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第十二章 ラミア迎撃戦

12-17 変わらぬ忙しさ

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「うぅ……何も出来ない……」

 私は現在、厨房の一角に置かれたテーブルの上に設置されている籠の中にいた。
 ふかふかの布団に包まれ、ぴっとりとくっついているクラーケンとリュート様のクリスタルスライムのせいで、厨房だというのに何もできないのだ。
 勿論、これを考えたのはリュート様である。

「指示を出してもいいけど、動かないこと」

 彼は私にそう言い含めると、忙しそうに事後処理へと向かった。
 総司令官の権限をお父様へ譲渡したが、彼はメインになって動いていたことが多すぎて、他の人では手が回らないのだ。
 むしろ、彼がこれだけのことを全て一人で回していた事実に驚き、お父様は開いた口が塞がらない状態だったとロン兄様から聞いた。
 さすがはマルチタスクである。

 遠征に派遣される新人達の中にもリュート様に対し批判的だった人たちも居たと把握していた黒の騎士団は、現場の空気が険悪になることを警戒していた。
 しかし、蓋を開けてみてみれば「私たちが間違っていました! 本当は凄い人なんです!」と、まるで洗脳されたかのような変わりように、お父様の部下達もドン引きだったらしい。
 彼らが何故、そこまで変わってしまったのか――それも、すぐに理解したという。
 リュート様がしてきた仕事の内容を把握すればするほど、「あ、これは仕方ない。そうなるわ」と納得したのだ。
 それほど、彼がこなしていた仕事の量が一人で行える物では無かったという事である。
 慣れているキュステさんは呆れ顔だったけれども、アレン様は頭を抱えていたとキュステさんに教えて貰った時は、元クラスメイトたちと一緒に笑ってしまった。
 
「ルナ様、本当にこんな簡単でいいんっすか? メインは煮込んでるだけだし……」
「良いのです。リュート様たっての希望ですから」
「無理を言うな。人が増えた上に、調理できるメンバーはいつもの半数以下だからな……カレールーが無かったら、夕飯もヤバかったと思うぞ?」
「そこは、オーディナル様々っす!」
「現金な奴め……」

 ダイナスさんがモンドさんに呆れた視線を向ける。
 ここにはいないジーニアスさんとヤンさんは、リュート様のサポートで、現在走り回っているはずだ。
 厨房でいつも食事の支度をしてくれていた元クラスメイトたちの人数も少ない。
 この砦のことについての情報、ここ数日の足取り、全て時系列で報告書をまとめているところである。
 特に、昨日と今日の打ち合わせ内容に関する資料は膨大で、リュート様も四苦八苦しているようだ。
 彼の頭の中にある膨大な情報を、全て文章として書き出す作業が難航していて、彼が「PCをくれ……」と呟いていたのは、私しか知らない。
 おそらく、彼の場合は手書きよりも文字を打つ方が速いのでは無いだろうか。
 
「きっと今頃、騎士団長はリュート様の仕事ぶりに舌を巻いてるっすよ」
「考えている数倍……いや、数十倍大変だったからな。ルナ様も大変でしたでしょう? 反対に動けないことで、無理矢理でも休息を取っている現状は、良い事のように感じます」
「そうっすよ! オーディナル様も、ルナ様が大人しくしているはずがないって断言して、ルナ様特製のカレールーを大量に創って置いて行ってくださったから、すげー助かりましたし!」

 そうなのだ。
 あの後、私が料理の出来ない状態である事に不満を漏らしていたら、時空神様がオーディナル様にお願いしてくれたようで、私のお手製カレールーを大量生産してくれたのである。
 これなら、手間もかからないし、何より回復効果も期待できるだろうということであった。
 確かに、元クラスメイトたちの手にかかれば、カレーも容易い料理となっている。
 私がアドバイスするまでもなく、彼らは手際よく大量に仕込んでいる最中だ。
 
「ベオルフ様の方は……何事も無ければ良いのですが……」
 
 足湯を楽しんでいたオーディナル様であったが、ベオルフ様が大変だと察知し、私がこれ以上無理をしないように幾つか創った物を置いて姿を消してしまったのである。
 いきなりのことで驚いたが、ベオルフ様の事はユグドラシルから聞いていたので、大体理解出来た。
 こういう時は、いつも残っている時空神様もついていったので、よほどのことだろう。

 怪我も無く無事なら良いのだけれど……

 人数は減っても勝手知ったる元クラスメイトたち。
 今度はナンとサラダを仕込み始めたようだ。
 厨房での作業は慣れたもので、ナナトやキュステさんがいても平然と作っている。

「奥様……彼らが黒の騎士団を辞めることになったら、うちでスカウトしてええかな?」
「リュート様が大歓迎すると思いますよ?」

 キュステさんがそんなことを言うほど、彼らの手際は素晴らしい。
 これも一つの才能である。
 そんな彼らの働きぶりをナナトはジーッと見つめ、屋台料理にできるメニューなのかどうかを確認しているようだ。
 いつでもどこでも屋台愛の強いナナトには、感心してしまった。

