上 下
34 / 34
番外編

番外編①後編

しおりを挟む
「……ディラン、帰ってこないですね」
「アイツ、まさかとは思うが、女子棟に行っちまったんじゃ?」

ロジーの疑問の声に対してハッと閃いたように、ダリアが発言する。
正直、かなり可能性のある話だった。ディランは何かと限界を迎えると箍が外れるところがある。それは付き合いはフェリシア程に長くはなくとも、何度も色んな事に巻き込まれた全員が知っている事だった。

「止めに行こう」
「ユリウスさん!?正気ですか!!?行ったら行ったで、僕らまで巻き込まれる可能性があるのですよ?」
「だって羨ま――んん゛、許せないだろう。ディランは彼女に会いに行きたいって言っていた俺とロジーを差し置いて、勝手に行くだなんて。制裁を与えないと」

ユリウスの目は廊下を見据えており、その色は痛いくらいに本気だった。一瞬、聞き逃せない発言をしそうにはなったが、よほど一人で行ったディランが許せないのだろう。

「お前……絶対、お前まで女子棟に行ったりはしないよな?言っておくが、俺は妻に疑われたくないし、これ以上余計な心配をかけたくない。だから、パーティーのリーダーでもあったお前に今回の件は全て任せるつもりだ。……本当に信用していいんだよな?」
「ああ。信用してくれ。俺はあの裏切り者を許すつもりはない」
「分かった。行ってこい。あと、ロジー、お前も監視役としてついて行ってやれ」
「っはい!」

方向性は、すぐに固まった。そこにはただ前を見据える勇者がいたのだった――。

***

「そういえばなのですが、ディランはともかく、ユリウスさんは何故そんなにもフェリシアさんの事が好きなのですか」

ロジーはずっと無言でいたユリウスに話しかける。声は少し震えていたかもしれない。ユリウスに気づかれて、揶揄う――のはどちらかというとディランなので、ないとして、何かしらの気を遣われたり、子供扱いをされるのが嫌だった故に強がって表面に出さないではいるが、彼にとって夜の病院はちょっと不気味だった。

明かりが少ない故に、目を必要以上に凝らしてしまう。魔法が得意故に高い想像力が、この先、角を曲がったら何かが出て来てしまうのでは?という無駄な妄想をする。もしかして足音が一つ増えていないか?この病院はこんなにも静かな場所だっただろうか。もしかして、自分達は病院ではない、どこか違う異世界に迷い込んでしまったのではないか――。
疑問と妄想は膨らんでいく。それが嫌だった。いくら恐ろしい魔物と対峙してきたからといって、魔物と幽霊は別物なのである。
だから、関係のない話を振る事でそれを少しでも誤魔化したかった。

「ん?そういえばロジーには話してなかったっけ?」
「ええ。ディランは結構フェリシアさんの話題が出ると、べらべら喋りますが、貴方のは聞いた事がないです」

そうなのだ。ディランは基本的に男のみになり、女性関連の話題を振られると、ベラッベラと無駄にフェリシアについて語って、マウントを取ってくる。
最初は何を同じパーティに所属している女性に対して、何を懸想しているんだ、この万年発情期男は。気持ち悪い。などと思っていたが、フェリシアに対して近い感情を抱くようになってからは、今度はマウントを度々とってきてウザったい、キモイという感想に落ち着いた。
どちらにしろキモいという感想に落ち着くのは変わりないが、それに対するプロセスが変化したのだ。

しかし、ディランとユリウスは違った。毎回ディランの語りにもほどほどに反応し、嫉妬など全くしていませんよ~みたいな態度をとるくせに、フェリシアに向ける視線は誰よりも熱いのだ。

「そうだな。好きなところは一つや二つじゃないから、彼女を好きになった切っ掛けを騙るのは時間がかか――」
「あ。長くなるならいいです」
「いや、聞いておいてそれ!?あー、いいや、もう勝手に語る。俺が彼女を好きになった切っ掛けはね」

