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召喚術師になる気はないか?
しおりを挟む俺たちがヴォルフの初級訓練を受けるという話を、どこかで聞きつけたラングレイ兄弟が白の騎士団の訓練場に姿を見せたので、ちょっとした騒ぎになったが、何とか皆のチュートリアルが進みそうである。
話を聞くと、ギルドで対処できない場合は白の騎士団が動いて、冒険者を誘導する手はずになっていたようだ。
つまり、これは初期地点に人が集まりすぎることを考慮して、開発側が設定していた救済措置だったのだろう。
ただ、サーバーが多く、大人数を最初から想定していたため、それほど大混乱は起きなかったのか、白の騎士団が出動することにはならなかったようである。
収益を出せる自信があった為に費用をかけて良いサーバーを構築したのか、それとも腕の良いエンジニアがいたのか……
どちらにしても、ストレスフリーでゲームをプレイ出来ているのだから、感謝しか無い。
今現在、ヴォルフから基本的な武器の使い方を教えて貰っている初心者組は、熱心に話を聞いている最中だ。
どうにもルナの飲み込みが遅いようで、それを想定していたらしいヴォルフは、何度も根気よく丁寧に教えている。
教師の鑑だ。
騎士をやめても、教員や指導員として生きていけるぞ。
基本的なスキルや武器の扱い、冒険に伴う知識、全てをわかりやすく説明してくれる彼に、アーヤも「わかりやすいわー」と感嘆の声を上げるほどだ。
妹が、こうして人を褒め称えるのは珍しい。
それほどわかりやすかったのだろう。
むしろ、俺の説明はわかりやすくても聞いていないところがあるから、ヴォルフみたいな存在は本当に助かる。
「なあ、リュート。ヴォルフの説明……既存のチュートリアルよりもわかりやすいし、余計なことをしないから集中できるし、こっちのほうが良いんじゃ……」
「俺もそう思った」
「私たちが受けてきたチュートリアルって……」
まあ、チュートリアルを全部経験してきた俺たちからしたら、たらい回しにされたあげく、ここまで詳しく教えて貰えないという事実を知っているので、こういう不満が出てしまうのは仕方が無い。
だいたい、武器は報酬で貰うだけで、いきなり戦闘して討伐対象を倒してこいと言われるし、変なお使いはさせられるし、いらない話を長々と聞かせられるし……
生活面のちょっとしたコツや戦闘で有利になる位置取りなんて、教えて貰ってねーしっ!
時々、ラングレイ兄弟が助言してくれる情報は、魔物の特性や、どの魔物がどういう系の武器に弱いかという物だったりするので、俺たちも「そうなんだ……」と驚いてしまう。
しかし、さすがは魔物討伐のプロというべきか?
細かいことまで把握しているし、知識量が半端ない。
一通りの説明を終えたヴォルフは、俺たちを連れて、少し離れた場所にある石造りの建物の中へと導く。
そこは、とてつもなく広い空間になっていて、中央には光り輝く球体が浮かんでいた。
「では、戦闘訓練に入ろう。ここでは、これまで黒の騎士団が集めたデータを元に作られる魔物を出現させることが出来る。大地母神様と時空神様と知識の女神様の力を得ている宝珠だから、むやみに触れないように注意してくれ」
人知を超えた力を秘めた宝珠だということはわかったが……これで擬似的に魔物を作り出すってことか。
つまり、それを使って白と黒の騎士団は訓練をしているってことか?
そりゃ、すげーな……
毎日、移動する必要も無く好きな敵と戦えるのだから、上達も早いだろう。
「初級だから……インプで様子を見ることにしよう。リュートは制限をかけて参加するのか?」
「ああ、俺たち3人も制限付きで訓練に付き合うよ」
「ならば、これくらい……か」
何かを操作していたヴォルフは、少し離れた場所から様子を見守ることにしたようだ。
「まずは、10体の討伐を目指してくれ」
インプを10体なら余裕だろうと思っていたのだが、準備をし、それぞれ武器を構えた状態で待ち構えていた俺たちの目の前に出現したインプを見て、思わず頬を引きつらせた。
「待て待て待てっ! アークインプじゃねーか! 初級じゃねーだろっ」
「お前たち3人がいるのだから、余裕だな」
「くそっ! マジで、ギリギリのところを……正確すぎる戦力分析をしてくるんじゃねーってのっ」
「えぇ……物理無効は勘弁……」
「うそぉ……」
拳星とチルルからも悲鳴が上がる。
そう、このアークインプは、一時的に物理無効のスキルを使ってくるのだ。
物理攻撃が多い俺たちとは相性が悪すぎるっ!
