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いくら俺が無害な男でもこれはダメだって!

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 夕飯の時間にさしかかるために、そろそろお暇しようと話をしていた結月ちゃんとハルくんを止めたのは、俺でも綾音でもなくおふくろであった。
 もちろん、俺も綾音も引き止めるつもりだったが、おふくろはハルくんの言葉にかぶせるように「晩ごはんはどっちがいい」と言って出前用のチラシを二人に見せたのだ。

 こういうところが空気の読めないおふくろらしいというか……いや、別に良いんだけど、さすがの急展開に思考がストップしたかのように固まっている二人の姿を見ると申し訳無さが募る。

「お寿司とピザかー、ハルくんとユヅはどっちが好き?」
「え……あ……えっと……」

 母の援護射撃をするように綾音がニッコリ笑いながら尋ねるものだからハルくんは困ったように2つを見比べ、結月ちゃんが助けを求めるように俺を見上げた。

「どっちがいい?」
「……っ!?」

 俺の返答に「そんなっ!」とショックを受けたような表情を浮かべた彼女に、小さな声でささやく。

「もう少し一緒にいたいと思ったら……ダメかな」

 その言葉を聞いた瞬間、彼女はがばっ! と勢いよく下を向き、両手で顔を覆い隠してしまった。
 それから「ダメじゃ……ないですぅ」と弱々しい声で俺の問いかけに答えてくれたのがとても嬉しい。
 耳まで真っ赤にしている様子が可愛らしいなぁと眺めていると、突き刺さる視線が……
 癒やされているのに見たくないと思いつつも視線を向けると、俺達のやり取りを見ていたらしい綾音はニヤニヤ笑い、ハルくんが苦笑を浮かべ、おふくろは何故か親指を立てている。
 そういう反応はいいからっ!
 メニューを選んでいてくれ!

「じゃあ、僕は家に連絡を入れておきますね。少し失礼して席を外しますので……」
「え? ここでいいよ?」

 離れたくないもーんという綾音の素直な言葉に真っ赤になったハルくんを見て、綾音にもぐっ!と親指を立てて見せるおふくろ……
 いや、もうさ……応援してくれているのはわかったから、いちいち反応しなくていいって!
 ここで連絡をとったら良いと綾音とおふくろに言われたハルくんは、仕方なくスマホを手に取り自宅へ電話をしているようだ。
 どうやら、あちらの親御さんと面識があるらしい綾音は、ハルくんと代わって楽しげに話をしている。

「はい、お兄ちゃん」
「……は?」
「かわってだってー、どうぞー」
「……え?」

 いきなりあちらの親御さんと俺が何を話せば良いんだ?
 むしろ、何故こっちへ持ってきた……
 俺が引きつった表情を見せていると、横からひったくるようにスマホを手に取った結月ちゃんが珍しく大きな声を出した。

「お母さん! 失礼な質問とかぶつけようとしているでしょ!」

 人聞きが悪いという声がかろうじて聞こえたが、結月ちゃんは必死に俺へ電話を回さないよう盾になってくれているようである。
 綾音のこともあるし、俺がここで挨拶をしないのは失礼だろうか……あちらの母親的に考えたら、見ず知らずの男がいる場所に兄がいたとしても、大切な娘を預けておくのは不安なのかもしれない。

「結月ちゃん、かわるよ」
「ダメです、うちの母は空気が読めないのでいけません」
「それはうちの母にも言えるがな……」
「とんでもない! 隆人さんのお母様はとても優しい方ですもの。うちの母は違う意味で規格外というか……なんというか……」

 ごにょごにょ言っていた結月ちゃんの隙をついてスマホを取り上げると、あっ! といって追いかけてくる彼女の手をかわしながらスマホを耳にあてる。

「お電話かわりました。はじめまして、浅桜 隆人あさくら たかひとと申します。うちの妹がいつもお世話になっております」
『はじめまして、私はその子達の母で夢野 空ゆめの そらです。突然うちの子たちが押しかけた上にお世話になってしまって申し訳ない』
「いいえ、こちらが無理に引き止めたようなものですから」

 俺がそう言うと結月ちゃんたちの母である空さんはフッと笑った。
 二人の母親だったら、ふんわりしていて天然気質なのかと思っていたのだが、話し方だけではなく笑い方一つでもわかるほど男前な雰囲気が漂う。
 あ……これは、違う。
 ふんわり天然気質なんてヤツじゃない。
 綾音の言う天使たちの母親は、同じ天使ではなかったようだ。

「お母さん、変なこと言ってないでしょうね」
『天然な娘と間の抜けた息子がご迷惑をかけていないか心配な母に、それは酷いんじゃないか?』
「天然じゃありませんっ」
『本当に無自覚だから困る。すまないね、隆人くん。君に苦労をかけてしまうと思うと心苦しいばかりだ』

