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実現するのが難しいなんてレベルではない
しおりを挟む俺の手にあるスクロールと宝珠に全員の視線が集まる。
そうだよな……これで鑑定しないという選択肢はねーよな。
腕に突然衝撃を感じて驚きそちらを見ると、いつの間にか近づいてきていたトワイライトホースが「はやくはやく」というように鼻先で腕を押してくる。
お前はいつ近づいてきた。
気配なんて全くなかったために驚いていたら、ソレ以上に驚いたらしいテオドールとロンバウドが顔を見合わせて首を傾げている。
「珍しいな」
「そうだね。トワイライトホースが子供以外に興味を持つなんて……まあ、言いたいことはわかるよ。早く鑑定してソレが何か知りたいからね」
鑑定しないの?というような疑問を浮かべた瞳を向けてくるトワイライトホースとラングレイ兄弟。
それだけではなく「はーやーくー」と駄々をこね始めた妹の声に呆れた溜め息をつき、もったいぶるのもなんだし鑑定してみるか。
鑑定スクロールをテーブルの上に広げ、その上に小さな宝珠を乗せる。
すると、淡い光が小さな宝珠を包み込み、この場にいる全員が確認できるくらい大きなウィンドウが開いた。
【ギルドツリーの宝珠】
任意の土地にギルドハウスを建築できるアイテム。
ただし、任意の場所をギルドハウスに指定する場合は、持ち主の好感度が高い状態で5神(中級神以上)の承認が必要となる。
「オイ、なんだ、その最後の高難易度設定は……」
聞いてねーぞ!
何だよ、その中級以上の神の承認って!
しかも、承認5つとか無理だろっ!?
「ね、ねえ、お兄ちゃん……」
「なんだよ……『ギルドツリーの宝珠でヤッターと思ったらぬか喜びだったわー、お兄ちゃんってやっぱり残念ー』とか言うなよっ!?」
「え? 違うって! いつもなら言うけどそこじゃないって! 承認中の神族の欄を見てよ!」
「は?」
言うのかよ……というツッコミをする前に、アーヤに遮られてしまった。
全員があんぐり口を開いて見ていたのはギルドハウス設定の条件ではなく、承認している神の項目だったらしい。
妹に促されその項目を見た俺は、先程感じた残念な気持ちなんて比較にならないくらいの目眩を覚えた。
【承認中の神】創造神オーディナル、創世神ルミナスラ、太陽神ソルアストル、月の女神セレンシェイラ、春の女神チェリシュ
いやいやいやいや、待て待て!
チェリシュはわかる。
チェリシュはな?
だが、そのほかは待て……顔ぶれがおかしいだろっ!?
あ、いや、創造神オーディナルは俺達の守護神となるから、おかしくはないのか?
創世神ルミナスラはどこから出てきた……太陽神と月の女神はっ!?
「パパとママがしょうにーん!なのっ! お礼なのっ」
嬉しそうにはしゃぐチェリシュの言葉で、全員が「なるほど」と納得してしまう。
そうだった、チェリシュの両親は太陽神と月の女神だったな……でも、「それくらいで承認していいのか?」という疑問を持つ暇も与えない『創世神ルミナスラ』の文字───
「この世界の創世神ルミナスラがなんで承認してくれたんだ?」
「えっと、パパがリューに祝福してたっていっているの」
「へ?」
「リューの『救いたい』が気に入ったーって、花びらひらひら~だったの」
チェリシュの言葉で女性の声を聞いたと思い出す。
確かに言っていた『この世界の者を救いたいと心から願う者に祝福を───』と……
「なるほどな。これならば無闇にこの世界に住まう者たちを害し、ギルドハウスに指定はできまい」
ヴォルフの口元が動き、とても素敵な黒い笑みを浮かべてくれた。
どうやら心配していたらしいが……いや、これは正直に言って実現するのが難しいなんてレベルではないくらいの高難易度だ。
今回、俺達は運が良かっただけに過ぎない。
キュステと仲が良かったからこそ白騎士のヴォルフという繋がりが出来て、広場の騒動から俺たちに興味を持った黒騎士のラングレイ兄弟が来てくれた。
突発的に発生したクエストでチェリシュに遭遇して助けることが出来たから神々との繋がりも持てたという、偶然が偶然を呼んだからこそ達成できた条件である。
まあ、普通にお金を貯めれば何もない土地にギルドハウスを建設できるのだから、この宝珠そのものが無くてもゲームを進めるだけなら問題ない。
むしろ、この世界にある既存の建物をギルドハウスにしたいなんて考えるヤツのほうが稀だろう。
そして、そう考える者の中にはミュリアみたいなバカもいる。
だからこそ、入手困難な上に白と黒の騎士団の承認を得た上で、最終判断を神々に委ねているということなのかもしれない。
中級神というのがどれくらいの範囲にはいるかわからないが、仮にバカな考えを持った神が居たとしても5神も集まらないだろう。
『ギルドツリーの宝珠が開放されました。所有ギルドはアルベニーリ騎士団です』
どうやらギルド所有のアイテムという位置づけのようだ。
よし、これでキュステの店を救える!
