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第十四章 大地母神マーテル

14-27 体験教室

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 昼食の時間は終わり、調理を担当していない人たちが片付けに回る。
 みんなで片付けてくれている姿を遠くから眺めていた私は、チラリと両名を見た。
 私の視線の先に居たのは、リュート様とオーディナル様。
 二人は三日月宗近・神打の性能を試しているところだ。
 特殊な加工をしてあるとはいえ、やはりリュート様の魔力が強すぎて刀が悲鳴を上げている――というのが、オーディナル様の見解である。
 ヤマト・イノユエが使っていた武器であるという事から、リガルド様とギュンター様、それにヤネン様が興味を示したのだけれども、食後に合流したアレン様が気になって言葉を挟めないようだ。

 上下関係から言えば、前竜帝陛下であったアレン様のほうが上なのだろう。

「リュートの剣捌きは刀を扱っていても美しいねぇ」
「そうですねぇ」

 私とシグ様はリュート様の姿に惚れ惚れしながらお茶を飲む。
 膝上のチェリシュと真白も見学をしていたのだが、ウズウズしているのが伝わってくる。
 今にも飛び出していきそうな二人をシッカリと引き留め、私は周囲を見渡した。

 メロウヘザー様はイーダ様とマリアベルを呼び寄せて話をしているし、タデオ様はレオ様と拳を合わせながら会話をしている。
 異様な光景ではあるが、コレが通常運転だと教えられた私は呆れてしまった。
 他にも沢山の人が色々な会話を楽しみ、食事の余韻に浸っている。
 険悪なムードは無いが、リュート様関連の話となれば、先程の再来……とはならないか心配だ。

 吹き抜ける潮風が気持ちよいというのに問題が山積みで、周囲の自然を素直に楽しめない。

「奥様、眉間に皺……」
「キューちゃんなの!」
「チェリちゃんもいっぱい食べた? あ……お腹がぽっこりしてる。食べ過ぎたんちゃう? 苦しゅうない?」
「だいじょーぶなの。チェリシュの体は丈夫なのっ」
「真白ちゃんもー!」
「うんうん、エライエライ。奥様もちゃんと食べはった?」
「シッカリといただきました。蛍が良い魚介類を捕ってきてくれましたし……」

 そこで言葉を止めた私は、キュステさんの後ろに続く商会メンバーを見ながらシグ様と顔を見合わせる。
 先程の調味料をお披露目しておいた方が良いだろうと考えてのアイコンタクトであった。
 リュート様とオーディナル様、時空神様とアーゼンラーナ様たちは三日月宗近・神打の方で忙しいから、ここは私が取り仕切るしか無い。
 まあ……作った本人だから、報告しないといけませんよね?

「えーと、皆さんに……ちょっと……ご報告が……」
「何じゃ……また、何かやらかしたのか」

 呆れた口調で言うアレン様だが、その目は期待に満ちている。
 他の面々も、そんな感じだ。
 シロたちは期待が抑えきれずに耳をピクピクさせている。
 ディード様もニコニコ笑っているし、カフェやラテ、カカオとミルクも私の言葉を待っていた。
 サラ様とヨウコ、モカにグレンタールという商会メンバー全員の視線を受け、私は一瞬口ごもった。
 
 その間に、私が何かしでかしたと察したのだろう黎明ラスヴェート騎士団とお母様たちも合流している。
 上位称号持ちの当主ばかりがやってきたので身を潜めていたブーノさんたちも参加しているが、別段困る事も無いので気にしないでおこう。

「ルナ様、何をやっちゃったんっすか?」

 こういうときに平然と言葉を発することが出来るモンドさんは、ニヤニヤと笑っている。
 リュート様が見ていたら間違いなく蹴りを入れられているだろうと考えながら、私は彼らの目の前に魚醤と小豆味噌を置く。
 
「えーと……新たな調味料です。魚醤と小豆味噌と言いまして……私が目指している物に近い味が出せている調味料ですね」
「奥様が作りたいって言ってはったんは醤油と味噌やんね? 原材料が違うん?」
「そうなんです。大豆と米が無いので、他のもので造りました。醤油は魚が原材料なので独特の風味がしますし、味噌のほうも小豆なので風味と甘みがあります。それでも、良い出来だと思います」

 私は店で仕込んでいる鶏ガラスープに魚醤を加え、全員に試飲して貰った。

「……え……何コレ……塩とは違う味になったわ。これ……メチャクチャ野菜に合いそう」
「ほう……魚の風味もするな。複雑な深みがあるわい」

 キュステさんとアレン様の素直な感想を聞きながら、続いて味噌を溶いて出す。

「さっきとは違う……けど、これも美味しい……」
「こっちも野菜にあいそうですね」
「肉でもいけるっす!」

 問題児トリオの感想も良好だが、やはり魚醤の方はクセが気になる人もチラホラ見受けられる。
 そこは、塩とスープで調整を取れば良いだろう。
 この大人数を相手に作る夕飯で、魚醤と小豆味噌を取り入れるのは至難の業だ。
 リュート様は慣れていることもあり、お刺身を出そうと考えているが……他の人はそうもいかない。

