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第十一章 命を背負う覚悟

11-37 魔塔と高度な術式を使う魔物?

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 パイの生地は冷蔵庫で寝かし、代わりにバゲットの生地を取り出した。
 いつもとは違う生地が出てきたので、チェリシュは何だろうと首を傾げて私の手元を凝視している。
 いつもとは違い、かなり緩い生地なので不思議なのだろう。
 木製の台の上にぽてっとした生地を二等分し、縦に三つ折りにしてから20分ほどのベンチタイムを取る。
 他の生地も仕込んでいたら、順々に出来上がってくるだろうと、最初に仕込んだ物を違う場所へ移動させて並べておいた。
 元クラスメイトたちは、まだパイ生地に悪戦苦闘しているようだったけれども、リュート様のアイテムのおかげで、かなり楽になったようである。
 先ほどのようなカオスな状態からは脱したようだ。
 私の手元を見ながら手をにぎにぎしているチェリシュを、リュート様と真白が笑いながら見ていたが、さすがに朝からポーション作りで忙しかったチェリシュを手伝わせるわけにはいかない。
 休める時には休もうな? と、リュート様に言われて大人しくしていた。
 こういうところが素直で可愛いと思う。
 これが真白だったら、ジタバタしてゴロゴロ転がってぴーぴー鳴きながら騒ぐはずだ。
 聞き分けの良い姉と奔放な妹と言った立ち位置であるが、とても仲が良いので安心している。
 これが親心というものだろうか。

「ルナ様、こっちに並べていけば良いですか?」
「はい、バゲットの生地は、20分のベンチタイムを取りますから、此方へ並べてください。最初に仕込んだ方は、そろそろ出来上がっていますので、次の工程に移りますね」

 寝かせていた生地を裏返し、だいたい15cm角になるよう意識して伸ばす。
 それを縦に三つ折りにして奥から半分に折り込み、とじ目をシッカリと押さえて開かないようにする。
 シッカリと閉じたのを確認したら転がして棒状に整えてから、厚手の布地の上に撥水性のあるシートを適当な大きさに切って乗せた。
 そこへ、先ほど棒状に整えた生地を置き、横へ広がらないように畝を作って濡れ布巾をかけた。
 取り板が無いので苦肉の策ではあるが、撥水性のあるシートであればくっつく心配もないし、取り出しやすいはずだ。
 これで二次発酵の準備は完了である。

「出来上がったら、隣に移動させて、同じく畝を作ってから濡れ布巾をかぶせておいてくださいね」
「手の動きが……はやはやなのっ」
「淀みがねーよな」
「シュババババッ! って出来ちゃってるー! すごーい!」
「食べ物を使った魔法だよね……」

 私の手際に驚きの声を上げるチェリシュ、リュート様、真白、ボリス様。
 それは嬉しいのだが、あまりジッと見つめられると気恥ずかしい。

「る、ルナ様……もう一度……」
「あ、すみません」

 見学していた人たちも把握出来なかったようで、今度はゆっくりと行程を説明しながら見せていく。
 なるほど……と、頷きながらメモを取る元クラスメイトたちは、それぞれ理解したのか自分の持ち場へ戻って作業を開始した。

「アイツら……どんどん、パン職人の道を進んでるな」
「リュートだって職人の道を進んでるから、人のこと言えないよ」

 ボリス様にすかさず突っ込まれたリュート様は、言葉に詰まったように「うぐっ」と呻いた。
 確かに、人のことを言えませんよね。

「彼らの場合はパンだけど、リュートの場合は多岐にわたるからね……お祖父様が嘆いていたよ?」
「術式をそういう物に使うなって?」
「術式の研究者として魔塔に勤めろって」
「あんな辛気くせーところ、性に合わねーんだよ」
「だろうね……リュートは外で動いている方が好きだし、魔塔に入ったら、全員に筋トレさせそうだよね」
「アイツら体力ねーから、魔法の質がドンドン落ちてるって言ってるのに、聞きやしねぇ」
「まあ、程よくならいいけど……騎士科のノリでされたら倒れちゃうよ」
「15歳くらいのメニューだぞ?」
「それでもだよ」

