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第十四章 大地母神マーテル
14-3 違う角度から見えてくるモノ
しおりを挟む「これが……魂の欠片……」
私は小さく呟き、術式が刻まれている魔核のようなものを再度見た。
魂を加工することなど、人にできるのだろうか。
ましてや、魔法の無い世界で――。
「何故、ハティがそんな知識を持つのか疑問だ。魔核を知り、人の魂を知る者であることに間違いない。素体となった魂の欠片は、ルナの世界に居る人々の命を奪った際に、何らかの方法で入手したんだろうな」
「可能……なのですか?」
「不可能では無い。ただし、まともな思考を持っていたらできない事ではある」
倫理的な話ということなのだろう。
あの黒狼の主ハティに、そんなものがあるとは思えない。
つまり……私が持ち帰ったのは、黒狼の主ハティがジュストであるという考えを裏付ける証拠となり得る品だということだ。
「――とはいえ、今のところ確証は無いし俺の憶測の域を出ない。だが、そうだと仮定した場合……色々と見えてくることがある」
周囲の混乱を気にした様子も無く、リュート様は淡々と語る。
彼にとって、ジュスト・イノユエは因縁の深い人物だというのに、全く気にした素振りも無い。
それどころか、違う事へ意識を向けているのか、どこか楽しげだ。
獲物を追い詰める狩人――そんなイメージを、今のリュート様に抱いてしまうのは何故だろう。
「こちらの世界からルナの世界へ移動したとして、ジュストは肉体を維持できているのだろうか」
「……え?」
「考えても見てくれ。ルナがこの世界へ来るために、俺が大量の魔力を流し、ベオルフがナビゲートして、オーディナルが介入した。これだけの神と人間が関与して、ルナを此方の世界へ移動させたんだ。いくら此方でマナを蓄えていたとは言え、五体満足で渡っているとは思えない」
確かにそうだ――。
最終的には、二つの世界を創ったオーディナル様の力がなければ、私は此方の世界へ渡ることなどできなかった。
一時、仮初めの体を与えられるわけではない。
瞬間的に此方に存在するわけでもない。
召喚獣として召喚されたが、人間である事に間違いは無いのだ。
「じゃあ……ジュストは……」
「俺が考えるに、魂だけの存在になっているか、動けない状態になっているか……。いや、魔法の無い世界で人を殺してマナを奪って力にしていると考えたら、普通に動けない状態だと思う」
「普通に……動けない?」
「魂だけの状態で世界を渡ったとしたら、ヤツは手始めに体を得ようとするはずだ。まだ、命も宿らぬマナの器へ飛び込んだか。それとも、持ち主の魂を奪って肉体を得たか……。おそらく、この二択になると思う」
「……どちらにしても、とんでもないことですね」
「まあな。ジュストがハティであると仮定して話をしているから違う点も出てくるかもしれないが、ジュストであろうと無かろうと、ヤツが力を取り込む方法から推測できる共通点はある」
「共通点?」
「ああ。さっきも言ったが、人を殺してマナを奪って自らの力へ変換する。そんなことをすれば、肉体に計り知れない負荷がかかるだろう。その負荷を抱えて日常生活を送ることなどできないはずだ」
イマイチ状態が判らずに困惑していた私に、リュート様は笑いながら「風船に空気を限界まで入れた状態で、剣山の上に転がせるか?」と問うた。
つまり、現在のハティ……いや、力を内側にため込んでいるハティは、そういう状態なのだ。
いつ、内側から破裂するか判らない。常にギリギリの状態で生活するなんて、命がいくつあっても足りない。
そう考えると、確かに普通では無い状態である。
しかも、魔力だけでも体にかかる負荷は大きいのだ。
自身の魂からあふれ出す魔力でさえ扱いに困るというのに、肉体という器の中に他者のマナを詰め込めばどうなるか……考えるだけでも恐ろしい。
世界規模で行うことを、人間の体で制御出来るはずが無いのだとリュート様は語る。
「ルナの周囲に、寝たきりか病弱で部屋から出てこられない人はいないか? おそらく、今まで聞いていた性格であれば、近くに居るのは間違いないんだけど……」
「病弱……でしたら、第三王子のオブセシオン殿下ですね。あとは、オーディナル様を祀る神殿の大司祭様でしょうか」
パッと頭に浮かんだのは、その二人だ。
オブセシオン殿下は元々病弱であったし、大司祭様は急に持病を抱えるようになったと聞いたことがある。
タイミング的に、どちらがハティでもおかしくは無い。
「一応言っておくが、性別は関係無いからな?」
「え?」
「肉体を奪っている可能性があるんだから、性別は問題にならない」
女性で病弱――。
そこでゾワリとした。
一人、心当たりがあったのだ。
「我が国の宰相コルテーゼ様のご子息である、アルバーノ様の婚約者……シュラフスト伯爵の一人娘、ソメイユ様が……原因不明の病で床に伏せっていたはずです」
「じゃあ、その三人を調べろってベオルフに伝言してくれ。おそらく、その中に黒狼の主ハティがいる」