「時空神様……やはり、プランBが良いかも……」

 タイミング良く……いや、もしかしたらこういう会話になると事前にわかっていたのか、時空神様が私の背後で楽しげに目を細めていた。
 夫についてきたらしいアーゼンラーナ様も一緒だ。

「ソウダネ。反応からして苦手と感じる人もいるようダシ、それが良いカナ」
「麦麹を使ったのですが……」
「ナンプラーより生臭くないし、コレくらいならいけると思うんだけどネ」
「時空神様は和食になれすぎていますから……」

 納豆やくさやが食べられる時空神様だから、その辺は当てにならない。
 むしろ、全く抵抗感無く食べられるというのだから驚きである。

「スープにしたら良さそうですね」
「じゃあ、麺を沢山仕込まないとネ」
「オーディナル様のおかげで楽になりましたから大助かりです」
「もしや……ちゅるちゅる……なの? ふみふみする……なの?」
「ふみふみはしませんが、ちゅるちゅるですね」
「ちゅるちゅるなのー!」

 きゃーっ! と歓声を上げるチェリシュに時空神様とアーゼンラーナ様が目を細める。
 真白も「ゴロゴロするー!」と大はしゃぎだが、それも必要無い。

「いや……奥様。もしかしたら……それ……、みんなで体験してみたらええんちゃう?」
「え?」
「奥様のレシピを購入させるために、あえてばら撒くんよ。レシピを覚えさせて実際に自分の食べる分を家族単位で作って貰ったら、本音で話し合える切っ掛けになるんちゃう?」
「んー……うどんだったらソレでも良いのですが……」
「うどんやあらへんの?」
「はい。ラーメンを作ろうと思いまして」
「はっ!? ラーメンっ!!?」

 背後から叫ぶような大声が聞こえた。
 あ……バレてしまった……。
 私と時空神様が顔を見合わせて肩をすくめる。

「ナイショにして驚かしたかったのにネ」
「残念です」
「いや、それより……え? ラーメン? マジで? 作れんのっ!?」
「材料は揃っておりますから作れます。本当は、肉じゃがとか……色々と考えたのですが……」
「え……肉じゃがも……!?」
「魚醤なのでクセが出てしまいますから、筑前煮やイカと里芋の煮物などが良いですが……手元に里芋がありません。ジャガイモでも良いでしょうか」
「タロイモがあります!」
「え? そうなのですか? 困りましたね……作りたいメニューが、また増えてしまいました」

 魚醤を手に入れただけでメニューの幅が広がったのだ。
 何にしようか迷うのも仕方が無い。
 リュート様の好物を作りたいが、今回は夕飯を食べる予定の人が多いのだ。
 好みが大きく分かれる料理を作っては、今後、店の評判にも関わる。

「だんさん、今回は、そのラーメンっていうので手を打って体験教室やらへん?」
「それもいいな。いや……でもラーメン……って……マジかぁ……」
「そんなに美味しいん?」
「旨い! マジで旨い! 仕事帰りとか飲みの後とか……」

 いらないことを口走るリュート様を後ろへ引っ張り、これ以上話せないように口を手で塞いだオーディナル様がジトリと彼を見つめる。

「全く……お前は……食べ物の話となるとコレだ」

 気まずそうにリュート様が口を塞がれている状態でモゴモゴ言いながら謝罪しているが、オーディナル様は大きな溜め息をつくだけだ。
 この様子だけ見ていると、仲の良い親子のようで微笑ましい。
 ずいぶんと距離感が近くなったと感じると共に、最初のとげとげしさはどこへいったのか……という疑問が首をもたげる。

「もう、ホンマ……このメンツには話して置いた方が良いんちゃう? って思うわ……」
「そうじゃな……」

 キュステさんとアレン様も呆れ顔だ。
 私も止めることが出来ないスピードでの発言だったので、しょうがないといえばしょうがない。
 しかし、リュート様のテンションが上がってしまった理由も理解出来る。
 日本のラーメンは最高に美味しい。
 きっと、リュート様的には外せない思い出の味だろうと考えていた。

 激務続きであった前世のリュート様を支えたラーメンと味は違うだろうが、それでも味わっていただきたい。
 
「とりあえず、その……料理体験は良いかもしれんな。ついでにパンの実ロナ・ポウンを使うパンの作り方も教えてやれば良い」
「それは、明日の朝が良いかもしれませんね」
「その辺りは、僕の愛し子に任せる」
「オーディナル様は、あちらへ行かなくても良いのですか?」
「大丈夫だ。時間を見て様子をうかがってくるだけで良かろう。あちらはとても安全な場所にいるのだからな」
 
 それなら安心だと私は微笑み、大人数参加型『ラーメンの麺作り体験教室』を開催するべく、頼もしい仲間達を見渡した。
 全員、自分が何をするべきなのか知るためにテーブルを囲む。
 そんな私たちの様子をリガルド様たちが眺めているけれども、今はそれどころではない。
 夕飯のため、リュート様のため、私は頭をフル回転させるのであった。

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