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第十四章 大地母神マーテル
14-12 曲者同士?
しおりを挟む一通り焼いてレシピ化し、希望者にはカウボアのタンやレバーの提供もすると告知したら、思いのほかレシピを求める声が多くて驚いた。
女生徒の間で『コラーゲン』の話題が大きくなったことと、リュート様がアレだけ楽しみにしている料理だということで興味を覚えたようだ。
「ルナ……レバーも追加するのか?」
「はい、希望者が意外と多かったもので……。コレも後のことを考えて、レシピ化しておいた方が良さそうですね。生食の場合、他の洗浄石で作って食べた後に細菌感染したら、責任を持てませんし……。むしろ、魔物に細菌って……いるのでしょうか」
「んー……魔物は寄生虫がいないのは知られているが……。魔物の体温は高いから、危険度は低いような気もする」
「だったら安全かもしれませんね。牛、羊、鹿などは腸管出血性大腸菌を保菌している可能性がありますが、体温の高い馬からは発見されていないみたいですから」
「へぇ……それは知らなかった。さすがルナ……詳しいな」
「全て兄の受け売りなのですが……意外と覚えていて、自分でもビックリです」
こういう知識は前世の兄や、兄と仲良くなった店の人から聞いたものだ。
牛レバーの濃厚なレバ刺しの味を忘れられない人は多く、それに近いモノを探している為、こういう情報も入ってきやすかった。
とはいえ、その流れで牛レバーの捌き方を教えて貰った兄は、とてつもないコミュ力お化けである。
「肝臓って結構太い血管もあるんだな……というか、その皮をむく作業も凄いな」
カウボアの肝臓は牛と同じく表面がツルツルしている。
その表面にある皮は口当たりが悪いため取り除くことにしたのだ。
イメージはあくまで焼き肉屋さんのソレである。
つまり、皿に盛られて出てきた時の感動を、今一度リュート様に味わっていただきたい。
ただそれを目標に、皮と肝臓の間に手を入れて剥がしていく。
見た目は少し悪くなるが、牛と同じく硬い部分はカットするのでコレで良い。
血管部分も切除して、口当たりの良い可食部を切り出す。
柵切りにしたものを、丁度良い厚みに切りわけ、皿に並べてゴマ油と塩と白ごまを散りばめれば、リュート様も見た事がある『焼き肉屋さんで見た事がある牛レバー』になる。
「スゲーな……鮮やか過ぎる手つきに言葉も出ねーわ」
「ルーの手は、魔法なの……凄いの!」
「ねーねー、コレ美味しいの? リュートが好きなの? 真白ちゃん、すっごく楽しみー!」
キャーキャー喜ぶお子様組とは違い、お父様は顔から血の気が引き、メロウヘザー様も眉間に皺が寄っているから、これがこの世界の一般的な反応だろう。
ちなみに、マリアベルと黎明騎士団の面々は興味深そうに私の作業を見守っている。
大分、リュート様に近い嗜好を持ち始めているようで嬉しい限りだ。
日本では食べられなくなったレバ刺しだが、この世界は様々な幸運が重なって食べられるのだから有り難い。
「焼いても美味しいですし、生でも行けるのが良いですね。レバーは鉄分が豊富ですから、貧血気味の人は積極的に食べて欲しいです」
「それなら、トリスは食べないとだな」
ウンウンとレオ様が頷く。
トリス様はどうやら貧血に悩まされているらしいので、打って付けの食材だと言える。
「食事で……体の不調を治療するのですか?」
「口から摂取する食物は、お腹を満たすだけの物ではないと私は考えております。それぞれの食材に栄養素があり、それを摂取することで完治とはいかなくても、ある程度の改善が見込めますから」
「そう……ですか。なるほど……マリアベルが弟子入りしたのは、そういう理由もあったのですね。実際に目にしてみれば判ることもあるだろうと思っていましたが……」
「毎日食べるものですし、少しでも美味しく食べて健康でいられたら素敵だなって思います。ありがたいことに、私にはその手助けをしてくれる【神々の晩餐】スキルがありますし……」
「そうでしたね。【神々の晩餐】スキルがあるのに、食べられるかどうかなんて考えるだけ無駄というもの。オーディナル様のお考えがあってのスキルだったはずなのに……私の視野が狭かったということですね」
果たして、オーディナル様はそこまで考えているのだろうか――。
私は心の中で呟く。
オーディナル様のことだから、私の好きなことをさせようとチョイスした可能性もあるのだ。
しかし、その結果。神々を癒やす料理を作ることが出来ると判明したのだから、全く何も考えていない……とは思えないし、思いたくない。
「さて、焼き肉の準備も出来たし、あとはレシピを配って、それぞれ焼いて食って貰うだけだな」
