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第十二章 ラミア迎撃戦

12-11 前提条件が残念な新能力(リュート視点)

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 ルナに睨み付けられていた黒鎧の男は、静かに問うた。
 
「お前は……誰だ?」
「それは、此方の台詞だが。まあ……隠していても仕方が無い。私の名はベオルフ・アルベニーリだ。ルナティエラ嬢の……兄代わりだな。妹のように可愛がっている彼女の、万が一を考えて力の欠片を隠し、ピンチだと感じた時に私が出てくるよう、主神オーディナルの力を借りて仕掛けていた」

 別段隠し事をする必要も無いという態度で、あっけらかんと答えるベオルフに、黒鎧の男は少々面食らったようだ。
 困惑した様子を見せたまま、彼に問いかける。
 
「ネタばらしをして良かったのか?」
「バラしたところで、何も変わらない。今回上手くいったのだから、次回はもっと上手くやれる」

 淡々と交わされる会話の内容は驚くべきものであった。
 ルナの中に擬似的な人格と力を隠し、ピンチになったら出てくるように細工していたというのだから驚きだ。
 力だけなら可能だろうが、人格まで受け入れられるものではない。
 本来なら、ルナの体か精神に悪影響を及ぼすはずだ。
 

「お前達だから出来る手段だな……本来なら、精神崩壊を起こすぞ」
「本来なら……な。だが、私たちは少々特殊なようだ。互いを傷つける事は無い」
「……どうやら、そのようだな」

 全く問題が無いという事は、根本的に俺たち人間とは違う何かがあるということを、ここで証明したも同じ事で……
 判ってはいたが、やはり驚きを隠しきれない。
 圧倒的な力を持つ相手にも臆すること無く語るベオルフは、ルナとの強い繋がりだけでは無く、その魂の強さを示しているように黒鎧の男からの圧を受け流す。
 黒鎧の男は、その力が本物であるか試すように力を解放したが、ウルトルとエキドナがへたり込んだだけで、ルナの姿をしたベオルフは平然としている。
 俺たちにも、ビリビリと伝わった力を、ベオルフは全く問題視していないところが恐ろしい。

「全く……効果無しか」
「効果があるはずなかろう。初手で気づいているのに、二度も試すとは……無駄な事が好きな奴だ」

 呆れた――と、言わんばかりの言い方に黒鎧の男もカチンときたのか、沈黙してしまう。
 敵と見なした相手に、全く容赦が無い。
 ベオルフの辛辣な言葉は、相手の精神を切り刻んでいるようだ。
 うん……俺には出来ない戦法だな。
 てか、あれだけ確実に相手の心や精神をえぐる言葉をチョイスすることなんて、普通に出来る事か?
 
「臆病者、短絡馬鹿、無駄好き……揃いも揃って、己の愚かさをひけらかしに来るほど暇なのだな。忙しい私に、少し時間をわけてほしいものだ」

 べ、ベーオールーフーっ!?
 そこまで煽るかっ!?
 無表情な上に淡々とした口調で語られる辛辣な言葉――いや、もう致死量の猛毒を含んでいると考えてもいい言葉のオンパレードに、相手も冷静ではいられないのだろう。
 エキドナからはヒステリックな声が上がり、ウルトルは剣を引き抜き斬りかかっていく。
 それを待っていたように、ルナは盾で受けとめる。
 そして、確実に急所を狙って大槍を突き立てようとした――その瞬間、黒鎧の男が動き、ウルトルの襟首を掴んで後方へ投げた。

「邪魔だ」
「そっちこそ邪魔すんなよ!」
「今のは確実にやられていたぞ……娘の体だから致命傷にはならないだろうが、それでも……戦闘技術は相手のほうが数段上だ。お前の力は全て封じられている」
「え……ということは……そいつも、アンタと同じ? 力を無効化するのかっ!?」

 同じ――?
 ベオルフの力は聞いていたし、黒鎧の男も似たような力を持っているとは思っていた。
 だが、同一の物だと、誰が考えるだろう。
 だって……それは――ヴォルフと同じ力だ。
 アイツが持っていた、神々すら無視することの出来ない……十神すら注目していた力だった。
 ベオルフはルナに聞く限り【黎明の守護騎士】であるから得た力だと考えられる。
 しかも、ヴォルフとは比べものにならないほど強い。
 だが……目の前の黒鎧の男は、ヴォルフに近い感覚がした。

「同じ力……な」

 ベオルフがジッと相手を見つめる。
 探るような視線を受け、黒鎧の男は居心地が悪そうに一歩下がった。
 その反応だけで、二人には何かあると感じるには十分である。
 異質な『無効化』の力が、いくつも存在するはずがない。
 この黒鎧の男とベオルフには、何かある。
 そして、それは……ヴォルフにも関係があるのではないかと考えた。

