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第十四章 大地母神マーテル

14-8 最強のブースト

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「リュート様、進行方向から見て五時の方向にカウボアの群れが……」
「どーすっかな。あの数は……さすがにヤベーか」

 朝食後、準備を終えて聖都へ向けて出発して間もなくのことであった。
 私はエナガ姿でポーチのなかでくつろぎ、ユグドラシルの神託を告げるのは今だと思い口を開こうとしたのだが、緊迫したヤンさんの声に阻まれたのである。
 彼は、言われるまでも無く周辺を探りながら移動していたのだが、少し離れた場所にカウボアの大群を発見したようだ。
 普段であればスルーするところだけれども、何分なにぶん数が多すぎる。
 ごく稀ではあるが、商人や一般人が利用する街道も近いということもあり、急を要すると判断したリュート様は、すぐさまお父様のところへ移動する。
 トンッ! と跳躍したかと思ったら、一気にお父様がいる最前列まで距離を詰めていく。
 軽々と移動しているが、その速度はとんでもない。
 見慣れていない人たちは驚いているが、彼がこういう行動をするときの意味を知っている遠征組は、一気に警戒し始めた。

「どうした、リュート」
「進行方向から見て五時の方向。人通りの少ない街道付近に、カウボアの大群を確認した。俺たち黎明ラスヴェート騎士団で討伐してくるから許可をいただきたい」
「そうだな、あの街道を使う者は稀だが……無視することもできんし、最前列の黒の騎士団が動くわけにもいかんか……。よし、それはリュートに任せた。テオ、リュートがいない間は、後方の護衛に当たってくれ」
「承知」
「魔物の浄化は……?」

 お父様のところにいたメロウヘザー様が声をかけるけれども、リュート様は静かに首を振る。
 そして、視線はそのまま自分の頭上へ――。

「真白ちゃんの浄化の力が、誰かに負けるとでもー?」

 ふんすっと鼻息も荒くケンカ腰で言う真白を、無言で掴んだリュート様は、そのままモニモニしはじめる。
 いつものやり取りなので、私は特に注意したりしない。
 悲痛な真白の叫びが辺りに響く。しかし、これには慣れた人が多いのだろう。
 全員が「またやってるよ……」という表情である。
 
「あ、いえ。そういう意味では無かったのですが……神獣様の気を悪くしてしまったのでしたら、申し訳ございません」
「わかればよろし……ぴゅぎゃーっ、力入れすぎいぃぃぃっ」
「ったく、お前はどこまで調子に乗ったら気が済むんだ?」
「オーディナルには、天高く舞い上がれって言われてる!」
「どういう解釈をしてその言葉が出てきたのか、俺は不思議でならねーよ」

 いつまでも続く二人の漫才に、私は苦笑してメロウヘザー様へ声をかけた。

「浄化は真白がおりますし、私も多少ならできますので大丈夫だと思います」
「そうですか……それなら良いのですが……。カウボアとはいえ、凶暴な魔物に変わりはありませんから、気をつけて」
「心配しなくても大丈夫だって。カウボアは慣れているし、一撃必殺で眉間狙いってのが俺たちの常識だからな」
「カウボアの……ですか?」

 そんな無茶なことをしているのかと、メロウヘザー様はお父様を見やる。
 しかし、お父様は慌てて首を左右に振った。

「いや、黒の騎士団で教えていることではないですよ」
「あ、それは、俺たちっていうか……黎明ラスヴェート騎士団限定かな。カウボアは、優秀な素材なんだ。革や角、骨や爪。全てが加工素材となる。だから、あまり傷を付けたくないんだよ。血だってポーションの優秀な素材だし、肉も旨い」

 リュート様の言葉を聞いたメロウヘザー様は、一気に呆れた表情になり、大きな溜め息をつく。
 黒の騎士団というよりは、職人目線の言葉に頭痛を覚えてしまったようだ。
 むしろ、職人目線を持つ魔物退治のプロがいることで、色々と考え込んでしまったのだろう。
 メロウヘザー様の眉間の皺が深くなっている。

「捨てるところがない魔物は、ちゃんと有効活用しねーとな。まあ、利用法が無いのは……強いて言うなら内臓くらいか?」
「え? 内臓を捨ててしまうのですか?」

 思わず驚きの声を上げてしまう。
 カウボアは牛や豚の良いとこ取りと言ってもいいくらい、食材として重宝する魔物だ。
 レバーやハツ、胃袋や腸だって丁寧に下処理すれば美味しくいただけるはずである。
 
