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第十一章 命を背負う覚悟

11-43 七色の宝珠

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 ふわりと浮く感覚。
 はて……ココはどこだろうと、辺りを見渡す。
 淡く輝く透明な床の上を水が流れ、周囲には星空が広がっている。

「あれ? 私はリュート様たちと会議をしていたはずでは……?」

 膝に抱っこしているはずのチェリシュと真白がいない。
 リュート様の声も聞こえない。
 意見を出し合っていた責任者の面々もいないのだ。

 状況を掴めず、ただ、何かに導かれる。
 そんな感覚を覚えながら前へ進んでいたら、急に目の前の景色が変わった。

 正面に見えるのは、黄金の巨木。
 見事な果実がたわわに実った、神聖な力を感じる樹木――ユグドラシル?
 ユグドラシルの根元は緑豊かな大地と、澄んだ湧き水があるのだけれども、見たことも無いほど美しく、綿毛のような光球がそこから生まれて漂う。

「ようこそ……いいえ、お帰りなさいかしら? ――」

 神聖なる力を宿す巨木の前にいた彼女は、私の名を呼んだ。
 そう感じているのに、その名前が何であったか認識することが出来ない。
 彼女の「お帰りなさい」に「ただいま」と応えたいのに、まだだ、今では無い、まだ早いという声が頭の中でこだまする。

「どうして……私をここへ?」
「少しだけ、彼に力を貸して上げて欲しいの。でも、その時はアナタも手を貸せるほど余裕は無いから、少しだけ私の権限で介入させて貰うわね」
「介入って……時間の介入ですか? 負担がかかるのでは……」
「貴女方が背負った物に比べたら、たいしたことでは無いから気にしないで……」

 しかし、彼とは……?
 誰のことだろうと首を傾げていると、ユグドラシルが指を宙に滑らせる。
 すると、大きくて薄いスクリーンのようなものが浮かんだ。
 そこに映し出されているのは、怒り心頭といった様子のベオルフ様だった。
 彼がここまで感情的に怒り、力任せに解放しようとしているモノを悟り、私は反射的に悲鳴混じりの声を上げる。

「え、どうして……それはダメ!」

 その力を今使ってはいけないと、私の頭の中で警鐘が鳴り響く。
 大きな負担だ。
 魂すら疲弊させてしまう。
 ここで、その力を使えば、今後の彼はまともに活動することもできないだろう。

「制御を手伝って欲しいの。力の一端を引き出すのに、貴女のサポートは必要不可欠……出来るかしら」
「できなくてもやります! このままではベオルフ様が危険です!」

 やり方なんて知らない。
 判らない。
 それでも――と、私は映像のベオルフ様に向かって怒りたいのか、泣きたいのか判らない気持ちを抱えて腕を伸ばす。
 そこから流れ込んできたのは、彼が見た絶望的な村の光景と惨状だった。
 あまりにも凄惨な光景に吐き気がした。
 人の死、大量の血、虚ろな瞳、老若男女問わず、その場に居た誰もが死んでいる。
 ベオルフ様は直接見ていないが、村の出身であるラルムと、その親代わりであった村長の会話、生存を信じて弟を助けるべく駆け出す仲間たち。
 大量の禍々しい姿となった黒い牛と戦い、屍すら動き出す状況下で、彼が怒ったのだ。

 あれだけの怒りを抱えてもおかしくは無い。
 そう考えながらも、初めて目の当たりにした凄惨な光景に涙が滲んだ。
 ショックが大きすぎたからか呼吸がうまくできず、胸元を押さえていた私の背中を、ユグドラシルが優しく擦る。
 
「彼は、こういう光景を今までも……そして、これからも見る事になるでしょう。彼が彼である限り。永遠に――」
「どうして……」

 これが本来の体であれば、吐き気だけで済んだか判らない。
 頭も心もぐちゃぐちゃだ。
 映像であれ、こんなに酷い光景を……私は初めて見た。
 こんなに貧しい村を見たのも初めてだ。
 つまり……私は元の世界を何も知らなかった。
 限られた世界しか知らず、ベオルフ様が背負ってきた物も判っていなかった。
 彼が無傷で帰ってくるから……あまりにも普通と変わらなかったから――

