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第十二章 ラミア迎撃戦

12-1 戦闘開始

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「遠距離攻撃魔法を使える者は、塁壁上よりラミアを狙い撃て! ディードリンテ様の結界が守ってくれるとは言え、油断するなよ! 魔法が使えない者は支援、および、遠距離武器を使っての迎撃開始!」

 リュート様の威厳ある声が響き渡る。
 前回とは違い、今回のリュート様は総司令官として戦場を支配していた。
 アクセン先生とオルソ先生がリュート様の死角になる場所を担当し、随時、情報が入ってくる。

 魔物との戦いになれていない者が多く、ヘタに打って出るのでは無く、籠城しつつ迎撃することになったためだ。
 今回のラミアが普通では無いと、今では全員が認識している。
 だからこそ、慣れているヤンさんとモンドさんの部隊以外、出来るだけ外へ出ないよう――出ても、すぐに結界内部へ帰ってこられるような配置になっていた。
 そうなると、いつもと戦い方が変わる。
 今回重宝されるのは、魔法使いと物理遠距離攻撃が行える者だ。
 
 砦から離れること無く、近距離戦が得意な者たちは敵の注意を引き、塁壁上部からの遠距離攻撃が降り注ぐという戦い方は相手も予測していたのだろう。
 遠くで大きな音がして、そちらへ自然と視線を向ける。
 バリスタだ――

「あの方角なら予想通りだな」
 
 彼が予測していた場所にバリスタを設置しようと移動しているのか、樹木をなぎ倒し、巨大な兵器が移動していた。
 此方が予測していたことを悟られないよう、適度に攻撃をするが、メインは目の前に居るラミア達だ。
 弓や槍などの中距離と遠距離の武器が目立ち、かなり強い魔法も使ってくる。
 聖泉の女神ディードリンテ様の結界をすり抜けてくるのは、全面クリスタルスライムの結界があるわけではないからだ。
 元々、キャットシー族の村を守っていた結界もあったので、彼女の力は研究されていたのだろう。

「ディードリンテ様の結界は、対バリスタ用だ! 結界内部に侵入されても焦るな! 冷静に対処しろ!」

 リュート様の檄が飛び、動揺していた生徒達が表情を引き締める。
 敵が近づいてくることに恐怖を覚えるのは仕方が無い。
 私だって怖い。
 エナガの姿でリュート様がアクセン先生から貰ったポーチに入っているからマシだが、戦っている彼らは考える事が多く、軽くパニックになりそうなのだろう。
 ここで、経験の差が出てくる。
 問題無く暴れ回っているのは、元クラスメイトたちで、全く危うげも無い。
 むしろ、通信をしながら余裕そうなのが凄いと感じた。

「負傷した者は一旦引け! 後方で治療して、異常が無ければ戦線へ戻るようにしろ! 無理をするのは、今じゃ無い!」

 オルソ先生の大きな声も聞こえてくるが、場は騒然としていて、冷静さを保つのも難しい。
 前回の恐怖からか、遠征組の動きは鈍いけれども、元クラスメイトたちがフォローに入る。

「へばるのが早いな……」

 小さなリュート様の呟きが聞こえた。
 彼の視線の先を見ると、塁壁上にいる魔法使い達は眼下のラミアへ攻撃をしかけているのだが、魔力の消耗が激しいのか肩で息をする者が多く見受けられる。

「だから、体力をつけろとあれほど……」

 後輩の不甲斐ない姿に呆れる先輩と言った表情を見せた彼は、次の瞬間には司令官の顔に戻り、攻撃魔法を繰り出しながらイルカムを起動させた。

「魔法科の方に聖術科を数名向かわせて、動けない奴等を後ろへ引っ張ってくれ。ああ、回復をメインで頼む」

 イルカムで指示を出しつつ、バリスタの攻撃が始まるまでに、どれだけラミアの歩兵を減らせるか――リュート様は、それに重きを置いているようだ。
 遠征組が戦闘に参加していられるのは序盤だけ。
 おそらく、バリスタを破壊できる前後まで持てば良いほうで、最後まで動ける者はごくわずかだ――と、彼は私に言っていた。
 この様子を見ていたら、リュート様の言う事は間違い無いと感じる。
 
 最終的には、リュート様と黒の騎士団が迎え撃つことになるのだろう。
 出来るだけ力を温存しておいて欲しいが、彼らはそういうタイプではない。
 ダイナスさんの指示が飛び、同じチームのメンバーが前へ出た。