 ボリス様は呆れたように言っているが、『魔塔』という初めて聞いた単語に私は視線を上げた。

「あの……『魔塔』とは何ですか?」
「術式を専門に研究する機関でね。魔法を使う研究機関では最高峰の場所で、王城の近くにある塔を拠点としているんだ」
「じゃあ、エリート中のエリートというか、選りすぐりの方が集まる場所なのですね」
「そういうこと。今はジュストとリュートの術式を研究対象にしているみたいだよ」

 嫌な名前を聞いた――
 私の頬がピクリと反応したのを見逃さなかったのか、ボリス様が若干慌てたように声を上げる。

「ほ、ほら、リュートの術式って緻密だろう? それを研究して解明できたら、もっと凄い術式を作れるのではないかって……リュートも説明しているのに、理解出来ない奴等ばかりだから、レベルはお察しなんだけどなぁ」
「なるほど……リュート様の術式を……」
「そうなんだよ。大体、リュートの母であるモア様の術式も理解出来ていないのに……」
「お母様の術式も凄いのですか?」
「勿論だよ。父の術式は解明できる程度だけど、モア様の術式は解明できていない部分もあるんだ。それに、最近は魔物が高度な術式を使っていたという報告もあるしなぁ」
「は?」

 これにはリュート様だけではなく、今まで真剣にパン生地と格闘していた元クラスメイトたちも反応を示した。
 聞いていない――
 そんな言葉が聞こえてきそうな空気だ。

「何だそれ……こっちに連絡が来てねーぞ」
「まだ不確定要素が多い情報だからね」
「それでも魔物関連の情報は噂でも報告する義務があるだろう?」
「そう思ったから、内緒で報告してるんじゃないか……此方も昨日知ったばかりなんだから……」
「マジか?」
「うん。父から入った情報だから、間違い無いよ。多分、僕やリュートたちのことを心配して情報を流してくれたんだと思う」
「叔父さんに礼を言っておいてくれ。爺さんに口止めされていたはずだろうから……」
「うん。そう言ってくれるだけで喜ぶと思うよ。祖父は何としてもリュートを魔塔に引き入れたいみたいだからねぇ、本当に参っちゃうよ」
「俺は黒の騎士団だって言ってんのになぁ」
「類い稀なる魔法の才能を無視できないんでしょ? 時空間魔法に関して言うと、右に出る者が居ないじゃ無いか」
「それ以外は俺で無くても良いだろ?」
「それ……本気で言ってる?」

 勘弁してよ……と、ボリス様が呆れた様子で肩を落とした。
 時空神様や元クラスメイトたちは苦笑を浮かべているが、みんなボリス様に同情的だ。
 確かに、リュート様の魔法の才能は凄まじいの一言である。
 詳しくない私でも、彼の力が特出していると感じるのだから、詳しい人が見たら、その違いに愕然とするレベルだと思う。

「とりあえず、俺は絶対に黒の騎士団に所属して魔物を討伐する。魔塔で研究者としてこもる気は無い」
「だよね……僕もそれがいいと思うよ。この世界の為を思うなら、それが一番だ」
「お前も、ネチネチ言われて大変だろ?」
「え? 僕は気にしていないよ。特に今はゴーレム研究が捗っているからね!」
「あー……確かにな……ヌルのデータはどうだ?」
「それが凄いのなんのって! 自律思考型だからさ、日々成長しているんだよ! 子供達と触れ合いながら、自分の力加減や対処の仕方を学んでいっているし、感情の振れ幅や相手の考えを予測する能力にも長けていて――」

 そこからは、研究者気質のボリス様の独壇場だ。
 早口でペラペラと語り始めるのだが、それについて行けているのはリュート様だけである。
 私たちは取りあえず、自分の作業に没頭することにした。
 正直に言うと、専門用語も出始めた辺りでギブアップだ。
 こういう話にもついて行けるリュート様だからこそ、職人としても頑張れるのだろう。