 いいえと笑って返答したが、どうやら結月ちゃんの反応を見て楽しんでいるようだと理解する。
 まあ、反応がいいからついつい……という気持ちもよくわかるし仕方がない。

 そういえば、スピーカーにもしていないのに、結月ちゃんはよく俺たちの会話が聞こえたな。

 ふと浮かんだ疑問と共に、自らが置かれている状況を次の瞬間に理解した俺は、おもむろに頬を引きつらせて固まった。
 い、いやいやいやいや、結月ちゃんっ!?
 いくら俺が無害な男でもこれはダメだって!
 顔が近い、近すぎるっ!
 すげーいい匂いがするけどボディソープやシャンプーかな……それにこのままだと吐息が……じゃないっ!
 いつもならハルくんが止めてくれるはずの距離だが、よく見ると何故かおふくろがハルくんの口元を綾音とともに押さえていた。

 オイ、そこっ!

 さすがに綾音だけではなくおふくろも押さえていたからか、声すら上げられない状態になって涙目のハルくんが気の毒である。
 いや、それよりも……こ、この距離はヤバイ。
 俺は慌てて距離を取るのだが、それと同じだけ彼女が身を寄せる。
 だ、だから、結月ちゃんっ!?
 君の距離感はどうなってんのっ!
 俺だから良いようなものの、他の男にこの距離感は取って食ってくれと言っているようなものだぞっ!

 ソファーの背もたれにこれでもかというほど体を押し付けて距離を取ろうとしている俺に対し、ぐいぐい来る結月ちゃんをどうにかしてくれないか。
 綾音に視線で訴えるが、ニヤニヤしたままである。
 デコピン決定。
 アイツのデコを思いっきり指で弾いてやる。
 赤くなっても恨むなよっ!

 その間にも、隙間を埋めるように寄せられた体とスマホの音を何とか拾おうと近づく顔。
 新手の拷問かっ!?
 こんな幸せな拷問はそうないだろうが、いやいや、そうじゃないよな。
 色々とピンチだろっ!
 俺は意を決して口を開こうとするが、その前にスマホ越しに低く笑う声が聞こえた。

『ところで結月。スピーカーで話をしているのか?』
「違うけど……」
『では、声を張っているわけではない私の声が拾える距離にいるということか。思った以上に隆人くんにご迷惑をかけているようだな』
「……え? ご迷惑?」
『いまの状況をよく把握したらどうだ』

 状況把握? と呟いた彼女はこちらを見てから自分がどういう態勢であったかようやく理解してくれたようである。
 瞬時に真っ赤になって、弾かれたように急ぎ距離を取った。

『うちの天然娘が迷惑をかけて申し訳ない』
「い、いえ……それだけ気になったということでしょうから……」
『その距離で何もしない君も大したものだ』
「さすがにありえません」

 そこまで非常識な男ではないし、相手の母親と会話中に不埒なマネをするような男がいたら是非とも見てみたい。
 あ……いたわ、近くにいたわ。
 拳星───いや、智哉の奥さんである千鶴さんが、マジギレしていた件を思い出す。
 ゲーム内でも「母との電話が長かったのは申し訳ないけど、ちゅーするなんて……」とブツブツ文句を言っていたかと思ったら「男って皆そんなものなの?」と問われたので「ありえない」と返答したら怒りが再燃したらしく、俺やキュステの前で正座をさせられた上にお説教を食らっていた。
 しかし、あちらは夫婦だからまだ良い。
 こちらは、恋人同士ですらないのだ。
 いや……それ以上に、妹と母とハルくんがガン見しているのにしでかしたら、人として終わっている。
 絶対にありえない。

『そういう君だから安心できる。うちの子たちの人を見る目は確かだからね』

 意味深にそう言われ、どう解釈して良いのか返答に困った。
 それは、友達としてという意味なのだろうか、それとも……
 深く考えたら今の結月ちゃん並に真っ赤になりそうな予感がして、慌てて思考を切り替える。
 ソファーの上で真っ赤になって「ううぅぅ」とうめきながら顔を手で覆い、ゴロゴロしている彼女は確かに人を見る目があるだろう。

 ヴォルフやチェリシュたちとすぐに打ち解けて仲良くなったのに対し、ミュリアにはそういう素振りを見せなかった。
 誰にでも親切にして仲良くなるというわけではなく、相手をちゃんと見ている。
 その点は空さんが言うように安心しても良いように感じた。

 しかし……そうなると、俺は彼女にとってどういう部類になるのだろうか。

 親友の兄───かな。
 そう考えると、どこか寂しく切ない気持ちになったのもまた事実であった。

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