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第十三章 グレンドルグ王国
13-6 最高の食事
しおりを挟むパスタの生地がある程度出来上がってきた頃、満を持して、チェリシュがリュート様と手を握り、フライフィッシュの浮き袋に入れられたパスタ生地をふみふみしはじめた。
相変わらずリズミカルで良い調子である。
しかも、可愛らしい歌がついてくるので、自然と皆の視線が集まった。
いつもは恐ろしいと思われがちなリュート様が、チェリシュを支え、そのチェリシュの足元では真白がゴロゴロ転がっている。
……うん、いつもの光景ですね。
私は、そんなことを考えながらカメラを構えて撮影し始める。
「ヤッパリ、カメラの容量をもっと増やしたいよネ」
「そうですね。できることなら……」
「んー……対応しそうな水晶をピックアップしておくカナ」
時空神様が嬉しい事を言ってくれている中、チェリシュの可愛い歌声が響き、何故か真白まで一緒になって歌い出した。
可愛らしいが倍増となり、周囲の人たちが全員和んでいる。
「ふみふみ~なの。ふみふみ~なの。いっぱいいっぱい作って、食べて欲しいの~」
「ぱっくんぱっくん食べてほしい~」
ご機嫌で歌っているチェリシュと真白に、リュート様も目尻を下げていた。
「そっか、捏ねるのが大変だっていうときは、ああいう手があるのね」
「あれだったらやりやすいかも」
「でも、透明な袋みたいな物は、なんだろう……」
遠征組の生徒達から疑問の声が上がる。
それを聞いていたモンドさんが、フライフィッシュの浮き袋を数枚持って歩み寄った。
「フライフィッシュの浮き袋っすよ。ここにもあるんで、使ってみたい人はどうぞっす! ただ、滑りやすいから気をつけて欲しいっす」
「洗浄石で綺麗にしてから使ってくださいね」
すかさず、ジーニアスさんがモンドさんのフォローに入る。
違う方向では、ダイナスさんとヤンさんが説明していたので、どうやら黎明騎士団が手分けして、フライフィッシュの浮き袋を配っているようだ。
「パスタの生地って、伸ばしづらいですものね」
「リュートくんと父上が作ったパスタマシーンは……凄まじい速度でパスタを作っているネ」
言われた方角へ視線を向けると、キャンピングカーに設置されたパスタマシーンが、次々にパスタを作って木箱を一杯にしていく。
それを、黎明騎士団の人たちが代わる代わる受け取りに来て茹でている状態だ。
本来なら、生地を暫く寝かしたりする必要があるのに、どこをどうやったのか……手間を省くために色々手を加えたオーディナル様のおかげで、それと同等の生地で作ったパスタが出来上がっているようである。
「粉や材料を入れるだけで出来上がるなんて、便利ですよね」
「まあ、父上とリュートくん作だからネ……規格外な物が出来ても当然だよネ」
ふぅ……と、私たちは同時に溜め息をつく。
放っておいたら、あの二人はとんでもない物を平気で作って「こんなのが出来たんだけど」とか言い出しそうで怖い。
「チェリシュがふみふみしてくれたパスタを食べるためだけに、オーディナル様がいらっしゃったりして……」
「……ルナちゃん。それをフラグって言うんダヨ?」
「あははは……ま、まさかぁ」
「チェリシュと真白が作った生地にルナちゃんお手製のソースがかかったパスタなんダヨ? 食べたがるに決まっているじゃないカ」
「その通りだ。僕の愛し子だけでは無く可愛い孫娘と真白が作ってくれたのだから、食すに決まっている」
「お、オーディナル様っ!?」
いきなり背後へ現れたオーディナル様に驚いた私たちは、言葉も出ずに、タダ見つめていた。
しかし、それすら気にならないのか、オーディナル様は熱心にチェリシュと真白を見ている。
「妻も食べてみたいと言うからもらい受けに来たのだ」
「創世神ルミナスラ様もですか? 春菊のジェノベーゼで大丈夫でしょうか……」
