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第十二章 ラミア迎撃戦

12-13 眷属

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 とりあえず、ナナトが両手を差し出している相手が私の兄代わりの人であると説明しながら、あとでレシピを渡す事を約束する。
 周囲を見渡しても、魔物の脅威は去ったと見て良い。
 地面にへたり込んでいる人が多い印象だが、問題児トリオは元気に動き回って、全員の無事を確認しているのは流石である。
 元クラスメイトたちも、それぞれ動き出したようなので一安心だ。

「片付いたな」
「ああ、ベオルフのおかげで助かったよ」
「……相手が悪かったな。あの力……対策を考えておいた方が良い。私のように無効化は出来ないのだからな」
「判った。ちょっと考えてみる」

 二人がそんな会話を交わしているときであった、急速に近づいてくる何かを感じて、私とベオルフ様は同時に振り返る。

「ああああぁぁぁぁっ! やっぱりいいぃぃぃっ!」

 うん、知ってた。
 ベオルフ様の気配を感じて、この子が黙っているはずが無いのだ。
 ばびゅんっ! という音が聞こえそうな勢いで跳ねてきた真白は、私の体に体当たりをしようとした。
 しかし、慣れた様子でベオルフ様が鷲づかみにする。

「この体はルナティエラ嬢のものなのだから、その勢いでぶつかったら危ないではないか」
「ベオルフだああぁぁっ」

 鷲づかみもなんのその。
 グリグリグリグリと高速回転で、自分の体を掴んでいる手に頬をすり寄せる。
 いくつも飛び出すハートマークが見えるほどだ。

「……何か納得いかねー」

 ボソリと呟くリュート様は、どこか憮然とした表情で真白を見ていた。
 言いたいことは判るけれども、真白のベオルフ様好きは仕方が無い……かも?
 真白と紫黒の運命を良い方向へ導いた人で、甘えさせてくれたのだから懐いていても仕方が無い。

「真白……魔物がいる場所に突貫してくるのは感心せんな」
「え? 神獣は魔物を排除する者だよー? 真白ちゃんなら平気だもん」
「本来の力が出せないのだから、そういう考え方では身を滅ぼすぞ。いいか? そもそも……」
「あーあー、ベオルフ様ストップです! ここで長い長い説明をしていたら日が暮れてしまいますから、とりあえず、撤収です!」

 ベオルフ様の説明という説教が始まりそうになったので、私は慌てて止めた。
 アレが始まると長いのは、身をもって知っているから必死だ。
 そして、そのタイミングを見計らったように、新たな力を感じる。

「あ……オーディナル様?」

 私の呟きに周囲がざわめく。

「主神オーディナル。神力は抑えてください」

 すかさずベオルフ様の注意が入り、オーディナル様が少しだけ慌てたような気配を感じた。
 忘れてはいなかったけれども、神力の押さえ方が甘かったようである。
 数人は神力にあてられて顔色を悪くしていた。

「無事で何よりだ、二人とも」

 何も無い空間に光球が現れたかと思いきや、その光が弾け、中からオーディナル様が出現する。
 ベオルフ様の注意もあってか、かなり神力を抑え込んできてくれたようだ。

「あー、オーディナル! ベオルフのこの形態は何ー?」
「ああ、それは力の一端を僕とゼルで加工した後、僕の愛し子の中へ埋め込んだような感じだ。よほどのことが無ければ発動しないようにしていたが……その、よほどのことがあったようだな」
「それに関しては……時空神にでも聞いてください。見ていたはずです」
「判った。そうしよう」

 オーディナル様と私たちがいつも通りの会話をしている中、周囲はといえば……やはり、傅き頭を上げずに声がかかるまで待っている状態である。
 そんな周囲にお構いなしなリュート様は、物言いたげにジトリとオーディナル様を見つめていた。
 それを知ってか知らずか、はたまた邪魔をされたくないからか、オーディナル様は完全にスルーしている。
 オーディナル様は慣れているから平気なのだろうが、この状況は私たちが居たたまれない。

「オーディナル様……」
「主神オーディナル……」

 私とベオルフ様が同時に名を呼ぶ。
 それで何を言いたいのか察したのだろう。
 オーディナル様は、渋々と言った様子で周囲へ目を向け「挨拶は不要だ楽にしろ」と告げた。
 ぶっきらぼうにもほどがある。
 もしかしたら、何かあったのかもしれない。

「オーディナル様は……ちょっと不機嫌ですか?」
「少しな……しかし、色々と考えたものだ。自力で意識を小鳥に変化させるとは、さすがは僕の愛し子」
「ベオルフ様が体を乗っ取ったからです!」
「あの場合は仕方あるまい」

 いつものように言い合いを始めた私たちを微笑ましく見ていたオーディナル様は、チラリとリュート様へ視線を移す。

「お前も頑張ったようだなリュート」
「できる限りやりましたけど……ベオルフの助けがなかったら、正直危なかったです」
「大体予想がつくな……だが、それは仕方の無いことだ。今のお前では無理というだけで、今後はどうなるかわかるまい?」

 オーディナル様の言葉を聞いて、リュート様は顔を上げる。
 今後はもっと強くなるのだろう? と、笑みを浮かべるオーディナル様は、不機嫌だったことも忘れているようで安心してしまう。
 何だかんだ言いながら、リュート様の事を気にかけてくれているようだ。

「一人で抱え込むことが無くなったのは良い傾向だと言える。だが、焦って事を進めようとするな。お前は冷静であれば敵無しなのだからな」
「……心に刻んでおきます」

 その返答に満足したのか、オーディナル様はリュート様の頭をポンポンと叩いてから、クルリと体を反転させ、此方をジッと見つめていたクラーケンへ視線を向ける。
 ま……まさか……いきなり攻撃したりしませんよねっ!?