「しかし、奇妙な縁やねぇ……まさか、ナナトの探しとった人たちが、奥様達と一緒におったなんて……」
「そうですね。長老と知り合いだったことに驚きました」
「しかも、村から出稼ぎに出とった人たちを屋台の店員として雇ってはったなんて……えらい偶然が重なったもんやわ」

 私たちが保護する形となったキャットシー族だが、彼らは、ナナトの屋台で働いている従業員の親族だった。
 このことに驚いたのはナナトもそうであったが、村長達も同じである。
 突然無くなってしまった村を、暇さえあれば探している従業員を不憫に思い、ナナトはこれまで情報を集めていたらしい。
 だが、これまで全く手がかりを掴めなかったのだ。
 まあ……魔物の多いこんな森の奥深くにいるとは、誰も考えなかったはずである。
 
 ここへ来て彼らのことを知ったナナトは村長と対面し、喜び勇んで従業員へ連絡を取った次第だ。
 住居の確保や仕事の手配をリュート様とキュステさんが行っていることも理解したナナトは「一生ついていきますにゃー!」と、泣きながらリュート様に抱きついていた。

 まあ……ナナトがそうなったのは、彼らを保護してくれていたから――という理由だけでは無い。
 私が遠征で作ったレシピと、コーヒーが大いに関係していたのだ。

 キャットシー族の人たちは、戻ってきた皆を労ってコーヒーを振る舞ってくれたのだが、その味に最も感動したのはナナトである。
 この素晴らしい飲み物が屋台の商品にならないか、レシピは無いのかと大騒ぎし始め、言っても聞かないナナトにイラッとしたリュート様が氷漬けにするまで止まることは無かった。
 全くもって、ナナトらしい。
 
「奥様……この遠征で、またメニューがえらい増えてはるけど……ホンマに休まなアカンよ? だんさんと違ぅて体力あらへんのやから体壊してしまうよ?」

 しかし、ナナトとは違い遠征で増えたレシピを見て眉をひそめる者が居た。
 他でもないキュステさんである。
 店の売り上げに繋がることは大好きだが、私の体調が最優先だったようだ。
 私に苦言を呈する姿は、まるで母親のようである。
 本当の母に言われてこなかった分、なんだか嬉しいような……少しだけ複雑な気持ちを抱いてしまう。
 
「うぅ……今は動けないから……大丈夫ですぅ」
「実力行使に出んと休まへんのは、似た者同士やねぇ」
「うー……真白、キュステさんにダイレクトアタックです」
「え? いいのっ!?」
「目ぇキラキラさせて言わんといて! アカンから! やったらメッ!」
「えー……ちょっとくらいいいでしょー? 竜人族なんでしょー? 平気だってー!」
「いや、よくあらへんよ!?」
「まっしろちゃん、大人しくしていないとリューかベオにーにに怒られちゃうの」
「リュートはいつものことだけど、ベオルフに怒られるのは嫌ー!」
「……ホンマに素直やねぇ……でも、だんさんに怒られるんもアカンからね? チェリちゃんと一緒に大人しゅうしてような?」
「はーい!」

 膝上に乗せたチェリシュと、その頭の上に乗っている真白をあやすキュステさんは完全に保育園にいる先生だ。
 いつの間にか、チェリシュとも仲良くなっていたし、子供受けが良いのかも知れない。
 今は、小さいもの組に囲まれているけれども、相変わらず不憫属性はついてまわっている。
 
 現に今も、モンドさんが取り出した熱い鉄板の角がキュステさんの頭を直撃し、慌てる周囲に「平気やから、焦らんでええよ」と言って周囲を宥めていた。
 いや、これは不憫というよりも……不幸?

「最近は不幸まで招いているような気が……」
「奥様? 何か言わはった?」
「いえ、なんでも……キュステさんも気をつけてくださいね?」
「え? 今のも避けられるように気ぃ張ってろって言わはるんっ!?」

 酷い! と言うキュステさんの頭を、チェリシュがヨシヨシと撫でている。
 真白もソレをマネしてご満悦だ。

「いえ、そうではなくて……最近、なんだか心配になるくらい不憫がグレードアップしていそうで……」
「グレードアップするもんなんっ!?」
「キュステさんならあり得そうだなぁって」
「そないに不吉なこと言わんといて! 自分が怖なってくるから!」

 ブルリと体を震わせるキュステさんを見ながら、不憫に思う。
 おそらく、オーディナル様でも匙を投げそうな不憫の星の下に生まれたキュステさんは、チェリシュと真白に慰められながら、数日間の激務で疲れた体を思う存分に癒やすのであった。
 
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