そこからのユリウスの話は滅茶苦茶長かった。ロジーがこの話題を出したことを後悔したほどに長々と出会った当初のことから掛けられた言葉の一つ一つ。そして、好きになったところ――強い瞳の色や真っ直ぐな性格、基本的に態度がツンツンしているが、その実誰よりも他人の事を考えて行動しているところなどなど――を頬を染めながら語られ続けた。
ロジーはその間、こんなに語れるくらいだったら、フェリシアに対する上手いアプローチの一つでも出来るように何か作戦でも考えればいいのになどとは思ったが、ライバルに助言などしてやる気は更々ないので黙っていたのだった。

「でも、結局俺は彼女に貰ったあの言葉が眩しくて仕方がなかったというのが一番大きな理由なのかもしれない。あの言葉ってなんなのかって?前に彼女は言ったんだ。俺が『君は何故俺やダリアのようにパーティに加入して魔王を倒すことを強制されたわけではないのに、共に来たんだ?』と聞いた時――」
「あ!あれ、あの無駄に身長が高いシルエットはディランじゃないですか!?」
「え、結構重要な部分の話だったと思うんだけど!?」

もう既に殆ど聞いていなかったユリウスの話を遮り、注意を影の方に向ける。実はロジーはディランやユリウスの身長の高さや男らしさに憧れを持つと同時に、羨ましかったりする。だから無意識のうちに扱いが雑になるのだった。

「でも廊下で突っ立っていて、何か様子がおかしくないか?」
「なんでしょう、何かを見て――は?」

ディランの視線の先を辿って、ロジーは驚きに目を見開く。
こちらの男子棟から見える女子棟の廊下。そこに明らかに看護師や医師ではない、全身黒尽くめのガッチリとした人型が歩いていたのだ。明らかに怪しい。しかも向かっている先は、女子棟3階の奥――フェリシアとイリスが入院していると聞いた場所だった。

「ディラン、ユリウスさん!アイツ、あの男!!」

3人はお互いに目を合わせると同時に、走り出した。

****

「……見失いましたね」
「まずいな、この病院の女子棟、それもあの方角に現在入院しているのはフェリシアとイリス、そしてご年配の貴族の淑女の方々だったはずだ」
「よし。ユリウス、ロジー、お前達二人がそのババア達のところに行って守ってこい」
「は?」
「ん?何を言っているのかな、ディラン」

先程までは不審者を捕まえようと協力関係にあったものがディランの発言で一転、険悪なものに変わっていく。
正直なところ、3人が3人共見知らぬババアがどうなったところでどうでもよかった。勇者パーティとしてそれで良いのかと言われる部分ではあるが、実のところ国民のためなどという大義名分で戦ってなどいないのだ。特にディランが。

「そもそもなんでディランが真っ先にフェリシアさんの元に行こうとしているんですか?貴方だけ彼女に良い姿を見せようだなんて、納得できません。ユリウスさんと二人で淑女方のところに行ってきてください」
「そうだよね。それにディランはこの中でも一番体術にも恵まれている。だから魔法メインで補い合えるロジーと戦闘経験などないであろう、か弱い淑女方のところに行くべきだ」
「そんなこと言ったら、ロジーだって魔法が得意なんだから弱い人間を守ることに向いているだろ。それにユリウス、お前も腐っても勇者なんだから、体術に自信がないだなんて言わせねえぞ」

3人が3人共、自身の行きたい場所フェリシアの元に行くために、もう一つの役割を押し付け合う。いつまでも続くかと思われた言い争いだが、それを遮る叫び声が病院中に鳴り響いた。
男の野太い声と、それ以上の大きさ、そして複数の甲高い女性の叫び声。明らかにフェリシアとイリスのものではなかった。

「っ行くぞ!」
「分かってますよ、ディランが仕切らないでください!」

3人は下らない言い争いをすぐにやめ、音の方向に走り始める。そうして扉を開けた先に居たのは――。

「また妙な男達が入って来たわ!!」
「っぐ、た、すけ――」
「ちょ、待て。俺達は悲鳴が聞こえたから、助けに……ってアンタ、フェリシアとイリスの親父さん?」
「っ何故、娘達の寝顔を見に来ただけでこんな目に――」

