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第十三章 グレンドルグ王国

13-7 蛍の恩恵

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 早めの昼食という事もあり、それほど空腹を覚えていないのかと思いきや、遠征組の人たちは、どこかソワソワした様子で昼食の準備を進めている。
 途中で合流した補給隊は、明らかに警戒した素振りをしているが、お父様のひと睨みで黙り込んだので、今のところ大きな問題は起きていない。
 むしろ……時空神様やチェリシュが手伝ってくれた料理が食べられるのに、何か文句でもあるのだろうか。
 オーディナル様がいなくて良かった……と、私はホッと胸をなで下ろす。
 創世神ルミナスラ様が、いつまで起きていられるか判らなかったので、急いで作ってオーディナル様に持って行って貰ったところだ。
 久しぶりに祖母と話せる機会だという事で、チェリシュもついて行ってしまったが、今頃楽しい時間を過ごしていることだろう。

 だから……お願いですから、此方を見ないでくださいねっ!?
 こんな光景を見たら、オーディナル様が怒りだして何をするかわかったものではない。
 そう考えると、時空神様はとても温厚な神である。
 
「時空神様たちの心の広さに感謝するべきですね……」
「アハハハハ、あんなのを一々相手にしていられないヨ」
「賢明だな。まあ……俺に敵意を持っている奴等は警戒して当然かも?」

 リュート様がボソリと呟き、私と黎明ラスヴェート騎士団の頭上で大人しくしているアルコ・イリスたちが一斉に、補給隊で不満げにしている人たちを睨み付けた。
 彼らは私たちの視線に気づいたのか、気まずそうに視線を逸らすが、「睨み付けている頭皮の毛根が死滅してくれたらいいのに……」という私の呟きが聞こえたのか、慌てて頭を庇い隠す。

「ルナちゃん、それは洒落にならないからやめてあげテ。キミの願いを聞き届けてあげたいと考える神は多いんだからネ?」
「さすがに神々も、こんなことに手を貸したりしません……よね? え? 無いですよね? ありえませんよねっ!?」

 意味深に笑う時空神様を見ていたら、どんどん不安になってきた私は、彼の後ろを追いかけながら質問するのだが、明確な答えは返ってこなかった。
 い、いや……さすがに、そんな暇人な神様はいないでしょう。
 
「せっかく良い雰囲気になったのに、新しい人が来て空気が悪くなったー! もう我慢ならんー! 真白ちゃんが燃やしてくるー!」
「待て待て、落ち着け。気にせず放っておけ。……それよりも、蛍の帰りが遅いな」

 リュート様の言葉に、全員の視線が海へ向けられる。
 蛍が海へ入ってから、結構な時間が経っていた。
 
「何か用事でも出来たのでしょうか……」
「まあ、暫く海から離れていたからなぁ。海の覇者だから怪我の心配は無いだろうし、遊んでいるのかもな」

 リュート様と一緒に海を見つめていると、タイミングを見計らったように海面が大きく盛り上がった。
 そこから顔を出したのは、元の大きさになっている蛍だ。
 蛍のことを知らない人たちが騒然とするけれども、私は至って冷静に海岸の方へ歩いて行く。

「蛍、どうしたのですか?」
 
 私が来たことに気づいた蛍は、腕をにゅっと出して掴んでいるモノを見せてくれた。

「あれ? 天草……ああっ! 聖都へ帰ったら、天草でコーヒー寒天を作ろうって話していたのを覚えていたのですか? しかし……とんでもない量……って、アレ? これ……昆布とわかめもある……海藻がいっぱいですね! とても嬉しいです。ありがとう!」

 私が喜んでいるのが判ったのか、蛍はぱあぁっと表情を明るくして二本の触手でバンザイしている。
 うん、そのサイズでバンザイをすると、海が凄い事になりますね……

「よし、蛍。俺が預かろうか」

 リュート様の言葉にコクコク頷いて、少しずつ渡してくれる気遣いを見せる蛍に、リュート様も笑ってしまう。

「蛍は気遣いの出来る良い子だな。さすがは、ルナの眷属」

 褒められて嬉しい蛍は、次から次へと海藻を渡していたのだが、他の腕に持っていたのは、沢山の魚介類。
 さすがに見たことも無いほど大きな魚もいて、リュート様も驚きを隠せないようだ。

