494 / 558
第十二章 ラミア迎撃戦
12-13 眷属
しおりを挟むとりあえず、ナナトが両手を差し出している相手が私の兄代わりの人であると説明しながら、あとでレシピを渡す事を約束する。
周囲を見渡しても、魔物の脅威は去ったと見て良い。
地面にへたり込んでいる人が多い印象だが、問題児トリオは元気に動き回って、全員の無事を確認しているのは流石である。
元クラスメイトたちも、それぞれ動き出したようなので一安心だ。
「片付いたな」
「ああ、ベオルフのおかげで助かったよ」
「……相手が悪かったな。あの力……対策を考えておいた方が良い。私のように無効化は出来ないのだからな」
「判った。ちょっと考えてみる」
二人がそんな会話を交わしているときであった、急速に近づいてくる何かを感じて、私とベオルフ様は同時に振り返る。
「ああああぁぁぁぁっ! やっぱりいいぃぃぃっ!」
うん、知ってた。
ベオルフ様の気配を感じて、この子が黙っているはずが無いのだ。
ばびゅんっ! という音が聞こえそうな勢いで跳ねてきた真白は、私の体に体当たりをしようとした。
しかし、慣れた様子でベオルフ様が鷲づかみにする。
「この体はルナティエラ嬢のものなのだから、その勢いでぶつかったら危ないではないか」
「ベオルフだああぁぁっ」
鷲づかみもなんのその。
グリグリグリグリと高速回転で、自分の体を掴んでいる手に頬をすり寄せる。
いくつも飛び出すハートマークが見えるほどだ。
「……何か納得いかねー」
ボソリと呟くリュート様は、どこか憮然とした表情で真白を見ていた。
言いたいことは判るけれども、真白のベオルフ様好きは仕方が無い……かも?
真白と紫黒の運命を良い方向へ導いた人で、甘えさせてくれたのだから懐いていても仕方が無い。
「真白……魔物がいる場所に突貫してくるのは感心せんな」
「え? 神獣は魔物を排除する者だよー? 真白ちゃんなら平気だもん」
「本来の力が出せないのだから、そういう考え方では身を滅ぼすぞ。いいか? そもそも……」
「あーあー、ベオルフ様ストップです! ここで長い長い説明をしていたら日が暮れてしまいますから、とりあえず、撤収です!」
ベオルフ様の説明という説教が始まりそうになったので、私は慌てて止めた。
アレが始まると長いのは、身をもって知っているから必死だ。
そして、そのタイミングを見計らったように、新たな力を感じる。
「あ……オーディナル様?」
私の呟きに周囲がざわめく。
「主神オーディナル。神力は抑えてください」
すかさずベオルフ様の注意が入り、オーディナル様が少しだけ慌てたような気配を感じた。
忘れてはいなかったけれども、神力の押さえ方が甘かったようである。
数人は神力にあてられて顔色を悪くしていた。
「無事で何よりだ、二人とも」
何も無い空間に光球が現れたかと思いきや、その光が弾け、中からオーディナル様が出現する。
ベオルフ様の注意もあってか、かなり神力を抑え込んできてくれたようだ。
「あー、オーディナル! ベオルフのこの形態は何ー?」
「ああ、それは力の一端を僕とゼルで加工した後、僕の愛し子の中へ埋め込んだような感じだ。よほどのことが無ければ発動しないようにしていたが……その、よほどのことがあったようだな」
「それに関しては……時空神にでも聞いてください。見ていたはずです」
「判った。そうしよう」
オーディナル様と私たちがいつも通りの会話をしている中、周囲はといえば……やはり、傅き頭を上げずに声がかかるまで待っている状態である。
そんな周囲にお構いなしなリュート様は、物言いたげにジトリとオーディナル様を見つめていた。
それを知ってか知らずか、はたまた邪魔をされたくないからか、オーディナル様は完全にスルーしている。
オーディナル様は慣れているから平気なのだろうが、この状況は私たちが居たたまれない。
「オーディナル様……」
「主神オーディナル……」
私とベオルフ様が同時に名を呼ぶ。
それで何を言いたいのか察したのだろう。
オーディナル様は、渋々と言った様子で周囲へ目を向け「挨拶は不要だ楽にしろ」と告げた。
ぶっきらぼうにもほどがある。
もしかしたら、何かあったのかもしれない。
「オーディナル様は……ちょっと不機嫌ですか?」
「少しな……しかし、色々と考えたものだ。自力で意識を小鳥に変化させるとは、さすがは僕の愛し子」
「ベオルフ様が体を乗っ取ったからです!」
「あの場合は仕方あるまい」
いつものように言い合いを始めた私たちを微笑ましく見ていたオーディナル様は、チラリとリュート様へ視線を移す。
「お前も頑張ったようだなリュート」
「できる限りやりましたけど……ベオルフの助けがなかったら、正直危なかったです」
「大体予想がつくな……だが、それは仕方の無いことだ。今のお前では無理というだけで、今後はどうなるかわかるまい?」
オーディナル様の言葉を聞いて、リュート様は顔を上げる。
今後はもっと強くなるのだろう? と、笑みを浮かべるオーディナル様は、不機嫌だったことも忘れているようで安心してしまう。
何だかんだ言いながら、リュート様の事を気にかけてくれているようだ。
「一人で抱え込むことが無くなったのは良い傾向だと言える。だが、焦って事を進めようとするな。お前は冷静であれば敵無しなのだからな」
「……心に刻んでおきます」
その返答に満足したのか、オーディナル様はリュート様の頭をポンポンと叩いてから、クルリと体を反転させ、此方をジッと見つめていたクラーケンへ視線を向ける。
ま……まさか……いきなり攻撃したりしませんよねっ!?