「キュステ!」
「ほんまに……ええん?」
「は?」
「ウチやなくても、リュートさんやったらギルドハウスにしてもええよっていうところ、沢山あるで?」
「バカ言うな。お前のところ以外ねーし、俺はこの店が気に入ってんだよ。俺たちがくつろげて、料理人のルナにも良い環境だ。それに、お前と俺の仲だろ?」
「リュートさん……ほんま……ほんまにおおきにぃ……」
自分のせいでミュリアに絡まれだしてから、店の連中のことを考えて心休まるときが無かったのかもしれない。
ぐしぐし泣き出したキュステの肩を軽く叩いてやるが、「おおきに、感謝します。ほんま、ありがとう」と何度も言うので、こちらが照れてしまう。
やったねーっ!とアーヤとチルルとリルビット族三姉妹がハイタッチしているかと思えば、カフェとラテを抱え上げた拳星が踊りだす。
ハルくんとロンバウドが微笑みあい、「良かったのー!」と大はしゃぎのチェリシュがルナの腕の中から落ちかける。
それを慌ててキャッチしたルナがバランスを崩し、倒れそうになったところをヴォルフが間一髪で支えていた。
ナイスヴォルフ……だが、俺のこの差し出した手はどうしたらいいだろう。
そう考えてフリーズしていた俺の手を、テオドールが握ってくれた。
「今後もお前たちから目が離せんな」
「褒められたと思って喜んでおくよ」
「褒めている。創世神ルミナスラに認められた者などそうはいない」
え……この世界でも珍しいことなのか?
いや、でも……まあ、良かったよな。
「リュートさん、うちの店をこれからもよろしゅう……ギルドハウスにしたって」
「わかった。設定方法は『任意の敷地内に宝珠を置く』だってさ」
「それやったら、この店がよう見える、この庭がええんとちゃうやろか」
そうだなと話をしていたら、クリスタルホースのクリスとトワイライトホースが動き『ここがいいよ』と示すように前脚で同じ場所を踏み鳴らす。
芝生が綺麗で日光も心地よい場所であり、風が吹いて気持ちよさそうだ。
この場所は猫がよく昼寝をしていた場所であるから申し訳ないが、これからはこの店を見守るギルドツリーに譲ってやってほしい。
ギルドツリーの宝珠は、まるで導かれるように俺の手から離れて地面に落ちる。
そして、まばゆい光を放ち、あっという間に姿を変えてしまった。
それを見て最初にイメージしたのは、真っ白な大理石の噴水だった。
受け皿のようになっている層が3段あって、一番上に七色の宝珠を抱いた若木があり、その縁から透明度の高い水が湧き出している。
その水を、2段目と3段目の大きさが異なる皿が受けている。
三段目の大きな受け皿……水を湛えている場所にはキレイな花が咲いていた。
白と桜色と空色の八重桜みたいな花である。
中でも、水の飛沫を受けて透明になっている花弁が幻想的で美しい。
『最後にギルドハウスの名前を決定してください』
システムメッセージを見て、俺たちは全員が見ていた花から桜にちなんだ名前が良いだろうと提案し、ギルドメンバー全員で話し合った結果『キルシュブリューテ』に決定した。
決定を押して、これで良し! と笑い合っていたのもつかの間、次の瞬間……大問題が発生したのである。
『ギルド・アルベニーリ騎士団が『海沿い亭』にギルドツリーの宝珠を設置したため『キルシュブリューテ』に名称変更されました。宝珠の守護神は創世神ルミナスラです。創世神ルミナスラの力が宝珠の周辺に満ちます』
というシステムアナウンスが流れる。
そう……ワールド全体に───
その後の騒動をなんと言えばいいのだろうか……
知り合いからの個人チャットやメールの山、拳星など『掲示板のログがすごい速度で流れている……』といらない報告をしてくれたかと思えば、ワールドチャットの流れ方も恐ろしいことになっているとチルルが天を仰ぐ。
これはマズイことになったと全員で固まっていたのだが、キュステだけは違った。
「これやったら、宣伝せんでもお客さん来てくれそうやね、オーナー」
「俺がオーナーかよ」
「そうやろ? これからはリュートさんところが出資してくれるんやし、僕はこれからリュートさんのことを『だんさん』って呼ぶわ」
好きに呼べよと呆れ口調で了承したら、嬉しそうに「うん!」というキュステの良い笑顔に苦笑が浮かんだ。
結局俺って、キュステたちに甘いんだよな。
「オーニャーだにゃ!」
「オーニャーにゃっ!」
カフェとラテが耳をピーンッとさせてキュステの横に並び、それにシロとクロとマロも続く。
店の従業員全員が横並びになって、俺たちギルドメンバーに頭を下げる。
「これから、どうぞよろしゅう」
「お願いしますにゃ!」
「よろしくにゃっ!」
「皆様、なにとぞよろしくお願いいたします」
「一緒に頑張ろうねー」
「よろしく、よろしくー」
渇いた笑みしか浮かばないが、まあ……コイツラ全員助けることが出来たと思えば安いものか。
暫くはこの騒動のせいで平穏な生活とは言えないだろうなと思いながらも、とりあえずは店が助かって良かったなと全員で笑いあえた事が救いであるように思えた。
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