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※軽い挿絵があります。


目的地である講堂に着くと、私達と同学年の生徒たちが緊張に染まった顔でざわついていた。

「う~~ん、皆、とっても緊張してるみたいだね。ペアと難易度の発表前からあんな緊張しても良い事はないのにね。まさに雑魚って感じ」
「コソコソと耳元で囁かないでください!」
「だって、彼らに聞かれると逆上してきそうなんだもん。事実なのに」
「性格悪っ!!」

しかしながら、この異常なまでに緊張感の高まっている会場で小声ながらも、一見楽しそうな――主にアーサーのせいである――私とアーサーは浮いており、あまり良い感情を向けられていなかった。
……と言っても、女子からアーサーに向けられる視線は甘く、嫌な感情は主に私に向けられていたが。世界は不条理である。

今日も浮いてしまっている……。
そんなことを感じながらも、私は仕方なく空いている席に着いた。当然のようにアーサーも隣に座り、今度は『何人くらいの雑魚が試験に落ちて留年するんだろう、楽しみだね』やら『君は卒業試験でペアになりたい人はいる?僕は当然、君とペアになりたいよ!』などということを変わらず囁いてきていた。迷惑この上ない行為である。空気を読んで黙っていてほしい。
そんなこんなで10分後、やっと卒業試験の担当教官であろう人間が講堂に入って来た。

「これから卒業試験のペアと難易度の発表を行います。名前を呼ばれたペアは、試験を受けるか否かを決めた上で、受ける場合は難易度カードを受け取り、指定された部屋に向かってください。その部屋で試験内容を知らせます」

始まった。
この『真に強い魔導士を養成する』というコンセプトの元で創設された学校であるデンメルング魔導学院は特に卒業試験が特に厳しい事で有名なのである。
そもそも入学時から一定水準以上の能力を持った生徒しか受け入れないような場所であり、講義についても小手先だけの技術しか持たない者はどんどん落第していく学院である。選ばれた者しか入学できないのに、卒業までには入学時の5分の1以下の人数になっているらしい。
だから講堂に集まっていた者は全員、あんなにも緊張していたのだ。
しかし試験に受かって無事卒業となれば、『エスパーダ』と呼ばれる特別な職業に就くことが出来る。馬鹿みたいに高い給料を支払われた上で各地に派遣される傭兵のようなものだ。
とにかく、全ての講義・試験にパスした強い人間しか選ばれないのである。

「グレッタ=カルセーニョ、ゴメス=アンドレ。カード難易度はクラブの3です。受験する場合は、101号室に向かってください」

この卒業試験は、その場で生徒のペアと難易度がランダムで決定し、発表される。
試験期間は約1か月~半年。難易度によってこの辺も変わってくるようだ。

難易度というのはそのまま試験内容の難しさに繋がり、難易度が高ければ高い程に危険度も増す。
今回のペアの難易度はクラブの3。このように難易度はカードの強さで表される。
トランプはまずスートで強さ順に、スペードダイヤクラブハート。そして割り振られた数字で更に強さとしてエースAが一番強く、次にキングKクイーンQジャックJ、10、9、8と続き、2が一番弱くなっている。

注意点として、スートの強さに難易度はほぼ依存するということが挙げられる。
まずスペードのスートが当たった時点で、最高難易度というのがほぼ確定する。この難易度は噂によれば、受けた生徒の大半が重傷を負うか、帰ってこないのだという。
この学院の卒業者であるエスパーダ達ですら、達成が少し困難な難易度。皆が皆、引きたくないと考えているであろうカードだ。そして次に難易度が高いのがダイヤ。スペードの2よりもダイヤのAの方が難易度が若干低いという序列だ。ダイヤは通常よりも少し難しい。エスパーダの中でも普通以上の実力者がクリアできるレベル。そしてクラブがエスパーダに選ばれた者であれば、全員クリアできるレベル。ハートはどんな低い実力者であろうとクリアできるという、まさに運も実力のうちと言う言葉を体現したような難易度だ。