「……違う。私に心配をかけないように……普通にしていたんだ……」

 私が知らない様々な事を抱え、それでも平気だと笑う。
 ベオルフ様も……リュート様も――
 自己嫌悪なんて言葉は生易しい、自分の存在全てを否定したくなるような感情が芽生え……「違う!」と心の中で誰かが叫ぶ。
 そうではない。
 私がするべきことは、自責の念で動けなくなる甘ったれた自分を叱責し、全てを飲み込んで前へ進む事だ。

「ユグドラシル……やり方を教えてください。制御する方法を!」
「では、よく聞いていてくださいね。貴女と彼だけにしかない宝珠を見つけてください。力を繋いでいるラインを辿ればあるはずです。そこに力を注ぐだけ……」

 説明は抽象的すぎて判りづらい。
 しかし、彼女の言葉を意識して自分の内側にある力を探る。
 今までの修行が、ここで役に立った。
 繊細な魔力の流れも感じられるようになっていたのだ。
 明らかに違う、色で例えるなら七色の輝きを持つ何かがあった。
 最初は糸のように細い繋がりだったが、それは辿っていくほど太く強い流れになっていく。
 その流れの中央に、見たことも無い宝石が浮いている。
 七色に輝くそれは、全てから守られるように巨大なクリスタルに阻まれていた。
 
「……オーディナル様の力?」

 その巨大なクリスタルからは、オーディナル様の力を感じたのだ。
 私たちを守るために、オーディナル様が施した結界の一端だろう。

「少しだけ……少しの間だけ、私に力を貸してください」

 紡がれた言葉に反応してか、クリスタルたちが動き、道を開く。
 守られる宝珠の前へ進み、指先で触れると同時に様々な記憶が私の中へ流れ込もうとしたのだが、すぐさまユグドラシルが私の目を覆った。

「今は、力の制御だけを考えなさい」
「は、はい!」

 怒りで我を忘れ、本来なら解放されることの無い力を使おうとまでしているのは……彼がいる村の人たちが無残にも殺されてしまったからだ。
 殺されただけではなく、その死を冒涜し、死体を操り、魂すら汚そうとしている。
 それに怒り、憤り、浄化の炎で焼き尽くそうとしていたのである。

「浄化は……私の担当だと知っているはずなのに……」

 本当にどうしようもない人だと、私は宝珠に触れる。

『月の輝きからこぼれし雫、怒れる太陽に与え、浄化と再生の炎と成せ』

 私の言葉は、どこの世界の言葉だっただろうか――
 ただ、私が紡いだ言葉に反応した宝珠が目映く輝いた。
 どうやら、問題無く彼が力を解放できたようだと知り、ふぅ……と安堵の吐息をつく。

 そういえば、私を目隠ししていたユグドラシルはどこへ行ったのだろうかと振り返り見ると、いつの間にか先ほどいた場所へ戻ってきていた。
 もう、七色の力の源である宝珠は無かった。

「もう少し見ていたかったけれども……」
「いつか、その時が来ます」
「……そうですね」
 
 おそらく、それが私の最終目標だ。
 オーディナル様が現在は守り、制御してくれている力を全て取り戻し、2人で制御する。
 あの場所に、私たちの原点があるのだと知れただけでも良かった。

「お礼をしなければなりませんね」
「いいえ……ベオルフ様を助けるためなら、お礼など……」

 ――と、そこまで言ってから、私は口を噤んだ。
 少しだけお願いしてみたいことがあったからである。

「あの……過去の映像を見ることは出来ますか?」
「ええ、それくらい造作も無いことです」
「では、リュート様が皆を迎えに行った時、ラミアから襲撃された時の映像を見たいのですが……」
「判りました。それでは目を閉じてください。その時へ導きましょう」

 導く?
 私は疑問を感じて小首を傾げたのだが、彼女は柔らかく微笑むだけだ。
 もしかして……何か……ある?
 そう考えたのも束の間、私の目の前が真っ暗になった。

「いってらっしゃい……貴女は、どちらの事も知り、そして、一歩踏み出す糧としてくださいね」

 ユグドラシルの柔らかな声が、私にそう告げる。
 彼女が何を求め、何を考えているのか判らないが、悪意などあるはずもない。
 ただ、私たちのことを考えて手を貸してくれているのだろう。
 だからこそ、彼女が指し示す先を見てこなくては……

 私の意識が何かに溶けていくのを感じながら、そのぬくもりをよく知っている気がして、無意識に微笑んだ。

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