悪いが王族故にエストのスペアがどうしても必要だったのだ。けれど出産後に一度死に瀕した彼の王妃を心配した王は今まで作る気すら起きなかった妾を遂に取ることにした。王は妃以外に興味がないと公言していた。だから何人かの大臣に勧められた侯爵家の長女の女性を最終的に選んだのだ。それが間違えた選択だとも気づかずに――。
そして産まれたのがエストよりも13歳年下の弟達。双子の男の子だった。そこまでは良かったのだ。問題はその後。エストが食事に毒を盛られた事である。
目の前で毒見役が息絶えるという光景を初めて見て、エストは戦慄した。今までとは真逆の死と隣り合わせの生活。同じ様に命を狙われていてもクレアが言い出すことが出来なかった理由の一つがこれだった。
犯人と思われる召使いは結局最後まで犯人を吐くことはなかったが、エストらは何となくあの妾の仕業だと察していた。なにせエストが死んだ時に一番得をするのは彼女とその関係者である。それに彼女らの家の噂には何かと暗いモノがつき纏っていた。
そこからクレアも確認する限りエストは何回か毒を盛られてきた。一度遅効性の毒を盛られた時にはクレアが学んでいた薬学が役立ち、なんとか解毒することが出来たが、あれから更にエストの周りの警備は厳重になった筈だ。しかし今の時期は彼が王に即位する1カ月前。
この状況に焦りを覚え、即位させる前に――と厳重な警備を無理矢理乗り越えてきたのかもしれない。
過去。毒でエストが倒れた時の事を思い出して、クレアは思わず身震いする。もしかしたら今この瞬間にも彼は死の淵を彷徨って、苦しんでいるのかもしれない。『本当の意味でエストを失ってしまうかもしれない』そんな暗い方向ばかりに思考がズブズブと落ちていく。
自分から彼の手を離して、解放したくせに傍に入れないことが辛いなんて……見守れない事が怖いなんて、そんな自分勝手な思考を抱いてしまう。
「ルネさん。そろそろ患者さん通しますが、準備は出来ていますか?」
ノックの音と共に受付の女性――リーナの最終確認の声で深く沈み込んでいた意識が醒める。
軽く返事をしながら白衣を身に纏い、暗い思考を振り払った。
だからあの瞬間、クレアの頭の中はソレに対する疑問符が舞っていた。しかし部屋から退室し、物音ひとつしない自分に与えられた診療室に独りになると頭の中は全てエストへのことで塗りつぶされた。
あの葬儀の直前に会った時はクレアは目を開けて、彼の姿を見ることすら叶わなかった。だから正直あの時の彼の体調の良し悪しなど分からない。もしかしたら体調が悪いのを押してまでクレアの遺体を確認しに来てくれたのかもしれない。そんな思考が一瞬過るが、彼の性格や自身の立場を思い出して、それらを否定する。
婚約者とは言っても所詮は”偽物の”だ。エストにそこまでする程の義理はないだろう。
それに偽物と言えど長年一緒にいたから少しは分かる。あの時聞いた彼の声は確かに弱弱しかったが、体調が悪い時のモノではなかった……と思う。だからあの時既に体調を崩していたなどという事はあまり考えられない。
考えられるのは、毒を盛られた、または何かしらの手段で他人に害されたか。
病床に伏せてるとは聞いたが、この可能性は高いとクレアは考える。これはクレアもエストと表面上の婚約者の関係になって2年目辺りにやっと知った事実であったが、彼は日常的に命を狙われる生活を送っていた。事情を聞いた限り、昔はそんなことはなかったそうだが、兄が死んでからとある事情で危険と隣り合わせの生活が始まったのだそうだ。
それはエストの両親――王族の複雑な家庭環境故の事情が起因していた。
まず大前提としてエストの両親である今代の王と王妃は恋愛結婚である。王は当時伯爵家の人間であった現王妃と舞踏会で会った時、お互いに一目惚れしたらしい。そして彼女は結婚後無事、亡くなったエストの兄とエストをこの世に産み落とした。しかし彼女はエストを産んだ時、一時期は死を危惧されるほどに体調を崩した。だからエストは長年、兄と弟という唯一無二の二人だけの兄弟として過ごしてきたのだ。
しかしそれはエストの兄が亡くなった事で変わった。
言い方が悪いが王族故にエストのスペアがどうしても必要だったのだ。けれど出産後に一度死に瀕した彼の王妃を心配した王は今まで作る気すら起きなかった妾を遂に取ることにした。王は妃以外に興味がないと公言していた。だから何人かの大臣に勧められた侯爵家の長女の女性を最終的に選んだのだ。それが間違えた選択だとも気づかずに――。
そして産まれたのがエストよりも13歳年下の弟達。双子の男の子だった。そこまでは良かったのだ。問題はその後。エストが食事に毒を盛られた事である。
目の前で毒見役が息絶えるという光景を初めて見て、エストは戦慄した。今までとは真逆の死と隣り合わせの生活。同じ様に命を狙われていてもクレアが言い出すことが出来なかった理由の一つがこれだった。
犯人と思われる召使いは結局最後まで犯人を吐くことはなかったが、エストらは何となくあの妾の仕業だと察していた。なにせエストが死んだ時に一番得をするのは彼女とその関係者である。それに彼女らの家の噂には何かと暗いモノがつき纏っていた。
そこからクレアも確認する限りエストは何回か毒を盛られてきた。一度遅効性の毒を盛られた時にはクレアが学んでいた薬学が役立ち、なんとか解毒することが出来たが、あれから更にエストの周りの警備は厳重になった筈だ。しかし今の時期は彼が王に即位する1カ月前。
この状況に焦りを覚え、即位させる前に――と厳重な警備を無理矢理乗り越えてきたのかもしれない。
過去。毒でエストが倒れた時の事を思い出して、クレアは思わず身震いする。もしかしたら今この瞬間にも彼は死の淵を彷徨って、苦しんでいるのかもしれない。『本当の意味でエストを失ってしまうかもしれない』そんな暗い方向ばかりに思考がズブズブと落ちていく。
自分から彼の手を離して、解放したくせに傍に入れないことが辛いなんて……見守れない事が怖いなんて、そんな自分勝手な思考を抱いてしまう。
「ルネさん。そろそろ患者さん通しますが、準備は出来ていますか?」
ノックの音と共に受付の女性――リーナの最終確認の声で深く沈み込んでいた意識が醒める。
軽く返事をしながら白衣を身に纏い、暗い思考を振り払った。
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