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名前が入らないのですが……どうしてでしょう
しおりを挟む「え、えっと、これで……キャラ作成完了ですね。あとは、最後に名前を……」
慣れた様子で文字をタップして打ち込んでいるのを横目で見ながら、コーヒーを一口飲む。
いけない、あまり近くに居たらいろいろヤバイ気がする。
そろそろ対面に戻るか……と、腰を浮かせた俺の上着の裾を掴む感触に驚き見れば、彼女が困った顔をして、こちらに助けを求めるように見上げていた。
「あ、あの……名前が……」
「ん?」
「名前が入らないのですが……どうしてでしょう」
名前が入らない?
文字入力していたようだが……と、スマホ画面を覗こうと顔を近づけた瞬間だった。
「それは近いってー!お兄ちゃん的にその距離はアウトーっ!」
「あっ!馬鹿!」
……は?
振り返り見れば、どこかで見た男性がリビングの扉から飛び出してきていて、その後ろに我が妹の姿が見える。
おい、どういうことだ?
わかるように説明しろよ?マジで怒るぞ?
視線だけで妹に圧をかけると、何故か飛び込んできた男性の方がビクリと体を震わせて、綾音の後ろに隠れてしまった。
おい、違うだろ。
それは、いろいろ違うだろ?
「そんな物騒な顔しないでよー、たまたま帰ってきたところなんだって」
「……本当だろうな」
「ホントホント!」
ぜってー嘘だ。
この口調の綾音は嘘をついているときだってハッキリわかるが、良い方に考えれば、ただ単に出るタイミングを失って伺っていたというところ……ではないよな。
やっぱり、面白がって伺っていたほうだろう。
「あーやーねー?」
「ごめんって!ちょっとくらい良いじゃん」
「よくねーよ?」
「ごめんって、そんなに怒らないでよー。単なるお茶目でしょ?」
「お茶目で済むか」
「あれ?それともなに?一緒にいる時間が嫌だったとか?」
「誰もそんなこといってねーだろ!楽しかったに決まってるだろうがっ」
そう言った瞬間、綾音がニヤァと笑い……しまった……これはマズイ発言をしてしまったと察したときにはもう遅い。
「だって、良かったわねー、ユヅ!」
「え、あ、あの……その……は、はい……」
え……いや、はいって……あの……彼女もそう感じていてくれたのなら嬉しいが……
やべぇ……なんか頬が熱い。
「ヤダー、お兄ちゃん照れちゃってー!」
「うるせーわ!」
「ほら、お兄ちゃんはそっちの席に戻って、ハルくんはこっちに座ろうね」
「はいっ」
対面に戻ろうとしていた俺は、再び結月ちゃんの隣に戻り、対面に綾音と色素が薄く線の細い男性が座る。
……えっと、まずはその人から自己紹介をお願いしたいんだけど?
どこかで見たことがあるのはわかるけど……ハッキリと思い出せない。
「どうしてお兄ちゃんがここに来てるの?」
結月ちゃんの言葉に合点がいって、あっ!と思い出す。
そうだ、彼女を迎えに来た男性……確か兄だと言っていた彼だ。
どうして彼がここにいるのかわからないが、妹を心配して……とか?
え、俺ってそこまで警戒されてんの?
「ハルくんを紹介するね。私の彼氏で夢野 陽輝っていうの。ユヅの兄だから、見た目天使でしょっ!?」
「人様に天使というのはやめなさい」
「えー、だってユヅだって天使に見えるじゃない!」
「それは否定しないが、面と向かって言われたら困るだろ?心の中か、二人きりのときだけにしなさい」
「そういうもの?」
「そういうもんだよ」
そうなんだーという綾音に呆れた視線を送っていると、妹の隣の陽輝くんと俺の横の結月ちゃんが真っ赤になり同じポーズで顔を覆ってぷるぷる小刻みに震えていた。
兄妹だな……こういうところ似てるわ。
「綾ちゃん、だからね、僕以外の人がいるところでは言わないでって言ってるでしょっ!?」
「だって、天使なんだもの。可愛いんだもの、仕方ないでしょ?」
「男に可愛いって褒め言葉じゃないよ!?」
「可愛い可愛い」
「綾ちゃん……」
ご愁傷さま……確かに男にとって「可愛い」は、褒め言葉じゃねーよな。
でも、相手が綾音だから、その辺は諦めたほうが良いだろう。
「俺の紹介はしなくていいんだな?」
「うん、知ってるから大丈夫」
「……そうか」
どういう経緯で知っているのか気になるが、陽輝くんもウンウンと頷き、俺を上から下まで見て何故か泣きそうな顔をする。
何故そうなった?
