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第十四章 大地母神マーテル

14-5 金色の神託

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 その夜は、黎明ラスヴェート騎士団が主体となって作ったパンとスープがテーブルに並び、私が居なくても驚かれるようなレベルの夕食を口にしたリュート様は、驚きながら大絶賛していた。
 食事の後にある片付けも遠征組で協力したおかげか、すぐに終わった。
 これが旅立ち当初であったら、散り散りになって、この場に残るのは黒の騎士団や教師陣だけだったのだが、今はほぼ全員が残っている。
 体調があまり良くないと自覚している人たちも、少しだけ談笑した後、休みに行くくらい打ち解けた様子に、私は涙が出るほど嬉しくなった。
 
 最初は恐れられていた。
 忌むべき者として向けられていた視線を、今の遠征組からは感じられない。
 それが何より嬉しいのだ。

 焚き火を囲みながら、それぞれが話に花を咲かせていたのだが、ある生徒がリュート様に違う大陸の魔物はどういうものか質問したのを切っ掛けに、彼は色々と話をしてくれた。
 未だ見ぬ大陸。
 そこに住まう人たちの文化や風習。
 そして、全員が食いついたのは竜帝領の強い魔物達であった。

「やはり、竜帝領は危険と隣り合わせなんですね」
「神々の世界に通じる扉を守る場所だから、特にそうなのかも……」
「竜人族が強いっていっても、そういうことだと大変だな」

 自分たちが身をもって魔物の脅威を体験したからだろう。
 話を聞いている人たちの表情は真剣そのものだ。
 こういった場合、自分たちに何ができるのか……そういう言葉が聞こえてくる。

「遠征訓練は、無駄じゃなかったようダネ」

 時空神様の言葉に、私は無言で頷く。
 優しく温かな空間。
 学生時代に体験したキャンプファイヤーを思い出す。
 あの頃は、何をしていても楽しかった。
 今だからわかるのだが、学校は沢山の教師や親が一緒になって子供達の成長を見守り導いてくれていた。
 全員が全員、必ずしもそうであったとは言えない。
 しかし、私は教師に恵まれた。
 近所や周囲の環境に恵まれていた。
 両親や兄に守られ、何不自由なく育つことができた。
 懐かしいあの頃へ戻りたいと思う反面、この時間も大切だから失いたくないと思う。
 おそらく、この考えをリュート様はずっと抱えてきたのだろう。

 大切な家族の元へ帰りたい。
 でも、今の家族も大切だから帰れない。
 どちらの家族も大切で……心配で――。
 今の私もそうだ。
 前世の家族も大切で忘れたくない記憶だし、召喚されてやってきた此方の世界も大好きだと迷うことなく断言できる。
 しかし、グレンドルグ王国の行く末も心配なのだ。
 リュート様の仮説が正しいのであれば、此方の世界で大量虐殺を行ったジュストがグレンドルグ王国にどんな厄災を持ち込むか判らない。
 今現在、ベオルフ様が相手をしているが、彼一人で大丈夫なのだろうかと不安になる。
 従者や仲間達の事も理解しているし、彼らも実力者だが、それは全てグレンドルグ王国基準での話だ。
 ジュストは此方の世界にある知識と力を持つのだから、比較にならない。
 黒狼の主ハティの本体がジュストである。その可能性が見えてきた現在、何としてもベオルフ様に伝えなければならないのだが、こういうときに限って意識をリンクさせられないのだ。
 極力、力の消耗を抑えるべくエナガの姿でいた私がウンウン唸っているのが気になったのか、ここのところあるじにベッタリだった召喚獣達が集まってくる。
 彼らが集まると、ちょっとした押しくらまんじゅう状態になるのだが、今はそれが有り難かった。
 
「コラ、真白。その袋はつっつくな」
「うー……真白ちゃんにはいい匂いがしてしょうがないのー! ルーナー、この豆を使って料理ーっ!」
「さっき食ったばかりだろうが!」
「だってええぇぇっ」

 叫ぶ真白へ視線を向けると、リュート様が時空神様から預かった麻袋の前で、真白が駄々っ子のようにジタバタしていた。
 それをつまみ上げてぷらんぷらんとした状態にしたリュート様が、真面目な顔で説教をしている。

 ……どこかで見た光景ですね。

 言葉にはしていないが私の考えを察したのだろう、私の後方で時空神様が吹き出す。
 いらないことは言わないでくださいね?
 ジトーッと視線を投げかけて訴えかけると、体をくの字に曲げて笑っていた時空神様は「わかった、わかったカラ」と、笑いながら言ってくれた。
 怪しい……という視線を投げかけていた私は、不意に何かを感じて視線を空へ向ける。
 誰かに呼ばれた気がしたのだ。

 ユグドラシル?