「塩だれの他に、塩やレモン、ニンニクと生姜にネギという味付けしかできておりませんが……」
「まあ、いずれグレードアップするということで、楽しみにしておこう」
「そうですね」
醤油だれや味噌だれなんてあったら、白米が欲しくなるし……と、私にだけ聞こえる声でリュート様が呟く。
耳のそばで悪戯っぽく笑う彼に、私も同意して笑い合う。
いつか、その願いが叶うよう頑張ろうと誓っていた時であった、ある一角がにわかに騒がしくなる。
どうしたのだろうかと騒ぎの中心を見ると、見慣れない人がリュート様を見つけて駆けてきた。
ウーノさんに似た姿――つまり、リュート様が来いと呼びつけていたブーノさんだろうか。
「よう」
片腕を上げて気さくに挨拶をするところを見ると、やはり知り合いのようだ。
ウーノさんよりも長身。
かけている眼鏡は黄金のモノクルでエメラルドがあしらわれている。
彼が動くたびに、モノクルから伸びたチェーンがチャリチャリ音を立てるが気になるようなものでもない。
着ている服装が上質で、身なりに気を配っているのだとわかる。
「我が弟の身を案じ、はるばる馳せ参じました。どうか……どうか、私に免じて弟の命ばかりはお助けを!」
弟の為に駆けつけた心優しい兄――。
一見、そう見えるだろう。
しかし、なんというか……とても芝居がかった仕草である。
本当に、弟が心配でやって来たのだろうか……。
曲者貴族と相対したような緊張感を覚えた私は、ソッとリュート様の後ろに隠れた。
「なーに言ってやがる。前回、モンドを人質にしたお前の台詞を使い回しただけだろうが。……で? 昼食のタイミングでやってきたところを見ると……お前、此方の様子を見ていただろ」
「何をおっしゃいますか! 私がそのようなことを………………まあ、しますよね」
「だよな」
一気に声のトーンが変わった。
ニンマリ笑うブーノさんを相手に、リュート様は完全に呆れ顔だ。
「どうせ、聖都で噂になっているから直接自分の目で見られる口実が出来たと、喜び勇んでやって来たんだろうが」
「いえいえ、リュート様が欲しがっているだろう情報を持って、馳せ参じただけですよ?」
「お前さ……一応、次期頭取だろ? いいのかよ」
「私だって、無償でするわけではありません。今後ますますの活躍が期待されているのですから、これくらいの恩を売っておいた方が、今後も良い関係を築けるでしょう?」
「お前のそういうところは嫌いじゃねーよ」
「好きでもなさそうですが?」
「いや、損得勘定ありきだが、裏表がないというか裏の面を素で出して見せてくれるだけ、ありがたいよ」
「それはそれは。この私の本性を知れば、家族でも呆れて逃げていくんですけどねぇ」
「お前の弟は大丈夫なのか?」
「問題ありません。知っているはずですし、魔物に襲われたなんて……途中で気を抜いて暢気に歩いていた罰です」
魔物から身を守るために与えられた、我が一族に伝わるスキルなのに……と、ブーノさんは大仰に嘆いてみせる。
言動の全てが胡散臭く、とても芝居がかっているのに嫌味な感じがしない。
リュート様との掛け合いから見ても、かなり頭の切れる人だと感じる。
「とりあえず、飯時だから、お前も食っていけ。珍しい内臓の料理も食えるぞ」
「ほほう? それは話題の種になりそうですね。いやー、私の日々の行いが良いのか、ついてますねぇ……さすがは、食の魔神リュート様」
「うるせーわ」
気分を害した様子もなくリュート様は苦笑して後ろに隠れている私へ向き直った。
「悪い奴じゃねーんだけど、クセが強くてな……。コイツはブーノ。聖都の銀行をいずれ牛耳る切れ者だ。敵じゃ無いし悪い奴でも無い。ただ、クセが強いだけだな」
「何度もクセが強いと言わないでください。リュート様には負けますから」
「俺……クセ強い?」
「無自覚なら重症です」
軽口をたたき合う二人に、思わず笑みがこぼれる。
内臓の料理だと聞いても平然と『話題の種』だと言ってのけるくらい豪胆で、リュート様とも対等に話ができる相手だ。
確かに、裏表が無い……というか、裏を前面に押し出してくる人も珍しい。
いや……そうなったら、裏と言えないのでは無いだろうか……。
そう考えていた私に、ブーノさんは丁寧にお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。私、ブーノ・ルブタンと申します。リュート様とは、かれこれ……あれ? 何年でしたっけ? 五年ほど?」
「まあ、それくらいだな」
「長くも無く、短くも無い付き合いをさせていただいておりますが、商会が繁盛している間は付き合いが続くと思いますので、何卒よろしくお願いいたします」
私も慌てて自己紹介をするが、ブーノさんは終始笑顔で何を考えているのか判らない。
どういう印象を持ったのかも悟らせないとは……なかなかの曲者ですよっ!?