 あの時、幼い俺たちを襲った魔物の狙いがヴォルフだったら?
 いや……最初はイーダを狙っていた。
 それは、始めに魔物と対峙した俺が一番よく判っている。
 
 しかし、何故か標的を変えたのだ。
 まるで……狙っていた相手が違ったとでもいうように――

 ルナとベオルフとヴォルフ……そして、目の前の黒鎧の男。
 まるで、何かに導かれるように出会い、今ここにいる……その姿を見ているだけで、俺の中で何かがざわめくのを感じていた。

「ふむ……同じ……というには、禍々しいな」
「私の持つ純粋な想いが禍々しいと言われては、少し傷ついてしまうが……それを受け入れず否定した者は、正しいと言えるのだろうか」
「どうだろうな。何を第一に考えるかで変わってくるだろう。私の第一はルナティエラ嬢だ。だからこそ、ここにいる」
「なるほどな……何を第一に……か」

 深い溜め息をついた黒鎧の男は、不意に振り返り、エキドナとウルトルへ視線を移した。

「お前達は帰れ。邪魔だ」
「だから、そこに憎い男がいるんだっての!」
「お前では、そこの男には勝てん。動けないリュート・ラングレイを餌にして始末されるぞ」

 俺を餌に――まあ、否定は出来ないかな。
 ベオルフならやりそうだ。
 動けない俺を使うなら、それが一番効率良く、相手にも効果的だと思う。

「お前の後ろにいる連中が手を出さなければ、此方も手を出さない。動きを封じているだけにとどめることにしよう」
「急な提案だが……何故だ?」
「得体の知れないお前を相手にするだけでも面倒なのに、万が一にもリュート・ラングレイや、その仲間が復活してみろ……此方が一気に不利になる」
「言葉では何とでも言えるな……」
「あの二人を回収しに来ただけで、こんな厄介ごとはごめんだ」

 それは本心だったのだろう。
 さすがの俺たちにも判るほどの、演技では無い心の底から感じているだろう『呆れ』が伝わってくる。
 撤収させたら目的は果たされるのだと言う彼の言葉に間違いは無いが……

 ニア・ファクティス先生の無念を晴らせなくなる――

 エキドナの言葉の端々に感じる強烈な嫌悪は、おそらく……ヤツが、自分の策や悦楽のために、ニア・ファクティス先生とご家族を殺したからだ。
 ニア・ファクティス先生の絶望する表情がリアルだった理由なんてわかりきっている。
 ヤツが目にしたことがあるから、演じやすかった。
 ただ……それだけだ。
 だから……ヤツだけは――エキドナだけは始末を付けたい。
 ウルトルは言わなくてもやってくるが、アイツはベオルフの言うように臆病者だ。
 ルナには変な敵愾心を持っているが、基本的には隠れて指示を出しているタイプ……こうして、前へ出てくることの方が珍しい。
 今ココで始末をつけなければ、もっと苦しむ人が出てしまう。

 だから……動け、動けよ、俺の体!

「リュート。今ではない……それは今ではないから焦るな。必ずヤツは出てくる。ルナティエラ嬢がいる限りな」

 どういうことだ?
 視線だけ動かして、顔を此方へ向けて静かに見つめてくるルナ……いや、ベオルフを見つめ返す。

「主神オーディナルに詳しく聞け。臆病者……お前はルナティエラ嬢を無視出来ない。そうだな?」
「……オーディナルの人形に興味なんて無いわ」
「わざわざ『人形』とつけなければならないほど気にしているというのにな……まあ、ルナティエラ嬢ほど主神オーディナルに愛された者はいないだろう。いつも『僕の愛し子』と言って、目尻を下げているからな」

 ベオルフの言葉を聞いたエキドナは、ギリギリと歯を噛みしめて悔しそうに顔を歪ませるが……ん? それって……どういう……意味だ?
 まさか――

「お前達の情報をこの男に提供してどうする。さっさと戻れ!」

 黒鎧の男の怒号に、さすがのエキドナとウルトルはマズイと感じたのか、渋々と言った様子で撤退するための作業に入ったようだ。
 懐から取り出した赤黒い結晶を地面に叩きつけ、ゲートのようなものを開く。

「お前は……どーすんだよ」
「私は別の案件がある。お前らは帰ってから叱責があると思うが、自業自得だ。暫くは、大人しくしていることだ」

 そう言って黒鎧の男は文句を言おうとしていた二人を、問答無用でゲートの中へ蹴り入れた。
 黒い霧が縁取り、赤い渦が見える禍々しい空間へ放り出された二人の姿はすぐに見えなくなり、そのゲートもすぐに閉じてしまう。
 目の前で取り逃がした――それが悔しくて仕方ない。

