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第十四章 大地母神マーテル
14-7 料理とは日々研究なのです
しおりを挟むまだ、貧血でフラフラしている私に無理はさせられないという判断から、朝食作りは却下されてしまった。
その代わりといっては何だが、メロウヘザー様の対応をリュート様と共に任された。
主にリュート様が会話をしていたのだが、私はある事を思いついてウズウズしていることに気づいた二人は、くれぐれも無理をしないように言い含めたあと、私の好きにさせてくれたのである。
「むむむむぅ……」
――ということがあり、現在、私は実験中だ。
時間があれば試してみたかったこと……それは、以前から何度か使っている白丸石と月晶石の粉末の配合実験である。
此方の世界には、重曹と同じ成分を持つ白丸石とクエン酸と同じ効果を持つ月晶石があるのだが、実は、少しばかり違う部分もあるように感じていたのだ。
白丸石は重曹に比べると塩味やえぐみが少ないし、月晶石は酸味が少ない上に、白丸石の粉末と混ぜると完全に無味無臭となる。
重曹とクエン酸にも見られる効果だが、それが顕著なのだ。
そんな二つを利用して、片栗粉――いや、ジャガ粉というデンプン粉を混ぜたら、簡易ベーキングパウダーを作ることは出来ないだろうか。
私がその考えへ至るのに、そう時間はかからなかった。
しかし、闇雲に実験するわけでは無い。
そこは、私の持つスキル【神々の晩餐】が大いに役立ってくれた。
いくつかの配合バランスが頭に浮かんでくるのは、さすがである。
だが、その中でホットケーキに良いバランスはどれだろうと考えてもわからないので、ここは実際に作って試してみるしか無い。
ベーキングパウダーが完成すれば、料理の幅が広がるのは間違いない。
それに、ふわっふわなホットケーキが出来上がるはず。
メレンゲで作る、ぷるんぷるんでふわっふわなホットケーキも良いが、オーソドックスな物も食べたい。
なにより、これが成功したら『ホットケーキミックス』を作ることも可能なのだ。
俄然やる気が出てくる。
小豆の事もあるので、本当は甘く煮て皆に出してあげたかったのだが、あちらの世界の小豆なので回復は見込めない。
出せるとしても、聖都に近い明日の朝食。
もしくは、早めの昼食が良い頃合いだ。
ユグドラシルの神託の事もあるから、聖都へ帰ればのんびりできるなんて考える方が間違いである。
おそらく、聖都に戻ってからの方が忙しくなるだろう。
今だから出来る事だと、私は気合いを入れた。
「んー……重曹よりマイルドだと言えど白丸石が多いと塩っぱくなるし、月晶石が少ないと膨らまない。炭酸水にして混ぜても良いけど……それでは、ベーキングパウダーにならないし……うーん」
とりあえず、試行錯誤して作った三種を小麦粉に混ぜ、砂糖を加える。
卵をほぐして牛乳を加えた卵液の中へふるい入れ、サックリと混ぜて焼いていく。
やはり、白丸石の粉が多い方は生地が黄色っぽくなり、焼き色もしっかりとついてしまう。
焼き上がった生地は、しっとりもったりとした感じで、食べてみるとわずかな塩味を感じた。
「むぅ……これでは、どら焼きの皮ですね」
「えっ!?」
コーヒーを淹れてメロウヘザー様と談笑していたリュート様が、私の『どら焼き』という言葉に反応して、此方へやってくる。
「あ……本当だ……店で焼いた皮みたいに綺麗だな」
あまりにもキラキラした目で見てくるので、私は生地を少しちぎって彼の口元へ運んだ。
何の警戒も無くパクりと食べた彼は、目を見開いてコクコク頷く。
「うまい! うわぁ……これ……あんこが欲しい」
「あーん」
「あーんなのー」
リュート様の横に並ぶ真白とチェリシュにも、焼いたばかりの生地を食べさせてあげると、喜んで飛び跳ねる。
蛍と六花もおねだりするので、分け与えたのだが、とても美味しそうに全身で表現してくれた。
お子様組と従魔たちが跳ねて喜ぶ姿に興味を覚えたのか、メロウヘザー様も、私の作業工程を眺めはじめた。
「あ、メロウヘザー様も、お一ついかがですか?」
「良いのかしら」
「はい。素直な感想がいただけたら嬉しいです」
「そういうことなら……」
皮をパクりと食べたメロウヘザー様は目を丸くして瞬きを繰り返す。
「とてもしっとりしていて口溶けも良い。甘さがシッカリ感じられるのに口へ残るほどでもなく、緑茶があいそうね……」
「小豆があったら、もっとあう……マジで、良い感じにあう」
「このしっとりとした感じ。好きだわ」
「焼き色もいいよなぁ。この生地ならいくらでも食えそう」
「……全く、そういうところがあるから『食の大魔神』と言われるのですよ」
「別に何と言われてもいいよ。ルナのうまい料理を食べられない方が大ダメージだ」