「お前は一言多いんだよな……」
「商会が潰れて債権者になったら、私の手から離れてしまうのは事実ですからね。まあ……そんなことは無いと信じておりますが?」
「せいぜい頑張るよ」
「そういうときは『絶対に無い』って言ってくださいと、何度申し上げればいいのでしょうねぇ」
「商会運営が厳しいって知っているくせに、何を言ってんだか」
「知っているからこそ言えるのですよ。失敗する商会がどういうモノか判っているつもりですからね。その目利きができないと融資担当など出来ません。貴方が自信なさそうに言えば言うほど、私の目利きを否定されているようで気分が悪いですね」
「そりゃ悪かったな。謙虚だとでも思っておいてくれ。とりあえず……お前が融資担当の間は、絶対に銀行は潰れないだろうな」
なるほど……融資担当の銀行員であれば、一癖あっても納得がいく。
「まあ、普段は本性を隠して『親切で丁寧な接客』を心がけておりますし、この性格をさらけ出して付き合えるのはリュート様くらいですからね」
「褒められていると取っておくよ」
「勿論、曲者同士仲良くしましょうという意味ですよ」
「同類にしないでくれ」
こんな二人のやり取りは見慣れているのだろう。
黎明騎士団たちは「またやってるよ……」という表情で、二人を見ている。
真白といえば、興味を覚えたのか観察モードへ移行し、チェリシュはロン兄様の腕の中に守られていて、此方へやってくることも出来ない。
一応、ロン兄様からは『警戒対象』とされているのだと、それだけで察することが出来た。
まあ……この性格ですものね。
「で? 俺が欲しがっている情報ってのは?」
「まあ、それは食事をしながらお話ししませんか? お腹が空いてしまって、口が回らなくなって参りましたので」
「嘘つけよ。お前が無口になる時なんてあるのか?」
「お腹が私に代わって口を開くときは無口です」
「腹が減ったから、旨いメシを食わせろってことだろ? 判った判った。とりあえず、俺たちはあっちの少し離れた場所だ、着いてこい」
「おやおや、ハロルド様とメロウヘザー様もいらっしゃるのですね。私のような獣人が同席しても良いのですか?」
「そんな野暮なことをいう人たちじゃねーよ。それに、そんなことを言う人たちなら俺が文句を言ってやる」
「それはそれは……畏れ多いことです」
ブーノさんは機嫌が良さそうに、耳をピクピク動かし、目を細めてリュート様を見上げる。
その瞳の奥にある深い信頼を見たような気がして、何故この二人が仲良くしていられるのか理解した。
彼もまた、リュート様という人柄に惹かれた一人なのだ。
「本当に……ベオルフ様といい、リュート様といい……人タラシはコレだから……」
私の小さな呟きは、風に乗って消えていく。
少し前に感じた強い違和感の発生源であるベオルフ様の事を、おそらくやってくるだろうオーディナル様から、どのようにして情報を引き出そうか――。
考えに没頭して唸る私を心配したリュート様に手を引かれながら、私は頭を悩ませるのであった。
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