「あ、あの、オーディナル様……その子は……」
「眷属を迎え入れたのか?」
「へ?」
「ふむ……魔物……というには、変質しかけているな。なるほど、一度【混沌結晶】に取り憑かれていた魔物か。僕の愛し子を守るために、はせ参じたようだが……どうしたい?」
それは誰に向けられた言葉だったのだろう――そう考えている間に、クラーケンがモゾモゾ動き、何かを伝えるように腕をくねらせる。
「その心意気や良し。ならば、少し力を貸してやろう。だが……二度とは戻れぬが良いのか?」
コクコクと頷くクラーケンに、オーディナル様は笑みを浮かべて見せた。
それから、一気に神力を解放する。
さすがに、その力に抵抗できず、私とベオルフ様と真白以外の全員が膝をついた。
真白を追いかけてきたのか、それともオーディナル様の来訪に気づいたのか、時空神様が慌てて飛んできてオーディナル様の神力を遮断するけれども、半数は意識を飛ばしている。
せっかく起きた人たちも、踏んだり蹴ったりだ。
お父様たちが乗ってきた天馬は一塊になって震えているし、本当にとんでもない力である。
「ルナティエラ嬢……見てみろ」
「あ……小さくなっていく?」
巨大なクラーケンが小さく変化していき、最終的には私の手のひらサイズになってしまう。
ゆらゆらと輪郭を歪めながら浮遊する水宝珠の中、小さくなって可愛らしい姿へ変化したクラーケンが、ふよふよ浮いていた。
しかも、自由自在に浮遊している。
「え? 小さくなって……元の大きさには戻れなくなったのですか?」
私が慌てて質問すると、水宝珠の中にいたクラーケンは、ポンッという軽快な音を立てて巨大化した。
いや、音のわりにはやっていることが凄まじいですよっ!?
呆然と見上げる私の様子を窺っていたクラーケンは、ハッとした様子で足を掲げると……ストンっと斬り落とす。
……え? 斬り落とした?
その足を持って、私へ捧げ物だというように恭しく掲げるので、困惑してオーディナル様を見る。
「主を持つ魔物にはよくあることだが、それは、絶対服従の証である貢ぎ物だな」
「貢ぎ物っ!?」
「そのクラーケンは僕の愛し子に恩返しがしたいということだ。僕の愛し子のおかげで、無事に産卵を終えたから、あとは僕の愛し子を守る事に力を使いたいと言う。四六時中側に居るのなら、その大きな体では色々と不便だろうと思って力を貸してやったのだ」
「な、なるほど?」
そう呟いたけれども、訳がわからない。
私に恩義を感じることなど何も無いというのに……しかも、魔物なのに律儀というか、義理堅い。
魔物も色々だとリュート様から聞いていたけれども、これは想定外過ぎる。
断るべきだろうか……そう考えていたら、何を勘違いしたのか、クラーケンは足をもう一本斬ろうとするので慌てて止めに入った。
「ち、違います! 貢ぎ物が足りないとは言っていません!」
そうなの? と首を傾げる姿をするクラーケンに、私は頷いて見せる。
すると、安心したように小さな姿へ戻ったかと思うと、私に戯れ付いてきた。
これって……完全に懐かれた?
「魔物も虜にするのか……末恐ろしいな」
「ベオルフ様に言われたくありません! 貴方は人タラシですからね」
「ルナティエラ嬢ほどではあるまい」
私たちの言い合いを真白とクラーケンが楽しそうに笑いながら見ている。
そして、オーディナル様はトドメのように言った。
「眷属が増えて良かったな」
「眷属って……まるで神族か魔族のようです」
「勿論、神族寄りの眷属に決まっている。今後、様々な力に目覚めていくだろう。可愛がって育ててあげなさい」
「は……はい。でも……本当に良いのでしょうか……」
「その子が望み、願ったことだ。既に魔物とは違う何かになりかけていたというのは、それだけ想いが強く、素養もあったということだな」
「時々いるんダヨ。魔物から神族の従者になる個体ってネ」
時空神様が説明するように言葉を挟んでくるが、こうなることが判っていたという表情だ。
「ここまで見えていたんですね」
「こうなれば良いと思った未来を、ルナちゃんがシッカリとたぐり寄せてくれたのは間違いないヨ」
「……信じてくれて、ありがとうございます」
「ルナちゃんだったら、気づいてくれるって思っタ。俺の判断は間違っていなかったケド……怖い思いをさせてゴメンネ」
「いいえ……他の未来は、酷いものだったのでしょう? 私が見たのも……笑えませんでした」
「五体満足で終わるのはこの未来だけだったからネ」
一瞬だけでも見えた未来は、リュート様が片腕を失いながらも辛勝した姿であった。
その後の生活は困難を極め、腕を元通りにする代償として魔力の大幅な低下を招くか、青銀製義手を付けるかの二択をせまられていたのだ。
良かった……そんな未来が待っていなくて――
そして、時空神様が残してくれていたヒントに気づけて良かったと、心から思えたのである。
314
お気に入りに追加
12,205
あなたにおすすめの小説
この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。
レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。
【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。
そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。
たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。
わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。
ううん、もう見るのも嫌だった。
結婚して1年を過ぎた。
政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。
なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。
見ようとしない。
わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。
義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。
わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。
そして彼は側室を迎えた。
拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。
ただそれがオリエに伝わることは……
とても設定はゆるいお話です。
短編から長編へ変更しました。
すみません
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。