キッパリと言い切るリュート様に、メロウヘザー様はおかしな話を聞いたというように目尻を下げて微笑む。
リュート様の屈託なく笑う姿が嬉しいのだろうか。
少し厳しい面はあるけれども、纏う空気は優しい。
「他にも焼いてるのか?」
「はい。粉の配合を変えて生地の変化を見ております」
「まるで……研究しているようね」
リュート様の問いに返答していると、メロウヘザー様は目を丸くする。
「料理は日々研究です。様々な食材と調味料を合わせ、最適な配合を導き出す。素材の下処理、下味の付け方、調理方法や、火の入れ方。沢山の項目があって、それぞれに意味がありますし、組み合わせで味が変わりますから」
「そんなに料理とは奥が深い物なのですか……」
料理に限ったことではないが、何かを作る時に長年積み重ねた経験、知恵、知識。それ全てが無駄になることはない。
沢山の失敗と成功を積み重ねて、自分にあった物を見つけていく。
それが大事なのだと、前世の兄に教わった。
最初から上手にできる人などいないのだから……。
「何でもそうだと思います。全ては積み重ねですから」
「……そうですね。私の失言でした」
「い、いいえ! そこまで大事に捉えないでください! 今やっていることも、実は単なる趣味というか……。みんなが料理に興味を持つような……簡単に出来るような補助する物を作ろうと考えて挑戦していることなので……」
「ん? 補助? ルナは何を作ろうとしているんだ?」
「ホットケーキミックスです」
「……え? アレって……作れるのか?」
「まあ、内容を知っていたら、そこまで難しくもありません。ただ、ベーキングパウダーがこの世界には無いので、そこが難しくて……。しかも、この白丸石と月晶石って、微妙に私の知る重曹とクエン酸とは違うんです。だから、最適な配合を知ろうと生地を焼いているのです」
「へぇ……違うのか」
「今食べていただいたのが、白丸石2、月晶石1、ジャガ粉3で配合した生地なんです。今焼いているのが、1:1:2ですね。次が1:0.8:2」
私はそう言いながら、次々に生地を焼いていく。
焼き上がった生地に、バターを乗せてシロップをかけて味見をして貰う。
どうやら、最後の配合がリュート様好みらしいということがわかり、私は早速メモを取る。
「何だか甘い匂いがあちらまで届くんだけど……」
「ズルイっすよ、リュート様!」
ロン兄様とモンドさんが様子を見に来たのだが、すぐに他の人たちもやってくる。
メロウヘザー様がいらっしゃるので、全員遠慮がちではあるが、マリアベルはお構いなしだ。
「お祖母様! ズルイです!」
「味見ですよ」
「私も味見がしたいですーっ! お師匠様ーっ!」
「あ、はいはい」
残りの生地を焼きながら、次々に皿へ乗せて振る舞うと、瞬く間に消えていく。
うん……これは、大成功……かな?
「ホットケーキっていいよなぁ。こう……素朴な感じが好きだ」
「そう言っていただけると嬉しいです。配合は決まったので、今度は三段重ねか四段重ねにして出しますね」
「そりゃスゲーな。子供の夢が詰まっている感じだ」
カラカラ笑うリュート様に、私も微笑み返す。
「ベーキングパウダーもどきができたので、お料理の幅も広がりますね」
「そんなに?」
「そうですね、色々できますが……白丸石と月晶石の配合変化も理解したので、応用が利きますからね」
「あー……時空神……なんで、このタイミングでいねーんだよ。語り合いてーっ!」
リュート様の叫びを苦笑交じりに聞きながら、私はホットケーキを焼いたものを冷まし、そこへ生クリームでトッピングをしてベリリを可愛らしく散らしていく。
それを見たリュート様は「おっ」と声を上げてチラリとチェリシュの方を見る。
チェリシュはロン兄様の膝上で、大人しくホットケーキを頬張っているところだった。
「驚くだろうな」
「そう思われますか?」
「勿論。大喜びだろ」
「リュート様はチョコバナナにしましょうか?」
「嬉しいな。俺、クレープもチョコバナナが好きなんだよ。クッキーもチョコチップが……」
「リュート様はチョコが好きなのですね……って、リュート様? どうかされましたか?」
「あ、いや。何でも無い。いやー、チョコバナナ……いや、チョコナナトも楽しみだなぁ」
一瞬だけ何か暗い表情を見せたような気がしたのだが、彼はすぐに笑顔になって私の手元をキラキラした眼差しで見つめている。
朝食を作ってくれた人たち全員に味見と称してホットケーキを少しだけご馳走したが、とても好評だった。
そして……何よりも――
「ちぇ、チェリシュはいま……とーっても感動しているのー!」
きゃーっ! と可愛らしい悲鳴を上げたチェリシュは、目の前のホットケーキを様々な角度から見て堪能中だ。
二段のホットケーキの中央に生クリームを絞り、その周囲をベリリとブルーベリリが彩る。
