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第一章:序章
9.旅立ち
しおりを挟むそんなこんなで迎えた王都への出発の日の朝。私は、村の住民達に見送られていた。
当日の朝知ったことだが、やる気のない私に代わり、事前に女性陣達は身に着ける物や普段使いするものをケースにまとめ、男性陣は移動中や王都でも退屈しないようにと気を遣った結果、自分達が書いた研究過程が書かれた魔道具の設計書や魔術書と言った私が好む知識が詰まった物を持って行けるように準備してくれていたようだ。
私が何もしなくても既に全てが整っている状態が完璧に準備されていたのだ。準備が出来てないから、と逃げるという選択肢は端から潰されていたのである。少し狙っていた節があるだけに、少し悔しい。
「フィーアちゃん、研究ばかりにかまけてないで、ちゃんと毎日ご飯を食べて、お風呂に入って、人間として生活を送るのよ。汚い猿……いいえ、猿でさえお風呂に入るのだから、猿以下、この村の男どもの日常みたいな生活を送っちゃ駄目よ」
「いやいや、猿以下って――」
「1週間ガイウスさんやマリーと一緒に研究室に籠って、女の事は思えないほどの汚い格好でマリーと一緒に出て来た子って誰だったかしら。え?フィーアって名前だった気がするのだけど……私の記憶力が悪いのかしら??」
「……もう口答えしません」
私に声を掛けたのはカンナ。
彼女も魔道具の職人ではあるが、何かを開発するのではなく、どちらかというと既存の物を大量に生産することに長けたタイプだ。基本的に期限内に個数を揃えなければならないという依頼をよく受けている。
きっとこの村で一番時間管理が上手い。そのため、他の者達のだらしない生活が目に付く様だ。
加齢臭と不潔さで臭い事の多い村の男職人達を嫌煙するが故に、年下の職人達はそうならないように注意して守っているという女性だ。
少し世話を焼き過ぎるきらいがあるが、私はこの短い期間でも10ほど年の離れた彼女を、姉か母のような存在だと感じ始めていた。だからこそ大人しく言うことを聞いてしまう。
「猿以下……俺らの対応酷すぎじゃね??」
「ん?汚物が何か言ってますね。文句があるなら、ちゃんと毎日身体を清潔にしてからどーぞ……本当に、病気になったらどうすんのよ」
あまりにも辛辣――だが一応は自分達を気遣っている態度に、村の男性陣は押し黙る。
彼らは研究に熱が入り過ぎると、寝食すらも忘れ、脇から腐ったヨーグルトのような臭いがするほどに不潔になるということを一応は自覚していた。そして自分達が今現在健康な生活を送れていることも。
定期的にカンナを始めとした村の何人かのお節介焼き達が一定期間で声を掛けてくれるのだ。また、研究の共有スペースを始め、村の大浴場や食堂、医療施設と言った場所は彼女らが清潔にしてくれている。だから頭が上がらないのだ。
「王都に着いたら、設計書や魔導書を読むのは一日2時間まで。若者らしく、睡眠時間はきっちり8時間とれよ」
「2時間!!?急に掌返して厳しくなりすぎじゃない??」
「いいえ!王都に着いたら、表彰式で発表する魔道具の説明準備やら何やらで一日の殆どが潰れるわ。だから2時間でも多いくらいよ」
「……そんなあ。なんか行きたくなくなってき――」
「は???」
「あ!いや、何でもないです、カンナさん。私、頑張ります」
「変わり身早すぎんだろ」
「ふふ、そういうところがフィーアちゃんの可愛い所でしょう。いってらっしゃい……待っているから、早く帰ってきてね」
私を交えた、いつもと変わらない村での恒例と化したやり取り。
今日で暫くはそのやりとりがなくなるが、寂しくはなかった。
「いってらっしゃい」という言葉、そして「待っている」というその言葉に対して、涙が出る程に心が震えた。
今まで私は誰かに優しく送り出されたことなどなかった。それに待っていてくれる人などいなかった。
いつでもそこにあるのは邪魔だと訴えかける家族の冷たい視線。帰ってきた時にあるのは、「また帰って来たのか」という拒絶の言葉のみだったのだ。だから余計、ここに帰ってきて良いんだ、と思わせてくれるその言葉が嬉しかった。
「いってきます」
私は噛みしめながら、その言葉を口にする。少し声が震えてしまったが、そんな彼女にも人々は優しく微笑んで、送り出す言葉をくれた。
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