「まさかのカウボアとスペランカスパイダーかよ! この前、親父達がこの森で討伐したばかりなのに、何だあの数――」
「リュート・ラングレイ!」
「判っている! アクセンは手を出すな! ダイナス! そのまま迎撃して数を減らせ! ジーニアスは援護!」
「了解!」

 ギリッとリュート様が奥歯を噛みしめる。
 本当なら、自分で突っ込んでいきたいところなのだろう。
 しかし、まだダメだと彼は気持ちを落ち着ける。
 リュート様が動けないのも、バリスタを破壊するまでだ。
 
「リュート様! バリスタの攻撃が始まりました!」
「タイミングが最悪だな。しかも、一箇所……無理矢理設置したか。まあ……ヤンとモンドに任せて問題ねーだろ」

 素早く周囲の状況を把握して、リュート様は声を張り上げる。
 
「バリスタの矢が抜き抜けてくる恐れがある! 全員、上空に警戒しろ! ルナは異変があったら報告を頼む!」
「は、はい!」

 とうとう、バリスタの攻撃が始まった――

 私は息を呑み、目をこらす。
 現時点で、怪しい気配のある矢は無い。
 聖泉の女神ディードリンテ様の結界に守られ、時空間魔法の結界内部に居るクリスタルスライムたちが意欲的に矢を防いでいた。

 ――意欲的に?

 クリスタルスライムの様子を確認したいが、今は【混沌結晶カオスクリスタル】が装着されているかもしれない矢を見極めるので精一杯だ。
 き、気になるけれども……今は我慢!
 その時だった、ゾワリとした感覚がした。
 間違い無い――【混沌結晶カオスクリスタル】だ!

「リュート様! 二時の方向から来ます!」
「了解!」

 万が一、その矢が聖泉の女神ディードリンテ様とクリスタルスライムの防御壁を抜けた場合を考えて、リュート様は腰から三日月宗近・神打を抜き放つ。
 今回は三日月宗近・神打で迎え撃つつもりだ。
 周囲にも緊迫した空気が流れ、息を呑んで状況を見守る。
 聖泉の女神ディードリンテ様の結界を通過し――クリスタルスライムの結界が、それを阻む。

「あ……結界が阻みました!」
「よしっ! うまくいったか!」
「よっしゃー! さすがはリュート様!」
「おし! 上空は気にしなくていいな!」

 俄然動きの良くなった元クラスメイトたちが、塁壁から地上へ降り、結界の外に居るラミアへ攻撃を開始した。
 それにレオ様たちも続くが、まだ熱があるのだから無理はしないで欲しい。

「アイツら……ったく……」

 リュート様も、召喚術師科特殊クラスの動ける面々が、元クラスメイトたちと共に迎撃を開始したのを見て、少しだけ困った表情を浮かべた。
 戦況は一時的に優勢になるが、それも長く続かない。
 彼らの限界は、すぐにやってくる。

「リュート様! 続いて一時の方向です! 三……いえ、数は八です!」
「一時方向! 全員警戒しろ!」

 これはマズイのではないだろうか――残っているバリスタの数と矢の数が合わない。
 私が気づいたのだから、勿論、リュート様も気づいている。
 眉をつり上げ、バリスタのある方角を注視した。

「この短期間に改造したのか? いや……連射出来る改良型バリスタを隠していやがったのか!」
「リュート様、全ての火矢に【混沌結晶カオスクリスタル】が装着されています!」

 リュート様は走り出し、火矢から全員を遠ざけるよう指示を出す。
 聖泉の女神ディードリンテ様の結界に阻まれ、火は消えた。
 しかし、クリスタルスライムの結界に突き刺さった矢の一本が、守りの薄い場所を貫通したのだろうか、此方へ飛んで――

「……はい?」
「え? ルナ……どうしたっ!?」
「あ、いえ、あの……えーと……クリスタルスライムが防ぎました。だ、大丈夫……です」
「そうか! ふぅ……こんなに早い段階で突破されたのかと思った……よし、全員火矢を注意しろ! 火矢を見たら、着弾地点を予測して念の為に避難してくれ!」

 リュート様がすぐに指示を出すが、着弾地点を瞬時に割り出すなんて、普通の人に出来るのだろうか……
 困惑している周囲に構わず、リュート様は珍しく魔法の詠唱に入る。
 どうやら、クリスタルスライムたちの防御力を上げる気らしい。

「慈悲深きその御手で 大いなる恵みをもたらす者 清く澄んだひと雫 穢れを払い潤いを与えし者 共にありて 命を育みし力 打ち払い 押し流し 再び集いて 堅牢なる盾を与えよ!」