「さて、邪魔者も帰ったことだし……もう少しだけお前には話がある」
「同感だが、そろそろ効果が切れるのではないのか?」
「大丈夫だ。私はそちらの力に特化しているといっても過言ではない。ベオルフは……まだ、扱い切れていないようだが?」
「問題ない。すぐに扱えるようになる。それに……」
「ぴゅうああぁぁぁっ! もーっ! 人の体を好き勝手に扱わないでくださいーっ!」

 男達の剣呑な会話に割って入ったのは、真白――ではなく、ルナだった。
 真っ白な小さな毛玉が出現し、ルナの頭にぶち当たる。

「痛いぞ、ルナティエラ嬢……そんなマネもできるようになったのか」
「何が、そんなマネも……ですか! 必死に考えて、頑張って頑張って……やっと形にしたんですよっ!? 呆れるところでは無く褒めるところです!」

 華麗に肩へ着地した……いや、滑り落ちそうなルナをベオルフがわかっていたようにフォローしていたのは、流石だ。
 一瞬だけ礼を言った彼女は、ハッとした顔をして怒りのためか、羽毛をこれでもかというほど膨らませた。
 
「うむ、素直に凄いな」
「……え? 凄いですか? え、えへへ……それほどでも……」

 ……ルナ? いや、違う、そこは照れるところではないと思うが?
 その前に、「褒めるところ」というツッコミも違うよな? それって催促するところ?
 しかし、白い毛玉が照れたようにモジモジしている姿は、何とも言えず愛くるしい。

「色々と考えて動くのは美徳だが、時と場合を考えた方が良い。アレはマズイ」
「そうですか? 悪意はありませんし、攻撃する気もないようですよ? 動きを封じているのも、この一帯全てですもの。害意があるなら、私たちだけで良かったはずです」

 冷静なルナの言葉に、確かにそうだと思う。
 俺たちを害するなら、エキドナとウルトルだけ除外したように、魔物も除外できたはずだ。
 動けない俺たちを魔物に襲わせたら、それで終わっていた。
 厄介ごとだというまでもない。
 つまり……コイツは、最初から俺たちを傷つける気は無かったということになる。
 意外と冷静に物事を見ているルナに対し、ベオルフは驚くことも無く「そうか」と頷いた。

「便利な能力ゲットですねぇ……意識を切り離して、仮初めの体を生成する。これって、私の新能力では?」
「かもしれんな」
「ということは……これから、色々と使えそうですよっ!?」
「前提条件が、本人の行動不能のようだがな」
「……あ」

 うん、知ってた。
 ルナのそういう、ちょっと抜けたところがまた可愛いんだよ。
 敵が目の前にいるっていうのに、俺たち全員が和んでいる。
 しょうがないよな、ルナが可愛いから、仕方ないよな?

「リュート……時にはちゃんと叱らないと、ルナティエラ嬢が調子に乗るぞ」

 俺の心の内を読んだように、呆れたような視線を投げかけるベオルフ。
 しかし、外見はルナなので、微妙にダメージが……
 ルナにあんな目で見られたら……俺……暫く立ち直れそうにないぞ。
 
「リュート様は、ベオルフ様みたいに意地悪ではないのです」
「私は意地悪で言っているのでは無く、真実を教えているだけだ」
「そこに、いじって遊ぼうという気はないのですね?」
「ない……とは言い切れんな」
「ほらーっ! もー! ベオルフ様の意地悪ーっ!」

 翼でペチペチ叩くルナと、それを受けとめるベオルフ。
 何とも仲睦まじい姿なのだが、ルナって……こんな感じだっけ?
 なんか……ちょっとだけ真白っぽいか?
 
 二人のジャレ合いを見ていると、前世の妹と俺の姿が重なって見えた。
 前世の妹にも、兄の俺にだけ見せる姿があった。
 困ったヤツだと思いながらも、そういうところがあるから可愛らしいと思うし放っておけない。
 おそらく、ベオルフもそんな感覚なのだろう。
 黒鎧の男を忘れてじゃれ合うルナとベオルフが心配になってくるが、当の黒鎧の男は静かに二人を見守っている。
 どこか寂しげに、懐かしそうに目を細めて……
 その視線に気づいたのか、ルナがパッと黒鎧の男を見た。
 
「あ、そうだ。貴方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「思い出したついでのように……」
「ベオルフ様は黙っていてください」

 すかさずベオルフのツッコミがはいる。
 けれども、それを翼でペチッと叩いて黙らせたルナは、真っ直ぐ黒鎧の男を見据えた。
 
「……仲が良いのだな」
「はい。意地悪ですが、私の自慢の兄……みたいな感じですもの」
「そう……か」
「それで、お名前は?」
「私はニグレドだ」

 黒鎧の男は素直に名乗った。
 そして、ルナとベオルフの双方を見て、少しだけ悲しげに目を伏せる。
 彼が何故そんな態度を取るのか判らないが、その姿が妙に幼い頃のヴォルフに重なって見えた。

 
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