「すげーな……これ、旨いの?」

 すかさず蛍が頷く。

「蛍の好物なんですか?」

 コクコク頷く蛍に、それは楽しみだと二人で笑っていると、真白が跳んできて、大きな魚を掴んでいる蛍の腕に着地した。

「すごーい! 真白ちゃんの何倍あるんだろう……ルナに美味しく料理してもらおうね!」
「蛍も期待して持ってきたんだよな?」

 えへへ……と、照れた様子の蛍の期待に応えたくて、私は一応、新米時空神のルーペを装着して魚を鑑定した。
 蛍の方が大きいので大した事無いように見えるが、地球で言うところのマッコウクジラほどのサイズはある。
 15m……いや、それ以上だろうか。
 これでは、捌くのも一苦労だ。

「このお魚、アトラウトスという魔物のようですよ? 身は脂ののったサーモンのような味わいだそうです」
「へぇ……ん? アトラウトス……? 待てよ……その魔物って、この海域に居たか?」

 リュート様は首を傾げて兄たちを見ると、珍しい魔物だと察したのだろう。
 黒の騎士団の面々が集まり始めた。
 勿論、黎明ラスヴェート騎士団もいる。

「西から中央の海に生息する魔物だが……蛍ちゃん、この海域にいたのかい?」

 お父様が問いかけると、蛍はコクコク頷いた。
 随分と仲が良くなったようで、かなり打ち解けた口調で話をしていることに驚いたのだろう。
 黒の騎士団の面々が、おもむろに頬を引きつらせた。

「ふむ……もしかしたら、エルフの使節団の船についてきたのかもしれないな」
「あぁ……釣られてきたのですね。彼らが途中で襲われずに済んで良かったです」

 テオ兄様がそう言ってホッと胸をなで下ろす。
 もし、何かあった場合、こちらの責任だとでも言いかねないのだろうか……
 エルフにいい印象を持っていないのは、やはり陰険教師の影響が大きいけれども、あまり敵視するのも良くないと考えを改めた。

「蛍の好物だということですし、夜はサーモンのカルパッチョやパスタを作りましょうか」
「うわぁ……それは楽しみだなぁ」
「ロン兄様はカルパッチョ系が好物ですものね」
「うん、あのサッパリとした感じが好きなんだよ」

 私とロン兄様がそんな話をしていたのだが、蛍は何かを思い出したようにゴソゴソしはじめ、リュート様の前に、ゴトゴトと何か石のような物を置き始めた。
 最初はそれが何か判らなかったのだけれども、石に触れて首を傾げていた彼は、ハッとした顔をして三日月宗近・神打の柄に手をかけて一閃!
 真っ二つになった真っ黒な岩の中は、青紫色の透明感のある石だった。
 その石が気に入ったのか、真白とアルコ・イリスたちは、石に群がって大はしゃぎだ。

「ま……マジか……蛍……でかした! お前、本当にすげーな! コレを探してきてくれたのかっ!?」

 蛍はコクコク頷き、真意が伝わったことで嬉しくなったのか、体をクネクネさせている。

「リュート様……それは?」
「魔石だよ、魔石! しかも、すげー高純度の魔石! オーディナルと話をしていたんだが……もしかして聞いていたのか?」

 再び頷く蛍に、リュート様は苦笑を浮かべて納得したようであった。

「だから、オーディナルは近いうちに、入手出来るかもしれないって言ったのか……蛍が話を聞いていたことを知っていたんだな?」
「この魔石は、オーディナル様からいただいた情報だったのですか」
「ノートPCを強化するのに、高純度の魔石が必要でさ……そうしたら、オーディナルが高純度の魔石は深海で発見されることが多いって教えてくれたんだ」

 採取方法を考えていたところだったと笑うリュート様に、蛍が真白のように胸を張って見せる。
 どうやら、褒めて欲しいらしい。

「蛍は、そんな深海にも行けるのですね。水圧で大変だったでしょうに、本当にスゴイですね。さすがは蛍! とても助かりました、ありがとうございます」
「うんうん、さすがだよな。深海は暗くて何も見えねーだろうに……あ、そっか。蛍は輝いているから、光に困らないのか。あ、でも、それって反対に敵を引き寄せるけど……まあ、海の覇者だもんなぁ」

