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第十四章 大地母神マーテル

14-18 オーディナル様の下準備

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 オーディナル様の動向を見守っていたのだが、少しだけ思案する様子を見せていたかと思いきや、リュート様の方へ向き直る。

「リュート。お前なら、この辺りの土地を購入できるか?」
「へ?」

 いきなり問われた内容に驚き目を丸くしていたリュート様であったが、素早く頭の中で計算を完了させたようで、コクリと頷く。

「まあ……この辺り一帯だったら可能だな。郊外の土地を買おうって言う酔狂な連中はいないから、そこまで高くもねーし、海沿いの崖っぷちだからな」
「此方側なら、お前の店も近かろう?」
「ん? ……あ、壁を挟んで店の裏手になるのか」

 改めて場所を確認した彼は、自分の店の裏手にある壁際の場所だということを認識したらしい。
 私は理解していなかったのだが、思った以上に広大な土地を所有しているようだ。

「海岸沿いの崖際の土地は買い手が無いと嘆く国王のために出資したのをお忘れですか?」
「あの頃は国も新制度を導入したばかりで資金繰りが厳しく、本当に困ってたからな……まあ、言うほど俺も稼いでなかったんだけどな」
「銀行に融資をお願いしたのは、あの一度きりでしたね」

 ブーノさんの言葉にリュート様は苦笑を浮かべる。

「出来るだけ自分たちの資金の融通が利く範囲で回したいからな」
「ふむ……ならば、今であれば問題はない……ということか?」

 オーディナル様の問いかけに、リュート様は力強く頷く。
 
「ああ、資金的に問題は無い」
「もしもの時は、我らが低金利で貸し付けますのでご安心ください」
「そうか。ルブタン家がそういうのであれば心強いな」

 満足そうに頷くオーディナル様に対し、リュート様は確認をするように質問する。
 
「……つまり、ここら一帯を購入しろってことか?」
「そうだな。お前の店の裏手で、まだ購入していない土地があるなら、それも含めてこの場所まで……そうだな、この辺りまで購入してくれ」

 オーディナル様が指し示した場所は、とても広々とした空間で……今のお店が何軒建てられるのだろうかという広さを有していた。
 東京ドーム3つ……いや、4つ分はあるだろうか。
 
「広大な土地だな……ブーノ。コレ……どれくらいになる?」
「そうですね……ざっと見積もって、聖銀貨12枚ですね」
「……一億二千万かよ。さすがに俺の独断で動かせる金額じゃねーな」
 
 リュート様は溜め息交じりに呟いたあと、すぐさまキュステさんにイルカムで連絡を取った。
 私は彼の口から飛び出した言葉に驚き過ぎて固まっていたが、指定された土地の広さから考えても破格かもしれない。
 それでも億単位のお金が動く衝撃は凄まじい物だ。

 連絡を受けて駆けつけたのはキュステさんだけではなかった。
 アレン様やサラ様、カフェとラテが走ってくるのが見える。
 一緒になって優雅に空を駆けてきたのはグレンタールだ。
 その背中には、聖泉の女神ディードリンテ様――いや、ディード様と、何故かモカの姿も見える。
 大きく手を振っていて暢気なものだと苦笑したが、チェリシュと真白が大はしゃぎして手を振り返す姿に和んでしまった。

「勢揃いで……お前ら、店は?」
「リュートたち遠征組が帰ってくると聞いて、店は臨時休業にしたんだよ。きっと疲れているだろうから……それより、怪我は無いかいっ!?」

 サラ様は駆けつけてきてリュート様の無事をまずは確認する。
 怪我は無いか、疲れていないか、それは心配した様子だ。
 カフェとラテも私の側で、サラ様と同じく無事を確認して泣きそうな顔でうにゃうにゃ言っているが、何を言っているのかわからない。
 ただ心配してくれていることだけは伝わった。
 お礼を言いながら安心させるように頭を撫でると、ようやく落ち着きを取り戻したようである。

「で? 大至急ってなんなん?」
「キュステには悪いんだけどさ、急ぎの仕事を頼まれてくれ。聖銀貨12枚で、この辺りまでの土地を購入したいんだけど……できるだけ早く手続き完了させて欲しい」
「まあ、多少無理言うたら出来るやろうけど……かなり資金繰りが難しゅうなるよ? いま買い付けてる素材や食材もあるしねぇ」
「金銭的に難しいなら、銀行で融通します」

 すかさずブーノさんが助け船を出す。
 それを聞いて、キュステさんはニッコリ微笑んだ。
 
「そっか、それやったら問題あらへんわ。でもええん? そんな約束しはって……お父はんに怒られへんの?」
「潰れそうな商会を相手にしているのなら怒られますが、ラングレイ商会なら問題無いでしょう。むしろ……ルナ様がいらっしゃる間は、絶対に倒産しないと断言できますね」
「あー……胃袋掴まれた口やね」
「そこは、ご想像にお任せします」

 軽やかなキュステさんとブーノさんの会話が続く中、サラ様が一点を見てピシリと固まる。
 テオ兄様でも見つけたのかと彼女の視線の先を辿れば、そこにいたのはリュート様たちの会話を熱心に聞いているオーディナル様――。
 どうやら、オーディナル様の存在に気づいて硬直したようだ。
 やらかした時にでも会ったのだろうかと考えていた私の耳に、オーディナル様のご機嫌な声が聞こえてくる。