「よし、メイン攻撃はチルルとハルくんとフラップに任せる! 青く体が輝いているヤツを狙ってくれっ! 他は光ってないヤツを中心に、マーカーをつけたヤツから攻撃っ! ルナは、俺のHPが半分になったら回復を頼む!」
魔法攻撃メインなのはハルくんだけだが、今までの経験上、チルルがメインとなって攻撃するだろうし、序盤のハルくんの行動を考えたら、妨害や眠らせることに集中するはずだ。
拳星とアーヤは、物理無効スキルを使っていないアークインプを攻撃すれば良い。
俺は、敵全員のヘイトを稼ぎながら、他へターゲットがいかないように注意して動く。
初戦闘になるフラップも、自分のスキルを確認しながら、言われるまでもなく、チルルと攻撃対象をあわせているようだった。
ハルくんの足止めや妨害のおかげで他へターゲットが行くこともなく、俺も格段にヘイト管理が楽になる。
敵の動きに合わせて位置取りをしなくて良くなるからだ。
何とか10体を討伐し、続いて20体、30体───結局、計300体ほど倒したところで、ようやく休憩が入った。
鬼だ……鬼教官がここにいるっ!
時々、系統が違う魔物や中型の魔物を加えてくるところが憎い。
俺たちの弱いところを的確について、嫌な角度から仕掛けてくるのだ。
こんな魔王がいたら、人間なんてひとたまりも無いだろう。
苦笑を浮かべながら食事と飲み物を持ってきてくれたロンバウドに感謝しながら、俺たちは回復にいそしむ。
このあと、まだ続けられそうな雰囲気があるから、余計なことをしている余裕が無い。
あの拳星とアーヤもぐったりとしているくらいだ。
まあ……二人が集中的にしごかれているようだと感じているのは、俺だけではないだろう。
ヴォルフに問題児認定されたら、鬼の訓練が待っているんだな……恐ろしい。
同じく問題児認定されているはずのルナは過保護にされているから、能力の判定基準はイマイチわからないが、気持ち的には理解することが出来た。
休憩中の俺たちを一度だけ横目で見たヴォルフは、戦闘データを確認して「ふむ……」と思案顔である。
何か……あったのか?
まさか、もう訓練を再開するなんて言わないよなっ!?
「リュートは戦闘中、状況をよく把握している。お前がやられたらマズイことになりそうだが、その心配も必要ないほど安定していた。しかし、全体的に見て魔法遠距離攻撃が少ないのが心配だな」
「現状では……戦うの……難しい?」
フラップが小首を傾げて尋ねると、ヴォルフは少しだけ思案する様子を見せた。
「召喚術師になる気はないか?」
「……チルルがエレメンタリストをやっているし、召喚術師でも良い」
「そうだな。そうしたら、もっと良い感じになるかもしれない」
どういう意味だ?
召喚獣は完全ランダムだから、物理攻撃メインの場合も考えられるだろうに……
俺たちがヴォルフの言葉の意味がわからずに首を傾げていると、彼は小さな卵を取り出した。
なんだろう……すげー綺麗な……七色に光る卵だな。
「これは、召喚術師に授けられる召喚獣の卵だ。私はたまたま手に入れたのだが、召喚術師では無いので扱いに困っていた。魔法属性に強い個体だということはわかっているので、召喚術師になるのなら譲り渡そう」
私の魔力で育っているから、名前は決められないがな……と、言葉を添えるヴォルフに、フラップはどうしようか考えているのかと思いきや、目を輝かせて卵を見つめていた。
あ、これは……即決した時の顔だ。
ゆらゆら揺れる尻尾も、抑えられない好奇心を、これでもかというほどに表現していた。
「召喚術師に……なるっ」
「そうか。ならば、これを受け取ってくれ。名前は『ノエル』という」
「ノエル……可愛い名前」
「大事にしてくれると嬉しい」
「大切に育てる。でも、寂しがると思うから、会いに来てあげて」
「わかった」
マジか。
これって、二次職になる前に受ける召喚術師のチュートリアルじゃねーの?
いやいや、順序がおかしいだろう? って考えていたのだが、いつの間にか、二次職のチュートリアルが受けられるレベルに達していた。
ああ……鬼教官のおかげで、強制的にレベルアップをさせられたよ……マジで怖いな、この教官っ!
しかし、譲渡される卵で名前の変更が出来ないって、今までにないケースだよな。
それに、その卵って自分で見つけに行くのが試練だったんじゃ……
色々と、公式設定をすっ飛ばすヴォルフの存在に、俺たちは眩暈を覚えながらも、頭を撫でられて嬉しそうに尻尾を揺らしているフラップを見て、まあ……いいかと思うのであった。
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