 確かな彼女の気配に驚いてキョロキョロと視線を彷徨わせるが、降臨したわけではない。
 ただ、何か……とても大切なことを伝えたいと考えているようだ。
 このことを時空神様に告げようとしたのだが、急に眠気に襲われる。
 異様な眠気に意識がぐらつく。
 それをすぐさま察知した時空神様が私を確保して、リュート様のポーチへ戻してくれたのだが、もう目を開けていられない。

「あちらへ意識を飛ばしていたからか、疲れちゃったみたいダネ」
「ああ、そっか。そりゃ、お疲れさんだな。今晩は会えそうなのか?」
「まだ無理だと思うヨ。聖都に到着した日の夜になるんじゃないカナ?」
「そうか。だったら、ゆっくり休んでもらおう」

 むぎゅむぎゅと体を押し込んで横に並ぶ真白と、私の頭を指先で撫でてくれるリュート様。
 落ちていく意識の中で「此方は任せて」という時空神様の声を聞きながら、意識が暗転した。



 ・・✿・✿・✿・・



 次に意識を取り戻したのは、白くて小さな花が咲き誇る草原のような場所だった。
 私はどうやら黄金の大樹に背中を預けて眠っていたようである。
 体の半身には、慣れた重み……ベオルフ様がいた。
 しかし、眠っているようで全く動かない。
 ジュストの事を伝えたかった私は彼の肩を揺するが、一向に目覚める気配が無かった。

『今のベオルフでは、この空間で意識を保つのも難しいでしょう』

 頭上から降ってくる優しい声は、間違いなくユグドラシルだ。
 懐かしい……と感じる反面。どうして、ここへ呼ばれたのか不思議に思う。

『貴女だけでも、昔と変わらない力を保持してくれていて助かりました。オーディナルに感謝ですね』
「昔と……変わらない?」
『今は意味がわからないでしょうが……そのうち判ります。ルナティエラ……貴女を呼んだのは、この後のことで助言しておきたいことがあったのです』

 ユグドラシルの姿は見えない。
 いや、この黄金の大樹が彼女そのものだ。
 本来なら見ることなど許されない、世界を創りし全ての母たる彼女。
 そんな彼女が直接神託を授けてくれるというのだ。
 私は黙ってユグドラシルの言葉に耳を傾けた。

『ベオルフは眠っているけれども、まずは貴方から……暫くは王都に滞在しなさい。北へ行くのはリュートのいう三人を確認してからが良いでしょう。私も全てを見通せるわけではありませんが、彼の考えに一理ある。そう考えます』

 ベオルフ様の眉がピクリと動く。
 しかし、眠ったままの状態だ。
 おそらく、本人は意識していないだろうが、暫く王都で活動することになるだろう。
 意識を繋ぐことができたら、改めて伝えれば良い。
 焦る必要は無いと自らに言い聞かせる。

『次に、ルナティエラ。貴女は聖都に着いたら、できるだけ店にいなさい。寮ではなく店が良いです』
「ですが……学業がありますので……」
『そこは問題ありません。さすがに1週間ほど休みを貰えるはずです。オーディナルに無理を言って場を整えましたから、そこで過ごしてください』
「……え? 場を……整えた?」
『行けばわかります。そこで、貴女のやりたいことをしていれば、自ずと大地母神マーテル関連の事が動き出すでしょう』

 その言葉に、私はハッとした。
 つまり、大地母神マーテル様に関する情報を、アレン様やサラ様が掴んだという事だ。
 とうとう、大地母神マーテル様の神殿関係者と対峙するのだと緊張する。

『恐れることはありません。誰が何と言おうと貴女はオーディナルの愛し子なのです。神殿関係者ごときが手を出せる相手ではないと教えてあげなさい』

 サラリと恐ろしいことを言っているような気がしたが、既にリュート様はそのつもりだ。
 私が主張しなくても、おそらく真白が声高らかに宣言してくれるだろう。
 リュート様、ラングレイ一家、アレン様やキュステさんたち商会に関わる人だけでも十分スゴイのだけれども……。
 参戦してくれそうな人を頭の中で考え、私は苦笑するしか無い。
 オーバーキルも良いところだ。

『貴女も把握しているでしょうが、【深紅の茶葉ガーネット・リーフ】は厄介なモノです。神族の力を削ぐ危険な代物……』
「まさか……大地母神マーテル様も、聖泉の女神ディードリンテ様のように……?」
『それは自分の目で確かめなさい。そして、貴女の手で、できるだけ癒やしてあげて。ルナティエラ、それは貴女にしか出来ない事なのです』

 私にしか出来ない事――。
 本来、回復はベオルフ様の力だ。
 だが、私の浄化が必要だというのなら、つまりは……そういうことなのだろう。

「判りました。ユグドラシル……ありがとう」

 きっと無理をしたのだと思う。
 この神託がなければ、リュート様の時のように取り返しのつかない犠牲を払うことになっていたのかもしれない。
 一瞬浮かんだのは誰の顔だったのか……意識するより早く、大樹に身を預けている私たちを、ユグドラシルが背後から抱きしめた。
 
『忘れないで……私はいつでも、貴女たちを見守っています』

 時間にしてみれば短かったと思う。
 だが、沢山のモノを得た濃厚な時間でもあった。
 彼女が私たちを見守る理由はなんだろうか――思い出せそうで思い出せない。
 ただ、愛しさだけが胸に残る。
 隣で静かに眠るベオルフ様の肩に頭を預け、私も目を閉じた。
 懐かしい――
 ただ、それが泣きたいほど懐かしかった。

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