「話はまとまったな。ならば、ここで何をしてもリュート以外に文句を言われる心配は無いと言う事になるな?」
「いや、ちょっと待っといてください。まだ手続きしてへんから……」
「その辺りはどうとでもなる。むしろ、無理矢理でもリュートの土地にするよう手を回す。金があるなら文句もなかろう」
「力業じゃな……」
「そこまでして、購入させようとする意図をお教えいただけますか? リュートには世話になっている身として……あまり無体なことをさせたくはありませんので」

 げんなりしているアレン様の横から歩み出て、ふんわりと笑うディード様に視線を向けたオーディナル様はニヤリと意味深に笑う。

「別段、リュートに負担をかけるつもりは……いや、全くかけないとは言わないが、悪い話では無い。それに、僕の愛し子のためになるからな」
「ルナのため? それでしたら、リュートは断れませんね……」
「まあ、俺自身、オーディナルのやることに反対はしてねーからな。一応、色々考えてくれてるみたいだし」

 リュート様の口から『オーディナル』という言葉が飛び出した途端、サラ様が泣きそうな顔をして口をパクパクさせ、私の両足にカフェとラテがしがみついた。
 目の前に創造神がいるという事実が受け入れがたく、とても驚いた様子だ。
 しかも、この様子から見るに、オーディナル様の事を知らなかったと見える。
 そうなれば、サラ様はいつオーディナル様に出会ったのだろうか……。
 
「よし、手続きは滞りなく出来るということだから、思う存分やってやろうではないか!」
「オーディナル様……お手柔らかにお願いしますね?」
「うむ。できるだけ穏便に……な!」

 ああ……これは言葉だけだ――と理解し、私はガックリと項垂れる。
 時空神様が肩をポンポンと叩いてくれるのだが、コレばかりは止められないという意味なのだろう。
 彼が止めないということは、この先の未来に必要なことであると判断し、私は止めることを諦めて動向を見守る。

 その場にいた全員が、オーディナル様の動きを注視する中、突如現れた凄まじい光が地上から天へ向かって伸びていく。
 それはとても強大な神力だったはずだ。
 しかし、周囲に被害が及ぶことは無い。
 どうやら、その辺りもシッカリと計算してくれたようだ。
 光の柱が次々と増え、リュート様が購入予定の土地を囲い込む。
 その間も、仕事の出来るキュステさんは土地購入の手続きを開始し、交渉を完了したのかニンマリと笑って『OK』のハンドサインをリュート様へ送る。

「さすがはキュステ、仕事が早い。これで、誰も文句は言えねーだろ」
「あの……土地の購入って、そんなに簡単な手続きで済むのですか?」
「あー、郊外だったってこともあるな。聖都を囲む壁を拡張したらわからないが、その外の土地を好き好んで買うヤツはいないから、国としては買い手がいるならすぐに売りたいわけだ。あと……キュステは、個人的な伝手があるから、直接交渉が出来て早いんだよな」
「書類は後回しでええっていうから、とりあえず振り込んどいたわ。あっちも入金の確認が出来たみたいやし、問題あらへんよ。国の資金繰りが最近厳しい言うてたから、大喜びしてはったわ」

 本当だったら色々と審査があり、書類も準備しなければならないのだが、そこはリュート様とキュステさんコンビ。
 人脈を駆使して早急に手続きを完了させてしまったということだ。
 多少弱みにつけ込んだ感は否めないけれども……
 リュート様の商会の力。
 ラングレイ家の後ろ盾。
 それに、おそらくシグ様も手を貸してくれているのだろう。
 この国の王太子殿下が協力しているのであれば、反対される心配も無い。

 むしろ――

「はぁはぁはぁ……や、やはり……父上っ! な、何が……何が起こっておるのじゃっ!?」

 そう、彼女――アーゼンラーナ様がいるのだ。
 オーディナル様が希望していることを叶えるのが当然と思っている彼女が、王族すら力業でねじ伏せてしまうだろう。
 珍しく息だけでは無く髪も乱して駆けつけた彼女は、力をふるっている最中のオーディナル様を見て、最早涙目である。

「うぅぅ……父上がお怒りなのじゃ……ど、どうすれば……」
「やあ、愛しい奥さん。父上は……ちょっと覚悟を決められてネ」
「ゼル! リュートやルナもいて父上を止めていないとなれば……何かあったのじゃな?」
「そこは俺が説明するヨ」

 時空神様はアーゼンラーナ様だけではなくディード様とアレン様を引き連れ、何やら密談を開始したようだ。
 いつの間にか時空神様の両脇に抱えられていた、アクセン先生とオルソ先生が哀愁を漂わせている。
 厄介ごとに巻き込まれたと言わんばかりの両名に同情の視線を向けるが、助けることはない。
 気心知れた時空神様とアクセン先生とオルソ先生の三人トリオなのだから、おそらく問題は無い……はず。
 
 彼らの会話が私たちに聞こえないという事は、裏で何かやろうとしているのだろう。
 今聞かれるのはマズイのか、はたまた知る必要の無い神界やそれに連なることなのか……。
 何はともあれ、オーディナル様と時空神様が動き出したのだから止められない。
 ただ、力をふるう前、オーディナル様が一瞬だけ寂しげな表情を浮かべたのが気に掛かる。
 どこか辛そうなオーディナル様に何事も無ければ良いと願いながら、私たちはただ見守ることしか出来ずにいた。

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