要は難易度としては、スペードのAが一番難しく、ハートの2が一番簡単なのである。先程呼ばれたペア……クラブの3はどちらかというと簡単に分類される試験内容ということだ。



前に出た二人組は安心した表情でカードを受け取っていた。

次々にペアは発表されていく。
ハートの4を引いたある者は周囲からズルいやら、自分と代われなどと言われながらも笑顔でカードを受け取り、スペードの6を引いたある者は周囲から可哀そうなどと言われながら青白い顔でカードを受け取り、そしてスペードのQを引いてしまったある者は絶望し泣きながらもカードを受け取らずに講堂から出て行った。

「次のペア。フローラ=フルーレント、そしてアーサー=カルメリーナ」

私達二人の名前が出た瞬間、場の空気がざわつく。

「首席争いをした二人なんて、やばすぎるだろ!」
「アーサー様とあの不愛想女が組むの?なんで私じゃないのよ!?私と代わりなさい!!」
「上位2名だなんて……スペードを引いても余裕なんじゃないか!?」
「こんな勝ち確な組み合わせじゃあ、もしかして抽選し直しもあり得る?」

ところどころで、羨望、妬みや嫉みなどといった様々な言葉と感情が含まれた視線が向けられる。
しかし、私はそれどころではなかった。是非ともギャラリーの言っている通りに、パワーバランスの問題を上げて抽選のし直しをして欲しい。
何故嫌っている相手と将来がかかった卒業試験を共にしなければならないのだろう。確かに実力的には信頼できる。しかし、嫌いな人間がペアの片割れでは、自身の実力を出し切れる気がしない。
しかも彼は私を苛立たせることに於いては天才的な程に右に出る者がいない。彼とペアを組んで、最低でも1カ月は昼夜を共にしなければならないなど、拷問以外の何物でもなかった。私は今から胃に穴が空きそうだ、と腹をさする。私に対して、アーサーが好きな女子にペアを代われるものなら代わって欲しい。
しかし、その直後に発表された難易度にその場の者全員が耳を疑うことになる。

「難易度は……ジョーカー。受ける場合は命の保証を出来かねます。覚悟が決まれば105号室に向かってください」

先程よりも講堂が更にざわついた。
他の人達に言っていた文言と変わっているじゃないか、なんてくだらないことを頭で考えるほどには心に余裕があった。

「ジョーカー!!?本当にその難易度、存在したんだ」
「うわー、御愁傷様」
「いや、あの二人だったら、ジョーカーだろうが大丈夫だろ、知らんけど」
「受けるとしたら死んだな、これ。今年の首席はそげ変えか。お疲れさん」

アーサーに好意を抱いていたペアを代われまでとまで先程言っていた女子は流石にジョーカーの難易度は拒否したいのだろう、無言で目を伏せていた。こちらをちらりとも見ない。
他の生徒もそれぞれ失礼極まりない言葉を好き勝手言っている。

ジョーカーの難易度。
それは『厄災』などと呼ばれ、この学院の優秀な教師すら五体満足に達成及び帰還が難しいと噂される難易度である。
噂によれば、初代の校長がおふざけで卒業試験に追加してみたは良いが、この難易度を受けた者のほとんどは達成できずに、身体の一部や酷い者は半分を欠損して死亡したり、身体が無事だったものの精神が再起不能なまでに壊されて返ってくるなどなど、とんでもない話ばかりが残っている。そういえば、精神的におかしくなってしまって、今は精神病院に入院している者もいるという話も聞いた覚えがある。真偽は定かではないが。
しかしどんな難易度であろうとも、私の選択は決まっていた。それはアーサーも同じだったようだ。

「さて、行こうか」

ジョーカーの難易度を引いたなどとは思えない程の楽しそうな笑顔で、手を差し出される。
私はわざわざ聞こえるように大きな溜息を吐いて、その手を取った――。
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