「あ……そうか。今までは捨ててたけど、ルナがいたら……食えるのか」

 その発言に驚いたのだろう。
 お父様とメロウヘザー様が目をむいた。

「はあぁぁっ!? お、お前……本気かっ!? 臓物など獣の食い物だぞっ!!?」
「不浄なる部位を食べると……本気で言っているのですか?」
「え? あ、いや……そこは、ルナが見てみないとわからねーけど……なあ?」
「もしかして……タンも……捨てて?」
「あ、うん」
「も、勿体ないいぃぃぃぃっ! なんという勿体ないことをっ! ああぁぁ……牛タンにして塩レモンでいただけば良いものを……」
「なんつーか……カフェたちも嫌がってさ」
「むぅぅぅ……食文化の違いですね」
「そうだな」

 焼き肉専門店へ行けば泣かれそうな話である。
 しかし、元々食べる習慣がなければ仕方の無いことだ。
 マグロのトロだって、最初は捨てていたという。
 つまり、その美味しさを知らなければ、脂身の乗った部分や内臓などは腐りやすいので廃棄されてしまう運命である。

「タン塩か……ネギたっぷりで食いたいな」
「タンシチューも作れますね」
「旨そう!」

 私とリュート様は盛り上がっているが、周囲は明らかに引いていた。
 この調子だと、内臓系の料理はゲテモノの部類に入るのだろう。
 ソーセージなどの腸詰めはスルーするのに……不思議である。

「まあ、食えるかどうかはルナの【神々の晩餐】スキルで確認して貰ってからにするから、安心してくれ」
「そ、そうだな。ルナちゃんに任せるけど……冒険はしないように……な?」

 お父様の言葉に、私たちは顔を見合わせて苦笑する。
 この表情は、生魚を初めて目にした時のお父様の表情だ。
 それがとても懐かしく感じて、私は笑ってしまった。

「よし、とりあえずカウボアを倒してくる!」

 リュート様は意気揚々と元の場所へ戻ると、テオ兄様の部隊の到着を待つ間、黎明ラスヴェート騎士団に軽く説明をする。

「誰が一番多く倒せるか、勝負しようぜー! 勿論、リュート様以外!」
「おい、俺も入れろよ」
「リュート様は規格外なのでダメでーす」

 とても魔物を狩る前の会話だとは思えない。
 移動しながらも話を聞いていた特殊クラスの人たちは全員呆れ顔だ。
 蛍がウズウズしているのも気になるが、六花りっかたちもソワソワしている。
 モンドさんの背中に貼り付いているべにが、元気よくウニョウニョし始めて異様な光景だ。

「しかし、ヤンもあんなところにいる魔物をよく見つけたな」
すいが反応していたので、何かと思っていたんです。そうしたら、街道近くに黒い集団がいたので驚きました」
「とりあえず、人は通っていないようだが……って、オイ待て! 俺は先に行く! お前らはテオ兄が来たら合流してくれ!」
「了解っす!」

 リュート様が大きな声を出したかと思いきや、いきなり走り出した。
 チェリシュは慌ててモンドさんに預けたけれども、私と真白はそのままである。
 本気のリュート様の疾走に息が苦しくなるが、ポーチに潜り込めば、それからも解放された。
 六花りっかが後ろからついてくるのは気配でわかるが、後ろを振り向く暇も無い様子から、どうやら緊急事態だということだけは理解出来た。
 次の瞬間、リュート様の纏う魔力が膨れ上がる。
 鋭く、強大な魔力は氷となって前方に厚い壁を作り上げた。
 その壁にカウボアの群れが突進する。
 どうやら、何かに突進していたところをリュート様が氷の壁で遮ったようだ。

「ひいぃぃぃっ」

 悲鳴が聞こえた。
 確かに人の声だった。
 つまり……人がいるっ!?

 リュート様がいち早く見つけたことで事なきを得たらしい。
 私たちが移動しているルートからは死角になって見えづらい、細い街道である。
 しかし、この街道を歩いていた人なら異変に気づけたはずだ。
 気配がわからずとも、鳴き声などが聞こえそうなものだが、襲われた主は全く気づいていなかったのだろう。
 氷の壁の向こうで腰を抜かして座り込んでいるようだ。

「そこを動くな! ターゲットにされているから刺激しないでそのままでいろ!」

 リュート様の鋭い声が飛ぶ。
 氷の向こうの人は、それに頷いているようであった。
 それを確認した彼は、三日月宗近・神打を抜くと、瞬く間に最前列のカウボアを倒してしまう。
 いきなり倒れた仲間に驚いたのか、カウボアたちの動揺が伝わったのは一瞬。
 それもすぐに殺気へと変わる。
 ターゲットがリュート様に変更されたのだ。
 しかし、それが彼らの不運。

 この世界で、最も出会ってはいけない人へ殺気を向けてしまったのだ。

 好戦的に笑うリュート様は、三日月宗近・神打を構えて高らかに言い放つ。

「来いよ、牛タン!」
「いえ、違います。リュート様、カウボアです……」
 
 私の渾身のツッコミはカウボアの咆哮にかき消され、『食欲』という名の最強ブーストがなされた無敵のリュート様と、カウボアの戦いが始まるのであった。

 
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