「妻はハーブ系が好きだから興味を持ったようだ。それに、孫娘と真白が作っているからか、ニコニコ見ていたな」
「お一人にしても大丈夫なのですか?」
「うむ。今は、アーゼンラーナとセレンシェイラが話をしているところだ。ゼル、お前も行ってくると良い」
「いえ、俺は大丈夫ですヨ。必要であれば、タイミング的に判りますカラ……」
「そうだったな。いつも苦労をかける」
「お気になさらズ。あちらでは、『子を持って知る親の恩』という言葉がありますからネ」
「……ザネンダの件か」
「会って、話をしてきましタ。誰かの入れ知恵にしても、幼すぎる我が子に頭痛がしますヨ……まあ、最近はよくやっているようですガ」
「もっと会う機会を増やしても良いのではないか?」
「いいえ……それはあの子のためになりませんカラ。今は、周囲の言葉や俺たちの言った言葉を噛みしめる時期デス」
一応、父親として色々と考えているのだと知り、少しだけ安堵する。
ザネンダ様の件は、私も気になっていたのだ。
彼女は、ある意味見る目があったといえる。ただ、盲目に好きな相手を追いかけ回し、迷惑を考えずに突き進むような幼い恋であったが、それでも気になる。
「ルナちゃんには、迷惑をかけたしネ」
「私は良いのですが、リュート様がかなり嫌っている状態なので……なんだか少し可哀想ではあります。好きな人に嫌われている事実だけでもダメージは大きいかと……」
「リュートくんの性格じゃ、仕方ないヨ。それに、敵うはずがないのにネ。相手が悪いヨ」
何の話だろうかと時空神様と、彼の横で深く頷くオーディナル様を交互に見つめるが、返答は無い。
なんですか?
親子だけで判っているような雰囲気を出して……
「そういえば、僕の愛し子。パスタはうまくいっているか?」
「はい! この人数分をまかなえるようになりましたし、何より、みんなが楽しそうにパスタを作っていて……これが、世界中で行われているのですね」
「レシピは、僕の愛し子が作ったものを参考にして情報を広めている。それなりの物を、誰もが作ることが出来るだろう」
「創世神ルミナスラ様の心配も、一つ解消ですね」
「……なんだ、判っていたのか」
「何となく……ですが、そんな気がしておりました」
「僕の愛し子は賢いな」
大きな手でヨシヨシと撫でてくれるオーディナル様に微笑み返していると、パスタが出来上がったのだろう。
リュート様に抱っこされたチェリシュが、大事そうにパスタ生地の入っているフライフィッシュの浮き袋を持ってやって来た。
「じーじ! チェリシュとまっしろちゃんで生地を作ったの! 食べてください……なの!」
「頑張ったから、とーっても美味しいはずー!」
「ああ、勿論いただこう。楽しみにしている」
全身を使って頑張ったのだと主張するチェリシュと真白を抱っこしたオーディナル様は、嬉しそうに目尻を下げる。
どこからどう見ても、孫に甘い祖父の顔だ。
まあ、人間のおじいちゃんみたいに老けてはいないのですけれどね。
「あ、そうだ。オーディナル……【魔石加工】のスキル付与、ありがとうな。おかげで、色々と手が出しやすくなった」
「うむ。好きなように作り続けると良い。ただし、僕の愛し子に心配をかけぬようにな」
「肝に銘じておくよ」
相変わらず、リュート様とオーディナル様の関係は良好のようだ。
以前のピリピリした感じはどこへやら……である。
今の方が、私的にも嬉しいので、どうかこのまま仲良くしていて欲しいけれども……放っておいたら、また内緒で物作りをしていそうで怖い。
それが、この世界の人々に恩恵をもたらすのは判っているが、リュート様は過労で倒れるまで辞めない気がして仕方ないのだ。
いや……もしかしたら、過労で倒れても、次は倒れないギリギリで……などと言い出しかねない。
違う意味での学習をしてしまう恐れがあった。
「……ルナ? 俺、なんかやった? すげー目で見られている気が……」
「気のせいだと思いますよ?」
「そ……そう?」
何となく腑に落ちないという顔をしていたリュート様から視線を逸らし、チェリシュと真白の作ったパスタを茹で始める。