 彼の凄まじい魔力が辺りの空気を震わせ集う。
 その威力に魔法の心得がある者たちは震え、信じられない者でも見るかのように凝視する。
 リュート様が詠唱をすること自体珍しいので、おそらく、彼が本気で魔力を込めた魔法を見たことが無いのだろう。
 突如現れた濃密な魔力に言葉も出ない様子である。
 十神から直接依頼されるリュート様の実力は、伊達では無いのだ。

「よし、これでクリスタルスライムの防御壁も大丈夫だろう。ルナはポーチから出ずに、引き続き周囲を警戒して異変を感じたら、すぐに教えてくれ」
「は、はい!」
「ジーニアス! 後方支援部隊の指揮を任せる!」
「了解です!」
「もう少し持ちこたえろ! すぐに戦況が変わるはずだ!」

 彼の指示を聞きながら動く元クラスメイトたちにエールを送りながら、私は……チラリとクリスタルスライムを見る。
 リュート様の魔法で支援されたからか、結界内部のクリスタルスライムたちが飛び跳ねんばかりに喜んでいるのだ。
 そして――

「アレは……どうしましょう」

 リュート様に聞こえないように小さな声で呟く。
 私の視線の先には、一匹のクリスタルスライム――
 しかも、結界の外へ出て、聖泉の女神ディードリンテ様の結界内を、好き勝手に移動している。
 本来なら、すぐさま報告案件なのだが……

「あの子……【混沌結晶カオスクリスタル】に反応して集めているのですよねぇ」

 思わず頭を抱えてしまいたくなる。
 一匹だけ、明らかに動きが違うのだ。
 他の子たちも変だが、あの子だけは違う――いや、違い過ぎる。
 私が言う前に、【混沌結晶カオスクリスタル】が装着されている矢を発見して移動し、【混沌結晶カオスクリスタル】を取り込んで処理しているのだ。
 これが、自分の力を増大させるために集めているのなら問題なのだが、そうではない。
 結界内部の地面に穴を掘り、そこへ……ぺっ! と吐き出しているのである。
 興味が無いのか、それとも危険物質と認識しているのか――全くもって謎だ。
 それに、クリスタルスライムたちの間で会話でもしているのか、その一匹に他のクリスタルスライムたちが何か伝えている様子も見受けられる。

 どうしよう――報告した方が良い気もする。
 でも……どうやって?
 人に危害を加えるどころか、全員を守るように動いているし、こんな話をしても反対に混乱を招くだけでは無いだろうか。
 むしろ、上手く伝えられる自信も無い。
 私の不安げな視線に気づいたのだろう。
 クリスタルスライムたちが一斉に此方を見た……ように感じた。
 そして、「心配しなくてイイヨー!」とでも言っているのか、ぽよんぽよん跳ねている。
 動きは可愛らしくて、「任せましたよ!」と言いたくなるが……聞いた話から抱いたイメージと違いすぎるために混乱してしまう。

「え……ええぇぇ……」
「ルナ?」
「あ、いえ、あの……クリスタルスライムって……あの……」
「何匹か犠牲になる可能性はあるが、ディードリンテ様の水があるから核が壊されない限り問題ない。そんなに、心配しなくても大丈夫だ」
「あ、は、はい……そう……なんです……ね」
「もしかして、核が壊されたのかっ!?」
「い、いえ! それどころか、元気いっぱいです!」
「お、おう……それは何よりだ。……って、オイ! レオ、お前は前へ出すぎだから、もっと下がれ! ガイアス、その馬鹿を後ろへ下がらせてくれ! シモンは右の茂みに注意だ! 召喚獣たちも前へ出すぎるな! 言ってるそばから突っ込むんじゃねええぇっ! ファスうぅぅっ! イーダがいないからって好き勝手してんじゃねーぞ! 好き勝手やりすぎたら主の元へ強制連行するからな!」

 そういう心配はしていないのだけれども……と、言葉には出来ず、色々な意味で大変そうなリュート様には言えなくなってしまった。
 チラリと問題のクリスタルスライムを見れば、ぽよんぽよん跳ねて次の【混沌結晶カオスクリスタル】が装着されている矢へ向かっていく。
 そのついでとばかりに、ラミアから攻撃を受けている人たちを手助けしていた。

 全くと言って良いほど、此方への敵意は感じられない。

 ただ、忠実に【混沌結晶カオスクリスタル】を狙って妨害をし、スペランカスパイダーが張り巡らせた糸を見ては、酸を吐いて溶かす。
 その姿を目で追いながら、私の報告はいらなくなったな……と、少しだけ現実逃避がしたくなった。
 
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