「あ、あの、オーディナル様……その子は……」
「眷属を迎え入れたのか?」
「へ?」
「ふむ……魔物……というには、変質しかけているな。なるほど、一度【混沌結晶カオスクリスタル】に取り憑かれていた魔物か。僕の愛し子を守るために、はせ参じたようだが……どうしたい?」

 それは誰に向けられた言葉だったのだろう――そう考えている間に、クラーケンがモゾモゾ動き、何かを伝えるように腕をくねらせる。

「その心意気や良し。ならば、少し力を貸してやろう。だが……二度とは戻れぬが良いのか?」

 コクコクと頷くクラーケンに、オーディナル様は笑みを浮かべて見せた。
 それから、一気に神力を解放する。
 さすがに、その力に抵抗できず、私とベオルフ様と真白以外の全員が膝をついた。
 真白を追いかけてきたのか、それともオーディナル様の来訪に気づいたのか、時空神様が慌てて飛んできてオーディナル様の神力を遮断するけれども、半数は意識を飛ばしている。
 せっかく起きた人たちも、踏んだり蹴ったりだ。
 お父様たちが乗ってきた天馬は一塊になって震えているし、本当にとんでもない力である。

「ルナティエラ嬢……見てみろ」
「あ……小さくなっていく?」

 巨大なクラーケンが小さく変化していき、最終的には私の手のひらサイズになってしまう。
 ゆらゆらと輪郭を歪めながら浮遊する水宝珠の中、小さくなって可愛らしい姿へ変化したクラーケンが、ふよふよ浮いていた。
 しかも、自由自在に浮遊している。

「え? 小さくなって……元の大きさには戻れなくなったのですか?」

 私が慌てて質問すると、水宝珠の中にいたクラーケンは、ポンッという軽快な音を立てて巨大化した。
 いや、音のわりにはやっていることが凄まじいですよっ!?
 呆然と見上げる私の様子を窺っていたクラーケンは、ハッとした様子で足を掲げると……ストンっと斬り落とす。
 ……え? 斬り落とした?
 その足を持って、私へ捧げ物だというように恭しく掲げるので、困惑してオーディナル様を見る。

「主を持つ魔物にはよくあることだが、それは、絶対服従の証である貢ぎ物だな」
「貢ぎ物っ!?」
「そのクラーケンは僕の愛し子に恩返しがしたいということだ。僕の愛し子のおかげで、無事に産卵を終えたから、あとは僕の愛し子を守る事に力を使いたいと言う。四六時中側に居るのなら、その大きな体では色々と不便だろうと思って力を貸してやったのだ」
「な、なるほど?」

 そう呟いたけれども、訳がわからない。
 私に恩義を感じることなど何も無いというのに……しかも、魔物なのに律儀というか、義理堅い。
 魔物も色々だとリュート様から聞いていたけれども、これは想定外過ぎる。
 断るべきだろうか……そう考えていたら、何を勘違いしたのか、クラーケンは足をもう一本斬ろうとするので慌てて止めに入った。

「ち、違います! 貢ぎ物が足りないとは言っていません!」

 そうなの? と首を傾げる姿をするクラーケンに、私は頷いて見せる。
 すると、安心したように小さな姿へ戻ったかと思うと、私に戯れ付いてきた。
 これって……完全に懐かれた?

「魔物も虜にするのか……末恐ろしいな」
「ベオルフ様に言われたくありません! 貴方は人タラシですからね」
「ルナティエラ嬢ほどではあるまい」

 私たちの言い合いを真白とクラーケンが楽しそうに笑いながら見ている。
 そして、オーディナル様はトドメのように言った。

「眷属が増えて良かったな」
「眷属って……まるで神族か魔族のようです」
「勿論、神族寄りの眷属に決まっている。今後、様々な力に目覚めていくだろう。可愛がって育ててあげなさい」
「は……はい。でも……本当に良いのでしょうか……」
「その子が望み、願ったことだ。既に魔物とは違う何かになりかけていたというのは、それだけ想いが強く、素養もあったということだな」
「時々いるんダヨ。魔物から神族の従者になる個体ってネ」

 時空神様が説明するように言葉を挟んでくるが、こうなることが判っていたという表情だ。

「ここまで見えていたんですね」
「こうなれば良いと思った未来を、ルナちゃんがシッカリとたぐり寄せてくれたのは間違いないヨ」
「……信じてくれて、ありがとうございます」
「ルナちゃんだったら、気づいてくれるって思っタ。俺の判断は間違っていなかったケド……怖い思いをさせてゴメンネ」
「いいえ……他の未来は、酷いものだったのでしょう? 私が見たのも……笑えませんでした」
「五体満足で終わるのはこの未来だけだったからネ」

 一瞬だけでも見えた未来は、リュート様が片腕を失いながらも辛勝した姿であった。
 その後の生活は困難を極め、腕を元通りにする代償として魔力の大幅な低下を招くか、青銀製義手を付けるかの二択をせまられていたのだ。
 良かった……そんな未来が待っていなくて――
 そして、時空神様が残してくれていたヒントに気づけて良かったと、心から思えたのである。


 
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