ドアを開けた先の空間は途轍もなくカオスなものとなっていた。
ナイトドレスに身を包みながらも、男に襲いかかる勇ましい淑女集団と頭を守るためにうつ伏せで少しでも衝撃を軽減しようとしながらも、淑女からの猛攻を受け続けている男(フェリシアとイリスの父親)。
そしてその空間に足を踏み入れてしまったことで、男の協力者だと思われた挙句、今にも淑女の鉄槌が下りそうなディランとユリウス、そしてロジー。現場は混沌を極めていた。

*****

あの後。騒ぎを聞きつけ、入室してきた病院の医師と警護隊によって3人と男は救い出され、なんとか無事にあの魔の病室から出ることが出来た――が、特にイリスとフェリシアの父親に関しては、病院の面会許可を得られていないにも関わらず、無事な娘達の寝顔を見たかったという気持ちの悪い理由から忍び込んでいたことがバレた。そうして、女性の病室に忍び込んだということで、全員揃ってこってりと絞られたのだった。
そして現在。

「フェルー、お前なら助けてくれるよな!?」
「フェリシア!!?み、見ないでくれ!!」
「っフェリシアさん、これは、その違うんです。僕は二人に巻き込まれただけで――」
「おお、我が愛しの娘達よ……その無事な姿を見せておくれ」

全棟共有の中庭にて。木に逆さ吊りでぶら下げられている4人の馬鹿男がいた。

「うっわ、なにアレ」
「ダメですよ、姉様。目を向けちゃいけません。バカが移ります」
「そうね、私、今日だけはフェリシアって名前を捨てるわ。あの人達も誰だか知らない」
「そういえば姉様、今日はお母さまが会いに来てくれるそうですよ」
「それは楽しみね。じゃあ、とびきり美味しいお茶を用意してもらわなくちゃ」
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(105件)

ambrosia
2023.08.29 ambrosia
ネタバレ含む
皇 翼
2023.08.30 皇 翼

感想&読んで頂き、有難うございます!
ディランは、この物語上では一貫して不憫なキャラクターとして書いてました!

番外編に関しては、ディランルートっていう体なので、各キャラクターの心情やら持っている感情やらが色々と違う感じで書いてますね~。未完なので、完結させられるまで待って頂ければと思います……!

解除
ユーザー
2020.08.23 ユーザー

ぇ゛…十天も十賢も都市伝説だろ…?

皇 翼
2020.08.23 皇 翼

グラ〇ル君、割と十天も十賢も素材アタオカですからねwソルジャーも使ってるけど、なんでこのゲームこんなにも周回させたがるんだろうってorz

あと個人的にはそろそろ古戦場リニューアルして欲しい。ぶっちゃけ飽き(ry←

解除
ぽん吉
2020.08.23 ぽん吉

完結おめでとうございます!!🎉🎉🎉🎊
そして、お疲れ様でございました🍀

色々紆余曲折あったとは思いますが……待ってて良かった~(♡ >ω< ♡)💕
皇先生の作品大好き💖なのでこれからも楽しみに待ってます🎶

皇 翼
2020.08.23 皇 翼

感想有難うございます。

待たせてしまって申し訳ない(;´Д`)
でも待っていただけてすごく嬉しいです!!

作品大好きって言ってもらえるのすごく嬉しいです!これからも頑張りますね(´艸`*)

解除

あなたにおすすめの小説

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

もうすぐ、お別れの時間です

夕立悠理
恋愛
──期限つきの恋だった。そんなの、わかってた、はずだったのに。  親友の代わりに、王太子の婚約者となった、レオーネ。けれど、親友の病は治り、婚約は解消される。その翌日、なぜか目覚めると、王太子が親友を見初めるパーティーの日まで、時間が巻き戻っていた。けれど、そのパーティーで、親友ではなくレオーネが見初められ──。王太子のことを信じたいけれど、信じられない。そんな想いにゆれるレオーネにずっと幼なじみだと思っていたアルロが告白し──!?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。