「で、ですが、他にもいる可能性が……」
「おそらく、ルナの近くに居るはずだから、ルナが全く知らない相手ではないと思う。多少面識があるくらいがベストかな?」
リュート様の言う通りであれば、この三人が怪しいという事になる。
今までは依り代に翻弄されていたが、これで後手に回ることもなくなるのではないだろうか。
「依り代の封印が思いのほか効果が出たのは、本体が動けなかったから……」
「そういうことだ。しかし、それも仮初めの体だから、それなりに力を消耗したはず。依り代には色々と厄介な制約があるというし、活動制限時間、もしくは、移動範囲のどちらかに制限がかかっているんじゃねーかな」
リュート様の言葉を聞きながら、私は彼をジッと見つめた。
今まで悩まされていた相手を、術式一つでここまで見抜けるものなのだろうか。
いや……リュート様の術式に対する理解度が、一般のソレでは比較にならないという現れなのだと感じた。
「まあ、術式や魔法ってさ……口外できない真実ってのがあるんだ。それは、オーディナルも理解していると思う。普段からうるさい真白が口を挟まないのは、ソレ関係だろ?」
「むー、真白ちゃんはノーコメント! ユグドラシルに怒られるのは嫌だしー」
「では……一般的に禁術と呼ばれる物も、リュート様は知識として持っている……と?」
「そこは否定しない。だからこそ、ジュストがやっていたことを、この世界で一番理解しているのは俺なんだろうと思う」
切っても切れない因縁。
本人が望まずとも、似た力を持つが故に、つながり続ける縁。
それを知って尚、リュート様は笑うのだ。
「まあ、ジュストがルナの世界へ渡っていたとしたら、オーディナルが対処するだろうが……」
「そこはベオルフ様に丸投げだと思いますよ?」
「そりゃ、大変そうだ」
アハハッとリュート様は笑うが、私たちからしたら全く笑い事では無い。
ジュストとハティの件は同一人物だと確定していないが、その話を通して見える『彼が背負うモノ』の一端を見えた気がした。
背負っている本人では無いのに、その大きさに此方が不安で押しつぶされそうだ。
本来なら簡単に背負えるモノでは無いと、彼は理解しているのだろうか――。
さすがに心配なのだろう。
ロン兄様とテオ兄様は渋い顔をしているし、お父様は眉尻を下げて泣きそうだ。
それに気づいた蛍は慌てて飛んでいき、お父様を慰めていた。
チェリシュと真白を標準装備しているリュート様と似たような状態になっている気がするのは、私の気のせいだろうか。
「ベオルフには良い報告ができそうか?」
お父様達を見てほっこりしていた私に、リュート様が不敵な笑みを浮かべたまま問うた。
この笑顔を見たら、ベオルフ様は何と答えるのだろうか。
悪友のような、戦友のような……昔から知る親友のような――。
この二人にしか判らない絆がある。
それを強く感じるのだ。
「とても有益な情報だと思います」
「そっか、そりゃ良かった!」
安堵したように微笑むリュート様の膝上で、チェリシュが大きな瞳を彼へ向けて二パッと笑った。
「ベオにーにが、大喜びなのっ」
「だな」
「でも、本当にアイツろくなことをしないよねー! 性格悪ーい!」
「お前に言われるとか、よっぽどだよな」
「だよねー……って……あれ? それってどういう意味ーっ!?」
「寛大な心で何でも許す真白が嫌悪するくらい酷いヤツだってことだ」
「そ、そう? そういう意味だった? だったらいいんだけどー?」
リュート様と戯れる真白に皆が笑っていたのだが、私は「そういえば……」と思い出す。
他でもないベオルフ様から頼まれていたことがあったのだ。
「リュート様、実はベオルフ様から伝言を預かっております」
「ん?」
「えっと……『殴るほどの価値も無かった』……だ、そうです」
一瞬戸惑っていたリュート様は思い出したようにハッとしてから、納得したように頷いた。
「……そっか。了解。ベオルフがそう判断したのなら、俺が言う事は無い。そう伝えておいてくれ」
私よりも、こういうところで通じ合っているような感じがする二人のやり取りである。
もっと何かあるかと思っていたのだけれども、意外とあっさりとしていた。
「それよりもハティだよな……こっちに早く顔を出してくれねーかなぁ……思いっきり歓迎してやるのに」
「それは同意だね」
「うむ……全力でもてなそう」
「当家の威信をかけてな……」
リュート様、ロン兄様、テオ兄様、お父様――その順に言葉を発するのだが、みんな同じような表情をしている。
さすがは親子。
その迫力と、適切な言葉が見当たらないほど凄みのある笑みが恐ろしい。
とりあえず、此方へ来た日がハティの最期になりそうですね……。
なんの因果か、敵を着実に増やしている黒狼の主ハティの未来は暗いと確信し、トドメを刺すのはリュート様かベオルフ様なのだろうと確信めいたモノを抱くのであった。
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