「うぅ……男らしいよぅ……僕にもその身長と筋肉をわけて!」
「身長は無理だが、体は鍛えろよ」
「鍛えても筋肉つかないんですーっ!」
「ダメダメ、ハルくんはそのままでいいの。ユヅと一緒で愛らしいままで居てね」
語尾にハートが付きそうな声色で残酷なことをいう妹に、がっくりと肩を落とす陽輝くんが可哀想だな……ま、まあ、とりあえずコーヒーでも淹れてやるか……と、再び腰を浮かした俺の上着の裾を結月ちゃんが再度引っ張る。
「隆人さん、ヘルプなのです!」
「あ……ごめんね。名前が入らないんだっけ?」
「そうなんです」
「ちなみになんて入力したの?」
「えっと、『ルナ』って……」
あー……と、俺と綾音が同時に声を上げる。
そりゃ入らねーわ。
「多分、人気の名前だから既に登録されている可能性が高いな。他の名前候補ないの?」
「う、うーん……他の名前……」
「ねえ、ユヅ。ルナティエラなんてどう?私は、王太子殿下の婚約者であるアーヤリシュカにするからさ!揃えてみない?」
「あ……いいかも?」
「じゃあ、僕は王太子のハルヴァートだね」
そういうのっていいよな……名前をシリーズで合わせるのって面白そうだ。
ちょっとだけ羨ましい。
サブを作るときにでも、何か合わせてみようか。
でも、何故かセルフィスだけは嫌なんだけど……ここまで拒絶反応するのは、ルナティエラを裏切ってヒロインに恋する男だからだろう。
俺だったら、ルナティエラである彼女を裏切ったりはしない。
ずっと大事に守り、決して独りにすることなくそばにいる。
そうなると、誰の名前にするか困るわけで……
「隆人さんがあだ名の『りゅうと』から『リュート』ってしたから、ユヅでも良かったんだけど……」
「いや、それは本名に近すぎるから、ルナティエラで登録したらいい。そしたら、ルナって呼べるよ」
「っ!」
うん?
何故、真っ赤になって固まったのだろう。
彼女の琴線に引っかかることがあったのだろうか。
「る、ルナティエラに……しますっ!」
勢いよく俺の方を見て宣言した彼女の勢いに驚きながらも、結月ちゃんが嬉しそうにしているならそれが一番だと微笑み返す。
「じゃあ、ゲーム内ではルナって呼ぶから」
「は、はいっ!」
ニヤニヤ笑っている妹が視野の端に映るが、見なかったことにしておこう。
入力を終えてキャラクター作成が完了した彼女が、満面の笑みを浮かべたのを確認してから頭を数度撫でて、俺は二人のためにコーヒーを淹れにキッチンへと足を運ぶ。
リビングからはにぎやかな声が聞こえてきて、どうやら今度は妹と陽輝くんの二人がアプリでキャラクター作成をしているようだ。
二人共ゲームに慣れているからか、サクサク作っていっているようで、結月ちゃんから不満の声が聞こえてくる。
その様子に自然と笑みが浮かび、こういうにぎやかな時間も良いものだと感じた。
そういえば、出張土産に貰ったサブレがあったな……と思い出し、部屋から箱を持ってきて開けて適当な器に盛り付けてコーヒーとともに出す。
「どうぞ」
「あ、お兄ちゃん!こんな美味しそうなお菓子を、私にナイショにして隠してたのっ!?独り占めにするつもりだったんでしょーっ」
「失礼なことを言うな。昨日出張帰りの後輩に貰ったばかりで出すタイミングが無かっただけだよ」
昨日も帰り遅かったもんねーと、少々棘のある声で言うが……仕方ないだろう?後輩のミスをカバーしなきゃならなかったんだから。
「お兄ちゃんって、後輩に人気ありすぎ……女だったり?」
「バーカ、男が多い職場だって知ってるだろ?」
「やっぱり男かー……良かったわねぇ」
何が良かったんだ?
綾音の視線の先を確認するより早く、結月ちゃんが「いただきますっ!」とサブレに手を伸ばす。
そうか、焼き菓子が好きだったのか。
まあ、女の子は総じて甘いものが好きな傾向にあるからな。
今度来る日がわかっていたら、もっと美味しいものを準備しておこう。
陽輝くんは……うん、嬉しそうにしているから甘い物でも大丈夫そうだ。
「あ、あれ?」
サブレの袋を破るのに手間取っている結月ちゃんは、握力が弱いのかもしれない。
貸してごらんと受け取り難なく開いて渡すと、彼女は開けられなかったことが恥ずかしかったのか、頬を赤くして小さな声で「ありがとうございます」と呟いた。
「……お兄ちゃんってさ、時々……まあいいや」
何だよ、途中まで言いかけておいてやめるとか、反対に気になるだろ?
綾音の横で陽輝くんが、物言いたげに口元をもごもごさせいたけど、彼も諦めたように肩を落とした。
なんだ?
もしかして、兄妹揃って開けられない……とか?
「ブラックコーヒーが美味しいわー」
「豆を変えたんだ、こっちのほうが香りがいい」
「やっぱりー?……まあ、そういう意味じゃなかったんだけどね」
どういう意味だって言うんだよ。
ニヤリと意味ありげに笑う綾音に小首をかしげてみせたのだが、答える気は無いのか再びスマホ画面に夢中になってしまったようだ。
「ハルくんも似せて作るんだよー?」
「……え、あ、はーいっ」
仲良しカップル……って、そういえば、妹の彼氏……って、冗談ではなく本当なんだな。
ある意味、陽輝くんは剛毅だと思うのは俺だけなのだろうか。
この妹と付き合うなんて、とんでもないと思うのだが……兄としてはありがたい。
どうか、このまま嫁にもらって欲しいものだ。
と、いうことは……自然と結月ちゃんとは義理の兄妹ということになるのだろうか。
義理兄妹という関係性で我慢するべきだ……と考える反面、もうそれでは満足できない自分がいることに気づき、どんどん強くなっていく想いに翻弄されながらも、彼女を求める気持ちは俺自身にも止められないのだと知った。
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