 私たちの褒め言葉に蛍は嬉しそうだが、周囲は首を傾げている。

「リュート様、深海って暗いんっすか? 水圧って……?」
「……え? あ、あの……リュート様?」
「あ……いや……そうだった。失念していた……」

 リュート様は無言で私の肩に腕を回して体を反転させ、全員から背を向けた。
 そして、内緒話をするように頭を寄せ合い、声を潜めて話し出す。

「この世界の海は危険過ぎて、漁師でも呼吸が続くほどの浅瀬しか潜らないんだ。そのせいで、泳げる人も少ない」
「確か以前にもお伺いしましたが、海の中にも凶悪な魔物が多いから……でしたよね?」
「その通り。人体に深刻な影響を与える水深まで潜ることが、まず無い世界なんだよな……どう説明すればいいだろう……」

 皆から背を向けて話をすりあわせ、平静を装いながらも慌てて対策を考えている私たちに気づいたのだろう。
 時空神様は吹き出すように笑ったかと思うと、私たちの代わりにモンドさんたちへ返答してくれた。

「ルナちゃんの世界の記憶と混同しちゃったみたいダネ。召喚主と召喚獣の繋がりが強くなればなるホド、こういう現象が起こるカラ、リュートくんたちが変なことを言っても、あまり気にしないであげテ」
「ああ! ナルホド! それで焦っていたんっすね。了解っす!」
「ルナ様の世界は、魔物がいなかったから……リュート様にしてみたら、自分の記憶とごっちゃになって整理するのも大変そうだ……」
「二つの世界の常識が無意識下に定着したら、混乱してもしょうがないですよね」

 何の疑問を持つこと無く返答するモンドさんと、理由を察して頷くダイナスさんとジーニアスさん。
 三人の考察を聞き、周囲の人たちも納得したようだ。

「さ、サンキュ……助かった……」
「思い出すナ……俺も、新米時空神だった頃に苦労したヨ」
「それは大変だったな……でも、今はフォローできる立場になってるんだから、すげーよ」
「……そうカイ? リュートくんがそう言ってくれると嬉しいネ」
「リュートはシッカリしてそうで結構抜けてるところもあって、すっごく可愛い! ……けど危ういね。お兄ちゃんもドキドキしちゃったよ」
「ああ、こういう感じの時に、そういう知識が零れ落ちていたのだな……と、改めて理解した。改めて見たら以前からこういうことはあったな。私たちが気づかなかっただけか」

 ズシリと私たちの背中にのしかかるテオ兄様とロン兄様の重みを感じ、私たちは顔を見合わせて首を竦める。
 今までも、こうして無意識に危ういことを言ってしまっている自覚はあった。
 今回、それをテオ兄様とロン兄様だけではなく、お父様にも見られてしまったのだ。
 お父様は頬をヒクヒク引きつらせて、胃の辺りを押さえている。

「い、胃薬が必要……でしょうか……」
「そうだな……何か、胃に良さそうな物をプレゼントするわ……」

 さすがにマズイと思ったのか、リュート様も乾いた笑いを浮かべて、申し訳なさそうにお父様へ一礼していた。
 胃の辺りを擦りながら深い溜め息をつくお父様を心配したのか、ぽふんっという音を立てて小さくなった蛍がぴゅんっと飛んでいき、肩へ着地する。
 大丈夫? と問いかけているのか、とても心配そうだ。

「大丈夫だ。蛍ちゃんは良い仕事をしてきたんだなぁ、息子のために動いてくれてありがとう」

 ヨシヨシと撫でて貰って嬉しそうにしている蛍と、胃の痛みを忘れて朗らかに笑うお父様。
 その様子に私たちはホッと息をつくと同時に、魔物を討伐するはずの黒の騎士団の団長と、海の魔物の頂点に君臨する蛍の仲睦まじい様子から感じる幸せに、顔を寄せて笑い合った。


 
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