迫力のあるソレに、全員が「おぉ……」と声を上げた。
リュート様が持つチョコナナトも見栄えはバッチリだ。
「温かいうちに食べても美味しいですし、冷ましてもこんな感じでトッピングができます」
「同じ材料でこれほどの変化が……恐れ入りました」
さすがのメロウヘザー様も驚きを隠せないように、リュート様とチェリシュの前に置かれているホットケーキを見つめる。
最高の配合で作ったホットケーキは厚みがあるけれども、私が求める厚みを出そうとするとベーキングパウダーでは難しい。
「このトッピングをするなら、先程作ったベーキングパウダーもどきよりも、メレンゲのほうが良いのですが……」
「卵黄だけ、大量に余るな」
「リュート様、卵黄だけ余っても問題ないのですよ? 濃厚なプリンを作れますし、カルボナーラのトッピングや、他の料理のトッピングにも使えますから」
「すぐに料理名が出てくるな……本当に、ルナはスゲーよ」
皆でデコレーションされたホットケーキを堪能し、リュート様のコーヒーを味わったあと、準備が整ったらしい朝食へと向かう。
私は味見だけでお腹いっぱいな感覚なのだが……一応、席に着く。
味見という名目で出しただけなので、量はそれほど多くなかったが……私の胃にはキツかったようである。
しかし、彼らは平然と朝食を平らげていく。
私だけが半分も食べられずにギブアップしてしまった。
わかっていましたが、みんな……よく食べますね。
「だ、ダメです……多い……」
「よし、後は任せろ」
リュート様がそう言うと、私が残してしまった分もシッカリと食べてくれた。
頼もしい限りです!
「しかし、ハーブソルト、マヨネーズ、ケチャップ、ソース、カレー粉、カレールウときて、今度はベーキングパウダーか。これを全部工房で作ろうとしたら大変だな」
「作るのですか?」
「ああ、一応、その予定。アイスを売ってくれって言う声もあるし……」
「あー……」
「おかしいな……何で遠征しているのに料理のレシピがこんなに増えているんだ? ルナって……万能過ぎないか?」
「パンのレシピだけでも、かなり増えたと思いますよ」
ダイナスさんの言葉に、リュート様は頭を抱える。
「そうだった。一旦、レシピをキュステに持って帰って貰ってレシピギルドに登録してもらったが、また増えてんだよな……」
「店長、あの多さに眩暈起こしてたっすよ」
「ナナトは満面の笑みでしたけど……」
モンドさんとジーニアスさんの言葉に、彼らの帰り際の姿を思い出して苦笑する。
跳びはねて喜ぶナナトと唖然としているキュステさんの対比は凄かった。
「ふむ……料理も堪能したから力が湧き上がってくるようだ。今なら、タイミング的にも良いか……」
そうボソリと呟いたのはメロウヘザー様であった。
「食後すぐとか、大丈夫かよ。食べているヤツもいるけど……」
「問題ありません。それにすぐ終わります」
もともと、これが目的でやってきたのだと言った彼女は、一気に力を高めて解放する。
銀色の光が波紋のように広がっていく。
それは、私やチェリシュや真白。六花や蛍を避けて浸透していった。
「やはり、貴女には弾かれてしまいましたね」
「え、えっと……?」
「体の内側にある【魔素】の浄化が必要かどうかを確認したのです。エキドナの【魔素】となれば、私以外には無理だと判断したのですが……貴女の料理で、内側から浄化されているのか、大した被害も無かったようですね」
今の一瞬で全員の【魔素】と体調などの調査を行ったというのなら、この方は相当凄い。
今まで出会った中でも、その手のことにかけてスペシャリストなのだと感じさせる力の波動――。
「まあ、カーラー家当主のお墨付きがあれば、みんな文句を言われる事無く聖都へ入れるだろうさ」
「そうだと良いのですが……」
「えー? 文句言うヤツなんていたら、オーディナルが怒るだけじゃない?」
リュート様の側で大人しく大きくなったお腹をさすっていた真白が、さも不思議だというように首を傾げる。
「さすがに、それはないですよ。オーディナル様もその点は考えてくださる……はず……です……よね?」
何故か段々不安になってきた私は、助けを求めるようにリュート様を見た。
彼は少しだけ唸り、乾いた笑みを浮かべながら呟く。
「まあ……おそらく……何とかなる……だろ?」
どちらも歯切れが悪い。
オーディナル様の事を知っているからこその歯切れの悪さだ。
どうか、もめ事だけは起こりませんように……。
そう願いながら、私たちは同時に溜め息をつく。
チラリとリュート様を見た私は、メロウヘザー様の出現でタイミングを逃してしまった『ユグドラシルの神託』も伝えないといけないな……と考え、更に深い溜め息を漏らすのであった。
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