たっぷりのお湯でパスタを茹でている間に、一口大に切ったマールの身をフライパンで炒め、私の作っていた春菊のジェノベーゼソースを投入した。
良い香りが辺りに漂い、良い感じになったところで、パスタを加える。
かるくからめて皿へ盛り付け、オリーブオイルと粉チーズをかけて見栄えも良くしたら完成だ。
「オーディナル様。こちらをどうぞ」
「おお……これは美味しそうだ。妻も喜ぶだろう」
「他にも何か作りましょうか?」
「いや、元々食が細いので、この量も食べきれるか判らん」
「そうなのですか……」
オーディナル様との受け答えだけでも、創世神ルミナスラ様が思っている以上に衰弱していることが伝わってくる。
おそらく、今回、目を覚ましたのもベオルフ様の力と私の力が共鳴した影響だろう。
少しでもそれが、創世神ルミナスラ様の力になれば良いのだけれど……
「あ、そうだ。俺の淹れたカフェオレも持って行けよ」
「お前が淹れたのか?」
「ああ。ディードが与えてくれた加護だからな。時間を見つけて淹れているんだ。コーヒーの香りって癒やされるからさ」
「そうか……それを聞けば、とても喜ぶだろう」
チェリシュと真白の作ったパスタに、私が作ったパスタソースを絡めた春菊――いや、水辺の雛菊のジェノベーゼソースパスタと、リュート様が淹れたミルクたっぷりのカフェオレ。
それを、本当に嬉しそうな顔で受け取ったオーディナル様は、見たことも無いような優しい笑みを浮かべて礼を言い、それを大事そうに抱える。
「父上たちにしたら最高の食事ダヨ。ルナちゃん、リュートくん、チェリシュ、真白、アリガトウ」
時空神様もオーディナル様に似た柔らかい笑みを浮かべて、お礼を言ってくれたが、礼を言いたいのは此方の方である。
「私たちに与えてくださったパスタの恩恵を、オーディナル様や創世神ルミナスラ様にも味わっていただきたかっただけですから」
「そうなの! チェリシュがお料理も出来る事を知って欲しかったの!」
「そうそう! 真白ちゃんもやれば出来る子だって言いたいワケよー!」
「……お前さ、『やれば出来る子』って、普段は出来ない子に使う言葉だからな? 自覚あんのか?」
「あーあーあー! 真白ちゃんは何も聞こえないー」
「大丈夫なの! チェリシュがしっかり塞いでいてあげます……なの!」
コロコロ転がって聞かなかったことにしたい真白の体をがっしり掴んで、耳というか顔の横を小さな手で塞ぐチェリシュに、リュート様は吹き出してしまう。
そんな状態になっても「きーこーえーなーいー」と言い続ける真白と、「シッカリ塞いでるから聞こえないの!」と言っているチェリシュのコンビは最強だ。
「とりあえず、チェリシュと真白はリュートくんに任せて、水辺の雛菊のジェノベーゼソースパスタを仕上げちゃおうカ」
「そうですね」
隣で繰り広げられる和むやり取りを見ながら、手だけはテキパキ動かして昼食の準備を進める。
周囲を見渡しても、皆パスタ作りから茹でに移行したタイミングのようで、楽しげに鍋の中を覗き込んでいた。
そうかと思えば、次回の分も仕込んでおこうと動いて、誰かの手を借りながら踏み踏みしている人もいる。
パンを仕込んだり、パスタを仕込んだり、本当に様々だ。
その全員が、食事の準備を楽しんでいた。
これは……良い傾向かも知れない。
今まで食に関心を持っていなかった人たちが、食べるだけでは無く、作ることにも興味を覚えてくれたのだ。
「時空神様。このレシピも、よろしくお願いしますね」
「任せてヨ」
何の心配も無くレシピを頼めるというのも心強いものだ。
遠いところで「そんなあぁぁ」という声が聞こえたような気もしたが、気のせいだろう。
一向に帰ってこない蛍を気にして海を見ながらも、私は次々に茹で上がるパスタのためのパスタソース作りに勤しむのであった。
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