「ボリス様の語りが止まりませんね……」
「まあ、仕方ないヨネ。母親がアクセンの家系だカラ……」
「あ、確かにそうでした」

 どちらの特性も引き継いで生まれてくる人はいる。
 リュート様もそうだし、ボリス様もそうだ。
 そうかと思えば、レオ様やイーダ様、マリアベルのように自分たちの加護に特化した人も居る。
 こういうところは、普通の世界と変わらない。

「二次発酵もうまくできたんじゃないカナ?」
「やっぱり布取りをすると、とても綺麗な形で発酵してくれますよね」

 長細く丸みのあるコロリとしたフォルムに満足するが、これを取り出すのがまた大変なのだ。
 いつもは段ボールと真新しいストッキングで作った取り板という物を使って転がしたら良いのだが、今回はそういう物が無いので撥水性のあるシートを用意していた。
 日本だったらクッキングシートを使ったり、メッシュやシリコンの型を使ったりして作るけれども、これはこれでお手軽だと思う。
 リュート様のアイテム様々だと上機嫌で二次発酵を終えたパンを鉄板に並べた。

「さて……クープ……ですね」
「あー……難しいヨネ」

 包丁を取り出した私は、慎重にクープを三本入れていく。
 少し斜めに入れたクープは、皮一枚切る感覚で入れると良いと兄が教えてくれたが、ソレがまた難しいのだ。
 大きな鉄板にクープを入れたバゲットが並んでいく。
 それを予熱した魔石オーブンへ入れる前に、庫内に水を吹き入れる。

「水分が必要なのですね」
「はい、これを忘れないようにお願いします」
「了解っす!」
「てか、それ……このボタンで済むから……」

 背後から私の肩に顎を乗せて低く呟くリュート様に驚き、思わず鉄板を落としそうになったが、間一髪で時空神様がガードしてくれた。

「リュート様っ!?」
「あ、ごめん。そこまで驚かなくても……」
「驚いて当然です! 急にイケメンが顔の横に現れて、とても良い声で囁くように言われたら、誰だって驚きますからねっ!?」
「……え、えっと……は、はい……ごめんなさい?」
「何故、疑問形なのですかっ!?」

 本当に怒りますよ?
 真剣に言っているのに、何故かリュート様は頬がほんのり赤いし、周りも見なかったこと、聞かなかったことにしようという態度である。
 人が真剣に怒って注意しているというのに、どうしてそういう反応なのですか?
 ムッと唇を突き出して怒っていると、反対の肩に、チェリシュが顎を乗せ、真白が乗っかった。

「でも、ボタン一つで解決なんでしょー?」
「リューの技術は凄いの!」
「……あ、確かに。リュート様は、そこまで考えて造っていたのですね。凄いです!」
「あ、いや……ほら……スチーム機能……あったほうがいいだろうなって……」
「リューがほんのりベリリさんなの?」
「ほんのり……な」
「ほんのりさんなの!」

 きゃーっというチェリシュの悲鳴に近い喜びの声が、右耳を突き抜けていく。
 しょうがないなーというように、真白が私の耳を体で塞いでくれたが、それはそれでくすぐったい。
 もさもさふわふわして、感触は良いのだが……

「ルナちゃんに、おんぶお化けが二人ダネ」
「真白ちゃんは耳栓ー!」
「楽しそうで何よりダヨ」

 とりあえず鉄板をセットした時空神様は、焼けるのが楽しみだと笑う。
 確かに……外がパリパリのバゲットはスープに合うはずだし、とても楽しみである。

「リュート様……あのまま暫く動かないつもりかな?」
「甘えてんじゃね?」
「見るな見るな。俺たちにとばっちりが来たらヤバイ」

 元クラスメイトたちが小さな声で囁きあい、手元だけに集中している中、チラリと見たリュート様はご満悦な様子だ。
 バゲットが楽しみなのか、それとも別な理由があるのか……
 いや、おそらく魔石オーブンを褒められたことが嬉しかったのだろうと結論づけ、他にも私が知らない機能は無いか問いかけ、暫くの間、その話で盛り上がったのである。

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